第九十三話 リムの能力



 里の訓練場の片隅にやってきたマキトたちは、早速リムの能力を確認してみることにした。ここなら人気も少ないため、やりやすいと思ったのだ。


「傷を癒す能力?」

「リムはそれが得意だと言ってるのです。攻撃手段は持ってないみたいですね」

「へぇ……」


 ラティの通訳に、マキトが興味深そうな視線をリムに向ける。リムは首を傾げながらマキトを見上げており、どうしたのと聞いているかのようであった。


「あ、そうか。だからリムには傷跡がなかったんだ。自分の傷も回復できるから」

「くきゅ」


 コートニーの言葉に、リムが頷く。どうやら当たっているようだ。

 しかし攻撃手段がない以上、襲われるようなことがあれば逃げるしかない。そして空腹に関しては、当然ながら能力で癒すこともできず、自力で調達する以外に道はなかった。

 幸い木に登ったりすることはできたが、他の魔物との競争に負けることも多く、食べられない日が続くケースも珍しくなかった。

 そんなリムの話をラティの通訳で聞いたマキトは、改めて自然界で生きる厳しさというモノを知った気がした。

 するとここでマキトは、あることに気がついた。


「結構ラティと似ている部分があるな。回復補助が得意で攻撃を持たないってさ」

「あー、確かにそれ言えてるかも」


 マキトの意見にコートニーが同意する。それに対してラティは、ムッとした表情を浮かべた。


「でも今は違うのです! わたしには変身という切り札があるのですよ!」

「分かってる、分かってるから、な?」


 必死な声色で詰め寄るラティを、マキトが両手を前に挙げて抑える。

 ラティは自分の立場が脅かされるのではないかと焦ったのだ。しかし自分には、変身というここぞという時の切り札があることを思い出し、殆ど無意識に近い形でアピールをしたのだった。

