第八十話 マスターとの絆



 フェアリー・シップと赤いスライム、そして頭にバンダナを巻いた人間族の少年。これらの情報から、ビーズは一つの答えを導き出した。


「なるほど、彼がウワサに聞く魔物使いの少年ですか。となるとあの女性も……」


 魔物使いの少年は妖精をも従えている。そして目の前には謎の女性。恐らく件の妖精が姿を変えているのだろうと、ビーズは推測する。

 妖精が大人の女性に姿を変える、という根も葉もないウワサが流れていたことを思い出したのだ。それが本当であることを知って驚きつつ、これはこれで面白いかもしれないと、ビーズは改めて笑みを浮かべる。


「なんなのですか、ニヤニヤして……?」

「いえいえ、これは失礼。実に興味深いと思っただけですよ」


 イラっとしながら睨みつけるラティに対し、ビーズはどこまでも飄々としていた。


「母上。これをお飲みください。パンナの森の水です」

「ありがとう……本当に助かったわ」


 セドに水を飲ませてもらうと、フィリーネはなんだか体の奥底から暖かくなってくるのを感じた。水に宿る魔力が、体力を回復させてくれているのだと感じる。

 軽い体調不良の時に世話になったことはあるが、こうしたボロボロの状態でも効果が出てくるのを体験するのは、今回が初めてのことであった。

 大分意識がはっきりしてきたところに、今度はマキトの叫び声が聞こえてくる。


「ブレンダさんっ!」

「マキト……まさかお前たちに助けられるとはな」

「アリシア、ブレンダさんにも水を」

「うん!」


 マキトとバトンタッチする形で、アリシアとコートニーがブレンダを介抱する。


「セド。私のことよりオースティンを」

「あ、兄上っ!!」


 セドが血相を変えて、ボロボロになったオースティンに駆け寄ろうとする。しかしそれをビーズが見逃さなかった。


「させませんよ」


 ビーズが魔力を放つが、ラティも咄嗟に魔力を放ったことで、見事相殺される。

 まず最初に倒さなければならない相手がいると悟り、セドとバウニーは改めてビーズに向き直る。


「ニャアァーッ!!」

「ビーズ……そしてミネルバ! お前たちだけは絶対に許さんぞ!」


 セドが剣を抜き、ビーズに向かって突き出した。心の中では、早く決着をつけたいという気持ちでいっぱいだった。

 大切な兄を、自分の目の前で死なせるわけにはいかない。そして大切な兄をここまで傷つけた、ビーズやミネルバたちを、絶対に許すわけにはいかないと。


「実に威勢が良いですねぇ。それがいつまで続くことやら……楽しみですよ!」


 ビーズの両手から禍々しい魔力が噴き出す。真っ先に反応を示したのは、親タイガー亜種であった。


「ガウガウッ!」

「……っ! あの魔力、異変の時に感じた魔力と同じだそうなのです!」

「キラータイガー、すぐに外まで下がれ!」


 マキトの叫びに親タイガー亜種は即座に反応し、王宮の外へ脱出する。おかげで魔力に支配されることはなかったようだ。

 その証拠に、ビーズの表情が若干の悔しさで歪んでいる。


「ちっ、あのキラータイガー亜種を操れれば楽だったのですが……まぁ、それは別にいいでしょう。皆さんの魔物たちを、私の手中にぜぇんぶ収められただけでも……ね♪」


 すぐさまネチッこい笑みに切り替えたビーズに、マキトたちは嫌な予感が走る。

 セドの足元にいるバウニーが、いまにも暴れ出さんとばかりに震えていた。そして、ゆっくりとセドのほうを振り向くと同時に、真っ赤な目でキバを剥く。


「ニュゥ……ニャアアアァァーーーッ!!」

「バウニーッ!?」


 セドは右腕でブロックする形で、バウニーの牙を受け止める。思いっきり噛みつかれた腕からは、真っ赤な血が段々と服を染め、やがて地面に滴り落ちる。

 まだ子供であるが故に、キバが発達しきっていなかったのがせめてもの幸いだった。もし成熟した状態であったら、今頃セドは片腕を失っていたことだろう。

 それでも鋭い痛みが走ることは避けられない。苦悶の表情を浮かべながらも、セドは剣を投げ捨て、必死にバウニーを抑え込む。

 そして、異変をきたしている魔物は、バウニーだけではなかった。


「ピィ……」

「キュ、ウ……」


 スラキチとロップルの目も真っ赤に染まっている。魔力の影響を受けているのだ。それでも暴走しまいと思っているのか、マキトに襲い掛からないよう、必死に自分を抑え込もうとしている。


