第九十四話 胸騒ぎ
「そうか。ご苦労だったな、ブレンダよ」
セルジオの屋敷にて、使いを終えた報告を済ませたブレンダは、ついでにマキトたちと関わった二人組の冒険者について話した。
ザックとジミー。この二つの名前が、ブレンダの中でどうにも気になって仕方がなかった。
どこかで聞いた覚えもあった。それも悪いほうの意味で。
そしてそれは、間違っていなかったのだとすぐに判明するのだった。
「ワシもあの二人は、どこかキナ臭いとは思っておった。そしてウェーズリーからの言葉を思い出したのだ。表向きは真面目で心優しい冒険者だが、裏では闇取引をするべく、日々珍しいモノを探し回る者たちが、近くをうろついておるとな」
「まさか……そのザックとジミーとやらが?」
目を見開くブレンダに、セルジオは頷く。
「あの二人がこの里にやってきたのは、ちょうどワシらが王都へ出かけておる間と聞いた。積極的に行動して、あっという間に里の者たちの信頼を得たらしい。しかしそれも全ては……」
「怪しまれないために、演じていただけだったと?」
「恐らくな」
その瞬間、ブレンダは表情を歪ませながら、ギリッと歯を噛み締める。
「なんてヤツらだ……まさかその二人は、マキト君の魔物たちを?」
「セシィーを狙っておった可能性も否定はできん。あの娘が持っておる魔力の量は凄まじいからの」
「人売り、ということですか……流石に鳴りを潜めてきたとは思ってましたが」
忌々しそうに言うブレンダに対し、セルジオはため息をつきながら言う。
「それでも完全に消えたワケではないのも事実だ。そもそもこれは、ワシの勝手な憶測に過ぎんからな。杞憂に終わってくれることを願っておる」
「しかし用心に越したことはありません。私にマキト君たちを気に掛ける役目をくれませんか? 誰かが傍についていたほうが安心でしょう」
「うむ。よろしく頼むぞ、ブレンダよ」
その後、ブレンダは一礼をして、セルジオの執務室を後にした。
一人になったセルジオは数秒ほど目を閉じ、そしてそのまま呟くように言った。
「動きはどうなっておる?」
「東の出口より二名、人知れず去っていくのが目撃されました」
セルジオの真上、つまり天井裏から聞こえてくる男の声に、セルジオは表情を変えることなく、前を向いたまま目だけを開けた。
「そうか。他に変わったことは?」
「東のほうで、魔力の動きが時折乱れているとの情報が入っておりますが」
「ふむ、取り立てて珍しいことではないが……念のため、引き続きそちらのほうも気にかけておいてくれ」
「御意!」
その一言とともに、天井裏から一つの気配が消える。セルジオはゆっくりと立ち上がり、窓の外の景色を見ながら呟いた。
「そういえば……マキトたちはレドリーたちのことを知らなかったな」
レドリー。さっき天井裏からセルジオと会話をしていた男の名前である。
里の見張りと偵察を担っている、いわば隠密隊の一人である。彼らのおかげで、里の平和は保たれているといっても過言ではない。
急に天井裏などから声が放たれても、このエルフの里では日常茶飯事であり、もはや誰も驚かないのだった。
驚くとすれば、初めて訪れた者たちに限られるのだった。
まさにマキトたちがそれに該当するのだが、生憎まだその場面に遭遇する機会は訪れていない。
もしこのことを知ったら、彼らはどんな反応をするのか。セルジオは密かに、それを楽しみにしていたりするのだった。
(普通に驚くか……むしろ魔物たちとともに、ワクワクした表情を浮かべるかな)
マキトの場合に限り、後者のほうがあり得るかもしれない。セルジオがそう思っていたところに、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「長老様、ドロシーです。早急にご報告したいことがあるのですが」
「入りなさい」
セルジオが返事をした直後、ドアを開けて一例とともに入ってきたのは、色黒で長い銀髪が特徴的な、エルフ族の女性だった。
ドロシーと名乗る彼女は、セルジオの屋敷にて事務作業を担っている。もっとも殆ど雑用係みたいなモノであり、射貫くような細目や怒っているかのような表情を常に浮かべているのは、セルジオが好き勝手に行動することでしわ寄せが来ているからだと、もっぱらのウワサである。
(ふーむ……ワシはまた、何かをしでかしたかな?)