 もっともマキトに、その気持ちは殆ど届いていない。急に叫び出してどうしたんだという、そんな困惑でいっぱいだった。

 この状況をどうしたモノか。マキトが頭を悩ませていたその時――訓練場の中央から大きな爆発音が聞こえてきた。


「な、なんだ?」


 マキトたちが揃ってその方向を見ると、真っ白な煙が立ち込めていた。

 数人の冒険者が咳き込みながら右往左往しており、一人の大柄な魔人族の青年がうずくまっており、仲間らしき人物が数人ほど駆け寄っている。

 その傍では、杖を持ってオロオロしている魔導師らしき少女の姿があった。恐らく魔法の訓練をしていて失敗し、魔人族の冒険者が庇って止めたのだということが見て取れる。


「おーい、大丈夫かーっ!!」

「回復魔法が使える魔導師を連れてきてくれ! コイツが腕をやっちまった!」


 エルフ族の冒険者の青年が叫んだ瞬間、魔人族の青年は無理やり立ち上がろうとした。しかし再び膝をついてしまう。


「おいおい動くなよ。とにかく今はジッとしとけってザック!」

「ジミーこそ騒ぎ過ぎなんだよ。別にこれしきのこと、なんてこたぁ……ぐっ!」


 魔人族の青年ザックが無理やり笑顔を取り取り繕おうとするが、再び苦悶の表情とともに、右腕を押さえてうずくまる。


「あぁもう、言わんこっちゃねぇっ!」


 ザックの様子にエルフ族の青年ジミーが、頭を押さえながらため息をつく。

 マキトが呆然と見ていると、リムが左肩から身を乗り出してきた。


「そういえば、リムも回復能力が使えるんだよな?」

「くきゅ」


 リムが自信満々に頷くと、マキトはリムとともに走り出し、ケガをしたザックの元へやってきた。


「なんだ、お前たちは? 今は取り込んでるんだ、あっちに行っててくれ!」


 マキトたちが訪れたことに気づいたジミーは、明らかに迷惑そうな表情で他所へ行くよう促した。

 かなり切羽詰まっている声色であり、相当余裕がないことが伺える。

 リムがマキトの肩から飛び降りると同時に、マキトも視線を落としながら言う。


「そのケガ、コイツが治せるかもしれません」

「はぁ? そんな動物に一体何ができるってんだ……って、おい!」


 リムがザックの膝の上に飛び乗り、長い体を伸ばしてケガをしている右腕の部分に手を触れる。

 すると次の瞬間、リムの体から淡い緑色の光が迸る。

 程なくして光が収まり、これで終わったと言わんばかりに、リムが再びマキトの左肩に登った。そしてザックは、自身の右腕を凝視しながら驚愕していた。


「い、痛くねぇ……もう全然痛くねぇぞ!」

「なんだって!?」


 右腕をブンブンと振り回すザックに、ジミーは驚きを隠せない。そしてそれは、マキトたちも同じであった。


「凄いな……これがリムの能力ってことなのか?」


 呆然としながらマキトが視線を自分の左肩に向けると、リムがニコッと笑いながらひと鳴きした。

 そこにジミーが申し訳なさそうな表情を浮かべ、マキトたちに声をかける。


「仲間を助けてくれて感謝する。そして済まなかった。いくら慌ててたとはいえ、強く言い過ぎた。本当に……本当に申し訳ない!」

「いえ、別に……」


 少し戸惑いながらも、マキトは苦笑気味に手を横に振った。その返事に安心感を得たジミーは、そもそもの経緯を語り始めた。


「そこにいる知り合いの魔導師の子の特訓に付き合ってたんだが、その子の魔法が暴走しちまってな。それでザックの野郎が、自分の身を挺して守ったんだ。今にして思うと、腕だけで済んだのは運が良かったな。もっと酷い重傷を負ってたとしても不思議じゃなかった」


 ジミーが深いため息をつき、そして未だ腕が治ったことを全力で喜ぶザックに向けて声をかける。


「おいザック。お前も彼らに礼を言っておけ。助けてくれた恩人だぞ」

「む? そういえばそうだったな。俺の腕を治してくれて、本当にありがとうよ。おかげで助かったぜ」


 ザックが白い歯をニカッと見せながら、笑顔で右手の親指を突き上げる。

 そこにずっと慌てふためいていた魔導師の少女が、ようやく事態を飲み込んだらしく駆けつけてきた。


「あのぉっ、だ、大丈夫でございますかっ!?」

「おぉ、もう全然すっかりだぜ。おめぇさんこそ、ケガはなかったのか?」

「はいぃっ! アナタ様のおかげで助かりましたでございますぅっ!!」


 物凄く動揺しながら、魔導師の少女はペコペコ頭を下げ続ける。このまま放っておいたら、いつまでもやり続けそうだと、マキトは思った。


「くきゅー……」

「リム?」


 突然リムがマキトの肩の上で脱力してしまう。マキトがリムを抱きかかえると、明らかに疲れている様子を見せていた。

 ラティが即座にリムの傍に飛んでいき、リムの額に手を当てながら言った。


「たくさん力を使った反動だと思うのです。大きなケガになればなるほど、治すための力も多く必要になりますから。それにこの子の力の量が、まだそれだけ少ないとも言えるのですよ」

「大きなケガ一発を治すのが、今のコイツの限界ってところか」


 マキトの言葉にラティはコクリと頷く。


「なのです。恐らく他の魔法や能力と同じで、鍛えれば強くなるかもですけど」


 ラティがそう言いながら、リムに添えていた手を放す。マキトはリムを見ながらしばし無言でいたが、やがて小さな笑みを浮かべる。


「だったら話は簡単だ。これから一緒に頑張って、強くなっていこうな」


 マキトが笑顔でそう語りかけると、リムが脱力しながらも目を開き、くきゅーと返事をするのだった。



 ◇ ◇ ◇



 その後、仲間たちから召集がかけられたと言って、ザックとジミーの二人は急ぎ足で訓練場を後にした。

 残された魔導師の少女はセシィーと名乗り、エルフ族と魔人族のハーフであるとのことであった。どうやら両親ともに優秀な魔法の使い手であるらしく、魔力量も完全に両親からの遺伝であるとのこと。

