第八十一話 収束



 セドの口から、昨夜マキトたちが休んでからの出来事が語られた。


「まず、僕たちを乗せてきたキラータイガーの亜種だが、僕が責任を持って、西の街門まで送り届けた。きっと今頃、無事に森のほうへ戻っているだろう」

「そっか」


 マキトは心から安心するような笑みを浮かべた。実のところ、一番気がかりだったといっても過言ではなかったのだ。

 そんなマキトの気持ちを察しつつ、セドは苦笑しながら話を続ける。


「兵士たちが驚いていたよ。野生なのにここまで大人しいのは初めてだ、とな」

「そーゆーもんかな?」

「無理もない話さ。魔力でどうかしていたとはいえ、魔物の大群が王都で騒ぎを起こした直後だったのだからな」


 それを聞いたマキトはそういえばそうだったと納得する。マキトはその光景を殆ど見てないが、建物があちこち半壊していたり、キラータイガーで王都に戻った時の兵士たちの反応を思い出す。

 確かに無理もないと言えるし、むしろ無事に送り届けられたのが奇跡だったのではとすら思えてきた。野生の魔物がまだ町中に隠れていたと判断されて、兵士たちが総出で襲い掛かったとしても、何ら不思議ではないだろう。


「安心しろ。セルジオやウェーズリーから、兵士や冒険者たちにしっかりと説明が行き届いていたようだ。無暗に襲われることは一切なかったよ」

「そ、そうか。良かった……」

「セルジオたちに礼を言いに行ったら、気にするなという一言で片づけられた。マキトたちにも、同じことを伝えてくれと言われたよ」


 それを聞いたマキトは、思わず苦笑してしまう。同時に昨夜のことで、一つ聞きたいことがあったことを思い出した。


「そういえば、今回の黒幕はあの白衣の男で良いのか?」

「あぁ。そう思ってくれていい。ミネルバとエルヴィンの二人も、立派な同罪だ。三人にはそれぞれ重い罰が下されたよ。恐らくもう日の目を見ることは、永久にないと思って良いだろうな」


 淡々と語るセドに対し、マキトはどこか気まずそうな表情を浮かべる。


「セドの妹がしでかしたってことなんだろ? 流石にどう言っていいのか分かんないけどさ……」

「良いんだ。たとえ妹で王女だろうと、温情の余地はないさ」


 セドはスッキリした表情で首を横に振りながら、今朝の出来事を思い出して、思わず笑みを浮かべてしまう。


(もっともミネルバのヤツは、最後まで免れようと必死だったがな。堂々と母上に泣きついて、あれこれ言い訳を並べる姿は、色々な意味でアイツらしかった。それを公衆の面前で堂々としでかせば、母上の逆鱗に触れるのも、当然と言えば当然だがな……)


 たとえこっそりだったとしても、結果が変わることはなかっただろう。そうセドは思っていた。そして、流石にこれは話さなくてもいいだろうと、合せて心の中で結論付ける。

 あんなのでも妹は妹なのだ。流石に全部の恥をさらすというのは、どうにも忍びない気がしていた。なんだかんだで兄妹としてそれなりに思っていたのかもしれないと、セドは自分自身に対して意外だと思わされるのだった。

