第八十五話 お見舞いへ行こう



 王宮内はあちこちが工事中で、まだ壊れている部分も目立っていた。アリシアを除く三人は、目を見開きながらも女王の間に進んでいく。

 出迎えてくれた女王ことフィリーネは、は笑顔こそ見せていたが、多大な疲労は隠しきれていなかった。ラッセルたちが心配する中、フィリーネが立ち上がり、ゆっくりとお辞儀をする。


「ようこそおいでくださいました。御覧いただいたように、王宮はまだ修復中で見苦しい限りなのですが……」

「いえ、私たちのほうこそ、駆けつけることができず、申し訳なく思います。せめて、もう少し早く王都に到着していれば……面目次第もございません」

「そのお気持ちだけで、十分過ぎるくらいですよ」


 フィリーネが浮かべる笑顔に、やはり力らしきモノが感じられない。どうして自分はその場にいなかったんだと、ラッセルの中に凄まじい後悔の念が押し寄せてきた。

 もっとも既に終わってしまった問題ということもあり、これ以上考えたところでどうしようもないことも分かっているつもりではあった。

 それで納得できるかどうかは別問題として。


「お姫様が暴走したことについても、アリシアやギルマスから聞きやした。正直俺も、なんて言ったら良いのか、分からねぇ感じなんですがね……」

「いいえ。本当に、情けない限りです」


 頬を掻きながら言いにくそうにするオリヴァーに、フィリーネが深いため息をつく。少しばかり空気が重くなり、居たたまれない雰囲気となる。

 この状況をなんとかしなければと、ジルは必死に頭の中を働かせ、やがて一つの質問にたどり着いた。


「あ、あのっ! オースティン様は、お目覚めになりましたかっ? 折角なので、皆でお見舞いにでも行こうかなー、なんて話してたんですよ」


 ワザと明るく大げさに振る舞うジルの声は、勢いづいてところどころ裏返っていた。それでもフィリーネは特に触れず、ニッコリと柔らかい笑みを浮かべてくる。


「ありがとうございます。オースティンは昨晩遅くに、意識が戻りました。少しで良いので、是非顔を出してあげてください」

「良いのですか? 確かに見舞いに行こうかと話してはおりましたが、お目覚めになられたばかりともなれば、下手に会わずにゆっくりなされたほうが……」


 ラッセルが遠慮しようとすると、フィリーネが静かに首を横に振る。


「少し話し相手がいたほうが、むしろ退屈せずに済むでしょう。それに、あの子と面識のあるラッセルさんやオリヴァーさんならば、尚更喜んでくれると思いますから」

「分かりました。そういうことでしたら」


 フィリーネの話に頷いたラッセルも、密かにオースティンに会うのは楽しみだった。

 冒険者ギルドを通して知り合い、同じ剣の使い手として交流を深めていた。身分こそ違えど、良きライバルとして認め合っていたのだ。

 女王の間を後にし、王宮の廊下を歩きながら、ラッセルは色々考える。するとあることに気づいた。


「……会いに行くのは、やはり軽率だっただろうか? 情けない姿を見られたくないという気持ちもあるかと思うが……」

「良いんじゃね? 俺たちで一つ、王子様を励ましてやろうじゃねぇか!」


 オリヴァーが軽い口調でそう言うと、ジルが面白おかしそうな笑みを浮かべる。


「さっすが、交流ある人たちの意見は違うねぇ♪」

「それについては光栄だが、からかうのはそれぐらいにしておけ」

「分かってますって。一緒に戦う友達として、オースティン様を元気づける。要するにそういうことで良いんでしょ?」


 ジルの問いかけに、ラッセルはありがとうと頭を下げた。

 そうこうしているうちに、一行はオースティンの部屋にやってきた。そこでラッセルたちは、思わず立ち止まってしまう。


「おいおい、アレって一体なんだ? ネコが見張りだっつーのか?」


 オリヴァーが目を見開きながら、扉の前にたたずむ一匹の生き物を見つめる。正確にはネコではなく、れっきとしたキラータイガー亜種の子供であった。

 敵意が感じれないため、恐らく危険性はないのだろうが、果たしてどうしたものか。ラッセルがそう考えていたその時だった。


「バウニー、こんにちはっ」

「ニャ? ……ニャッ、ニャーッ♪」


 平然と声をかけたアリシアに対し、亜種の子供は嬉しそうに鳴き声を上げる。そのまま飛びついてきた亜種の子供を、アリシアも笑顔で抱き留めた。

 顎の下をくすぐったり優しく撫でたりされて、亜種の子供はとても気持ちよさそうであり、完全にアリシアに身を委ねている。もしも彼女がペットだと紹介されれば、普通に信じられるほどであった。

