第八十四話 ラッセルたちの帰還
マキトたちがエルフの里へ旅立った翌日、スフォリア王都の南の街門に、三人の冒険者たちが姿を見せていた。
エルフ族で結わえた金髪の青年と、獣人族でこげ茶色の短髪な青年。この二人は腰に剣を携えていた。そしてもう一人は小柄なエルフ族の少女であり、水色の短めなポニーテールを揺らしている。動きやすそうな軽装が、シーフをイメージさせていた。
サントノ王国に護衛クエストで出向いていた冒険者、ラッセルたちである。
ユグラシアの大森林を出発した後、無事に国境を通り抜け、スフォリア王国への帰還を果たしたのだった。その際、国境で一日足止めを喰らってしまうという事態に見舞われたが、それ以外は順調に歩を進めることができ、ようやく王都へ戻ってこれた。
久々の帰還を嬉しく思っていた矢先に、ラッセルたちは街門を見て、少しばかり様子がおかしいことに気づいた。
「なぁ……街門って、あんなに傷ついてるモノだったか?」
ラッセルが単なる見間違いかと目を凝らしてみるが、やはり街門にはあからさまな傷がついていた。彼の問いかけに対し、オリヴァーがふむ、と頷きながら言う。
「少なくとも俺の記憶じゃ、もっと綺麗に整備されていたハズだがな」
「そもそも街門が小汚いなんて、普通にあり得ないと思うけどね。街門の綺麗さで町の良さが判断されるって言われるくらいだし、ましてやここは王宮もあるんだよ? 何もなかったようには、流石に見えないかな」
ジルの指摘はもっともだと、ラッセルは思った。同時に、嫌な予感もした。とりあえず早く街門まで向かい、何があったのかを確かめなければならない。
そう思ったラッセルの足は自然と早くなり、オリヴァーとジルにも伝染する。
三人が街門に到着すると、門番の兵士が驚きつつも、友好的な笑みを浮かべてきた。
「誰かと思えば、ラッセルたちじゃないか。随分と久しぶりだな」
しかし兵士の表情は、まるで何事もなかったかのように明るく振る舞っており、特にこれといって無理をしている様子も感じられない。
それが余計に、ラッセルの中で疑惑が深まっていった。
「済まないが、一つ教えてくれ。最近、王都で何かあったのか?」
傷だらけの街門を見上げながら、ラッセルが門番に尋ねる。すると門番は、あちゃーと手に顔を当てつつ、苦笑気味に語り始めた。
「やっぱりお前さんには分かっちまうか。実はな……」
数日前に起こった騒ぎについて、門番がかいつまんでラッセルたちに話した。するとラッセルの表情がみるみる険しくなっていき、とうとう門番に掴みかかってしまう。
「そ、それでっ? 皆は無事なのかっ!? ギルドマスターは? 女王様はっ!?」
「落ち着けラッセル。このままじゃ喋りたくても喋れねぇだろうに」
オリヴァーに宥められて、ラッセルは門番をきつく締めあげている事実に気づいた。すぐに開放した途端、激しくせき込む彼の姿を見て、ラッセルは申し訳なさそうに頭を下げる。
「済まない。思わず取り乱してしまった。どうか許してくれ」
「いや、そんな反応をするのも無理はないさ。俺も最初はどう反応したらいいのか、まるで分からなかったくらいだからな」
ケラケラと明るく笑う門番だったが、ラッセルの表情はどんどん陰りを見せていくばかりであった。
流石に心配するなというのは酷かと門番も思い、とりあえず中に入ってもらったほうが話は早いだろうと結論付け、街門を開けに向かうのだった。
ゆっくりと門が開いていく中、思い出したような反応を見せつつ、門番はラッセルたちに告げる。
「町がちょっと荒れてる状態だから、少し気を付けてくれ。まぁ、ムダに裏路地とかに入らなければ大丈夫だがな」
門番の言葉に、ラッセルは前を向いたまま、反応することはなかった。代わりにジルやオリヴァーが済まないと言わんばかりに手を軽く上げながら、頭を下げていた。
街門を通って町中へ入る。目の前に広がるのは、壊れた建物やデコボコに荒れた地面であった。建物の壁には爪で引っ掻いた跡がいくつもあり、魔物の襲撃における凄まじさが物語られていた。
それでも着々と建物の修復作業が進んでおり、人々は力強い笑顔で満ち溢れていた。
こっちに木材を回してくれ、もうすぐ昼ご飯だから頑張んな、西側から資材を運んできたぞ。そんな威勢の良い掛け声とともに、人々は動き回っている。
誰も絶望しておらず、むしろそんな言葉をどこかへ捨ててきたかのように、人々は前を向いていた。自分たちが希望を持って生きていることを、まるで自覚していないかのようだと、ラッセルは呆然としながらそう思っていた。
思わず立ち止まっていたことに気づき、慌て気味にラッセルは歩き出す。
「こりゃあ凄いな」