 そんなことをセドが考えていたところに、再びマキトの質問がやってくる。


「念のために聞くけど、またソイツらが暴れ出すってことは?」

「大丈夫。今は牢屋に閉じ込めているらしいが、しっかりと見張りをつけている。これ以上の失態をさらすことはしないさ」


 危険が及ぶというよりも、国のメンツを少しでも守りたい。そんな意味合いのほうが高いというのがフィリーネの本心らしく、セドもその気持ちが分かるとのことであった。

 事情があるということではあるが、マキトからすれば、面倒なことにさえならなければ良いという節が強く、それほど気になっていない。

 むしろ気になっていることがあるとすれば――


「そんなことよりも、セドのお兄さんは? かなりヤバかったんだろ?」

「心配するな。命に別状はない」


 セドが笑いかけた瞬間、その表情が少しだけ固まり、苦笑いに変化していく。


「……とはいえ、重症であることは否めない。しばらくはまともに動けないだろうさ。むしろ命が助かっただけでも、十分にマシだと言えてしまうくらいだよ」

「いや、それはフツーに心配するヤバさだろ……」


 マキトのひきつった表情に対し、セドは安心してくれと軽く両手を上げる。


「まだ面会はできないが、既に峠は越えている。呼吸も安定しているし、後は目覚めるのを待つだけだ」

「そっか。まぁ、いつかお見舞いに行くよ」

「ありがとう。兄上もきっと喜んでくれるだろう」


 マキトの言葉に、セドが嬉しそうに笑う。その時、外から大きな叫び声が聞こえてきた。

 どうしたんだろうと、マキトが王宮の入り口のほうを見下ろしてみると、門番の兵士たちに詰め寄る姿が遠巻きながらに確認できた。


「何だありゃ? すんごい怒り狂って、兵士たちに掴みかかってるぞ?」

「あぁ、貴族たちだろう。しばらくは何を言っても、収まることはないだろうな」


 その様子を見て少しだけ目を細めながら、セドは呟くように語る。


「さっきも少し話したが、母上は今朝、国民に騒ぎの全てを明かした。騒ぎの真犯人も含めて全てな。マキトたちのことは、冒険者の協力があったとだけ話しておいた。あまり騒がれるのは好きじゃないだろうと思ったんだが……」

「あ、うん。確かにそれは好きじゃないな」

「それなら良かった」


 セドは小さく笑いながら窓を閉めた。そして椅子に座り、ほんのり湯気の立ったお茶で喉を湿らせ、そして話を続ける。


「特にミネルバが加担していたことについては、冗談だと思って笑い飛ばす者も少なくなかった。紛れもなく本当であると認識されたらされたで、すぐさま別の騒ぎに発展したがな」

「今起こってるアレのこと?」

「あぁ、そのとおりだ」


 セドがサンドイッチを一口かじり、続けて温くなったお茶をグイッと飲み干す。そして空となったカップをしばし見つめた後、それをテーブルに置き、意を決したかのような真剣さを持った表情を見せた。


「今から話すことは、あくまでここだけの話にしておいてほしいんだが……」


 セドの言葉にマキトも思わず緊張が走る。食べようとしていたサンドイッチを持つ手が思わず止まってしまい、そのままセドの話に耳を傾けている。


「実は昨晩、母上が今回の責任を取る形で、女王の座を降りようとしていたんだ」

「え、じゃあ新しい王様とかは……」

「まぁ待て。あくまでそうしようとしていただけだ。実際はまだ女王のままだ」


 セドの苦笑に、ほんの少しだけ空気が和らいだような気がした。マキトも少し安心したのか、自然と手に持つサンドイッチを口に運んでいた。

 ポットのお茶を自分のカップに注ぎながら、セドは更に話を続ける。


「もっとも昨晩は、かなり本気のご様子だった。セルジオが厳しく説教をしなければ、今頃は更に大変なことになっていただろう」


 そしてセドはマキトのカップにもお茶のお代わりを注いだ。既にサンドイッチを食べ終え、二人は湯気の立つお茶に息を吹きかけながら、一口すする。

 するとカップを見つめながら、セドは呟くように言った。


「どうやら今回の一件の爪痕は大きかったらしい。僕もしばらくは、国を出る選択肢はなさそうだ。母上や兄上の様子も気になるし、それに……」


 セドは俯きながら、自虐的に等しい力のない笑みを浮かべ出す。


「今回は僕自身、殆ど何もできなかった。暴走するバウニーを抑えるのに必死だった。殆ど全部、マキトとラティたちの手柄に他ならない。母上も同意見だった」

「評価し過ぎじゃないか? 最後の最後で掠め取っただけのような……」

「そんなことはないさ。マキトたちがいなければ、今頃どうなっていたことか。僕も母上も、本当に感謝しているんだよ」


 マキトはどうにもむず痒い気持ちになった。そもそも何故ここまで感謝されるんだという疑問で、頭がいっぱいだった。

 戦いが終わったという実感はあるが、国を助けたという実感は一切ない。それ以前に王都のピンチを救うとか、そういう考えは全くなかった。

 セドと一緒に混乱中の王都へ戻ってきたのも、セドが一人で王都へ戻ろうとしていたのが、友達としてどうにも放っておけなかっただけのこと。ラティがフィリーネを助けたのは事実かもしれないが、あくまで偶然に偶然が重なっただけのようなモノだ。