 しかしあくまで魔導師としては駆け出しであり、大きな魔力も殆ど使いこなせておらず、さっきのような事故が起きてしまったというのが、本人の弁である。

 折角なので、コートニーがセシィーの練習に付き合うと言い出した。

 魔法を習い始めた時の昔の自分を思い出した。コートニーは驚いているマキトに苦笑しながらそう言った。

 改めてちゃんと自己紹介をしたマキトたちに対して、ソフィーは驚きの反応を見せていた。


「妖精さんを連れた魔物使いのウワサなら、私も聞いたことがあります。マキトさんのことだったんですね」


 セシィーがエルフ族の血を受け継いだ長い耳をいじりながら、四匹の魔物たちを見下ろした。


「でも、まさか霊獣さんまで従えてしまうなんて……私、こうして実際に見るのは初めてかもしれません」

「ははっ、セルジオのじいちゃんも、似たようなことを言ってたな」


 マキトが苦笑しながら、再びリムを抱き上げる。自己紹介がてらリムも降ろして四匹を並べたのだが、気がついたらその場でペタンと脱力していたのだ。

 どうやら疲労はまだまだ抜け落ちる様子はなさそうであった。

 そんな様子に小さな笑みを浮かべつつ、コートニーはマキトたちに言う。


「じゃあそろそろ始めようか。というワケで悪いけど、ボクは少し残るから」

「分かった。俺たちは適当に散策でもしてるよ」

「バイバイなのでーす」


 マキトは魔物たちを連れて訓練場を後にする。

 歩きながらチラリと振り返ってみると、早速コートニーから魔法を教わっているセシィーの様子が伺えた。

 面倒見がいいという、コートニーの意外な一面が見れたとマキトは思った。

 やがて集落の中央広場に戻ってきたマキトたちに、ある人物が声をかけてきた。


「おーい、マキト君たちじゃないか」


 ちょうど用事を済ませて戻ってきたのか、ブレンダが晴れやかな笑顔を浮かべて走ってきた。

 まさかこんなところで会うとは思ってなかったマキトは、意外そうな表情を浮かべながら話しかける。


「ブレンダさん。お使いは終わったんですか?」

「あぁ。どんなクセモノかと思いきや、案外大したことはなかった。おかげでこうして早く戻ってこれたんだ。ところでコートニー君は?」


 ブレンダの質問に、マキトはついさっき起きた出来事を語る。セルジオの屋敷へ向かいながら、話を聞いたブレンダはふむふむと頷いた。


「そうか。同年代からの教えは、セシィーにとって良い勉強になるだろう。それはともかくとして……」


 ブレンダの表情が呆れの混じった苦笑に切り替わる。


「まさかキミが霊獣をテイムするとは驚いたな。普通なら会うだけでも難しいモノなんだぞ? それこそフェアリー・シップや妖精と同じぐらいにな」

「はぁ、やっぱりそーゆーモノなのですか」


 どこか実感が湧かなそうに、ラティが呆けた表情を浮かべる。


「セルジオのおじーちゃんとか、皆さんも似たような反応をしてましたけど、あのお二方は特に驚きませんでしたよね?」

「ん、誰のこと?」

「さっきリムが助けた冒険者の方たちですよ」

「あー……そういえば確かに、何も言われてなかったような……」


 そんなラティとマキトの会話に、ブレンダの眉がピクッと動いた。何故か分からないが、その助けた冒険者たちのことが気になったのだ。

 ブレンダが訪ねようと口を開きかけたその時、周囲の会話が聞こえてくる。


「それにしても、さっきのヤツらは一体何だったのかしら?」

「一大事かと思いきや、ほんのジョーダンとか抜かしてやがったもんな。ったく、慌てて損したぜ」

「けどさ、僕が見た時には、確かにあの魔人族の男、腕に酷いケガをしているみたいだったんだよね。とても冗談とは思えない感じに思えたけど……」

「それも演技だったんじゃねぇの? あ、そういやあそこに、魔物を連れたガキがいたような……」

「もしかして、妖精とかを連れている、バンダナを巻いた男の子かしら?」

「あぁ、それだそれだ。でもお前、あの場所にいたっけ?」

「たった今、私たちの傍を通り過ぎていったわよ」

「え、そうなのか?」

「どれだけ夢中で話してたのさ?」


 そんな男女三人の冒険者たちの会話に聞き耳を立てていたブレンダは、なにやらきな臭いモノを感じてならなかった。


「ブレンダさーんっ、早く行きましょーよーっ!」


 ラティが前方から手をブンブンと振り回しながら叫んでくる。立ち止まっていたことに気づいたブレンダは、済まないと手を振り返しながら走り出す。


(このことも長老様に相談してみようか。杞憂であってくれれば良いんだが……)


 マキトたちの元に追いつきながら、ブレンダは心の中で思うのだった。


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