町の中心部はとても賑やかだった。ラッセルは思わず呟きながら、中心部ってこんなにも賑やかだったかなと、首を傾げてしまっていた。
あちこちに出ている屋台から、自然と食欲を湧かせる香りが漂ってくる。しかも今は昼前ということもあり、程よい空腹な状態だからこそ、余計に寄り道したくなってきてしまう。現にオリヴァーもジルも既に屋台に釘付けであり、ラッセルに向かって無言の訴えという名の眼差しを飛ばしていた。
しかしラッセルは、そんな二人の希望に応えるわけにはいかなかった。
まずはギルドに向かい、ギルドマスターにサントノ王国での出来事を報告しなければならない。しかもその後は女王の元へ出向き、事のあらましを伝える必要がある。国に仕える宮廷魔導師を送り届ける、という大役を担っていたのだから、出向いて話すのは当然のことだ。
ラッセルがそのことを改めて話すと、二人はため息交じりに納得していた。
「まぁ、確かにお前さんの言うとおりではあるわな」
「返す言葉もないよね」
オリヴァーとジルが気まずそうに目を逸らすと、更にラッセルは言葉を続けてくる。
「それにアリシアが、ギルドで俺たちを待ってくれているかもしれないだろう? また四人で行動する機会を遅らせるつもりか?」
その言葉を聞いた瞬間、二人は言葉を詰まらせる。数秒後、オリヴァーが頭を掻きむしりながら言った。
「……悪い。そうだったな。ハラ減ってて、思わずそっちを優先しちまった」
「いや、分かってくれれば良いんだ。それじゃあ改めて、ギルドへ行こうじゃないか」
明るく振る舞いつつ、ラッセルが先頭を切って歩き出す。二人も苦笑しながら後ろを歩いていき、やがて三人はギルドに到着した。
ラッセルが重々しく扉を開けると、ギルド内は思ったほど人がおらず、あまり騒がしい感じでもなかった。流石に昼前はこんなモノかと思いつつ、ラッセルはカウンターへ向かって歩き出そうとした瞬間、一人の人物が近づいてきていた。
「久しぶりだね、ラッセル。ジルとオリヴァーも」
「アリシア!」
突然すぎる展開に、ラッセルとオリヴァーは驚いた。ギルドで待ってくれているかもしれないとは思っていたが、まさかいきなり再会できるとは思わなかったのだ。
とりあえず声をかけようとラッセルが前に出ようとした瞬間、ジルがラッセルを押し退けて、アリシアに勢いよく抱き着いた。
「うわーん、アリシアだあぁーっ! 会いたかったよおぉーっ!!」
ギュッと抱き着いて、本泣きしながらジルが叫ぶ。アリシアは苦笑しながらもジルを抱きしめつつ、頭を優しく撫でていた。
「私もだよジル。元気そうでなによりだね」
アリシアがそれとなく離そうとするが、ジルが頑なに服を掴んだまま離さない。
少し困ったような表情を浮かべるアリシアに、未だ泣き止まないジル。そんな二人の様子を、ラッセルとオリヴァーは小さく笑いながら見守っていた。
「全く……いきなり騒がしいな、お前たちは……」
その声に対して、アリシアを除く三人は即座に反応を見せる。アリシアは落ち着いた様子で振り返りながら、冷静な態度で奥から歩いてきた人物に視線を向けた。
「あ、どうも、ギルドマスター」
「数ヶ月ぶりの再会を果たせてなによりだな。お前さんもこれで一安心しただろう?」
「はい。おかげさまで」
アリシアの後ろで、ラッセルたち三人は口が開けて呆然としていた。ギルドマスターが突然出てきたこともそうだが、アリシアがギルドマスターを相手に平然と話していることについても驚いていた。むしろ親しそうな感じであるから、尚更であった。
自分たちが留守にしている間に、一体何があったのか。数日前の騒ぎとやらが、彼女に何か影響を与えたのか。よくよく見ると、表情にそれとない強さがにじみ出ているような気さえする。
そんな思考がラッセルの頭の中を渦巻いていた。
ギルドマスターことウェーズリーが、戸惑いに満ちているラッセルに声をかける。
「待っておったぞ。色々と聞きたいこともあるが、まずは護衛クエストの清算をしなければならんな。とりあえず、奥のほうまで一緒に来なさい。アリシアもな」
「はい」
ウェーズリーが歩いていく後ろを、やはりアリシアは平然とした表情でついていく。ハッと我に返りつつ、ラッセルたちが慌てて追いかけ出した。
スフォリア王都に帰還してから、こうも立て続けに予想外の光景が降り注いでくるとは思わなかった。しかし、いつまでも戸惑っているわけにはいかない。ここはリーダーとして、経緯をちゃんと把握しておかなければと、ラッセルは強く思っていた。
自分はランクB候補者でもあるのだから、という意味も込めて。
(そうだな、まずはギルドマスターから、何があったのかを詳しく聞こう!)
