第六章 異世界召喚儀式

第百二十二話 消失後の世界では



 ××町男子中学生失踪事件――――


 二〇××年×月×日未明、××市の当時十四歳の少年が、自宅から姿を消した。

 少年の部屋は荒らされておらず、紛失されている物も確認されていない。自ら家を出た形跡すらなく、突然その場から姿を消したと言われても何ら不思議ではない状況だと、専門家であるA氏は述べる。

 警察は重要参考人として、少年の両親から当時の状況と事情を聴取。

 少年の母親は気が動転しており、やはりあの夜、息子を殺害すれば良かったと叫び出した。警官に取り押さえられた母親は現在、市内の精神病院に入院している。

 父親の弁によれば、少年は元々施設から引き取った孤児だという。

 人よりも特別に動物から愛される息子を気持ち悪く思い、蔑んでしまった。今となってはとても後悔していると、父親は泣き叫ぶ。

 それから約二年が経過した今でも、少年は見つからず、足取りすら掴めない。

 まもなく警察は正式に探索の打ち切りを発表。その後も父親は少年の生存を心から信じていたが、不治の病で他界。同時期に母親も病室で死亡が確認された。

 一部専門家の間では、この事件について不可解な点の多さを気にかけている。

 事実、数十年前にも同じようなケースが数件ほど確認されており、この失踪事件はその再来ではないかという声も出てきている。いずれも行方不明者が発見された事例はないことから、神隠しもあり得るかもしれないと、オカルト専門家のY氏は語っている。

 無論、この説を否定する声もある。神隠しに見せかけた誘拐や失踪の線も十分あり得る話であり、むしろその可能性が濃厚であると。

 そもそも失踪ではなく、殺人なのではないかという見立てもある。

 少年の母親の叫びがそのヒントであると。気が動転していたからこそ、作り込まない本音を話したのではないかと。

 すなわち、少年は失踪したのではなく、両親に殺害された。そして両親が何かしらの隠ぺい工作を施し、自宅から突然姿を消したと世間に広めた。

 しかしこの説は、可能性としては恐らく低いだろうと、国立K大学特任教授のS氏は分析する。

 仮に殺人が事実だとしたら、あまりにも証拠がなさすぎる。素人が捜索のプロである警察が発見できないほどの隠ぺいが出来るとは、到底思えないのだ。

 現に少年の行方不明直後、警察による家宅捜索が行われたが、少年の形跡も、殺人の痕跡も、その可能性すらも全く見つけられなかった。近所の聞き込みも全くの効果なしに終わっている。

 突然、姿を消したと言われたほうが、普通に信じられてしまうほどに。

 いずれにしても、世にはびこる多数の未解決事件の中でも、この事件に興味を抱く者は多い。取材を進めていく中で、更なる情報が見つかることが期待される。


 ――――某週刊誌の特集記事より抜粋。



 ◇ ◇ ◇



(まーた、懐かしい名前を思い出しちまったもんだな)


 高校までの通学路を歩きながら、鴨志田映介は心の中で呟いた。

 身支度を早めに済ませ、家のリビングのソファーに置いてあった週刊誌をなんとなく開いたら、中学時代にクラスメートだった少年の名前が出ていたのだ。

 この週刊誌を捨てないでおいてくれと母親に頼み、そのまま学生カバンを持って家を出てきたが、何故か頭の中から、週刊誌の記事内容が抜け出てくれない。むしろ余計に気になって仕方がないほどであった。


(柳牧人が消えて二年……俺もすっかり忘れちまってたわ)


 映介の口から、自然と自虐的な笑みがこぼれる。なんだかんだで遠巻きから気にかけているつもりではいたのだが、気がついたら記憶から抜け落ちていた。

 高校受験を経て、新しい環境に慣れるのに忙しかったから――というのは、つまらない言い訳でしかない。実際、牧人と仲が良かったとは言い難く、そもそも話したことすらないのだ。

 前々から不思議な存在と思ってはいたが、深く関わるつもりは全くなかった。行方不明になったというニュースを見たときは驚いたが、特別何かしらの後悔が押し寄せてきたワケでもなかった。

 やはりあくまで、彼は自分にとって他人でしかなかったのだ。

 映介は改めてそう思いつつも、牧人のことを思い出す。


(小三の時、俺が転入したクラスに、アイツがいたんだったな。それからなんだかんだで、中学に入っても、ずっと同じクラスだったっけか)


 牧人はクラスメートと仲良くしようとせず、常に猫などの動物と一緒にいた。

 動物に以上過ぎるほど懐かれる姿をイジられ、後ろ指を指され、時にはイジメに等しい仕打ちを受けていた。それでも牧人は表情を変えず、周囲の反応を気にすることもなく、動物と接することを絶対やめようとはしなかった。

