第百六話 追憶~遠ざかる約束~



 翌朝、スフォリア王都へ行く馬車の準備が進められる中、子供たちがセルジオに別れの挨拶をしていた。


『長老様、お世話になりましたーっ!!』

「うむ。元気でな。またいつでも遊びに来なさい」


 セルジオの言葉に子供たちが元気よく返事をすると、それぞれ用意された馬車に乗り込んでいく。

 その時ふと、アリシアが周囲を見渡した。マーキィを探しているのだ。もしかしたら見送りに来てくれているかもしれないと思ったからだ。

 しかしどこにもそれらしき姿は見当たらない。むしろ自分たち以外の里の子供の姿すら見えないくらいだ。まだ朝もかなり早いため、無理もないだろうと、アリシアは思っていた。


(でも、昨日ちゃんと約束はしたからね。絶対また遊びに来るんだから!)


 アリシアは拳をグッと握り締め、心なしか力強い踏み込みで馬車に乗り込む。それを見たジルが、どうしたんだろうと疑問に思い、首を傾げていた。

 ラマンドも乗り込み、子供たちを乗せた馬車が走り出す。

 去りゆく馬車に向かって、見送りに来た大人たちが手を振り続ける。子供たちもまた、見えなくなるまで元気良く手を振り続けていた。

 そんな中、アリシアが遠くの隅のほうで、スライムたちとともに小さく手を振っている少年の姿を見つけた。

 落ち込み気味だったアリシアは、途端に眩い笑顔を見せ、元気良く手を振る。

 エルフの里が見えなくなり、子供たちが落ち着いたところで、ジルがアリシアにニンマリとした笑みを浮かべて近づいてきた。


「ねぇねぇアリシア。なんだか凄くご機嫌だよね? もしかして昨日の男の子が、見送りにでも来ていたのかにゃあ?」


 その表情と語尾からして、あからさまにからかいに来ていることは、アリシアにも分かった。しかしそのことについて、否定する気もなかった。


「うん、そうだよ。また一緒に遊ぶ約束もしたし」


 明るい表情でアリシアがそう答えると、ジルがポカンと呆けてしまう。


「え、あ、そ、そうなんだ、へぇー……」


 途切れ途切れの言葉で繋ぎつつも、ジルの頭の中は戸惑いで満ちていた。

 いつもなら顔を真っ赤にしてワタワタしてくるハズなのに、まさかこんなに強気に来られるとは思わなかったのだ。


「新しい友達ってことだね。良かったじゃん」

「うんっ♪」


 ジルの表情は戸惑いで引きつっていたが、アリシアは気づかなかった。

 それ以降も彼女の機嫌の良さは耐えることはなかった。ラッセルが気になって尋ねる場面もあったが、アリシアがそれについて答えることはなく、他の女子たちに呼ばれたことで、その質問は自然と打ち切られた。

 やがて馬車を休ませるべく、手頃な場所を見つけ、休憩の時間となった。

 軽食を摂りながら、ラマンドが子供たちに向かって言う。


「皆、王都に着くまで、まだ何日もかかるからな。気を緩めるんじゃないぞ!」

『――はいっ!』


 その後も順調に馬車は進み、特に何事もなく、ラマンドと子供たちを乗せた馬車は王都に到着。それぞれ無事に親の元へ帰ることが出来た。

 ラッセルたちが初日に起こした騒動は、一足早く親の元にも伝わっており、更なる説教が待ってはいたが、セルジオの口添えも含まれていたことで、幾分軽いモノで済んでいた。

 ラッセルとオリヴァーの二人は、それぞれの親に頼み込み、本格的に剣の修行を行うことを許してもらった。

 里での自由行動の際、冒険者たちの訓練に特別で体験させてもらい、将来は絶対に冒険者になりたいと強く思うようになったらしい。

 そんなワケでアリシアは、自然とジルと二人で過ごす時間が多くなった。

 マーキィと過ごした時間のことも改めて話すと、案の定ジルから、ニヤついた笑みとともにからかわれる。しかしすぐにそれは鳴りを潜め、いつかちゃんと紹介してよねと言われた。