ラッセルはそう思いながら、案内されたウェーズリーの部屋に入っていくのだった。
◇ ◇ ◇
ラッセルたち三人もアリシアと同様、護衛クエストは達成扱いとなった。
更に今回のクエストは重要度が高かったこともあり、リーダーであるラッセルには、勲章のバッジが授けられた。
護衛に限らず、重要度の高いクエストをこなした場合には、今回のように勲章またはそれに見合った特別な評価が、ギルドマスターを通して与えられる。ラッセルのような実力者ともなれば、その可能性も高くなるのだ。
無事にクエストを達成したという安心感、そして自分たちのリーダーが評価を与えられたことから、三人の仲間たちは実にご満悦な様子であった。
オリヴァーはとても誇らしげに笑みを浮かべており、ジルは目をキラキラと輝かせ、ラッセルの胸元に着けられたバッジをまじまじと見ている。そしてアリシアも物珍しそうにバッジを見ながら、とても嬉しそうにしていた。
しかし、当のラッセルは、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに、表情を険しくさせていた。
「あの、ギルドマスター。お聞きしたいことがあるのですが……」
「分かっておる。数日前の騒ぎについてだろう? 話せるだけ話してやるから、まずは少し落ち着きなさい」
身を乗り出してきたラッセルを、ウェーズリーが手を掲げて制する。気恥ずかしそうな表情でラッセルが座り直したところで、数日前の出来事がウェーズリーの口から語られていった。
魔物の大群が王都になだれ込んできたこともそうだが、なにより王女が黒幕の一人であったことに、ラッセルたちは驚きを隠せなかった。更にフィリーネやオースティンが危険にさらされていたところを、マキトと魔物たちが助けたという事実についても。
当事者のアリシアは、その話を聞いているうちに照れくさくなってくる中、ラッセルたちはサントノ王国での出来事を思い出していた。
(まさかマキト君たちがここでも活躍していたとはな……彼は一体何者なんだ?)
特別に鍛えているワケでもない、それこそただの旅人でしかない一人の少年が、これほどの成果を立て続けに残せるだろうか。そんな疑問が、ラッセルの頭に思い浮かんでいた。
これが普通に成果を得るために狙っていたのだとしたら、むしろ全然納得できていたような気もした。しかしマキトの場合は違う。あくまでその場に居合わせていただけに過ぎず、得られた成果にも興味を抱いていないのだ。
現にフィリーネから礼がしたいと言われても、マキトは受け取るつもりはなかった。いらないし興味もないという、ただそれだけの理由で。アリシアから苦笑交じりに語られたその話に、ラッセルたちは妙に納得してしまっていた。
「本当にたまたま遭遇しちまったってことか……運が良いのか悪いのか……」
「良いほうなんじゃない? 結果も出てきちゃってるワケだし」
もはや笑うしかないという感じで苦笑するオリヴァーに、ジルが言葉を繋げる。そこでラッセルが、思い出したような反応をみせつつ、アリシアに問いかける。
「ところでマキト君は? アリシアが世話になった礼を言いたかったんだが……」
「昨日、エルフの里へ旅立ったよ。行き違いになっちゃった感じだね」
「そうか。ならば仕方がない。後日改めるとしよう」
ラッセルが考えの整理をつけると、ウェーズリーが咳ばらいを一つした。
「とりあえず、数日前のことについては粗方話し終わった。他に聞いておきたいことがないのであれば、話はこれで終わりとするが?」
「す、すみません。もう十分です。ありがとうございました」
ラッセルは慌てて頭を下げて礼を言うと、ウェーズリーは暖かな笑みで頷いた。
「うむ。とにかくアレだ。此度の護衛クエストは、本当にご苦労だった。王都もこんな状態だから、しばらく休息をとるのも悪くはないだろう。ラッセル、お前は特に意識しておいたほうが良い。ランクB候補として、近いうちに承認試験が待っておるのだからな」
ウェーズリーの言葉に――特に最後の言葉に、ラッセルがピクッと反応した。
ランクBを目前とする者にとって、ランクアップ承認試験は避けられない、まさしく大きな壁そのものであった。
重要な護衛クエストを見事達成したことで、晴れてラッセルはランクBへの挑戦状を出すことができるようになった。