 要するに、そこまで感謝されるほどではない。マキトはそう思いつつ、強引に話題を変えることにした。


「それはともかくとして、さっき国を出る選択肢がどうとか言ってたけど……」

「あぁ。近いうちに国を出ようと思っていたが、それはしばらく中止だ。王都の復興を手伝いながら、バウニーと修行をする。もう一度最初から、自分を鍛え直すつもりだ」


 セドの言葉に迷いも後悔もない。セドが自分で決めたことならと、マキトも納得することにした。

 ここでセドが、何かを思い出したような反応を見せる。


「そういえば母上が、落ち着いたら褒美を授けたいって言ってたぞ」

「ふーん。誰に?」

「そりゃあマキトたちに決まっているだろう」


 セドの言葉を聞いたその瞬間、マキトは微妙そうに目を細め、顔をしかめた。


「別にそんなのいらないし、興味もないんだけど……」

「そういうわけにもいかないんだよ。母上にも立場があるからな。何か形のあるモノを与えて、女王としてのメンツを立たせないといけないのさ」

「……面倒だな」

「おっしゃるとおり、昔から面倒な生き物だよ。王族や貴族っていうのはな」


 ため息をつくマキトに、セドは苦笑を浮かべる。それを見てマキトは、どうやら受け取らないという選択肢はなさそうだと、観念するのだった。


「まぁ、そのうちってことでいいか?」

「構わないさ。けど、後で母上に顔だけでも出してやってくれ。せめて直接、礼の言葉を受け取るぐらいは構わないだろう?」


 セドの言葉に、マキトは気が進まないと言わんばかりにコクリと頷くのだった。



 ◇ ◇ ◇



 アリシアとコートニー、そしてラティたちも目覚め、それぞれ軽食を摂った後、皆で町に繰り出した。

 ちなみにセドとバウニーは王宮に残っている。オースティンの代わりに公務をこなさなければならないとのことであった。もっとも未だに貴族たちが王宮に押し寄せてきており、当分はその対応に追われそうだと、セドはボヤいていた。

 正面の扉から出ることができなかったため、食堂の脇にある勝手口から、こっそりと外に出て、貴族に見つからないよう隠れながら進んでいく。やっとの思いで町の端っこに差し掛かった頃には、既に夕方になりかけていた。


「ところでマキト。フィリーネ様からどんなお礼をもらったの?」


 覗き込むような仕草で問いかけてくるアリシアに、マキトはため息交じりに答える。


「いや、まだもらってない。忙しすぎて、用意するヒマすらなかったらしい」

「そういえばさっきも、貴族とのやり取りとか凄かったもんね」


 コートニーが苦笑しながら言うと、マキトは赤くなりゆく空を見上げながら、小さなため息をついた。


「ギルドマスターに話をつけておいたから、ギルドで特別報酬金を受け取ってくれって言われたよ。サントノの時と同じ形になったってワケだな」


 数か月前に、シルヴィアの一件に巻き込まれた時も、お詫びがてらクエストの報酬金を上乗せしてもらったことを思い出す。

 よくよく考えてみれば、あの時も王宮に出向いてほしいと言われていた可能性は十分にあった。深い事情は知らないが、恐らく王宮側がゴタついていたのだろうと、マキトはなんとなく予測する。

 結果的に、どちらも堅苦しいことをせずに済んだことは確かであり、むしろ良かったとさえマキトは思っていた。


「ギルドっていえば……わたしたち確か、クエストを受けてませんでしたっけ?」


 ラティの問いかけに対し、マキトはピタッと動きを止める。


「そういえばすっかり忘れてたな」

「じゃあ、ついでに報告しちゃおうよ。まだ期限は過ぎてないから大丈夫でしょ」


 マキトたちが受けたクエストの期限は一週間。受けてからまだ二日しか経過していないため、確かに問題はない。目当ての薬草も採取済みであるため、ギルドに提出すれば無事にクエスト達成となるだろう。

 特別報酬金も一緒にもらえば、予想外の稼ぎとなりそうだ。そう思いながら、マキトたちがギルドを目指して歩いていたその時だった。


「マクレッド家が没落したってのか!?」

「あぁ、確かなスジの情報さ」


 とある冒険者同士の会話が聞こえてきた。なんとなく気になったため、マキトたちは立ち止まって、その話に耳を傾けてみることに。



「お前も聞いただろ? 今朝女王様がお話になられたことは、全て事実さ。あの当主は最後まで信じていなかったらしいがな」

「確かそれでプッツン切れて、王宮にまで殴り込みに行ったんだろ?」

「そうだ。そこであのバカ息子が、盛大に自滅したんだよ。それで大泣きしながらパパに縋りついたんだ」

「パパの力で女王様を陥れておくれよってか? そんなことをウワサで聞いたが……」

「事実だよ。それがキッカケとなって、あの当主も逃げられなくなった。正式に今回の責任の大部分が、マクレッド家に注がれることになった」

「マクレッド家の屋敷が、昼過ぎあたりに突然差し押さえられたのは、それが理由か」

「そういうこった。使用人はこぞって雲隠れ。夫人もこの展開を読んでいたのか、既に荷物をまとめて王都を去ったらしい。まんまと逃げおおせて、今頃は愉快そうに笑っているだろうさ」