 アリシアは勿論と返事をする。そして今度会ったときには、マーキィと何をして遊ぼうか、どんなことを話そうかなど、ワクワクしながら考えていくのだった。


「おい、聞いたかよ? エルフの―――で――――ったんだってよ!」

「聞いたよ。それで確か―――んとこの――子が消え―――いな――っけか?」


 どこか遠くで、そんな町の人々の声が聞こえたような気がしたが、アリシアたちがそれを気にすることはなかった。



 ◇ ◇ ◇



 それから、数年の時が過ぎた。

 魔法の才能が開花されたアリシアは、今日も魔導師の元で指導を受け、魔力を動かす練習に励んでいる。

 集中していた。森の中ということもあって、人の声はなく、聞こえるのは風に揺られる木の葉の音だけだった。

 アリシアがかざした両手の中に、風が集まってくる。やがてそれは一つの小さな球体を作り上げた。緑色に光るその魔力に、アリシアは思わず驚いたところで、魔力の球体は消えてしまう。


「最後の最後で集中を乱したね。いくら魔力を生成できたとしても、それをちゃんと運用できなければ、何の意味もありませんよ」

「……すみません」


 先生である女性魔導師のサーシャに窘められ、アリシアはしょんぼりする。それでもサーシャの表情は厳しいままであった。


「何をボケッとしてるのですか? 早くもう一度やってみせなさい」

「は、はいっ!」


 それからもアリシアの練習は続いた。シゴキといっても過言ではないだろう。それだけサーシャの教えは厳しいモノであったのだ。

 しかしそれを悪く言う者は、アリシアを含めて一人としていなかった。サーシャのおかげで、アリシアの魔法の腕は格段に上がっていたのだから。

 また、サーシャも口に出してはいないが、アリシアに対して可能性を秘めていると見込んでいた。本当に才能や向上心がなければ、そもそも見向きすらしない。特にサーシャの場合は、多くの人物がそれに値してしまう。

 要するにサーシャが誰かの面倒を見ることが、周囲からすれば珍しいことだったりするのだ。彼女を良く知る者たちも、こぞって驚きを隠せないほどに。

 そんな感じで何かと周囲をザワつかせつつ、今日もアリシアの練習が終わりに差し掛かる。


「それでは戻りましょうか。今日の練習はここまでとしましょう」

「はい。ありがとうございました」


 アリシアとサーシャは、セルジオの屋敷に向かって歩き始めた。そう、アリシアは現在、エルフの里にいるのだ。

 数年ぶりに訪れた自然に包まれた場所は、六歳の時に見た光景と変わらない。

 しかしながら、確かに違う部分もあるのだった。


(この道……前にマーキィと一緒に歩いた道だ。懐かしいなぁ……)


 少年と初めて会った時のことを、アリシアは思い出す。そして、随分と後になってから知った事実が、記憶として蘇ってきた。


(マーキィは今頃どうしてるんだろう? 本当に家庭の事情で、遠くへ引っ越しただけなんだよね?)


 アリシアたちが王都へ戻って来てから数日後、王都からエルフの里へ行くことができなくなってしまった。何かしら事件が起こったというウワサも流れたが、真相は闇の中だ。

 当然それは、子供たちの耳にも入っていた。アリシアはマーキィが心配だった。怖い出来事に巻き込まれてないかどうか、気になって仕方がなかった。

 それから一年が経過した頃、ようやく王都からエルフの里へ向かうことが出来るようになった。ラマンドが様子を見に行くと聞いたアリシアは、必死に頭を下げて頼み込み、なんとか同行させてもらった。

 久しぶりの里は、見たところ大きな変化は見られなかった。どうやら魔物の襲撃があったワケでもなさそうだった。

 しかし、肝心のマーキィ親子の姿はどこにもなかった。

 マーキィの両親であるリオとサリアが長い期間、遠い地方で冒険者の仕事をしなければならなくなった。そこでマーキィを連れて引っ越したのだと、セルジオの口から説明された。

 それについて疑う者はいなかった。冒険者が仕事の都合で活動拠点を大きく変えることは、これと言って珍しくもないからだ。

 しかしアリシアは、その時のセルジオの表情が気になっていた。


(思えばまるで、何かを誤魔化そうとしていたような……それにマーキィの引っ越し先も、長老様は知らないってばかり……本当は一体どうなんだろう?)


