第百十話 浄化



「魔力を浄化する……リムってそんな特殊能力を持ってたのか」


 ラティの通訳を聞いたマキトは、驚きながらリムをまじまじと見る。


「うーむ、確かにその手の魔法は存在しておるし、使える魔物がいること自体は、別に不思議でもないとは思えるが……」

「霊獣にも、まだまだ分からない点は多いですからね」


 セルジオとジャクレンも、流石に戸惑いを隠せないでいた。信じられないという気持ちが強いのだ。

 そもそも浄化の魔法というのは、宮廷魔導師を務めるほどの凄腕でもない限り、扱うことはできないと言われている複雑な魔法なのだ。それを目の前のちっぽけな魔物がいとも簡単にできると発言したのだ。

 浄化の魔法を良く知っている二人からすれば、簡単に頷けというほうが無理な話なのであった。


「魔法を浄化すれば、ソイツは助かるのか?」


 詰め寄るように訪ねるマキトに、セルジオたちほどの戸惑いは見られない。怯えている守り神を助け出せるかもしれない。リムにその力があるのなら、細かいことなどどうでもいい。本人に全く自覚はないのだが、概ねそのような意識でいた。

 ちなみにその気持ちは、ラティたち魔物も同じらしく――


「えぇ、やってみる価値はあるのです」

「くきゅー!」


 ラティがマキトに強く頷き、スラキチとロップルがリムを励ましていた。それに対してリムもやる気になっている様子であり、これはもう実行する以外にないということがよく分かる。

 そう思ったセルジオは、苦笑とともにリムへ告げるのだった。


「はは……まぁ、ワシも少しばかり見てみたいという気持ちはある。リムよ、お前さんの能力とやらを見せてはくれんか?」

「魔物研究家として、僕も興味をそそられますね」


 セルジオに続いてジャクレンからもそう言われたリムは、一瞬キョトンとしながらも強く頷き、フォレストのほうへ向き直る。

 トコトコとゆっくり近づき、怯えて縮こまるフォレストの体に触れる。フォレストは一瞬ビクッとして目を開くと、優しい笑みを浮かべるリムの視線が見えた。

 鳴き声の言葉はない。ただ優しい視線で、大丈夫だよと頷くだけ。それが伝わったらしく、フォレストが拒絶することもなかった。

 やがてリムは目を閉じて集中する。周囲に漂う魔力が具現化し、粒子となってリムに集まってくる。

 その魔力はフォレストのほうにも流れ込んでいくのだった。


「ほう……綺麗な魔力を送り込み、悪い魔力を中和させようとしておるのか」


 セルジオが小さく驚き、そして興味深そうに頷いた。

 フォレストも心地良さを覚えているのか、表情に安らぎが生まれていた。そして自然と目が開き、マキトたちの姿が視界に飛び込んできた瞬間――


「――っ!」


 フォレストが急に驚いた反応を示し、再び目を強く閉じてしまう。そして同時に魔力の流れも狂い出してしまい――


「くきゅ!?」


 送り込んでいるリムにも影響を及ぼしてしまうのだった。


「リム!」

「ど、どうして……」


 マキトがリムに駆け寄り、ラティが戸惑いを見せる。するとまたしても、脳内にフォレストの声が響き渡ってきた。


『やっぱり、こわい……こわいよぉ……』


 その声とうずくまっている様子は、まるで小さな子供のようであった。


「完全に恐怖で支配されているみたいですね」

「うむ、このままでは厳しいか。しかしどうすれば……」


 ジャクレンとセルジオが戸惑いながら見守る。否、見守るしかできなかった。どうすればこの状況を打開できるのか。それがさっぱり分からない。

 そんな中、マキトと魔物たちがリムの元へ駆け寄った。


「リム、大丈夫か?」

「くきゅー」

「……良かった、大丈夫そうだな」


 マキトが安堵の息を漏らす。スラキチやロップルもリムに近づき、労いを込めているのであろう鳴き声で話しかけていた。

 魔物たちの声に反応し、フォレストは目を開けて様子を見る。すると今度は少し驚いていた。


(――――――?)


