第百十一話 ざわめく森



「あれ、なんか凄い静かじゃない?」

「ホントですね。冒険者さんとかが全然いないのです」


 フォレオをテイムしたマキトたちは、洞窟を後にして里へ戻ってきた。しかし訓練場にも広場にも、里で暮らす人々がチラホラと見えるだけ。冒険者の姿が全くないワケではなかったが、圧倒的に少なかった。


「ふむ……どうやら殆どの者が、魔物討伐に出発したようだな」


 後ろから聞こえるセルジオの声に、マキトが振り返る。


「魔物討伐?」

「今朝から里の周辺で、野生の魔物たちが狂暴化したという情報が相次いでな。それで冒険者たちに、力を貸してもらっておるのだよ」

「どうりで。東のほうが妙に騒がしいのは、そういうことでしたか」


 セルジオの説明を聞いて、ジャクレンが頷きながら納得する。そして屋敷に到着すると、奥からドロシーが走ってくる。


「長老様、お帰りなさいませ。あ、マキト君たちも……無事だったのですね!」


 ドロシーが嬉しそうな笑みを浮かべながら、マキトの手を握る。それに少しばかり困惑しつつ、マキトは申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「はい。心配をかけてしまいました」

「いえいえ。ブレンダからおおよその事情は聴いてますから」


 その言葉に安堵しつつ、マキトは更に尋ねた。


「コートニーたちは?」

「つい先ほど、魔物討伐に出られましたよ。アリシアさんたちも一緒に」

「えっ、アリシアが来てるんですか?」


 思わぬ事実にマキトと魔物たちは驚きを隠せない。後ろのほうでセルジオが、そういえばまだ話しておらんかったか、と呟いていたのだが、幸いなことにマキトたちの耳には入っていなかった。


「えぇ。オリヴァーさんやジルさんも一緒に。ラッセルさんを止めようと」

「そうなんだ」

「大丈夫なのでしょうか?」

「……だと良いけどな」


 昨日の戦いをマキトとラティが思い出す。果たしてコートニーたちは、ラッセルに太刀打ちできるのだろうか。何か打開策の一つでもあるのか。

 そんな疑問と不安が浮かんでいると、後ろからセルジオが語り掛けてくる。


「心配はいらんだろう。隠密隊や精鋭の冒険者部隊も一緒だからな。何かあれば、すぐに援護が入る。ラッセルを止められなくとも、無事に逃げ帰ることは問題なくできるハズだ」

「長老様の言うとおりです。特に隠密隊の実力は確かなモノですからね」


 ドロシーの言葉に頷きつつ、セルジオがマキトに言う。


「マキトよ。今は魔物たちとともに、体を休ませるがよかろう。焦らず備えて、来るべき時を待つことだ」


 セルジオから引き締めた表情で告げられた言葉は、どこか重々しかった。マキトは思わず呆けてしまい、抱き上げているリムとフォレオがモゾモゾと動く感触に視線を下げ、そして顔を上げる。


「――はいっ」


 しっかりと放たれたマキトの返事に、セルジオも満足そうな笑みで頷いた。

 そして魔物たちを連れて屋敷の奥へと進もうとしたマキトを見て、ドロシーはあることが気になった。


「あの、すみません一つだけ。その腕の中の魔物って……」


 ドロシーの言葉にマキトが視線を落とす。そこにはリムとフォレオが気持ち良さそうに眠っていた。リムのことはもう知っているハズなので、恐らくフォレオのことを聞いているのだろうとマキトは判断する。


「コイツは、ガーディアン・フォレストのフォレオ。俺が新しくテイムしたんだ」

「そうでしたか……って、えぇっ!?」


 納得するかのように頷いた次の瞬間、ドロシーの叫び声が響き渡る。それに驚きながらも、マキトは怪訝そうな表情を浮かべた。


「静かにしてくださいよ。コイツらが起きちゃうじゃないですか!」

「あ、すみません……って、そんなことよりもですよ? ガーディアン・フォレストって確か、里の守り神の名前じゃ……」

「そうですけど、それが何か?」


 マキトは苛立ちながら答えると、ドロシーは唖然とした表情で固まってしまう。一体何なんだと思ったその時、セルジオがため息交じりに助け船を出した。


「ここはワシに任せて、お前さんたちは部屋へ戻りなさい」

「え? あ、うん」

「どうもありがとうなのです」

「気にするな。ゆっくり休むんだぞ」


 セルジオが手のひらを前後に振って、早く行けという合図を送る。それに従ってマキトたちは歩き出した。

 その後ろから聞こえてくる、ドロシーの途轍もなく慌てた声を聞きながら。


「なんつーかなぁ……別にあそこまで慌てなくても良いと思うんだけど」

「放っておきましょうよ。気にしないのが一番なのです」


 マキトの呟きにラティが欠伸をしながら言う。


「……まぁ、それもそうだな」


 確かにその通りだと思いながら、マキトは苦笑するのだった。



 ◇ ◇ ◇



 里から東南にかけての森では、たくさんの野生の魔物たちが狂暴化していた。

 夜になった今、魔物たちの目がギラリと赤く光っている姿が、より恐怖を醸し出している。それなりのランクを持つ冒険者でさえ、思わず立ち止まりたくなるほどのモノであった。

