第百一話 封印されている守り神



 アリシアたちは、手負いのブレンダをセルジオの屋敷まで運んだ。

 その様子に里の人々や冒険者たち、そしてセルジオ本人も相当驚いていたが、今はそれどころじゃないというアリシアの言葉に、皆が押し黙るのだった。

 本人は全く気づいていなかったが、その時のアリシアの気迫は相当であり、セルジオでさえ思わず戦慄したというのはここだけの話である。

 治療を施したブレンダを寝かせ、セルジオはドロシーに看病を頼み、アリシアたちを執務室に案内した。

 そこで改めて、森で何があったのかを全て聞き、セルジオは重々しく頷いた。


「話はよく分かった。ブレンダを助けてくれたこと、長老として礼を言う」

「いえ、当然のことをしたまでですから。それよりも問題は……」

「分かっておる。ラッセルとマキトたちのことだろう? ワシもそのことで、お前さんたちと話したいと思っておったところだ」


 明らかに焦るを含ませているアリシアの言葉を、セルジオが遮りつつ、温かい笑みで落ち着かせようとする。

 前のめりになっていた体制から、姿勢を正して座り直すも、アリシアは心ここにあらずと言った感じであった。

 その理由は、ここにいる誰もが察していた。

 アリシアを横目でチラリと見つつ、コートニーがセルジオに尋ねる。


「マキトたちの居所は、まだ分からないんですか?」

「うむ。少なくとも里へ戻って来てはおらんな。無事でおると良いのだが」

「そうですか……」


 コートニーが俯きながら、膝に乗せる手をギュッと握り締める。心配であるという気持ちと、無事であることを信じたいという気持ちが折り重なっているのだ。

 それを察しつつ、セルジオは顔を上げて、再び話を切り出す。


「ラッセルに憑りついた悪い魔力だが……恐らく誰かの手によるモノだろう。問題は誰が何の目的で仕掛けたのか。お前さんたちに、心当たりはあるかね?」


 尋ねられたアリシアたちは、それぞれお互い顔を見合わせる。そしてジルが、首を傾げながら唸るような声を出した。


「うーん、見当もつかないですね。そもそも自然発生の可能性はないんですか?」

「あり得ん話ではないが、現実的とも言い難いだろうな。ウェーズリーからの便りを読む限り、ラッセルはスフォリア王都内で陥れられたとある。もしもこれが自然に発生した魔力ならば、町中にはびこる悪い魔力が見逃されていた、ということになる。ギルドが……特にウェーズリーがそんなヘマをするとは到底思えん」

「そうかもしれねぇですね。特にスフォリア王都は、魔法の運用に力を入れているワケですから、そこらへんは人一倍気をつけているのが自然でしょう」


 セルジオの言葉にオリヴァーが頷きながら言う。ここでアリシアが、顎に手を当てながら口を開いた。


「でも、それならそれで疑問が一つ残りますね。誰かがやったのだとしたら、その異変が全く感じられなかったことになる、ということなんじゃ?」

「それについては、あながち不思議な話でもないだろう。周囲に己の実力を悟られないように、魔力を巧みに制御する。腕の立つ魔導師ならば十分に可能だ。しかしそれならそれで厄介でもある。大きな騒ぎが終わった直後とはいえ、誰一人として気づかせないというのはな」

「ギルドマスターであるウェーズリーさんを含め、腕利きの冒険者は王都にもたくさんいるから、尚更だということですね?」


 コートニーの質問に、セルジオはその通りと言わんばかりに頷いた。その返事に納得はできたが、コートニーの中に新たな疑問が生じていた。


「要するにそれだけの実力者に付け込まれたってことですよね? それにしては、ラッセル以外の人が被害に遭った、という情報がなさそうなんですけど……」

「言われてみりゃそうだな……そんだけできるんなら、無差別に王都の冒険者たちを陥れて、更なる大混乱を起こしていても、何ら不思議じゃねぇか」


 オリヴァーが納得するように頷き、すぐに疑問顔に切り替わる。


「しかしそれならそれで分かんねぇな。ラッセルだけを引っかける得が、一体どこにあるってんだか……」

「そう考えると、ラッセルも単なる囮でしかなかったりしてね」


 ジルが軽い口振りでそう言った。場の空気が重くなっていたので、ほんの冗談を交えただけのつもりだった。

 叱られてでもこの空気を取り換えたかった。きっとオリヴァーあたりから、急に何をバカなことを言ってるんだ、というツッコミが来るだろうと予測していた。

 しかしそれはセルジオの反応によって、見事裏切られることになる。


「ふむ……ジルの予測は、存外間違っておらんかもしれんぞ」


 ジルは思わず目を見開いて硬直する。それだけ予想外の反応だったのだ。まさか的を得ているとは思わなかった。

 すぐに我に返り、戸惑いの表情に切り替えながら、ジルはセルジオに尋ねる。


「それって、どういうことですか? もしかして、この里にある何かを狙うのが、敵の本当の目的とか?」

「詳しいことはまだ分からんが、その可能性も捨てきれんだろう。歴史の長いこの里には、魔法絡みで狙う価値のあるモノが、それなりに眠っておるからな」


 淡々と語るセルジオの前で、アリシアたち四人は呆気に取られていた。それを見たセルジオは、思わず苦笑を浮かべてしまう。


「そんなに驚くことでもなかろうに。本来この里は隠れ里。すなわち人から知られんことを想定して、秘密裏に作られた里だったのだぞ? 子供が秘密基地を作るのとはワケが違う。ちゃんと隠さねばならん理由があってのことだ」