「……玉の輿に乗るために当主にすり寄ったってのは、本当のことだったのか」

「恐らくな」

「で、バカ息子は牢屋送りか。ちなみに当主も?」

「どうやら違うらしい。あくまでウワサだが、王宮の小間使いをさせられているとか。あれだけ広いと、掃除が行き届いてない場所の一つや二つはあるだろうからな。悪臭と戦う日々が続くんだろうぜ」

「悲惨だな」

「だが、自分で蒔いた種も同然だ。正直ザマァみろって感じだよ♪」

「実は俺もだ♪」



 二人の冒険者は面白おかしそうに笑いながら、町の中心部に向かって歩いていく。

 会話をずっと聞いていたマキトは、その中で気になる部分があった。


「マクレッド家って、どっかで聞いたな」

「何日か前に、わたしやロップルを狙おうとした、貴族の名前だったような……」

「あー、あの上から目線の。そっか、ソイツの家が潰れたのか」


 マキトとラティは揃って空を見上げて何かを考え、そして小さく息を吐いた。


「別にどうでもいいな」

「ですね」


 言葉のとおり、心の底から興味なさげに言い切ったマキトとラティは、再びギルドに向かって歩き出した。

 アリシアとコートニーはその様子を見て、あの二人らしいなぁと、苦笑いを浮かべるのだった。

 そして歩いている途中、賑わっている宿屋を見つけた。よく見るとそれは、マキトたちが宿泊していた宿屋であった。


「おぉーっ、マキトさんたちではありませんか!」


 宿屋の店主が嬉しそうな顔をして、マキトたちの元へ駆け寄ってくる。


「見てくださいよ、今日一日でこんなに大盛況になったんです。なんでも表通りの宿屋が軒並み魔物たちの被害にあったらしくて、そこに泊まっていた人たちが、ウチに流れ込んできたってワケですよ♪」


 店主曰く、ここは街門から一番遠い町外れだから、魔物は一切来なかったとのことであった。そのおかげで今日も普通に、朝から営業していたらしい。


「泊まってる人たち、結構良い印象を持ってるっぽいのです」

「そうなんですよ。私も正直予想外でした。味のある建物でなかなか良いとか、色々と再評価をいただいているんです。続けていて本当に良かったですよ……うっうっうっ」


 本当に嬉しくて仕方がない。涙を流す店主を見て、マキトはそう感じた。

 実際、宿屋を出入りする冒険者や商人たちの表情は明るく、またこの宿屋に泊まりに来ようぜという声も、チラホラと聞こえてきた。

 自分たちが泊まった時は本当に誰もいないくらいだったのだが、これからはこの宿屋も賑わうことだろうとマキトが思ったその時、店主が涙を拭きながら顔を上げてきた。


「実はですね。これを機にウチの宿屋も改築しようと思ってるんですよ。なにせ一気に数ヶ月分の売り上げが舞い込んできましたからね。ようやく、より丈夫な建物にすることが出来そうです」


 それを聞いたアリシアは、期待を込めた笑顔を浮かべた。


「立て直すってことは、レストランも新しくつけるんですか?」

「いえ、それは着けません。方針は今までどおりです。下手に新しいことをせず、今のウリを大事にしていきたいですからね」


 アッサリと否定した店主の言葉に、アリシアは残念そうに項垂れたが、コートニーはどこか納得するかのように頷いていた。


「それも良いかもしれないですね。食事なしでの安さが再評価されているわけですし、建物が綺麗になれば、冒険者たちもたくさん泊まりに来るんじゃないですかね?」

「えぇ、そうなるように、私もこれから頑張っていきます。皆さんも、是非またウチに泊まりに来てください。歓迎いたしますよー♪」


 店主は踊るようなステップで、再び宿屋の中へ戻っていく。その様子がとても面白かったらしく、宿屋の中から楽しそうな笑い声が大きく聞こえてきた。

 町の中心部から、更に冒険者のパーティが歩いてきた。宿屋を見てここだここだ、と言っているところを見ると、ウワサを聞いて来てみたのだろうと予測できる。

 そんな宿屋の様子になんだか嬉しくなりながら、マキトは呟くように言った。


「スフォリア王国で冒険するときは、もうこの宿屋を拠点にしていこうかな」

「良いですね、大賛成なのです」


 ラティの声に続いて、スラキチとロップル、そしてアリシアとコートニーも、笑顔を浮かべる。

 そしてマキトたちは再び、ギルドを目指して町の中心部へと歩き出すのだった。


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