第百八話 封印の洞窟



 エルフの里では、いつにも増して緊迫感が漂っていた。

 周辺にいる野生の魔物たちが狂暴性を増し、危険な状態にある。そんな報告が、隠密隊から続々と届いてきていた。当然ながら里にいる冒険者たちにも、その旨は耳に入っており、それぞれ武器の手入れなどを行い始めていた。

 戦いが始まるかもしれない。そんな考えはもはや、口にするまでもなかった。

 セルジオの屋敷でも、その緊迫感からか、妙な静けさが漂っていた。

 そんな中、広間に集められたアリシアたちに、隠密隊のレドリーから情報が与えられる。それは十分に彼女たちを驚愕させるモノであった。

 皆が口を開けて驚く中、アリシアが恐る恐るレドリーに尋ねる。


「ラッセルが魔物たちを?」

「少なくとも、中心として君臨している様子は見受けられた。これがどういうことを意味しているのかまでは、流石に我々でも判断が出来なかったがね」


 狂暴性を増した魔物たちの中に、ラッセルを発見した。魔物たちはラッセルを襲うどころか、むしろラッセルを親玉として捉えている節すらあったという。

 そんな情報を提供したレドリーは、実に淡々とした様子を見せていた。

 あくまで一つの仕事を通したに過ぎない。アリシアたちがどう受け止めようが、それは自分の管轄ではないと、そう言わんばかりに。


「どうもこうも……ラッセルが魔物たちを仕掛けたってことじゃ?」

「その考えで済ませるのは、早計だということだ」


 ジルが疑問を呈したところに、セルジオが広間に入ってくる。そしてレドリーに視線を向けた。


「ご苦労だったなレドリーよ」

「はっ! ところで、守り神のほうですが……」

「依然として静かなまま……それが全く変わる様子もないのだろう?」

「左様でございます」


 会釈しながら答えたレドリーの言葉に、セルジオはしばし考え、そして頷いた。


「分かった。隠密隊は今後、現在騒がしい部分に的を絞り、監視を続けるよう伝えてくれ。守り神のほうはワシが直接見てくるとしよう」

「御意!」


 セルジオの指示に跪きながら受けるレドリーは、そのまま天井に姿を消した。

 程なくしてオリヴァーが、苛立ちながら拳を握り締める。


「くそっ……今すぐにでもラッセルを止めに行きてぇが……」

「あたしたちだけじゃ、対抗手段に欠けるんだよね。何かもう一手ないと……」


 ジルが頭をこめかみに指をあて、目を閉じながら言う。その時広間に、一人の少女が入ってきた。


「私にも手伝わせてください!」

「セシィー?」


 突然の登場に驚くコートニーをよそに、セシィーは杖をギュッと握り締め、決意を固めた表情を見せる。


「コートニーさんのおかげで、魔法の制御も出来てきました。それを実践で確かめたいんです。どうか……どうかお願いします!」


 セシィーがバッと勢いよく直角でお辞儀をする。周囲が戸惑う中、セルジオがふむと頷きながら呟くように言った。


「確かに、彼女の魔法の威力は本物だ。戦い方次第で、何かしらの突破口が見えて来るやもしれぬな」

「俺は良いぜ。邪魔にさえならなけりゃあ、文句はねぇさ」

「あたしも別にいいけど……」


 オリヴァーとジルが続けて了承すると、アリシアが小さく笑みを浮かべた。


「なら、決まりだね。それでどうやってラッセルを探すかだけど……」

「そんなお前さんたちに朗報がある」


 セルジオの言葉に六人が一斉に注目した。


「これから冒険者や里の護衛隊を集め、チームを組んで魔物討伐に向かってもらおうと思っておる。お前さんたちもそれに参加するのだ。運が良ければ、ラッセルと出くわせるかもしれんぞ」