 当時の担任の先生もなんとかしたがっていたが、遂に匙を投げてしまった。

 それに対してクラスメートたちはおろか、保護者や他の親御さんでさえ、牧人を非難していた。あんなに親身になってくれる先生は他にいないと、常に白い目で見るようになっていた。

 しかし映介は気づいていた。先生が気にかけていたのは、教師としての自分のメンツを保つためでしかなかったことを。

 それは小学校の時も、そして中学の時でも同じだったと映介は思う。

 牧人がゆく目不明となったとき、それをネタに笑いまくっていた生徒たちを、先生が叱ったことがあった。しかしその際に、先生は確かに言っていたのだ。


『たとえ冗談でも、もういない人間のことを悪く言うんじゃない!』


 まるで既に死んだ人間として扱っているようであった。

 更にその生徒たちが去った後、先生が呟いた言葉を映介は聞いてしまった。


『あんな厄介者のことを考えるなど、時間のムダ以外にないだろうに……』


 流石にあんまりだろう。聞かなきゃよかった。映介はそう思った。

 しかしながら、それに対して文句を言う資格もなかった。

 自分だって何もしていない。ただ遠くから見ていただけであり、最後まで他人でいることを決めていた。

 そして二年が経過した今、週刊誌を読むまで、彼のことをすっかり忘れていた。

 結局自分も、クラスメートや先生と、何ら変わらないのかもしれないと、映介はため息をつきながら、眩しい青空を見上げた。



 ◇ ◇ ◇



「ねぇねぇ鴨志田君。この後、皆でどこか遊びに行かない?」

「あーごめん。俺、行くところあるから」


 放課後、クラスの女子グループの一人から誘われた映介は、さも当たり前のようにそれを断る。

 しかし女子はショックを受けることなく、むしろ分かっていたかのように、映介に向けて嘲笑する。


「やっぱり今日も行くんだ?」

「あぁ。それが何か?」


 顔色一つ変えずに映介は問い返す。それに対して女子は――


「べっつにー? そんなに子供たちのことが好きなんだーって思っただけ♪」


 あからさまにからかうような口ぶりで言うのだった。すると彼女の後ろに控えていた二人の女子たちも、クスクスと笑いながら声をかけてくる。


「もう放っておきなよぉ。鴨志田君は子供たちのことで頭がいっぱいなんだから」

「そーそー。私たちも巻き込まれないうちに、早く帰ろうよ」

「うん、そうだね♪」


 いうだけ言って、女子たちは映介を残し、そのまま教室から出ていった。そこに遠くから見ていたひとりの男子が、ため息交じりに近づいてきた。


「気にするなよ鴨志田。あんなヤツらは放っておけばいい」

「佐伯……」


 映介が話しかけてきた友を見ると、佐伯と呼ばれた男子が、女子たちが出ていった方向を見る。


「毎度毎度、飽きないよな。そうして何かにつけて危ない考えになるんだか」

「さぁな。そのほうが面白いと思ってるんだろうよ」


 映介は肩をすくめつつ、机の上のカバンを肩にかける。


「ま、何はともあれ、ありがとうな佐伯。じゃあまた明日」

「おう、また明日」


 そして映介は教室を後にし、さっさと靴を履き替えて校門を出た。遠くから響き渡ってくる運動部の掛け声を耳にしながら、映介は思う。


(アイツも……柳もこんな感じだったのか?)


 動物と仲良くする姿を、いつも誰かにからかわれていた。それでも牧人は、顔色一つ変えることなく、自分自身を貫き通していた。

 実は凄いヤツだったのではないかと、今更ながら映介は思えてならない。

 自分が放課後、身寄りのない子供たちが暮らす施設へ立ち寄り、暗くなるまで子供たちと遊ぶという行動について、今日みたいに何かとからかってくる者が時折ながら現れる。

 それでも牧人に比べれば少ないほうであった。高校生が保育園や幼稚園に職場見学へ赴くケースなどがあるためだと、映介は考えている。

 実際のところは分からないが、何はともあれ気にしないのが一番だと、映介の中で結論付けていた。


「ねぇねぇちょっと聞いた? あそこの娘さんが家出したらしいわよ?」

「あらぁ。やっぱりそうなっちゃったのね。親子の関係も、あまり上手くいってなかったらしいから」

「実は私聞いちゃったのよ。実の子じゃないくせにって怒鳴っているところ」

「やっだぁ……いくらなんでも酷過ぎるわよ。何のために施設から養子として引き取ってきたのかしらね?」


 そんなとある民家の、玄関先での主婦同士の井戸端会議を聞いた映介は、どことなく嫌な気分となる。


(そーいや確か、二年前に柳の両親が逮捕された時も、こんな感じだったっけか)


 牧人が姿を消したという事件は、半年も経たないうちに風化した。矛先が彼の両親にガラリと切り替わったのだ。

 今しがた映介が見た奥様たちのように、さも自分たちは良いことを言っていると言わんばかりに、気分良さげに話す者が続出した。


(分かんねぇもんだよな。俺も元は施設育ちの孤児だってのに……)


