第百七話 声が聞こえる



 たすけて――だれかたすけて――――


 暗闇の奥底から、そんな声が聞こえたような気がした。同時にマキトは、ハッと驚いた表情を浮かべながら目を覚ます。


「んぅ……マスター?」


 瞼をくしくしと揉みながら、隣で寝ていたラティが起き上がる。それでもマキトは目を見開いたまま、ゆっくりと周囲を見渡すばかりであった。

 既に太陽は登っており、明るい日差しが川に反射し、煌びやかな光景が映る。他の魔物たちもモゾモゾと動いており、皆そろそろ起きようとしていた。


「おや、おはようございますマキト君。どうかしましたか?」


 既に起きていたジャクレンが、焚き火の準備をしながら顔を向けてくる。それに対してマキトは、深く息を吐きながら答えた。


「いや、なんでもない……と思う」


 しかしマキトの口ぶりは、妙に自信がない感じであった。さっきの声が妙に耳に残っており、どうしても気のせいとは思えないのだ。

 やがてスラキチやロップル、そしてリムも欠伸をしながら起き上がる。よく眠れたらしく、清々しいと言わんばかりに元気な様子を見せていた。

 やはり声が聞こえたのは自分だけなのだろうか。マキトはそう思っていた。


「皆さんもお目覚めになられたようですし、朝食にしましょうか」


 ジャクレンがそう言うと、魔物たちが嬉しそうに反応する。そして皆で焚き火を囲い、採取した甘酸っぱい木の実で朝食を楽しんだ。

 冷たい水を飲んで頭がハッキリしたマキトは、不思議な声が聞こえなかったかと改めて確認してみる。

 それを聞いたラティとジャクレンは、不思議そうな表情で首を傾げていた。


「声ですか? 特に何も聞こえませんでしたよ?」

「僕も同じくですね。夢だったのでは?」

「そう思いたいんだけど……なんかそうは思えないんだよなぁ」


 手のひらに顎を乗せながら、マキトがため息をつく。するとジャクレンが、何か思い立ったかのように目を見開いた。


「もしかしたらそれは、魔物の声かもしれませんね」

「魔物の声?」


 マキトが訪ねると、ジャクレンが頷いた。


「とある古い記録に書いてありました。魔物使いが成長すると、魔物の声が聞こえるようになると」

「魔物使いにそんな能力が?」

「あくまで記録上の情報でしかありませんがね。確証はどこにもありません」


 とどのつまり、可能性の一つに過ぎないということだ。流石に判断のしようもなかったが、ラティは嬉しそうに興奮しながらマキトに詰め寄ってくる。


「でもでも、それが本当だったとしたらスゴイのです。マスターが他の皆とも話せるということなのですから!」

「ハハ……確かにな」


 興奮するラティを抑えつつも、話せたら便利だなぁとマキトは思った。今のところラティの通訳なしでは、スラキチの話していることを正確に把握することはできないのだから。

 ジェスチャーなどでそれなりに推測することはできる。しかしやはり話せるのとそうでないのとでは、天と地ほどの差はある。

 もし本当に魔物と話せるのだとしたら、是非とも目指してみたい。マキトはそう強く思うのだった。


「さて、それではマキト君。これからの僕たちの行動ですが……」


 雰囲気とともに話題を切り替えてくるジャクレンに、マキトたちが注目する。


「里の近くまで戻り、そこから封印されている守り神の元へ向かいます」

「ガーディアン・フォレストだっけ? リムと同じ霊獣で、凄く強いんだろ?」

「そうです。それを呼び起こして、マキト君がテイムさえできれば、ラッセル君と戦うための重要な手札となってくれるでしょう。その際には、ラティさんたちの力も存分に使っていただくこととなりますが」


 強い魔物を従えるとなれば、自分たちでその魔物と戦う必要性が高くなる。守り神と言われているガーディアン・フォレストも、決して例外ではないだろうと懸念されていた。

 そんなジャクレンの確認の言葉に対し、ラティがやる気に満ちた表情で、拳をギュッと握り締める。


「望むところなのです。マスターのために頑張るのです!」


 ラティの言葉に、スラキチもピョンピョン跳ねながら鳴き声を上げる。ロップルもリムも、マキトの肩に乗りながら笑顔を浮かべた。一生懸命頑張るぞと、そう言っているかのように。