 それを聞いたオリヴァーが、腕を組みながら納得するかのように頷いた。


「確かに……無暗に探し回るよりかは良いかもな」

「他のチームから情報をもらう手もあるし、一番の得策かもね」

「なら決まりだね!」


 アリシアとジルが同意し、六人は魔物討伐に参加するということで決まった。

 セルジオは広間の出口に視線を向ける。そこにはいつの間にか、ドロシーが直立不動で控えていた。


「ドロシー、後を頼む」

「はい。すぐに招集をかけます。皆さんもどうぞこちらへ」


 アリシアたち六人に促すドロシー。いきなりの登場に驚きつつも、六人は護衛隊の一人に案内され外へ向かう。

 それを見送ったドロシーは、セルジオに視線を向ける。


「長老様は守り神のほうへ?」

「うむ。今のところ静かではあるようだが、用心に越したことはないからな」

「お気をつけください。念のため、隠密隊の一人を……」

「構わんよ。ワシを誰だと思っておる? まだまだ衰えてなどおらんわい」

「……失礼いたしました」


 セルジオの強気な発言に、ドロシーは渋々頷いた。ここでセルジオが、ふと思い出したように訪ねる。


「そういえば、あの冒険者たちはまだ目覚めておらんのか?」

「はい。命に別状はありませんが……」

「そうか。ブレンダ共々、しばらく看病のほうをよろしく頼むぞ」

「承知いたしました」


 ドロシーが深くお辞儀をするのを見て、セルジオは静かに広間を後にする。そしてそのまま屋敷の裏口を目指し、廊下を歩き始める。表口のほうは、冒険者や護衛隊でごった返しているだろうと予想したからだ。

 表――つまりセルジオの背中から、威勢の良い冒険者たちの掛け声が聞こえる。討伐に向けて動き出したようだ。

 裏口は当然ながら人っ子一人おらず、実に静かであった。表側からの冒険者たちの声が届いてくる。それを聞きながらセルジオは、北西側の里の外れに向けて歩き出した。


(この騒ぎが守り神を狙っているモノではない……としても、それとは別の何かが起きようとしておる。どうにもそんな気がしてならんわい)


 そんな予感を抱きつつ、セルジオは守り神の元へ向かうのだった。



 ◇ ◇ ◇



 コートニーたち六人が魔物討伐に向かっているその頃、マキトたちは守り神が封印されている洞窟の前にやってきていた。

 周囲にヒトは勿論のこと、魔物の気配すら全く感じられない。妙に不気味な雰囲気を醸し出す中、マキトが洞窟を見上げながら訪ねる。


「ここに守り神が?」

「えぇ」

「キイィ……」


 ジャクレンが頷くその足元では、スラキチが険しい表情を浮かべている。リムやロップルが、体を震わせながらマキトにしがみついていた。それをマキトが優しく撫でながら落ち着くよう諭す。


「落ち着けよ。そんなに怖がることもないって」

「でもマスター。なんだかこの先から、途轍もない魔力を感じるのです」


 ラティが震えながらマキトの隣に飛んでくる。ふとマキトがリムやロップルを見てみると、どことなく警戒心を高めている様子であった。


「もしかして……お前たちも、その魔力を感じ取っているのか?」

「きっとそうでしょうね。何しろ封印には――」

「強い特殊な魔力が使われておるからな」


 ジャクレンの言葉を遮るように続いた声は、後ろから聞こえた。一同が慌てて振り向いてみると、そこにはセルジオが歩いて来ていた。


「じ、じいちゃん?」

「ホッホッホッ、まさかお前さんたちがおるとはの」


 まさかの再会に、マキトたちは大いに驚いた。

 そしてひとまず落ち着きを取り戻す狙いも込めて、洞窟から少し離れた場所に腰を落ち着け、マキトたちはこれまでの経緯をセルジオに話した。

 全ての話を聞き終えたセルジオは、納得するかのように深く頷いた。


「なるほど……つまりはラッセルに遭遇し、手痛い敗北を受けたということだな。それをこちらの御仁が助けてくださったということか」


 セルジオはジャクレンのほうに視線を向ける。


「ジャクレンと言ったかね? ワシの知人を助けてくれたこと、感謝する」

「いえいえ。僕も彼の知人として、当然のことをしたまでですよ」


 深くお辞儀をして礼を言うセルジオに、ジャクレンは微笑みながら応じる。それに改めてセルジオは頷き、マキトたちのほうへ視線を戻す。


「それにしても……本当によく無事に生きておったな」


 それがマキトと再会した時点での、セルジオの率直な感想であった。


「ジャクレン殿が近くにおった点もさることながら、全員揃って崖下に落ちたという点も良かったと言えるだろう。そのおかげでラッセルも、お前さんたちが死んだと思って見逃した可能性が極めて高いからな。お前さんたちの幸運は、実に凄まじいモノということだな」

「えぇ。それには僕も同感ですね。それが彼らにおける、立派に誇れる才能の一つだと思っています」

「そうだな」


 セルジオは頷きながらも、横目でこっそりとジャクレンを観察する。


(ふむ、このジャクレンという男は、少なくともワシらの……いや、マキトたちの敵ではなさそうだな)