 映介は自分の環境を振り返れば振り返るほど、疑問に思えてならなかった。

 孤児であるという事実は確かだ。幼少期に今の鴨志田家に引き取られ、そこで普通の息子として育てられた。

 血が繋がってない自分が、ごく普通の家族と同じ生活を送れている。当たり前のことじゃないかといわんばかりにだ。

 それなら柳牧人も立派に当てはまるハズじゃないか――と、映介が思った瞬間、彼は少し違う方向で考えていたことに気づいた。


(あぁ、そうだ。それで柳が普通の子供なら問題はなかったんだ)


 一番の原因とされているのは、牧人が動物に懐かれやすいという素質だ。

 更に牧人は、決して人となれ合おうともしていなかった。少なくとも映介は、牧人がクラスメートなど、同年代の誰かと一緒に遊んでいる姿など、全くと言って良いほど見たことがなかった。

 人は何かと協調を求める生き物だ。周りと協調できなければ社会で生きていけないという意見は、映介も間違っているとは思っていない。むしろ正しいことだ。物事を円滑に進めることを考えれば当然のことだ。

 牧人はお世辞にも、協調性がある人間とは言えなかった。

 断固として人の輪に入ろうとせず、動物と一緒にいようとする。そもそも人に興味を持っていたかどうかすら怪しいところだ。

 しかし牧人は、決して優柔不断などではなかった。どんな目で見られようとも、動物と一緒にいたいという、自分の信念を貫き通していたのだ。

 確かに奇妙な人間だったかもしれないが、意志の強さと真っすぐな心は評価されるべきではないのか。

 映介はそう思えてならなかった。


(もしも俺が、勇気を出して話しかけていたとしたら、どうなっていた? アイツと同じ学校にでも通っていたのか? それとも……)


 どちらにせよ、牧人が行方不明になる事態は避けられなかった。

 何故か映介の頭の中に、その可能性が過ぎった。

 今はこうして割と平然としていられるのも、牧人とは特に友達でもなんでもないからだ。あくまで小学校時代から知っている存在でしかない。

 しかしこれが友達だったなら、果たしてどんな気持ちになっていただろうか。

 ずっと一緒に過ごしてきたかけがえのない存在であったならば、今頃悲しみに明け暮れていたのではないか。下手をすれば、高校受験にすら手がつかなくなっていた可能性も拭えない。

 そうなれば、今頃自分の人生はメチャクチャになっていたのではないか。


(……って、何を考えてんだかな)


 もしものことをどれだけ考えても意味がない。それに気づいた映介は、苦笑を凝らしながら前を見た。

 いつの間にか目的地に近づいており、子供たちの楽しそうな声が聞こえていた。



 ◇ ◇ ◇



「にーちゃーん、バイバーイッ!」

「明日も遊ぼうねー!」


 見送る子供たちや院長先生に手を振りながら、映介は岐路に着く。薄暗くなった住宅街でふと見上げると、真っ赤な空に一筋の雲が浮かんでいた。


(今日もたくさん振り回されたなぁ……)


 疲れた体から自然とため息が出る。しかし映介は、とても気分が良かった。

 散々走り回り、あれこれとワガママを言われ、そして何かにつけてケンカを始める子たちの仲裁に入ったりと、手も足も休めるヒマがなかった。

 おかげで部活もしていないというのに、毎日疲れ果てた状態で家に帰る。しかしその帰路は、いつも映介に晴れやかな笑顔を浮かばせていた。

 なんだかんだで楽しいのだと、映介はその都度実感する。幼稚園の先生も、きっとこのような感じなのだろうかと思えてくる。

 もしかしたら生い立ちなど関係なく、自分にはこういった仕事が向いているのかもしれないと、映介は何度か考えたことがあった。将来は幼稚園の先生や保育士みたいな、子供を育てる仕事を目指すのも良いかもしれないと。

 そしていつも通っている施設に勤めることができたなら、最高の結果と言えるのではないか。

 映介が小さな笑みとともに、そう考えた時だった。


「わんっ!」

「あー、もう、そんなに慌てないでよーっ!」


 やんちゃそうな犬に引っ張られている小さな男の子が、映介とすれ違う。

 その姿を振り返りながら、映介は思った。元クラスメートの柳牧人は、今頃どこで何をしているのかと。

 少なくとも、元気で生きているような気はしていた。むしろ自分たちのことなど露知らず、たくさんの動物に囲まれ、自由に野山を駆け巡ったりしていると、何故かそんなことを考えてしまう。


(ありそうだよな、アイツなら実際に……)


 映介は小さく笑いながら、再び歩き出した。

 その予想が、あながち間違ってなどいないことを、彼は知る由もなかった。


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