「それでは、そろそろ後片付けをして、出発しましょうか」


 ゆっくりと立ち上がりながら言うジャクレンに、マキトたちも頷いた。焚き火の後始末をして荷物を手早くまとめ、まずは崖の上を目指すことに。

 キラーホークなど、空を飛べる魔物の力を借りて、あっという間に崖の上へとたどり着く。これもジャクレンのおかげであった。

 ここでマキトは、改めて疑問に思った。もしかしたらジャクレンは、元々自分と同じ魔物使いだったんじゃないかと。

 試しにその疑問をジャクレンに投げかけてみたところ――


「ご想像にお任せしますよ」


 と、いつも見せてくる笑みを浮かべて言ってきた。

 はぐらかされたのか、それとも全くの見当違いだったのかは分からない。しかしこれ以上問い詰めたところで、まともな回答なんて得られないだろうと、マキトは思っていた。


(まぁ、今は気にしないでおこう。早く守り神のところへ行かないとだもんな)


 そう自分の中で話をまとめたマキトは、前を向いて森の中を歩いていった。



 ◇ ◇ ◇



 特にこれと言ってトラブルもなく、順調に歩を進めるマキトたち。野生の魔物が通り過ぎたりしているが、敵意を向けられることもなかった。

 周囲を見渡しながら、ジャクレンが呟くように言う。


「この辺はもう、里の端っこのほうですね。ラティさん、何か怪しげな気配は感じませんか?」

「うーん……特に何も感じないのです」

「くきゅー」

「野生の魔物さん以外、この辺には誰もいなさそうだって、リムも言ってますね」

「そうですか。しかし油断はできません。慎重に行きましょう」


 ジャクレンの言葉にマキトたちは無言で頷いた。

 ラッセルやライザックが、気配を消して迫ってきている可能性もある。準備が整っていない今の段階で、無暗に遭遇することだけは避けたい。もっともライザックに限って言えば、襲い掛かってこない可能性も、十分にあり得る話であった。

 遠くから見守るだけか、もしくは目の前に現れて一言二言だけ告げて去るか。ある意味ラッセルよりもタチの悪い面倒くささを秘めている。ジャクレンはそう思えてならなかった。


(そんな彼とも長い付き合いになると言うのですから、分からないモノですね)


 ジャクレンがひっそりと笑い、それを見たマキトとラティが首を傾げる。しかしそれを問い詰めることなく、一行は森の中を道なりに歩き続けた。

 やがて小さな河原が見えてきた。綺麗な水が流れており、野生のスライムやグリーンスライムたちが、楽しそうに遊んでいる。


「水の補給がてら、少し休憩していきましょうか」

「さんせーなのです!」


 ラティが元気よく返事をし、魔物たちも一斉に河原へ向かっていく。ふとラティが振り返ってみると、何故だかマキトが呆然とした表情で立ち尽くしていた。


「マスター?」


 ラティの質問に反応することなく、マキトはジッと河原を――正確には、河原で遊んでいるスライムたちを見つめていた。


「なんか俺……前にもこんな感じの場所に来たような……」


 無意識に近い感じでポツリと呟くマキトに、ラティは一つの憶測を浮かべる。


「もしかして、マスターが小さい頃、この場所に来たんじゃないですか?」

「……ってことかなぁ?」


 かつて自分がエルフの里で暮らしていたことを考えれば、近所であるこの河原に来ていたとしても不思議ではない。現にマキト自身、河原で遊ぶスライムたちの姿が気になっていたのだ。

