第九十五話 月が雲に隠れるとき



「なぁ、本当に奪うつもりなのか、ザック?」

「うるさいぞ、ジミー。いつまで俺に口答えをするつもりだ?」


 エルフの里の東南に位置する平原。月明かりに照らされる中、ザックとジミーが言い争っていた。

 大きな声を出しているのも、周囲に人の気配を感じてないからこそ。決して冷静さを失っているワケではなかった。

 とはいえ、ジミーが果てしなく苛立っている様子を見れば、誰もが冷静でないと判断するであろうが。


「ただでさえ予定が狂ってるんだぞ。そこにあんな珍しいモンが現れたんだ。これを逃す手はないだろう!」

「狂うも何も、エルフの里で行う計画は、もう頓挫しちまってるだろ? 既に里の管理も厳しくなってやがる。この辺で魔物を奪うのは、それこそ無謀も良いところだと、俺は思うぞ?」


 ザックの指摘に対し、ジミーは怒りを爆発させる。


「うるさいと言ってるだろうが! 珍しい魔物を捕らえ、闇取引で高い金を得る。それが俺たちの仕事だ。真面目な冒険者の姿も、全ては周りを欺くためだということを忘れるな!」


 ジミーはもはや、周囲など全く気にしている様子もなかった。その声が風で遠くまで流れ、誰かの耳に届いてしまう可能性を考えたりはしてないのだろうか。

 そんなことを考えながら、ザックは呆れ果てていた。


「別に忘れてねぇよ。オメェさんが善と悪、二つのハンターの顔を巧みに使い分けてるのは、生半可じゃできねぇことぐらいはな」

「分かってるなら文句を言うな! 力しか能のないお前は、黙って俺の言うことを聞いておけばいいんだよ!」

「へいへい」


 ジミーの高圧的な態度に、ザックはため息交じりに返事をする。これはこれで、いつものことであり、苛立ちを覚えるほどではなかった。


(つーか俺、どうしてこんなヤツと組んで、悪いことなんかしてるんだろうな?)


 ブツブツと文句を言うジミーをボンヤリ見ながら、ザックは思った。

 これでもずっと自覚はしていたのだ。自分は最初から、ジミーの良き道具でしかないということを。もし捕まりそうになるなどの危険な目にあえば、速攻で自分を身代わりにするのだろうと。

 確証はないが、恐らく間違いない。ザックのどこかにそんな自信があった。


(そうと分かっていながらも、ずーっとコイツと一緒にいる俺は、やっぱどっかでイカれてんだろうな。しかし今回ばかりは頷けねぇぞ。みすみす危険地帯に入りに行くなんざ、流石にゴメンだからな)


 ザックたちがこれまでターゲットにしてきたのは、野生の魔物が中心だった。人物に関わる何かを狙うと、足がつきやすいこともあって避けていたのだ。

 これを提案したのは、他ならぬジミーだ。誰が何と言おうと、この考えを変えるつもりは一切ない。そう豪語していたほどだった。


(あの少年が連れていた霊獣。それを狙おうと聞いたときは驚いたぜ。守り通してきた考えを簡単にブチ壊すくらい、コイツも焦ってるってことなんだろうな)


 目を閉じて頷くザックに、ジミーは訝しげな表情を浮かべて叫ぶ。


「おいザック! 俺の話を聞いてるのか!?」

「ん? 聞いてるよ。それでえっと、何だったっけか?」


 返事とは裏腹に、あからさまに聞いていないザックの態度を見て、ジミーは深いため息をつく。そして、改めて胡坐をかいて座っているザックを見下ろし、ギロリと鋭い目を光らせた。