 一方、ラッセルたち三人は呆然としていた。知り合いだろうか、という考えが辛うじて浮かんできているが、如何せん頭がうまく回らず、ジルもオリヴァーも立ち尽くすばかりであった。

 ここはとりあえず問いたださなければ、とラッセルは思い、アリシアに聞こうと一歩踏み出そうとしたその瞬間、部屋のドアが開いた。


「バウニー、誰か来たのか……って、アリシアじゃないか!」

「こんにちは、セド。オースティン様のお見舞いに来たんだけど……大丈夫?」


 驚くセドに対し、アリシアはバウニーを下ろしながら訪ねた。するとセドは近づいてきたバウニーを抱きかかえ、笑みを浮かべながら答える。


「あぁ、勿論さ。兄上も起きておられるから、是非とも会っていってくれ」


 そういってセドは扉を開け、部屋の中へ入るよう促した。ラッセルたちは未だ戸惑うばかりであったが、とりあえず入らなければと思い、なんとか動き出す。


「……後でちゃんと説明してよね?」


 ジルがアリシアにボソッと釘をさすように言い、アリシアが苦笑気味に頷いた。


「兄上。お客様です」


 セドはベッドの上で起き上がっているオースティンに声をかけ、入室した四人は軽くお辞儀をする。するとオースティンはラッセルを見るなり、目を見開いた。


「ラッセル、スフォリアに帰ってきたのか!」

「ご無沙汰しております。護衛クエストを無事に終え、ただいま帰還いたしました。その後のお加減はいかがでしょうか?」


 背筋を伸ばして姿勢を正し、深々とお辞儀をしながら挨拶をする。そんなラッセルを見て、オースティンは一瞬だけ呆気にとられ、すぐに深いため息へと切り替わる。


「そうかしこまるな。ここは私の部屋なのだから、普通に話してくれないか?」

「いや、ですが……」


 ラッセルは答えに迷った。オースティンの気持ちも分かるが、場所が場所なだけに、素直に頷けないでいた。

 そこにオリヴァーが近づいてきて、ラッセルの肩をポンと叩きながら言う。


「ここは折れておこうぜ。王子様の傷に響かせるのも悪いだろうからよ」

「……そうだな。確かに一理あるか」


 オースティンは立派なケガ人であり、ムダな言い争いは避けるべき。ラッセルはそう判断し、咳ばらいを一つした。


「では改めて……ただいま、オースティン。やっとこうして、王都に帰ってこれたよ」

「あぁ、おかえり。よくぞ無事に戻ってきてくれたな」


 さっきとは打って変わって、姿勢を軽く崩し、砕けた笑みと口調でラッセルは話す。これがこの二人の普段の姿なのだ。

 冒険者ギルドで出会い、同じ剣の使い手として競い合ってきた。同年代ということも後押しして、自然と二人は意気投合していき、こうして友人関係を築いている。

 身分や立場の違いもあり、どちらも自ら公表はしていないが、数年前はオースティンも堂々とギルドに出入りしていたこともあり、多くの冒険者は二人の友人関係を普通に知っているのだった。


(もしかしたらこの二人って、マキトとセドの関係に似ているかも……)


 アリシアはラッセルとオースティンを見ていて、自然とそう思えていた。二人が今のように仲良くなるまでの経緯は、実のところ殆ど知らない。人からウワサ話として聞いた程度だ。

 ラッセルが将来の地位を約束するべく、オースティンに近づいた。どこかでそんな話も聞いたことはあったが、流石にラッセルはそんなことをするハズがないと、アリシアは信じなかった。