 まるで昔、自分もあそこで一緒に遊んでいたような、そんな気が。

 もう一度その光景を頭の中に思い浮かべようとしてみるが、今の自分が遊ぶことを望んでいる姿しか出てこず、昔の光景らしきモノはちっとも浮かび上がってこなかった。

 気味が悪いと思ったが、思い出せないモノは仕方がないと割り切り、魔物たちとしばしの休憩を楽しむことにした。

 水を補給し、冷たい水で顔を洗ったりして、気持ちをスッキリさせる。

 程なくしてマキトがジャクレンの隣に座りながら、改めて疑問に浮かんだことを訪ねてみる。


「なぁジャクレン。ガーディアン・フォレストって確か、ずっと昔に封印されたんだよな? そんなに危険な魔物だったのか?」

「そうですねぇ。これは僕も、あくまで書物で知っただけの話なんですが……」


 ジャクレンが青空を見上げながら、淡々と語り出す。

 ガーディアン・フォレストは、戦争が終わると同時に、人々から力を恐れられて封印された。結局は人々の身勝手過ぎる気持ちに陥れられたのだ。

 そう語るジャクレンの拳は震えていた。怒りを抱いていることが分かる。

 マキトは神妙な顔つきで、無言のまま聞いていた。ジャクレンの気持ちに肯定はしていなかったが、否定もしていない。

 彼の気持ちは少なからず分かるつもりでいるからであった。


「つまりジャクレンは、その守り神をなんとかして助けたいってことか?」


 マキトは呟くように質問すると、ジャクレンは目を見開いた。マキトのほうに顔を向けると、どこか射貫くような視線が飛び込んでくる。


「俺に守り神をテイムさせるってのも、ラッセルやライザックへの対策以上に、守り神を助け出したいって、なんかそんな感じがするんだよな。で、実際のところはどうなんだ?」


 しばらく覗き込むようにして見つめてくるマキトに対し、ジャクレンはお手上げと言わんばかりに両方の手のひらを上にあげた。


「……概ね正解だと言っておきましょう。キミの洞察力には脱帽ですよ」


 その答えを聞いたマキトは、正解したことが嬉しくなり、笑みを浮かべる。そして今度はジャクレンが、やや表情に真剣さを宿しながら訪ねた。


「しかしマキト君。ここまで話しておいてなんですが、僕がキミにウソを言っているとは思わないんですか? 仮にウソだとしても、キミに批判する資格がないことは明らかです。ダマされるほうが悪い。そう言われて終わるのが関の山ですよ」

「うーん。そう言われるとなぁ……」


 確かにそのとおりだとはマキトも思った。しかし――


「でも俺は、なんかウソじゃない気がするんだ。少なくとも、アンタがその魔物を助けたいっていう気持ちだけは、本当なんじゃないかって思ってる」

「つまりはキミの直感……ということですか?」

「まぁ、そんな感じ」


 頬をポリポリと掻きながらマキトは言う。自分でもどうしてそう思うのか、本当に分かっていないと言わんばかりだ。

 それを感じ取ったジャクレンは、フッと静かに笑みを零す。


「そうですか。なんともまぁ、キミらしい答えですね。ありがとうございます、マキト君。そう言ってくれて嬉しいですよ」


 嬉しそうな笑みを浮かべるジャクレンに、マキトは気恥ずかしさを覚え、思わず視線を逸らしてしまう。

 ここでジャクレンは、一つ気になっていることがあったので、それをマキトに話すことにした。


「ところで話は変わるんですが……どうにもさっきから、周りが静か過ぎるような気がするんですよね」

「……それって、なんかおかしいのか?」


 いきなり何を言い出すんだ、と言わんばかりにマキトが顔をしかめる。その反応も想定していたのか、ジャクレンは特に表情を変えることなく、説明に入った。


「エルフの里では、隠密隊というモノが存在します。外部からの侵入者を長老様へ即座に知らせるというのが、主な目的ですね」

「へぇー。それで?」

「既にここは里の内部。ならばそれらしき存在が一人くらいはいて、僕たちのことを見つけていても良さそうなんですが……」

「それらしきヤツが、どこにもいなさそうってことか?」

「えぇ」


 マキトの問いにジャクレンが頷いた。試しにマキトも周囲を見渡してみるが、風で揺れ動く木の葉っぱしか見えず、人物がいる様子は全くない。

 そもそも本当にそんな存在がいるのかと、そう疑問に思いたくなるほどだ。現にこの里に来て以来、隠密隊らしき存在が隠れている気配も感じられない。


「ちなみに言っておきますが、普通の方が隠密隊の存在に気づくのは不可能です。それほどまでに能力の高い者たちで構成されてますからね。例えるならば、エルフの里における精鋭部隊と言ったところでしょうか」