 しかし冒険者たちも皆、一歩たりとも引く様子は見せていなかった。

 ほんの一瞬躊躇する者は確かに多かったが、一度立ち向かえば恐怖は消え、気合いと根性を込めた叫びとともに魔物を討ち取っていく。魔物たちの声は、剣を振るう鈍い音、魔法による爆発音、そして――冒険者たちの掛け声に、次々と塗り替えられていくのだった。

 勿論それは、セシィーを連れたアリシアたちとコートニーも例外ではなかった。


「うおおおぉぉぉーーーーっ!!」


 オリヴァーの叫び声とともに剣が振るわれ、野生の魔物が一刀両断される。まさに凄まじい気合いの一言。味方であり、長い付き合いでもあるアリシアやジルからしても、思わず意識を注がれていた。


(凄い気合いだなぁオリヴァー)

(ラッセルを自分の手で助け出したいんだね)


 アリシアとジルが同時に感想を抱く。もっとも彼女たち二人も、オリヴァーほどではないが、いつも以上に気合いが入っていることは間違いなかった。

 少しの油断が命取りだから、というのは確かにある。しかしそれ以上に、ラッセルを救い出したいという気持ちが強かったのだ。

 長い付き合いだから。自分たちが認めたリーダーだから。仲間として、騒ぎの落とし前をキチンと付けないといけないから。そのいずれも正しいが、いずれも一番の理由ではない。

 ラッセルがピンチだから助ける。ただそれだけなのだ。もはや理屈ではない。

 勿論、赤の他人に対して、このような考えは抱かないだろう。長い年月をかけて築き上げてきた絆が、三人を突き動かしているのだ。

 そんなアリシアたちを見て、コートニーは凄いという驚きと同時に、羨ましいという憧れを抱いた。

 自分にはまだ、そのような深い関係性を持つ仲間はいない。マキトという友達はいるが、アリシアたち四人のような絆は、まだまだ出来上がっていないと、歯を噛み締めながら思っていた。

 そして改めてコートニーは、自分が悔しい気持ちを抱いていることに気づく。

 マキトと出会ったのは半年近く前。そこから二ヶ月と少しまでは、一緒に旅をしてきた。しかしそれでも圧倒的に足りない。彼らの年単位での月日には、到底足元にも及ばない。

 過ごしてきた時間が違う。焦っても仕方がない。それは分かっているつもりだ。それでもやはり、込み上げてくるモノがある。

 魔物へ打ち込む魔法に力が入ってしまうのも、ある意味自然なことだった。


「はぁっ!!」


 コートニーの突き出した両手から、風の魔法がつぶてとなって放たれる。通常よりも明らかに一回り大きなフォレストベアーを吹き飛ばしてしまい、それを見たセシィーは驚きを隠せないでいた。


「凄いですね! やっぱりコートニーさんは強いです!」

「いや、まだまだだよ」

「そんなことありませんよ。ご謙遜なさらないでくださいな」


 コートニーは本心で言ったつもりだったのだが、セシィーには届いていない様子であった。訂正しても無駄だろうと思い、コートニーは苦笑するだけにとどめておくことにした。

 すると今度はセシィーが前に出て、魔法の起動に入る。


「私も頑張らないと……今こそ修行の成果を見せるときですっ!」


 セシィーの巨大な炎の魔法が発動され、迫りくる魔物たちを飲み込んでいく。

 訓練場で練習していた時よりも、安定性と強力さが格段に増している。危なっかしさが薄れ、頼もしさが段違いに増していた。訓練場でとことん練習していたことが改めて分かると、コートニーは驚きを隠せないでいた。


「凄いな……ここまで鍛えてたんだ」

「他の魔導師の方々にも、特訓を手伝ってもらってましたから。皆さんには感謝してもしきれないくらいですよ」


 そう言ってセシィーは炎を纏いながら笑った。もう強さに踊らされ、オドオドするばかりだった彼女の姿はない。魔法をそれなりに制御して自信がついた、紛れもない一端の魔導師であった。

 それを改めて確認したコートニーは、自然と手に力が込められる。


(ボクも頑張らないと……もっとたくさん強くならなきゃ!)