 結局のところ妬みに過ぎず、当の本人たちも全く気にしてすらいなかったのだが。


「それにしても、その子を見た時は驚きました。セド様が従えてるんですね」


 セドが抱きかかえているバウニーに、ラッセルが視線を向ける。バウニーがどうしたのと首を傾げるその姿に、ジルがメロメロになっていた。


「ヤバイ……キラータイガーの子供って、近くで見るとこんなにカワイイんだ……」


 ジルが恐る恐るバウニーの頭を撫でてみる。バウニーは抵抗することなく、ニャアと声を上げながら身をよじらせる。それが余計にジルの心を鷲掴みにさせてしまう。

 夢中になってバウニーの頭を撫でるジルの後ろで、オリヴァーがバウニーを興味深そうな表情で見つめていた。


「しかもコイツは亜種だろ? そう簡単に群れから離れるとも思えねぇし、よく従えてきたもんッスね。いや、本当に凄いッスよ」

「確かに。子供とはいえ、魔物の亜種を従えてくるとは……流石はセド様ですね。感服いたしました!」


 オリヴァーとラッセルが褒め称えるが、セドは静かに首を横に振る。


「そんなに褒められたモノではないさ。現にコイツも、僕一人では絶対に連れて帰ることはできなかったよ」

「協力者がいた……ということでしょうか?」


 ラッセルが首を傾げると、セドはそのとおりだと頷いた。


「つい最近、新しくできた同い年の友人がいてね。ソイツが僕とコイツを引き合わせてくれて、こうして今に至るんだ。本当に感謝してもしきれないよ」

「そうでしたか。素晴らしい人と出会えたのですね」


 ラッセルがそう言うと、バウニーが返事をするかのようにニャアと鳴いた。


「そういえば、アリシアはラッセルたちのパーティに入ってたんだな。てっきり僕は、マキトたちとずっと一緒なのだと思っていたよ」


 思い立ったようにセドがそう言うと、ラッセル、オリヴァー、ジルの表情が止まる。続いてオースティンもまた、納得するかのように頷いた。


「確かにな。私もチラッとしか見ていないが、とても気が合っている様子だった。あくまで一時的に組んでいただけの関係には、到底見えなかったな」


 ラッセルが驚いた反応を見せる中、オースティンは更に続ける。


「しかし無理もあるまい。セドから聞かせてもらったが、アリシアとマキト君たちは、数ヶ月もの間、一緒に旅をしていたのだろう? ならばそれ相応に絆が深まってないほうが、むしろ不自然というモノだ。ラッセルたちもそうは思わないか?」

「えっ? あぁ、確かにな」


 妙に歯切れの悪い返事をするラッセルに、オースティンは首を傾げる。


「……どうかしたのか?」

「いや、別になんでもないんだ。気にしないでくれ」

「なら良いが……」


 オースティンがひとまずの形で納得しておくと、バウニーがセドを見上げてくる。


「ニャーッ、ニャニャーッ」

「お、よしよし。マキトたちが帰ってきたら、また一緒に遊んでもらおうな」


 セドとバウニーが楽しそうにじゃれ合っている中、ラッセルたち四人の間に、気まずい空気が流れていた。

 このまま黙っているワケにもいかないと思ったアリシアが、一番先に口を開く。


「なんかその……ゴメン。黙ってたみたいな感じになっちゃって……」

「いや、いいんだ。こっちも聞かなかったからな」


 ラッセルの返答に、ジルも明るい表情とともに手を上下に振る。


「そうそう。気にすることないって」

「確かに驚きはしたが、些細なもんだろ。それよりも、そろそろ夕方だ。結局昼メシも食えなかったし、ちょっと早い晩メシにでも洒落込まねぇか?」


 オリヴァーがワクワクしながら話した途端、グゥという音が部屋の中を響き渡る。


「アハハ……オリヴァーの言うとおり、確かにお腹空いたね」


 ジルがお腹を押さえながら、顔を赤らめて笑う。オースティンもセドも含めて笑いが過ぎる中、ラッセルは少し呆れたような笑みを浮かべた。


「仕方ないな。町に出て、たくさん飲み食いできる店でも探そうか」

「おぉっ、ソイツは良いねぇ♪ 今日は一つ、パーッと派手にやろうじゃねぇの!」


 オリヴァーが楽しそうにはしゃぎ出すと、ジルとアリシアも楽しそうに笑う。やがてオースティンとジルも交ざり、再び楽しい会話が繰り広げられる。

 皆が会話に夢中となっていたその時、ラッセルの表情に少しばかり陰りが見えていたのだが、それに気づいた者は誰一人としていなかった。


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