「あの魔物使いの小僧を脅し、四匹の魔物を我が物にする。簡単で分かりやすい話だろう? 流石にこれはお前でも理解できるハズだ」


 ドヤ顔で見下すように言い放つジミーに対し、ザックは再び深いため息をつく。


「理解はしたが、納得はできねぇな。さっきも言ったと思うが危険だ。今回ばかりは俺も頷くわけにはいかねぇよ」


 落ち着いた声とともに、ザックは首を横に振る。それに対してジミーは、疑いを込めた眼差しを浮かべてきた。


「ザック。もしかしてあんな小僧にビビってるのか? 小僧に限って言えば、何の力もないただのガキだぞ? 隙を見て脅しをかけるぐらい、俺たちにかかれば楽勝だろ?」

「だろうな。その隙が見出せなさそうなところに目を瞑ればな」


 そう言いながらザックは、そろそろ胸に抱えていたことを言ってやったほうが良いかと思った。

 このまま続けても話が進まない。今のコイツに対して、穏便な説得なんて絶対に無理だ。自分にもそんな器用さはないため尚更だ。

 そう考えながら立ち上がったザックは、ジミーを真っすぐと見据えていた。


「な、なんだよ? まだ俺に歯向かうつもりなのか?」


 あくまで強気に言うジミーだったが、その姿は完全に尻込みしていた。ザックが立ち上がった瞬間、明らかに一歩下がっていたのがその証拠だ。

 こんなに情けない相棒の姿を見ることになるとは。流石のザックも、内心驚かずにはいられなかった。


「大体お前は脳筋じゃないか! 考えたところでまともな案も浮かばないくせに。いつだって考えてきたのは俺だったというのに。いざとなったらそうして力で全てを解決させようとする。そんなお前には、前々からウンザリしてたんだよ!」


 怒りに任せて解き放たれた言葉が、ジミーの本音であることが分かる。

 それを聞いたザックは、不思議と怒りを感じなかった。むしろ自分と似たようなことを考えていたんじゃないかと、謎の親近感が湧いてくるほどであった。

 やはり自分たちは、完全にイカれている。ザックは心の中でほくそ笑みながら、目を閉じて口を開いた。


「お前が俺のことをどう思ってるかはよーく分かった。しかしそれはひとまず置かせてもらう。なぁジミー……お前さん本当にどうしちまったんだよ?」

「な、なんだよ? 何が言いたいんだ?」


 戸惑いながら聞き返すジミーに、ザックは鋭い眼光をぶつける。


「俺の目は誤魔化せねぇぞ、ジミー。あの魔導師の嬢ちゃんに近づいたのも、全ては嬢ちゃんが持っている膨大な魔力だってことをな。人知れず魔法の違法研究をしているヤツらは、この世にたくさんいる。嬢ちゃんを闇取引に出せば、間違いなく大金が転がってくるだろうな」


 淡々と語るザックに、ジミーは驚きの表情を浮かべた。


「ほぅ、お前もちゃんと分かってるんじゃないか、見直したぞ。やっぱりお前は俺が見込んだ最高の相棒だよ」


 ジミーが嬉しそうな笑顔でザックの肩をポンポンと叩く。しかしザックの表情は厳しいままだった。


「以前のお前はそんなことを考えなかった。たとえ考えたとしても、絶対に実行しようとは思わなかっただろう。常に確実に成功させる手段を選び抜く姿勢。それがお前の持ち味であり、俺も尊敬している部分ではあったんだ」