 そこに一匹の野生の魔物が飛び出してくる。コートニーはそれに驚くことなく、新たな一歩と言わんばかりに、気合いを込めて風の魔法を打ち込むのだった。

 吹き飛ばされた魔物は、新たに飛び出してきた魔物と激突し、沈黙する。ちょうどアリシアに向かっていた魔物でもあり、アリシアは小さく片手を上げて感謝の意をコートニーに伝えた。

 それを小さな笑みと会釈で返したところで、ガサガサと茂みが動く。

 また魔物が出てきたのかとコートニーが身構えると、そこから一人の人影が飛び出してきた。


「はぁ……はぁっ!」


 ボロボロとなった冒険者の青年が、息を切らせながら膝をつく。コートニーは目を見開きながら、その青年に慌てて駆け寄った。


「大丈夫ですか?」

「あ、あぁ……なんとか」


 ようやく安全な場所まで逃げられたと判断したのか、青年は笑顔を宿す。

 それからセシィーが薬草を持って駆け寄り、アリシアたち三人も駆けつけた。傷の手当てを済ませたところで、コートニーが青年から事情を尋ねる。


「そんなに強い魔物が、向こう側にいたんですか?」

「違う! あっちにいたのは……ラッセルだ!」


 その叫びが放たれた瞬間、五人は一斉に目を見開いた。


「他の奴らもやられたんだ! 手も足も出なかった! あれはもうヒトとか魔物とかじゃない! 血も涙もない悪魔だ!!」


 俯きながら騒ぐ青年の目に涙が浮かぶ。そこにオリヴァーがギリッと歯を鳴らしながら、青年の胸ぐらを掴んで無理やり顔を上げさせた。


「おい! ラッセルは向こう側にいるんだな!?」

「あ、アンタは……そうか、アンタもヤツを探してたってところか……」


 青年はその男がオリヴァーであることを認識する。彼がラッセルの大事な仲間であることは分かっていた。

 だからこそ、青年はちゃんと伝えなければと覚悟を決め、オリヴァーに言う。


「悪いことは言わねぇ。もうヤツは……ラッセルは化け物に成り下がっちまった。アンタらの知ってるラッセルはもういねぇのさ!」


 胸ぐらを掴んでいるオリヴァーも、そして脇で聞いているアリシアとジルも、その言葉に押される。それに構うこともなく、青年は続ける。


「俺はそれをこの目で見た。他の奴らもやられた……手も足も出なかったんだ。あれはもうヒトとか魔物とかそんなんじゃない。血も涙もない悪魔だ!」


 涙を流しながら青年は訴える。オリヴァーは何も言えなかった。彼がふざけていないことは明白だからだ。

 そこまで闇に堕ちてしまったのかと思いながら、オリヴァーは自然と青年から手を放す。そして再び拳を震わせたその時――


「少しは落ち着け」


 どこからか黒装束を身に纏った人物が下りてきた。アリシアはその人物を見て、驚きながら名前を呼ぶ。


「レドリーさん」

「彼は我々が引き受けよう。里まで送ってやれ」

「はっ!」


 呼びかけたレドリーの声に、他の隠密隊の人物が下りてきた。そして放心状態となっている青年を連れて、里へと向かって行った。

 そしてレドリーは、青年が逃げてきた茂みの奥に視線を向けたまま、残された五人に呼びかける。


「さて……お前たちはどうするつもりかな?」

「んなこと考えるまでもねぇさ。止めてくれるなよ?」


 レドリーの問いに対して、オリヴァーは茂みに向かって歩き出しながら言う。

 それに対してレドリーはフッと笑い、目を閉じながら呟いた。


「別に止めはせんよ。ちなみにその奥には、魔物の気配は全く感じられない。お前たちの行動に水を差されることは、恐らくないだろう」


 オリヴァーはそれを聞いてピタッと足を止め、そして小さく笑った。


「あぁ、教えてくれて感謝するぜ」


 そして再び茂みの中へと歩き出す。ジルとアリシアも続いて、レドリーに礼を言いながら歩き出した。そしてコートニーとセシィーも無言のまま頷き合い、三人の後に続くのだった。

 確かにレドリーの言うとおり、魔物の気配がなかった。奥から感じる気配はとても息苦しく、魔物たちも自然と遠ざかっているのだろうと予測できる。

 魔力を持たないオリヴァーでさえも、思わずうなり声を上げるほどだったが、それでも決して足を止めない。ここまで来て意地でも引き下がってたまるかという気持ちが、彼の表情に現れていた。


(待ってろよラッセル。俺がお前の目を覚まさせてやるぜ!)


 一歩一歩、力を込めて進みながら、オリヴァーは心の中で呼びかけるのだった。


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