 セルジオは直感で思いつつ、話を進めることにした。


「さて……お前さんたちが守り神の封印を解こうとしていることは分かった。長老という立場上、あまり賛成はしたくないのだが……」


 厳しい表情を浮かべたと思いきや、セルジオはどことなく気まずそうな雰囲気を醸し出す。そして頬に一筋の汗をたらしながら切り出した。


「実はここだけの話だが、封印の魔力がそろそろ切れかけておる頃なのだ。魔力を貼り直そうにも、当時の記録が全く残っておらんでな。再封印は事実上不可能に等しいのだ」

「……いや、それってもう、選択の余地なんてない気がするけど……」


 呆れた表情で頬を掻きながら、マキトは言った。セルジオは返す言葉もないと言いたげに苦笑しつつ、改めてマキトに力強い視線を向ける。


「マキトよ、お前さんはラティを筆頭に、様々な珍しい魔物を手懐けてきた。今回も奇跡を起こしてくれるのではと、正直ワシは期待しておる。エルフの里の長老として頼む。守り神――ガーディアン・フォレストを救ってはくれんか? 身勝手なこととは承知しておるのだが……」

「あぁ、いいよ」


 セルジオの重々しい口振りとは裏腹に、マキトの返事は見事なまでにアッサリとしていた。

 一瞬で空気がガラリと切り替わったといっても過言ではない。現にセルジオだけでなく、ジャクレンまでもが純粋に目を見開いてマキトを凝視していた。

 それに気づいていないマキトは、安心したかのようにケラケラと笑い出した。


「むしろ反対されなくて良かったよ。そうと決まれば、早速行こうぜ」


 マキトが立ち上がり、魔物たちもやる気満々な表情で洞窟を見上げている。それを見ながらジャクレンがセルジオに言う。


「行きましょう。今は事を早く進めるべきです」

「うむ……確かにそうだな」


 セルジオは頷き、ゆっくりと立ち上がり歩き出す。

 マキトたちやジャクレンも後に続く形で、洞窟の中へと入っていくのだった。



 ◇ ◇ ◇



「守り神は霊獣に分類されておる。同じ霊獣であるリム、そしてずっと森の中で暮らしてきたロップルやラティ。これらの存在が大きなカギとなるやもしれん」

「ピキーッ!!」

「おぉ、スマンスマン。スラキチのことも、ちゃんと期待しておるぞ」


 洞窟の中は意外と広く、話をしながら進んでいることもあり、それほど不気味さは感じられない。僕を忘れるなとツッコむスラキチに、苦笑しながら宥めるセルジオの姿が、なんともほんわかした空気を作り出す。