 これはザックが、ずっと前から胸に秘めていた気持ち――というわけではない。今しがた物申したことで、初めて気づいたのだった。

 自分がずっとジミーと一緒にいる理由も含めて。

 要は憧れだったのだ。脳筋だの、力しか取り柄がないだの、散々見下されながらも離れようとしなかったのは、純粋に彼の傍にいたいと思っていたから。

 今更ながらそのことに気づいたザックは、自分に対して笑いたくなりつつも、話を続ける。


「なのに今のお前はどうだ? 確実性も何もない、単に気合いだけで乗り切ろうとしてるだけじゃねぇか。少しは落ち着いて考え直せって。お前らしくねぇぞ!」


 若干、語尾を強めてザックが言うと、ジミーは俯きながら肩を震わせる。泣いているのかと思ったその瞬間、愉快そうな声が漏れ出てきた。


「ク、ククク……ハハッ、ハハハハハッ! そうか、俺らしくないか!」


 思いっきり笑ったジミーは、歪んだ笑みでザックを睨みつける。


「そりゃそうだろ。王都で起こった魔物騒ぎのせいで、完璧な俺の計画は潰され、真っ黒な泥まみれになったんだ。今更キレイに仕事しても仕方がないだろ」

「ジミー、お前……」


 正気なのか、という言葉が出そうで出なかった。もはや問いただすまでもないと分かってしまったからだ。

 同時にザックは後悔する。先週の時点で――いや、もっと前から気づいてやるべきだった。

 一度の失敗にすら耐えられないほど、彼の心は弱かった。一度崩れてしまえば、あっという間に狂い出してしまう。それがジミーという男の正体だったと。

 本当に気づかなかったのか。実は気づかないフリをしていただけだったのではないのか。そんな考えが、ザックの頭の中を駆け巡るが、納得のいく答えに辿り着くことはなかった。


(考えるのは後だ! 今はとにかく、俺がなんとか収めねぇとな……)