「なかなかしぶといですねぇ……もう少し濃度を上げてみましょうか」


 ビーズは何食わぬ顔で、更に魔力を放出していくと、魔物たちの苦しそうなうめき声が響き渡る。

 アリシアやコートニーが震えている中、マキトはラティたち三匹をジッと見ていた。

 一ミリたりとも目を逸らさず、顔をしっかりと上げて、自分が従えている魔物たちの姿を見守っている。特に声をかけるワケでもなく、決して諦めているワケでもなく、ただひたすら見つめていた。

 マキトのその姿を、諦めの一種だと思い込んだビーズは、愉快そうに笑い出す。


「はーっはっはっはっ♪ 今度こそ何もかもおしまいですよ♪ さぁお二人も、最後の舞踏会に混ざり、華々しい結末を飾りなさいっ!!」


 ビーズが右手を上げると、ミネルバとエルヴィンが立ち上がり、ゆっくりと迫る。

 エルヴィンがマキトや魔物たちを見た瞬間、微かに眉をピクッと動かした。そして、レイピアを抜いた瞬間、怒りの形相で襲い掛かる。

 どうやら数日前からの恨みが、自然と心の中から溢れ出てきたようだ。

 マキトを目掛けて一直線に迫るエルヴィンに対し――――


「ピ……ピイィーッ!!」


 スラキチが何かを振り切るかのように、渾身の体当たりをエルヴィンに繰り出した。


「ぐほぉっ!?」


 鳩尾に走る凄まじい衝撃に、エルヴィンはレイピアを落としながら、思いっきり後方に吹き飛ばされる。

 エルヴィンはそのまま壁に激突し、意識を失ってしまった。


「バ……バカな!」


 ビーズが驚愕するとともに、頬を冷や汗が滑り落ちる。しかし、本当に驚くのはここからであった。

 スラキチだけでなく、ロップルもラティもまだ、完全に魔力に支配されてはいない。苦悶の表情こそ浮かべているが、その視線はマキトではなく、しっかりとビーズを敵として定めている。


「な、何故だ? 普通ならとっくに支配され、少年を攻撃しているハズ……」


 ビーズはワケが分からず狼狽える。頭は完全に真っ白になっており、もはや何も考えることができなくなっていた。


「これは何かの間違いだ! そうに決まっている! 私の魔力は完璧なのだっ!」


 現実を直視できないビーズは、ひたすら喚くことしかできない。そんな彼に対し、更なる言葉がラティの口から放たれる。


「支配なんて、絶対にされないのです。マスターを裏切るマネなんて、絶対に!」


 まるで魔力そのものを上書きするかのように、ラティに纏う禍々しい魔力が、金色の魔力に切り替わっていく。

 並行して、ビーズの表情が驚愕と恐怖で染まっていった。こんなことはあり得ない、これは何かの間違いだ、きっと夢でも見ているんだと、ひたすら逃げの言葉を頭の中で連呼しながら。

 幻に身を潜めようとしているビーズの耳に、ラティの力強い声が聞こえてくる。



「わたしたちとマスターとの絆を……甘く見るんじゃないのですっ!!」



 叫びとともに、ラティの体から禍々しい魔力が消え去った。


「なっ……わ、私の魔力がっ!?」


 現実に引き戻されたビーズが驚きの声を上げた瞬間、ラティが動き出した。ビーズの懐に飛び込み、黄金色の魔力を込めた蹴りが、彼の頬にめり込む。

 凄まじい激突音とともに、ビーズが瓦礫の中に埋もれる。意識は殆どないようだが、ピクピク動いている様子からして、少なくとも生きてはいるようだ。


「ウ……ウワアアアァァァーーーーッ!!」


 魔力に憑りつかれていたミネルバが、狂ったように叫びながら魔法を生成する。我に返ったのと、見事に野望が潰えたことが同時に分かり、混乱しているのだ。

 たまたま視界に入ったマキト目掛けて、巨大な魔力玉が解き放たれる。しかしそれがぶつかる寸前、マキトの体を淡いオーラが纏う。

 爆発音が鳴り響き、煙が晴れると、そこには無傷のマキトがいた。


「キュウッ!」


 ロップルがマキトに駆け寄り、肩に登って身を乗り出す。ビーズが倒されたことで我に返り、防御強化を発動して助けてくれたのだ。

 その隙をついて、完全に正気に戻ったスラキチが、渾身の体当たりでミネルバの鳩尾に突っ込む。ミネルバは吹き飛ばされ、そのまま気絶してしまうのだった。


「……ここからは私の番です!」


 セドに支えられながらフィリーネが立ち上がり、目を閉じて両手を上げ、魔法の詠唱を開始する。かつてサントノ王国で、メルニーが施した魔法と同じモノであった。

 フィリーネの体から浄化の魔力が湧き出し、王宮内に散った禍々しい魔力が、次々と浄化されていく。飛び交う浄化の魔力の粒子が体に触れると、どこか温かい気持ちになっていくような気がした。