 真実かもしれないしウソかもしれない。それを明確にする手段が、今のアリシアには全くない。

 加えて本格的に魔法の訓練を行うようになり、段々とマーキィの存在自体が過去のモノとなりつつあった。アリシアはそれを自覚しており、申し訳なさと物悲しさを味わっていた。

 現に今も、アリシアは落ち込んだ表情で俯きながら歩いている。これももう、幾度となく繰り返してきた光景であり、隣を歩くサーシャも驚くことなく、また始まったかと言わんばかりの苦笑を浮かべていた。


「気になりますか? アリシアさんの思い出の少年とやらのことが」

「えっ? あ、いやえっと、その……」

「恥ずかしがることはありませんよ。誰だってそのような思い出の一つや二つは、胸に秘めて大切にしているモノですからね」


 サーシャはアリシアの肩にポンと手を置きながら、ニッコリと微笑んだ。


「思い出に引きずられることは確かに良くないかもしれませんが、思い出を捨てることは決してありません。思い出を力に変え、立派に大成している人も、世の中にはたくさんいます。アナタも将来、その中の一人になればいいだけの話ですよ」


 その声色と表情は、サーシャが普段、滅多に見せないモノであった。アリシアは思わず驚いて呆けてしまうが、数秒後には我に返り、ハイと強く返事をする。

 話が終わり、二人は歩き出す。心なしか二人の距離は、いつもより少しだけ縮まっているように見えていた。

 アリシアの心は、今までになくスッキリとしていた。しかしそれにより、前々から薄々感じていたことが、ようやく自分の中でハッキリと思えるようになった。

 もうマーキィとは、会えないかもしれないと。あの時交わした約束は、限りなく遠ざかってしまったのだと。

 殆ど無意識に等しい考えではあるが、何故かそう思えてならなかったのだ。

 せめて、楽しく元気に生きていてほしいと、切に願いながら。


 それから数年後、儚くも運命的な再会を果たすことを、彼女はまだ知らない。



 ◇ ◇ ◇



 アリシアはハッと我に返った。幼い頃の記憶から戻ってきたのだ。

 コートニーの話で、疑問の殆どが明らかとなった。マキトが十年前、マーキィという名の男の子だったこと。遠くへ引っ越したという事実は偽りであったこと。

 そして――もうあの時の男の子とは、二度と会うことが出来ないのだと。


(マキトは十年前のことを全く覚えていない。あの様子だと、もう二度と思い出すこともなさそうだし……マーキィとは同一人物であって同一人物じゃないって、要はそういうことなのかもね)


 自分の中でそう整理したアリシアは、どこかスッキリした表情を浮かべていた。そして立ち上がりながら、コートニーに向かって言う。


「私たちもそろそろ寝よっか。明日に備えてしっかり休まないと」

「急に元気だねぇ」

「気持ちはちゃんと切り替えていかないとだよ。今考えるべきなのは、マキトたちとラッセルのことだからね!」

「……確かに」


 コートニーが頷き、二人で部屋を出て、それぞれ割り当てられた部屋に戻る。

 やがてセルジオの屋敷の明かりが殆ど消え、灯っているのはセルジオの執務室だけとなった。

 既に現在起きているのも、セルジオただ一人となっていた。

 昼間に比べて部屋の中は書類で散らかっており、セルジオはその中央で、とある分厚い一冊の本を閲覧していた。

 パラパラとページをめくっていく中、とあるページを開いた瞬間、手が止まる。


「これは……!」


 セルジオは目を見開き、自然とそのページを凝視する。

 左右に視線を行ったり来たりさせつつ、そこに書かれている内容を頭の中に把握させていく。そしてとある箇所に、セルジオの視線は止まった。


「やはり今回の黒幕は、お前さんだと言うのか――――ライザックよ」


 重々しいセルジオの呟き声が、静まり返った室内に大きく響き渡るのだった。


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