多くの責任が自分にあることぐらいは、セルジオも自覚していた。恐らく今回も報告という名の文句を言いに来たのだろうと思った。
それならちゃんと大人しくすれば良いのに、と周囲は思いたくなるだろうが、それでもムダに動きたくなるというのが、セルジオの悪い癖なのであった。
しかし今回は、ドロシーの様子が少しだけ違っていた。
表情にさほど変化はないように見えるが、緊迫さがピリピリと伝わってくる気がしていた。
内容は決して良いモノではない。セルジオは直感でそう思っていた。そしてそれは正しかった。
ドロシーからの報告に、セルジオは表情を険しくさせる。
「……それは本当のことなのか?」
「少なくとも、ウソを言っているようには感じられませんでした」
セルジオの問いかけにドロシーは頷く。
しばし緊迫した空気が流れると、セルジオは目を閉じながら呟くように言った。
「うむ、分かった。その者たちが目を覚ましたら、すぐワシに教えてくれ」
「承知いたしました」
そしてドロシーは、一礼とともに執務室を後にする。残されたセルジオは、再び窓の外を見ながら呟いた。
「王都での騒ぎが終わったと思いきや……また厄介なことになりそうだな」
深いため息をつくセルジオの視線の先では、とある赤髪の冒険者と話をしているマキトたちの姿が見えるのだった。
◇ ◇ ◇
「え、フェアリー・シップが南のほうに?」
「本当なのですか!?」
「あぁ、ちゃんとこの目で見たぜ。この俺グレッグの情報に抜かりはない」
赤髪の冒険者グレッグからの情報に、マキトとラティは驚きを隠せなかった。
その際、思わず大きな声を出してしまったせいか、マキトの腕の中で眠るリムが身じろぎした。熟睡しているおかげで起きることはなかったが。
そして当のロップルは、スラキチと脇で遊んでいて聞いてなかったらしく、どうしたんだろうと言わんばかりに首を傾げていた。
それでもマキトとラティは驚きが強く、周囲を気にかける余裕すらなかった。
ロップルを見て興味深そうに話しかけてきたときは、もしかして珍しさのあまり狙っているのではと疑っていたが、まさか近くでフェアリー・シップを見たという情報が飛び込んでくるとは思いもよらなかった。
マキトとラティは身を乗り出す勢いで、更にグレッグから聞き出そうとする。それに対してグレッグは、両手を前に出しながら苦笑を浮かべていた。
「本当だよ。ちゃんと話してやるから、少しは落ち着け」
そう言われたマキトたちは、なんとか落ち着きを取り戻した。
皆で近くの芝生に座り込んで話を聞く。
数日前、グレッグが仲間たちと南の森を散策していた時のこと。
茂みの奥から気配を感じ、コッソリと覗いてみると、なんとフェアリー・シップが数匹ほど確認されたのだという。
フェアリー・シップはグレッグたちに気づくなり、慌ててその場から逃げ去ってしまったらしいが、もしかしたらまだ近くにいるかもしれない。それがグレッグの考えであった。
マキトたちに話しかけたのも、マキトがロップルを連れているのを見て、数日前に見た群れと、何か関係があるのではと思ったからとのことだった。
例えば、その群れの内の一匹を従えたのではないかと。
それを聞いた際に、マキトが素直にシュトル王国でロップルをテイムしたことを話し、直接的な意味では違っていたことが判明された。
同時にシュトル王国でテイムしたという事実にも驚いていたが。
(要するに偶然が重なったってことか……そういうこともあるんだな)
そして今こうして話しているのも、ある意味偶然の賜物なのかもしれない。そう思えてならないグレッグは、自然と笑みを浮かべていた。
一体どうしたんだろうとマキトたちが首を傾げているところに、ブレンダが歩いてきた。
「その話は、私も実に興味深いな」
「ブ、ブレンダさんっ!?」
話しかけてきたブレンダに、グレッグが勢いよく立ち上がりながら姿勢を正す。
「今の話は本当ですよ? 確かに信じられないのも無理はありませんが……」
「別に疑ってなどいないさ。実は私にも、少々心当たりがあってな」
「そうなのですか?」
ラティの問いかけに、ブレンダは笑みを浮かべて頷いた。
「ここに帰る途中、遠巻きながらフェアリー・シップを見かけたんだ。見間違いかと思ったが、どう見ても確かだった。もっとも私が見たのは二匹だったがな。すぐさま森の奥へ消えていったが、その方角は南だったよ」