 フォレストは疑問を抱いていた。魔物たちが頭にバンダナを巻いたヒトに、信頼を寄せていることが、不思議で仕方がなかった。ヒトというのは、魔物を傷つけるとても恐ろしい存在なのだと、ずっとずっと思っていたのに。

 今しがた自分に魔力を送り込んできた魔物。あれは自分と同じ霊獣だ。それなのにあの霊獣も、あのバンダナのヒトにとても懐いている。

 今でも優しく撫でられて嬉しそうだ。怖くはないのだろうか。しかしよくよく見てみれば、あのヒトの笑顔はとても優しそうに見えた。

 そんなことを考えながら、フォレストは自然と起き上がり、ゆっくりとマキトの元へ歩いてきた。

 そして――


「えっ?」


 しゃがんでいるマキトの膝に、ちょこんと手を乗せた。すると再び、周囲が魔力で埋め尽くされていく。

 またしても映像が浮かんできたが、それは過去のエルフの里ではなかった。

 どこか山奥の光景なのだが、そこにポツンと立っている小屋は、明らかにどこかで見たことがあった。そしてそこから出てきたのは――


「あ、クラーレのおじーちゃんなのです!」


 ラティが指をさしながら叫ぶ。そしてその直後、マキトとラティ、そしてスラキチやロップル、コートニーが続々と家の中から出てきた。

 クラーレを除く全員が、旅立ちの支度を整えている。そしてマキトたちは、手を振りながらクラーレの家から歩き出していった。


『じゃあ、じいちゃん。行ってきます』

『気をつけてな。たまには顔を見せに帰ってきなさい』


 お互いに晴れやかな笑顔で別れを告げるその姿。マキトたちの旅立ちであった。

 山を下り、平原を歩く。成れの果てと化した盗賊たちとの戦いで、ラティが初めての変身を遂げた光景も出ていた。

 この現象に対して、セルジオは一つの仮説を思い浮かべていた。


「マキトたちが今まで旅してきた記憶を、守り神が読み取っておるのだろうな」

「過去のエルフの里の記憶を、僕らに見せてくれたように……ですか?」

「恐らくな」


 戸惑いに満ちていたマキトも、セルジオとジャクレンの言葉で、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻す。そしてしがみついてきたロップルやリムを宥めながら、マキトは流れゆく光景に視線を向けるのだった。

 サントノ王国、ユグラシアの大森林、そしてスフォリア王国からエルフの里へ。傷付いた魔物を助け、仲良くしたり助け合う姿も映し出される。

 今までの旅路が映し出され、マキトはなんだか懐かしくなってきた。最初の旅慣れてない頃の自分に対しては恥ずかしい気持ちもあったが、それ以上に感慨深いモノがあった。


「くきゅー?」

「キュウ、キュウ」


 首を傾げているリムに、ロップルが身振り手振りで説明していた。仲間になったばかりのリムは、マキトたちの旅路をまだ詳しく知らないのだ。

 そしてスラキチは自分の活躍が映し出されると、マキトに見て見てと言わんばかりに飛び跳ねながらアピールしてくる。マキトはそれに笑顔で頷きながら、フォレストの頭を自然と撫でていた。

 もっともマキト自身、この行為は無意識でのことだった。しかし恐る恐る見下ろしてみると、フォレストは嫌がっておらず、むしろ心地良さそうであった。


「……くきゅっ!」


 フォレストがリラックスしている様子に気づき、リムが再びフォレストに魔力を施していく。今度は拒否されることなく、順調にフォレストに魔力が浸透し、やがて封印に施されていた魔力が放出されていった。