 ラティが元の小さな妖精の姿に戻り、マキトの傍に飛んでいく。


「どうやら終わったみたいですね、マスター」

「あぁ」


 マキトは頷きながら、改めて王宮内を見渡す。ボロボロに荒れ果てながらも、温かい空気に包まれるその雰囲気が、なんとも心地良いと感じるのだった。



 ◇ ◇ ◇



 ふかふかの絨毯の感触を味わいながら、マキトの意識は徐々に覚醒する。

 薄っすらと目を開けると、どこかの広い部屋の床で寝ているのだと、なんとなく判断できるようになった。

 のそりと起き上がると、心地よい風が肌を撫でる。大きな窓が開いているのだ。

 窓の外は雲一つない青空が広がっている。暗雲が立ち込めていたとは思えないほどであり、同時にマキトの頭の中が、ようやくハッキリとしてきた。


「やっと起きたか」


 声のしたほうを振り向くと、ソファーにゆったりと座るセドの姿があった。心なしか呆れての入った声色に疑問を浮かべつつ、マキトはきょとんとした表情で訪ねた。


「……朝?」

「昼過ぎだよ。相当疲れてたんだな。まぁ無理もない話だが」


 苦笑するセドに、マキトは反応ができなかった。

 なんとなく周囲を見渡すと、アリシアやコートニー、そして三匹の魔物たちが、未だグッスリと眠っている姿が見えた。

 目は完全に覚めており、体は軽かった。相当爆睡していたのだと、ようやくマキトは判断する。

 ふと、窓の外から声が聞こえてきた。心地良い風を浴びながら窓の外を見てみると、王宮の前に多くの人だかりができているのが見えた。


「昨日の騒ぎについて詳しく聞かせろって、貴族の連中が押し寄せているのさ。母上が今朝、国中に全てを打ち明けたからな」

「ふーん、それでか」


 マキトが耳を澄ませてみると、怒り狂った貴族たちの叫び声が聞こえてくる。

 あんな王女のために自分は尽くしてきたのか、これは立派な裏切りだ、寄付した金を今すぐ返せ。そんな言葉が、風に乗ってハッキリと聞こえてくる。マキトは無言のままそっと窓を閉めた。これ以上聞きたくなかったからだ。


「そういえば、あの後ってどうなったんだ? 後は任せて休めって言われたけど……」


 マキトは昨晩、戦いが終わった直後のことを思い出す。

 まずはセルジオとウェーズリーが馬車に乗って、王宮に駆けつけてきた。荒れ果てた王宮内を見た二人は、思わず言葉を失うくらいに驚いていた。

 セルジオがマキトたちの姿を見ると、安心したかのような笑みを浮かべて駆け寄り、後始末はワシらに任せて休め、と言われたのだ。

 ウェーズリーやフィリーネも賛同したことにより、マキトたちはセドの部屋に案内された瞬間、すぐに入眠してしまい、今に至るのであった。

 絨毯の上で寝ていたのは、純粋に力尽きて倒れたからである。実際マキトも、そのことに気づいたのは目覚めてからであった。


「そうだな。とりあえず軽く食べながら話そう。流石に腹も減っただろう?」


 セドに言われた瞬間、マキトのお腹がグゥと鳴り響く。普通に朝食を抜いている状態なのだから、当然と言えば当然である。

 部屋の隅っこにおいてあったバスケットを開くと、そこにはたくさんのサンドイッチが詰められており、ポットには熱いお茶が仕込まれていた。セド曰く、いつ起きてきても良いように、あらかじめメイドに頼んで用意してもらっていたとのこと。

 アリシアたちの分を別にとりわけ、マキトとセドはサンドイッチを食べ始める。


「さて、それじゃあ話していくとしようか。まぁ僕も今朝早くに、セルジオから教えてもらったことなんだがな」


 セドの口から、昨夜マキトたちが休んでからの出来事が語られた。


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