つまり、グレッグの情報に信ぴょう性が増したということだ。少なくとも散策してみる価値はあると、マキトは思っていた。
「ちょっと行ってみるか?」
「大賛成なのです!」
マキトの声にラティがビシッと右手を上げながら返事し、続いてスラキチも笑顔で鳴き声を上げ、戸惑っているロップルに話しかける。
恐らく励ましの言葉をかけているのだろうと、マキトもなんとなく思った。
「キュウッ!」
やがてロップルも笑顔で鳴き声を上げる。どうやら行ってみたいという意思表示のようだった。
やり取りを見守っていたブレンダが、小さく笑いながら歩いてくる。
「行くことで決まったみたいだな」
「はい……といっても、今すぐは無理っぽいですけどね」
マキトが腕の中のリムを見下ろす。未だグッスリと眠っており、目を覚ます気配が全く見られない。
ラティが空を飛んでマキトの正面に回り込み、小さな手でリムの体を撫でながら微笑ましい視線を向ける。
「やっぱり、散策は明日にしたほうが良さそうですかね」
「だな。ロップルもそれで良いか?」
「キュウッ」
ロップルがマキトの肩に飛び乗りながら返事をする。そしてマキトは、グレッグに再び視線を向けた。
「グレッグさん、ありがとうございました」
「なーに、いいってことよ。じゃあな。俺はこれで失礼するよ」
そう言ってグレッグは右手を上げながら歩き出し、そのまま去っていった。
ここでラティがマキトに一つの提案をする。
「マスター、コートニーたちにも、このことを話しませんか?」
「あぁ、そうだな。ひとまず合流しよう」
そう言ってマキトたちは、ブレンダとともに訓練場へ赴き、魔法の練習をしていたコートニーたちと合流する。
明日の予定が決まったことを告げると、コートニーが申し訳なさそうな表情を浮かべてきた。
「ごめんマキト。明日もセシィーと、魔法の特訓をしようと思ってて……」
「いいよ。俺たちだけでひとっ走り行ってくるさ」
「頑張ってくださいなのです」
笑顔で了承するマキトたちに、コートニーはホッと一息つき、そしてセシィーのほうに視線を向ける。
「それじゃあ、セシィー。また明日ここで」
「はい。よろしくお願いします」
セシィーはお辞儀をして去っていく。それを見送ったマキトたちは、明日の予定が決まったことをセルジオに報告するべく、屋敷へと戻っていくのだった。
執務室にて粗方の話を終えると、セルジオから一つの指示が下された。
「ブレンダ。明日はお前も、マキトたちに同行しなさい」
「分かりました」
淡々と返事をするブレンダの脇で、マキトたちが揃って目を丸くしている。これはどういうことなのかと、セルジオとブレンダを交互に見ていた。
セルジオがそれに気づき、小さな笑みとともに説明する。
「大したことではない。ちょうど明日はコイツも予定がないのでな。この辺の地理には詳しいから、色々教えてもらうと良い」
「まぁ、そういうことだ。明日はよろしく頼むぞ」
意気揚々と手を差し伸べてくるブレンダに、マキトは戸惑いながらも握手を交わした。セルジオから一応の説明はしてもらったが、どうにも納得しきれないマキトたちは、首を傾げずにはいられなかった。
そしてマキトたちは執務室を後にし、セルジオとブレンダの二人だけが残った。
「先ほど、妙な気配が東から近づいて来ておるという情報が入った」
妙にしんと静まり返る中で、セルジオがボソリと話を紡ぎ出す。
「方角は微妙に違うと言えば違うが、東から南にかけて、遮る山などは一切ない。平原を突っ切れば、南に進路を取ることだって造作もない話だ」
「その妙な気配とやらが、マキト君たちに迫る可能性も否定できないと?」
「取り越し苦労であってくれれば良いがな」
セルジオの声に、期待という二文字は含まれていない。少なくともブレンダにはそう感じられていた。
むしろ最初から、悪い何かに巻き込まれることを想定しておいたほうが良い。そう心に刻み込みながら、ブレンダはセルジオに向き直り、そして告げる。
「明日は、万事お任せください」
「よろしく頼む。期待しておるぞ、ブレンダよ」
ブレンダに向けられたセルジオの声は、どこか重々しいモノが感じられた。
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