「大丈夫。もう少しだからな」


 見上げてくるフォレストの頭を撫でながら、マキトは優しい声色で告げる。

 フォレストは目を閉じ、マキトの膝に抱き着くようにして身を委ねる。同時にリムが施す魔力が、更に光を増した。そして数秒後――光は消えた。


「……終わったのでしょうか?」


 ラティがリムたちと洞窟を交互に見渡す。リムとフォレストの体から光が消え、同時に流れていた魔力の映像も消えた。

 元の暗い洞窟に戻り、皆の視線がフォレストに注目される。


「……くきゅ」

「リム!」


 突如パタンと倒れるリムを、マキトが優しく抱きかかえる。


「浄化の魔法で、力を使い過ぎたのでしょうね。でもそのおかげで、守り神さんの魔力は無事に浄化されたのですよ」

「あぁ……本当に良くやったよリム。ゆっくり休んでくれ」

「くきゅ」


 力のない声でリムが頷く。そしてマキトが立ち上がろうとしたその時――


「っと!」


 足元にポスンと抱き着かれる感触が来た。下を向くと、フォレストがマキトの足にしがみついていた。

 フォレストがジーッと無言で見上げてきており、マキトはどう反応したモノか分からないでいた。


『ぼくも……』

「え?」


 フォレストの声が脳内に響き渡る。マキトが反射的に聞き返すと、フォレストは更にギュッとしがみつく力を強めながら言った。


『ぼくも、いっしょにいく! つれてって!』


 それは必死な呼びかけであった。怯えのそれとは違う、ハッキリとした強い意志を感じられる声に、マキトは思わず驚いた。

 マキトはしばらくフォレストの視線と向き合い、そして笑みを浮かべた。


「あぁ、一緒に行こう!」


 そう言って強く頷くと、フォレストは嬉しそうに笑った。

 マキトがフォレストの額に右手をかざすと、ラティたちと同じく眩い光が迸り、その額にテイムの印が刻まれる。

 かくしてマキトは、ガーディアン・フォレストのテイムに成功するのだった。


「やったのです! 新しい仲間なのです!」

「ピキーッ!」

「キュウ!」


 ラティの叫びを皮切りに、スラキチやロップルも嬉しそうに歓声を上げる。凄い喜びようだなと思いつつマキトが視線を下ろすと、リムが気持ち良さそうにグッスリと眠っていた。

 今の歓声にもまるで気づいていないリムに、思わずマキトは苦笑する。

 そんな彼らの様子を、後ろからセルジオとジャクレンが、実に興味深いと言わんばかりの頷きをしながら見守っていた。


「ほぅ……これがテイムの瞬間か。良いモノを見せてもらったわい」

「まさか本当にやり遂げてしまうとは……彼には脱帽ですね」


 セルジオと一緒に小さく笑いながら、ジャクレンはひっそりと目を細める。


「ところで……気づきましたか?」

「ほう、お前さんもか。恐らくマキトは今、守り神の言葉を聞き取ったと、ワシは睨んでおるが」

「僕も同意見です。鳴き声がないから分かりにくいですがね」


 苦笑するジャクレンに、セルジオも頷いた。

 守り神は鳴き声を発しない。セルジオとジャクレンは、ここに来てそれを知り、果たしてどう意思疎通したモノかと悩んでいた。やはりヒトの言葉を話せるラティ頼りとなってしまうのだろうかと。

 しかし、ここで驚く一面が見られた。マキトは今明らかに、守り神と意思疎通ができていたのだ。

 それが果たして魔物の特殊な念話みたいなモノなのか。それともマキトの魔物使いとしての力なのかは分からない。しかしこれだけは強く思えた。

 マキトには、まだまだ自分たちの想像もつかない可能性が眠っている、と。


「楽しみでなりませんよ。彼の今後が」

「うむ。ワシもだ」


 ジャクレンの言葉に、セルジオもどこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 一方マキトたちはそんな二人の様子に気づくことなく、テイムしたフォレストに注目していた。


「そうだ。お前にも名前を付けてやらないとな。えーと、何が良いか……」


 マキトが天を仰ぐ仕草をしながら、フォレストの名前を考える。そして脳裏に一つの名前が浮かぶのだった。


「……フォレオってのはどうだ?」

『ふぉれお?』


 マキトの提案した名前に、フォレストが首を傾げる。そして数秒後、フォレストはにっこりと笑いながら両手を上げた。


『うん、ぼくふぉれお! ますたーのかんがえたなまえ、すごくきにいったの!』

「よーし決まりだ。それじゃあフォレオ、これからよろしくな」


 フォレスト改めフォレオの頭を撫でながら、マキトが嬉しそうに笑うと――


『うんっ、ますたー!』


 フォレオも嬉しそうに笑った。それにつられて魔物たちも嬉しそうに笑い出し、リムを除く三匹がこぞってフォレオにじゃれついた。

 洞窟の中は、しばし賑やかな声に包まれ、明るい空間となるのだった。


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