 そうは思いながらも、目の焦点が合ってないジミーを説得するのは骨が折れることだろう。

 ザックは覚悟を決めて、ジミーに一歩足を踏み出したその時――



「話は聞かせてもらったぞ」



 突如どこからか、青年のような声が聞こえてきた。

 ザックとジミーが揃って驚き、慌てて周囲をキョロキョロと見渡すと、暗闇の中から一人のエルフ族の青年が歩いてきた。

 その瞬間、ザックはこれまでに感じたことのない恐怖を抱いた。

 結わえた金髪と立派な剣を腰に携えているその姿は、見覚えのある姿だった。


「なぁ、アンタもしかして、ラッセルじゃないか? なぁ、そうなんだろ?」

「いかにも」


 青年ラッセルの頷きに、ザックとジミーは驚きを隠せない。

 彼のことは二人も良く知っていた。スフォリア王都で彼のことを知らない者は殆どいないだろうから、当然と言えば当然だ。

 だからこそ、目の前にいる彼は、明らかに普通ではないと断言できた。

 真っ黒なオーラを纏い、血走った赤い目をギラつかせる。ジミーのおかしな様子など、些細な問題だと言えてくるほどであった。

 ザックとジミーが大いに戸惑う中、ラッセルは笑みを浮かべたまま呟き出す。


「霊獣……またしてもヤツは、新しい魔物を……それも珍しい種類を従えたのか。全く憎たらしいことだ」


 不気味に笑うラッセルの姿に、ジミーは苛立ちを抑えきれず、右手の人差し指をビシッと突き出しながら叫び出す。


「な、何を笑ってるんだ! 俺たちは今、大事な話をして……うわあっ!?」


 その時突然、ラッセルの体に纏う真っ黒なオーラが、ザックとジミーに向かって勢いよく噴き出した。


「なんだよこれ……ぶわっ!?」


 ザックは真っ黒なオーラに包まれ、それを見たジミーがザックを置いて逃げ出そうとするが、何かに掴まれているような感触を覚え、身動きが取れなかった。

 恐怖で歯をガチガチと鳴らすばかりで、まともに言葉を発することもできずに、ジミーもザックと同じくオーラに飲み込まれてしまった。


「今からお前たちは、オレのために動いてもらう。分かったな?」


 ラッセルの言葉に二人からの返事はない。オーラがうごめいているだけだ。

 返事など元よりどうでもよかったラッセルも、不気味に笑うばかりで文句を言う素振りも見せない。

 未だ二人を飲み込み続けているオーラを見据えながら、ラッセルは言う。


「……さぁ、いよいよ始まるぞ。ヤツと決着をつける時が!!」


 青年ラッセルが高らかに叫んだ瞬間、月が黒い雲に隠れていった。



 ◇ ◇ ◇



「ねぇ、今誰か、何か言った?」


 平原で野営をしている中、ジルがアリシアとオリヴァーに問いかける。


「俺は言ってねぇぞ?」

「気のせいじゃないかな?」


 オリヴァーとアリシアの言葉に、ジルは首を傾げる。


「うーん、確かに何か……こう聞き覚えのあるような声だったような……」

「魔物の声が擦れて聞こえたんだろ? 別に珍しくもねぇさ」

「そうかな? まぁ、そう言われるとそうかも」


 よく分からないままだったが、とりあえずオリヴァーの言葉にジルは納得することに決めた。


「そんなことより、ラッセルのヤツは全然見つからねぇな」


 ウンザリするオリヴァー、ジルは苦笑を浮かべる。


「一応、急いで移動はしてるんだけどね。まぁ、闇の魔力に支配されている以上、行動速度も普通じゃないとは思っておくべきだろうね」

「……だな」


 オリヴァーが何となく周囲を見ると、アリシアが神妙な表情を浮かべていることに気づいた。


「どうかしたのか、アリシア?」

「え? あぁ、うん……ちょっと気になることがあって」


 どこか歯切れの悪い反応を見せるアリシアに、ジルが呆れた表情を浮かべる。


「あのねぇ、マキちゃんのことをいちいち心配しても仕方ないでしょうよ」

「勝手に決めつけないでよ。まぁ、確かにそれもあるけどね」


 アリシアの言葉に、オリヴァーとジルは心の中で、『あるのか……』というツッコミが同時に出ていた。

 そんな二人の様子を気にも留めず、アリシアは考えていたことを話す。


「ラッセルが闇に呑まれたのは、やっぱり他に何か原因があるんじゃないかって、私は思ったんだ。仮に私が成長して悔しがったとしても、それで八つ当たりするようなマネを、あのラッセルがするとは、どうしても思えないんだよね」

「……もっともな話だね」


 今度はジルが、どこか言いにくそうな態度を取る。そんな彼女の様子を見て、オリヴァーは眉をピクッと動かした。


「もしかしてジル、お前何か心当たりがあるんじゃねぇのか? もしあるんなら、ハッキリと俺たちに言ってくれよ。事は一刻を争うからな」

「そうだね。少しでも情報は手に入れたいし……些細なことでもいいから、遠慮しないで言ってね?」


 オリヴァーに続いて、アリシアからも優しい声で言われたジルは、気まずそうな表情を見せた。

 確かに二人の言うとおりだが、どうにも自分の口からは言いにくい。それがジルの本音であった。

 しかしここで誤魔化してもムダに終わるだけだろう。仮にこの場はしのげたとしても、明日の朝辺りに再び追及してくることは、想像に難くない。


(まぁいっか。とりあえず言うだけ言ってみよう)


 下手に隠すよりも、話してしまったほうが良さそうだと、ジルは結論付けた。

 あくまで個人的な推測だ、ということを念入りに前置きした上で、ジルは今回の原因と思われる内容を話していく。

 アリシアから気にかけられているマキトに、ラッセルが嫉妬しているのではと。

 そして話し終わると、オリヴァーは唖然としながら口を開けていた。


「おいおい、まさかそんな理由で闇に堕ちたのかよ、あのおバカリーダーは?」

「あくまで多分だけどね」


 確かに根拠は何一つないため、絶対ではない。しかしジルはこれが真実のように思えてならなかった。


「べ、別に私は、マキトに対して特別な感情なんて……」

「はいはい。そんな顔を真っ赤にしてたら、もう説得力ゼロだからね」


 慌てふためきながら言い訳をするアリシアに、ジルは呆れた表情を浮かべ、手のひらを上下にヒラヒラさせながら言った。

 そしてアリシアが右手をそっと頬に触れさせてみると、そこがとても熱を帯びていることに気づき――


「はぅ……」


 急激に恥ずかしくなり、完全に押し黙ってしまうのだった。

 そんなアリシアの姿にジルは、思わず心の中で『何このカワイイ乙女!』と、心の中で盛大なツッコミを入れていた。


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