ピリッとした空気がラッセルの周囲から流れ、三人の仲間たちにもそれが伝わる。
ラッセルは表情を引き締め、ウェーズリーの顔を見上げるのだった。
「……心得ております。必ずやランクBの肩書きを、掴み取って御覧にいれます」
淡々としたラッセルの言葉が、妙に室内を響き渡らせる。真剣な眼差しと口調で放たれた彼の言葉に、ウェーズリーもまた表情から笑みを消しつつ、黙ってゆっくりと頷きを返したのであった。
◇ ◇ ◇
ギルドを後にして歩き始めたところで、ジルがラッセルに不満をぶちまけた。
「もーっ、ラッセルってば、ちょっと真剣すぎじゃない? あたしもう、息が詰まりそうだったよ」
ジルが言っているのは、ウェーズリーの部屋でラッセルがランクBに対する決意表明をした部分だ。
折角アリシアと再会を果たし、また四人で行動できると喜んでいた矢先のことだったために、こればかりは文句の一つくらいは言ってやりたいと思った。
しかしジルの文句に対して、先に返ってきたのはオリヴァーの言葉だった。
「そう言うなって。承認試験ってのは、それぐらい覚悟を持って挑む必要がある。そういうことでいいんだろ、ラッセル?」
「あぁ。確かにジルの気持ちも分かるが、今回は見逃してくれ」
「……いいよ。あたしも言ってみただけだし」
言ってることの正しさに、ジルは何も言い返せなかった。頭の中で分かろうとはしていても、心の中に宿る苛立ちは消えず、モヤモヤして上手く言葉にも表せられない。
これが単なる拗ねであることは、一応ジルも自覚はしていた。
承認試験が大事なのは確かに分かるけど、せめてあともう少しくらいは、四人で行動する時間に意識を注いでくれても良いじゃないか。そんな気持ちがジルの中を渦巻いており、どうにも整理がつかない。
その時、ラッセルに対して口を開いたのは、アリシアであった。
「でも正直な話、私もちょっとだけ肩に力が入りすぎている感じはしたかな。真剣になるのは大事だろうけど、もう少し気楽さを持ってみたら?」
アリシアの言葉に、三人は思わず立ち止まってしまう。珍しかったのだ。彼女がここまでハッキリ堂々と意見を言ったことが。
そんな彼女に驚きを隠せないまま、ラッセルが弁解を試みる。
「しかしアリシア。俺は……」
「それに!」
アリシアはラッセルの前に立ち、人差し指を突き付けながら強めの口調で言う。
「ギルドマスターも言ってたでしょ? 休息を取るのも悪くないってさ。いくら真剣に取り組んだところで、必ず成功する保証なんてないんだからね?」
「そ、それは……」
何も言い返せず、ラッセルは言葉を詰まらせる。その傍らでは、ジルとオリヴァーが目を丸くして驚いていた。
「アリシアの言うことには俺も同意なんだが……結構言うようになったな」
「うん。なんだか『弟を叱るお姉さん』って感じがしたよ」
人はちょっと見ない間に大きく変化する。今のアリシアがまさにそれであった。しかし当のアリシアは、全く持って自覚していなかった。
どうしてこうなったのか、心当たりもない。すると、何か思い立ったように反応しながら、ジルが言った。
「もしかして、マキちゃんとずっと一緒にいたからかな? ほら、実質アリシアが一番の年長さんだったわけでしょ?」
「あー、なるほどな。自然とそう振る舞う機会も多かったってワケか」
ジルの言葉にオリヴァーが納得する。年齢もさることながら、冒険者としての経験もアリシアのほうが上ならば、むしろ当然の結果だと言える気がした。しかも数ヶ月という期間を経れば、それが定着するのも無理はない。
「案外この数ヶ月で、一番強くなったのは、アリシアかもしれねぇなぁ」
オリヴァーが誰に話すわけでもなくボソッと呟いた瞬間、ラッセルが苦い表情を浮かべていたことに気づいた者は、誰一人としていなかった。
「と、とにかく! 次は女王様に会うんでしょ? 早く行こうよ!」
「はいはい。分かったから少し落ち着きなさいっての」
強引に話題を変えようと慌てるアリシアを、ジルが優しく宥める。やっぱりいつものアリシアかなと思いつつ、ラッセルたちは再び四人で、王宮へ向かって歩き出した。
ようやく笑みを浮かべたかと思いきや、ラッセルの表情がやや曇りがちであったことについては、他の三人が気づくことはなかった。
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