「なるほどね。俺みたいな素人に気づかれるようなモンじゃないってことか」


 うんうんと頷きながら納得するマキトは、あることに気づいてピタッとその動きを止め、訝しげな表情に切り替えつつジャクレンを見る。


「……ちょっと待て。じゃあ何でアンタには分かるんだよ? いないことが分かるってのは、そういうことなんじゃ……」


 つまりジャクレンには、普通の人じゃ見つけられないような隠密隊の存在を、普通に見つけられるほどの技量がある。そうマキトは指摘しているのだ。

 言い換えればジャクレンは、それだけ普通ではないということ。そんな疑惑を込めた問いかけに対し、帰ってきた反応は――


「僕もこれまで、色々と修羅場をくぐり抜けてきていますからね」

「いや、それだけで納得できるモンじゃないだろ……」


 ただマキトを項垂れさせるだけであった。それに反応することなく、ジャクレンは立ち上がりながら明るい声を出す。


「まぁでも、下手に見つかって面倒になるよりかは、マシだと言えるでしょう。むしろ好都合かもしれませんね」

「まるでドロボウみたいな言い方だな……いや、似たようなモンなのか?」


 今更ながら、マキトは自分たちがしようとしていることに気づいた。

 許可なく勝手に守り神を目覚めさせる。後でバレたら叱られそうなことだ。そもそも叱られて済むかどうかも怪しいところだが。

 しかし、現在の状況を突破するためには、やむを得ないことも確かであった。他に方法があれば良いが、残念ながら全く思いつかない。

 やはりこのまま突き進むしかない。それがマキトの結論であった。


「……とりあえず、そろそろ俺たちも出発するか?」


 マキトが重い腰を上げると、ジャクレンも同時にゆっくりと立ち上がる。


「えぇ、そうしましょう。ここから少し道を外れて進んでいけば、お社を祀る洞窟があるハズです」

「そこに守り神が?」

「恐らくは」


 その返事を聞いたマキトは、いよいよ守り神と対面する時が来たのだと思った。河原でのんびりと遊ぶラティたちを呼び寄せ、このことを話してみると、それぞれやる気に満ちた表情を浮かべていた。

 これはもう後戻りなんざできないなと、マキトは苦笑しながら思い、改めて覚悟を決めることにした。

 いざ河原を出発しようとした、まさにその時だった。


『たすけて――』


 それは確かに聞こえた。固まった表情とともに、マキトは立ち止まる。


「マキト君?」


 ジャクレンが振り向きながら訪ねるが、マキトは周囲を見渡してばかりで、それどころではないという感じであった。

 不思議に思ったラティが、マキトの元へ飛んでいく。


「どうかしたのですか?」

「なぁ、今確かに聞こえたよな?」

「……何がですか?」


 突然詰め寄るように問いかけてきたマキトに、ラティは驚きながらも聞き返す。

 その様子からして、本当に今の声が聞こえてないようだった。スラキチたちの様子を見ても、ワケが分からないと言いたそうな反応であり、誰も声を聞いていないことがよく分かる。

 ただ、ジャクレン一人だけが、目を細めていた。


「聞こえたんですね? 声は同じでしたか?」

「……多分。あと、助けてって……」


 戸惑いながら答えるマキトの言葉に、ジャクレンは顎に手を当てながら考える。


「もしかしたら……とにかく、急いで社のある洞窟へ向かいましょう!」

「あ、あぁ……」


 どこか緊迫した様子を醸し出しながら、マキトたちは道なき道を進み出す。それからしばらくの間、声が聞こえてくることはなかった。


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