 セルジオの言葉を聞いたコートニーたちは、気まずそうな反応を見せる。


「その……ボクは正直、隠れ里という名の修行場所だと思ってました」

「あ、それあたしも思ってた」

「俺もだ」

「すみません。私もです」


 そんな四人の反応を見たセルジオは、思わず声を出して笑ってしまっていた。


「まぁ、お前さんたちの世代からすれば、そう見えるのが自然だろうな。そう気にすることもないぞ」


 そしてセルジオは、この話を締め括ろうと言葉を続ける。


「とりあえずこの件の黒幕については、もう少しワシのほうで、考えをまとめてみよう。ラッセルを闇から解放することも含めてな。とりあえず今日は、ここらへんにしておこう」


 既に夜も遅い。これ以上煮詰めたところで、良い考えが浮かぶこともない。

 そんなセルジオの言葉に、アリシアたちも頷いた。どこか後ろ髪を引かれる様子を醸し出していたが、それもまた仕方がないと、セルジオは思った。



 ◇ ◇ ◇



 コートニーたち四人がセルジオの執務室を後にし、部屋にはセルジオ一人だけが残っていた。

 セルジオは淹れたての熱いお茶を一口飲み、ゆっくりと深く息を吐く。そして揺れ動くカップの液体を見つめながら、脳裏に考えを浮かばせる。


(封印されておる守り神……まさかアレを呼び覚ますつもりなのか?)


 セルジオは静かに立ち上がり、戸棚の引き出しの奥から古ぼけた箱を取り出し、その中から色あせた文献を一冊取り出した。

 文献を開くと、そこには数十年前、エルフの里の奥地に封印された守り神について詳しく書かれていた。

 れっきとした魔物ではあるが、戦争時代にとある人物に従えており、戦火の炎から里を守ってきた。里の人々はいつしかそれを守り神として、大切にあがめるようになっていた。

 しかし戦争が終わると同時に、守り神は人々から、危険な存在として見られるようになってしまった。それだけ凄まじい力を秘めていたということだ。

 従えていた人物が戦争でこの世を去ってしまったのも、大きな要因に一つであることは間違いなかった。

 守り神を支えられる人物がいなくなり、いざそれが暴れ出せば、誰も手が付けられなくなる恐れが出てきたのだ。

 災いと化す前に、守り神を自分たちの手で倒してしまおう。そう考える者たちが出てきたが、当時の戦力では叶わないことだった。


(そこで導き出された結論が封印か……しかしこうして見ると、人々の横暴さというのは、今も昔も殆ど変わってはおらんのだな)


 勿論これまでの経験で、それは重々承知していたつもりであった。しかし改めて目の当たりにすると、なかなか突き刺さるモノがある。

 しかし今はそれどころではない。セルジオはそう気持ちを切り替えつつ、視線を再び文献に視線を落とした。


(封印を施したのは当時の里の長老。その時の極意を後世に伝える前に、流行り病でこの世から去ってしまった。すなわち封印魔法は、このままではいつか完全に解かれる運命にある)


 特殊な魔法であるが故に、別の魔法で重ね掛けすることもできない。おまけにもう何十年という年月が経過しているため、魔法そのものに綻びが出ていてもおかしくないのだ。

 綻びを修正する方法はあるが、そのためには同じ魔法をかけられるようにならなければならない。

 流石に長老として、このまま放っておくわけにはいかない。

 前々からずっとそう思っていたセルジオは、スフォリア女王とウェーズリーに相談した上で、魔導師たちに封印魔法の研究協力を要請していたのだ。同時に守り神を抑えるための戦力も補強させていた。

 里に訓練場を構えており、冒険者たちを迎え入れているのも、その一環だったりするのだった。


(かなり困難を極めたが、ようやく形になった。そう聞いていた矢先に、このような事態が舞い込んでくるとはな……)


 勿論、あくまで数多くある可能性の一つでしかない。現時点では、ラッセルの件と守り神は無関係なのだから、考え過ぎだと言われても言い返せないだろう。

 しかしセルジオは、どうしても不安を覚えずにはいられなかった。


(本来なら今頃、王都の魔導師たちがこの里に訪れ、研究成果を発表してくれるハズであった。しかし先週王都で起こった魔物騒動のせいで、延期になった。そこにラッセルの件が飛び込んでくるとは……単なる偶然なら良いのだが……)


 色々と考えは浮かぶが、その全てにおいて確証がない。ひとまず状況を見て一つずつ対処していくしかないだろう。

 そう思いながらセルジオは文献を閉じ、古ぼけた箱に収めて戸棚に持っていく。


(いずれにしても、厄介なことになってきおったな……)


 戸棚の引き出しの奥に箱をしまったセルジオは、嵐が近づいてきている感じがしてならなかった。

 やけに強くなってきている風の音が、それを証明しているかのようであった。



 ◇ ◇ ◇



 強い風が吹き付ける森の中を、ラッセルは歩いていた。当てもなく歩いているように見えて、その目に迷いも揺らぎもない。

 ふとラッセルは歩みを止め、静かに目を閉じて何かを感じ取った。

 そして、ニヤリと嬉しそうな笑みを浮かべた。


「フッフッフッフッフッ……強くなった。オレは完璧な強さを手に入れた。もっともっと暴れたい……もっともっとこの力をさらけ出したいぜ……クックックッ」


 とてもしっかりとした口調でラッセルは言った。カッと見開いた目は、暗闇の中で赤く不気味に光っている。ユラユラと揺れ動きながらも、その足取りはしっかりとしていた。

 そんなラッセルの姿を、木の上から見守っている人物がいた。

 ワイン色のローブがバタバタと風に吹かれることなどお構いなしに、ライザックが面白いと言わんばかりに笑みを浮かべる。


「良い感じですねぇ……では僕も、そろそろ動き出してみるとみましょうか」


 そう呟いたライザックは、勢いよく気の上から飛び出すのだった。


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