 しばらく洞窟を進んでいくと、ジャクレンが話していた社が見えてきた。

 所々開いている天井から光が入り込んでおり、社のある広間は妙に明るい。社はかなり古ぼけており、大分昔に作られたということがよく分かる。

 一見するとただの飾りにしか見えず、魔力で何かを封印しているようにはとても見えなかった。


「どこにも守り神っぽいのは見えないけど」

「今のままでは姿は見えんよ。魔力を開放しないことにはな」

「へぇ……なるほどね」


 呟きながらマキトは自然と一歩前に踏み出した。その時――


「うわっ!?」


 突然、社が青白く光り出した。マキトは驚いて一歩引いてしまう。その間も、社から溢れ出る光は収まるどころか更に増殖していった。

 光は洞窟の壁と地面を伝い、一面余すことなく、紋章のような形を描いていく。

 マキトはその形に見覚えがあった。隣に浮かぶラティを見ると、違和感の正体がすぐに分かった。ラティたちの額にあるテイムの印と酷似しているのだ。

 何か関連性があるのか、それともたまたま似ているだけか。マキトが判断に困っている間にも、光はどんどんマキトたちを包み込むように眩さを増していった。


「長老様、これは一体……」

「マキトに反応したように見えたが……それとも魔物たちの魔力か?」


 ジャクレンとセルジオが呆然としながら周囲を見渡す。まだまだ光は収まる様子を見せず、このまま大爆発でも起こすのではないかと思わせるほどだった。

 すると次の瞬間――


『たすけて――ここからだして――』


 その声は聞こえた。マキトはハッとした表情で目を見開いた。


「マスター! 今のは……」


 ラティの驚きに満ちた叫びが放たれる。


「聞こえたのか?」

「はい!」

「ピキーッ!」

「キュウ!」

「くきゅーっ!」


 マキトも驚きながらラティに尋ねると、ラティに続いて魔物たちも次々と鳴き声による返事をしてきた。

 どうやら皆にも聞こえたらしい。マキトはそう判断した。そしてその声は、彼らの後ろに控えるジャクレンとセルジオにも――


「僕にも聞こえましたね」

「あぁ、ワシもだ。マキトよ、お前さんが聞こえたという声は……」

「これだよ! この声に間違いない!」


 セルジオの問いかけに、マキトは反射的に叫ぶ。すると光が更に眩さを増し、とうとう周囲を真っ白に染まらせていった。

 マキトは声を出す間もなく、咄嗟に目を閉じながら手を目の前に掲げる。

 そしてようやく光が収まったのを察したマキトが目を開けると、そこには色のない世界が映し出されていた。


「これは……エルフの里なのか?」

「色が全然ないのです」


 マキトとラティが見渡すその景色は、確かにエルフの里の集落だった。見渡す限り白黒である以外は、自分たちが良く知っている光景に似ていた。

 そう、似ているだけであって同じではなかった。建物の様子もそうだが、なにより訓練場らしき場所がない。単なるそこら辺の森と同じだった。

 これは一体どういうことなのか。ここはエルフの里ではないのか。

 マキトやラティがそう疑問に思っていると、セルジオの唸り声が聞こえてくる。


「うーむ、もしや……」

「おじーちゃん、何か心当たりでもあるのですか?」

「うむ。確証はないのだが……むっ?」


 ラティの疑問に答えようとしたその時、一人の若い青年が、数人の男たちを引き連れて歩いてくるのが見えた。


『タゼリス様、今日は俺たちにも、魔法の極意を教えてくださいね!』

『おぅ、構わねぇぜ』


 意気揚々と目の前を歩いていく青年たちは、マキトたちに気づく様子もない。青年たちを見送りながら、セルジオが呟くように言った。


「あれは何代か前の長老の若き姿だ。タゼリスという名からして、恐らく間違いはないだろう」

「……ってことは、これはずっと昔のエルフの里ってこと?」


 そうであるならば、自分たちの知っている光景と少しばかり違うのも頷ける。しかしマキトは、更なる疑問が浮かんでいた。


「なんでそんなのが突然……」

「守り神が僕たちに何かを見せようとしている……と言ったところですかね?」

「かもしれんな」


 ジャクレンの言葉にセルジオが頷く。

 すると急に、目の前の光景が動き出した。流れるように、まるで自分たちが浮かんでいるような錯覚にさえ陥る。

 平和な光景が続いたり、激しい戦火が広がったり。そしてそれが収まり、人々は俯きながら片づける。

 復興――という意識はお世辞にも感じられない。どうせまたすぐに同じことが起こるんだからと、そんな呟き声が深いため息とともに聞こえてくる。

 数十年前は戦争の時代だった。これはまさに、その真っ只中の光景なのだ。

 森が真っ赤に燃える。白黒なのにそれがよく分かってしまう。それほどまでに凄まじい勢いが、目の前に広がっているのだ。

 容赦も情けもない。夢も希望もない。あるのは地獄。もはや日常と化した辛さと苦しさが入り混じる世の中を、人々は生きている。

 光景は更に流れていく。

 またしても激しい戦火が、一瞬にして森を火の海にさせる。これ以上燃えたら、何も残らない焼け野原になるのではないかと、そう思いたくなるほどだった。

 その時、ジッと流れゆく光景を見つめていたラティが、視線を逸らさぬままポツリと呟くように言った。


「マスター。これを見ていけば、守り神さんが封印された理由が、ハッキリと分かるような気がするのです」

「だな。折角だから、守り神の過去をしっかりと見よう。お前たちも良いな?」


 マキトの問いかけに対し、魔物たちが強い表情で鳴き声による返事をした。そしてセルジオもまた、心の底から納得するかのように頷いていた。


「確かにマキトの言うとおりだ。しっかりと過去を知るためにも、この光景から目を逸らしてはならんぞ!」

「はい!」


 強く返事をするジャクレンの表情も、いつもの笑顔は鳴りを潜めていた。

 そして更に景色は動き出す。戦火が広がる中、タゼリスがたった一人で森の奥へと走り出して行った。

 自然とタゼリスを追いかける形で、景色は森の奥へ。そしてタゼリスが辿り着いた場所は――


「……これってもしかして、俺たちがいた洞窟じゃないか?」


 明らかに見覚えのある洞窟の入り口に、マキトは思わず呟くのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます