第七十七話 悪魔の饗宴



 王都の中心部では、凄まじい爆音と魔物の絶叫が、次々と響き渡っていた。

 フィリーネ、セルジオ、ウェーズリーの三人が、密集された魔物たちを魔法で次々と蹴散らしていっているのだ。

 もはや慈悲も何もない。ただひたすら無心に倒していくだけ。そんな三人の姿を見ている者たちは、味方で本当に良かったと思っていた。むしろ野生の魔物に対して、酷い攻撃をしてごめんなさいと言いたくなるほどに。

 中には正気に戻って王都から逃げ出していく魔物もおり、わざわざ倒さなくても良いと判断され、見逃された。

 とある兵士の一人が、逃げ出した魔物たちに対して、運が良かったなと思わず喜んだらしいのだが、真相は定かではない。


「す、すげぇ……どんどん魔物が倒されていきやがる……」

「まさに三銃士というヤツか……」


 とある二人の兵士が、目の前で繰り広げられる光景を見てそう呟いた。

 兵士も冒険者も、皆揃って後ろで見ていることしかできない。下手に前に出れば魔法に巻き込まれてしまうからだ。

 自分も良い姿を見せてやると意気込んでいた者でさえ、ここは大人しくしていようと固く胸に誓うほどであった。


「なぁ……これってもう、俺たち必要なくね?」

「奇遇だな。俺も実はさっきから、心のどこかでそう思ってたよ」


 正直なところ、急に仕事がなくなってしまったも同然であり、完全にヒマだった。今現在、魔法をぶっ放している三人以外の全員が、同じ気持ちであった。

 このまま全てが終わるんじゃないかと、割と本気で考えていたその時、一人の兵士が駆け込んでくる。


「おい、性懲りもなくあっちのほうから、魔物たちがたくさん攻めて来るぞ!」


 兵士が東側のほうを指さして叫ぶ。二人は顔を見合わせ、小さな笑みを浮かべた。


「……行くか」

「あぁ」


 その二人を含め、複数の冒険者や兵士たちが、東側への応援に走り出した。

 戦いは着々と進んでおり、それでいてまだまだ終わる様子もない。魔力から解放された魔物の中には、立ち向かってくるヒトに怯えて、混乱して再度暴れ出すという状況も見られた。それでも進撃開始直後に比べれば、実に些細な被害であるとも言えたが。

 取りこぼした魔物たちを追いかけ、負傷する者たちもいた。未だ死者が一人も出ていないのは奇跡であると、まとめ役を務める兵士の一人がが呟いた。

 無論、決戦に参加しているほぼ全員が、心の底から痛感いることもあった。ここまでたくさんの人々が無事なのは、間違いなくフィリーネたち三人のおかげであると。

 中には驚いている冒険者もいた。三人とも立場的に、椅子に座ってふんぞり返っているだけだと思っていたのだ。今回で圧倒的な実力を見せつけられ、自分のバカさ加減を反省する場面もあり、思わぬ効果が出ているとも言えていた。


「フィリーネ様。もう東側には殆ど魔物はいません!」


 兵士からの報告を受けたフィリーネは、セルジオとウェーズリーのほうを向いた。


「南側と西側はどうですか?」

「粗方片付いたぞい。そろそろワシらも力を落として良さそうだの」

「これ以上暴れてしまったら、ムダに町を傷つけるだけになりそうだからな」


 セルジオとウェーズリーが笑いながらそう言うと、フィリーネも兵士たちも、揃って苦笑いを隠せなかった。

 この二人が魔法を放っているとき、揃って妙に楽しそうだったのだ。久々に若い頃を思い出すわい、という言葉が聞こえたのは、決して空耳ではない。後ろで盛大な爆発音が立て続けに起きていることに、別の意味で不安を覚えた者も数知れずだ。

 要するに、この二人が収まってくれて良かったと、心から安堵するという気持ちが、今ここで一つとなったのである。


「全員に通達! 待機している兵士と冒険者は、各自残りの魔物を討伐せよ!」

『おおおおおおぉぉぉぉーーーっ!!』


 ウェーズリーの掛け声に、兵士や冒険者たちの歓声が響き渡る。

 それぞれが町中に散らばり出すのを見届けつつ、フィリーネたち三人は魔法の打ちっぱなしから解放され、一息つくのだった。


「ようやくこれで少しは落ち着くか。それほど時間が経ってないハズだが、もう随分と長く戦ってたようにも思える。ワシもそろそろ引退するときかな」


 ウェーズリーがため息交じりにそう語ると、セルジオが更に深いため息をついた。


「なーに言っとる。そんなこと周囲が許してくれるハズないだろう。目を離したら何をしでかすか分からんのが、お前さんの特徴だからな」


 セルジオがケラケラ笑い出すと、ウェーズリーが眉間をヒクつかせながら言う。


「……一応言わせてもらうがな、セルジオ。それはお前も十分に当てはまってるぞ」

「よさんかウェーズリー。このワシをテレさせるでない」

「テレんでいい! そして褒めとらんわ!」


 ウェーズリー大声でセルジオを怒鳴りつけるも、すぐにその怒りを鎮め、改めて周囲を見渡した。


「何はともあれ、町のほうはこれでどうにかなりそうだな」

「うむ……残るはあそこだな」


 セルジオは北側にある王宮を見上げた。心なしか黒い煙が増えているように見える。耳を澄ませると、明らかに北の遠くのほうから爆音も聞こえていた。

 そして二人はチラリとフィリーネに視線を向けると、気が気でないと言わんばかりの表情を浮かべている姿があった。

 分かりやすい女王め、とセルジオが心の中で呆れながら、わざとらしく言う。


「ウェーズリーよ。ワシが思うに、もはやこの場に三人も必要はないと見えるが……」

「奇遇だな。ワシも同じことを考えていたよ」


 セルジオとウェーズリーの言葉に、フィリーネは体をピクッと震わせる。そして恐る恐る彼女が視線を向けると、二人の笑みが飛び込んできた。

 行きたいのなら早く行きなさい。無言でそう言われているような気もした。


「……すみません、王宮へ行かせてください」


 フィリーネが頭を深く下げると、二人は笑顔で頷いた。

 それから程なくして馬車が用意され、一人の兵士が御者台に乗ろうとした時だった。


「え、ちょ、ちょっと……フィリーネ様!?」


 フィリーネが颯爽と御者台に乗り込み、兵士の呼びかけにも答えず、そのまま馬車を走らせてしまう。

 王宮に向かって瞬く間に遠ざかっていく馬車を、兵士は呆然としながら見つめる。そしてセルジオとウェーズリーは、これ見よがしに深いため息をついていた。


「想像以上に冷静さを欠いておったようだな」

「全く……仕方のない女王だ」


 まるで娘を見守る父親のような笑みを浮かべながら、セルジオとウェーズリーは王宮を見上げるのだった。



 ◇ ◇ ◇



「くそっ! なかなか近づけんな!」


 オースティンの表情にかなりの苛立ちが見られる。一方、目の前に立つビーズは、実に涼しそうな笑顔を向けている。

 どうしました、次はどう来るんですか、と。そう言われているかのように。


「おのれ、ちょこまかと……大人しく餌食になりなさいなっ!!」


 ミネルバが無数に魔法を放つが、ブレンダはそれを全て躱しつつ、縦横無尽に動いて翻弄している。しかし、なかなか近づけないこともあり、ブレンダ自身にも少なからず焦りが生じていた。

 戦闘の素人でないだけに、ミネルバもそう簡単に隙を見せてはくれなかった。どんなに動いても、確かな一撃を相手に与えられなければ意味がない。

 ミネルバの強さはエルフの里でも有名だった。故にブレンダも、それ相応に心得てはいたつもりだったが、こうして実際に手合わせしてみると、想像以上の実力の持ち主であったと言わざるを得なかった。

 味方であれば、どれほど頼れる存在として見れただろうか。そう心から思いながら、ブレンダは再び剣を構える。


(埒が明かないな。こうなったら捨て身で相手の懐に突っ込むしか……ないっ!)


 勢いよく地を蹴ってブレンダが飛び出した瞬間――――地面が爆発した。


「ぐわっ!?」


 ブレンダは吹き飛ばされ、体を強く打ちつけられる。それでもなんとか立ち上がり、剣を持ち直しながらも、一体何が起こったのかを見渡した。

 すると、ビーズが小さな装置を左手に持ち、ニヤついている姿が見えた。


「地面に仕掛けた魔力を爆発させた……と言ったところか」


 オースティンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、装置を破壊するべくビーズに迫る。その際、再び地面が爆発するが、オースティンはそれをギリギリのタイミングで躱した。

 そして更にオースティンは後方に飛び去る。目の前をミネルバの魔法が通過し、チッという舌打ちの声が聞こえた。

 やはりミネルバも、黙って見逃してくれるワケがなかった。オースティンがそう思いながら立ち上がったその時、ブレンダが剣を構えて突進していく姿が見えた。

 オースティンがミネルバの魔法を躱すと同時に、彼女は動き出していたのだ。

 ミネルバにとっても完全に不意を突かれた形となり、すぐに再び魔法を発動しようと試みるが、既にブレンダはビーズの目の前まで迫っていた。


「はああああぁぁぁーーーーっ!!」


 ブレンダは叫びながら剣を振りかざす。ビーズは驚きながら、左手に持っていた装置を手放した。

 すかさず装置を剣で一刀両断し、見事に破壊する。これでもうビーズは何も出来なくなったと、ブレンダが確信したその時だった。


「――スキあり♪」


 ニヤリとビーズが笑みを浮かべる。同時に強力な電流がブレンダに襲いかかった。


「があああああぁぁぁっ!!」


 ブレンダは叫び声を上げ、そのまま倒れる。ガランと剣の落ちる音が聞こえた。

 痺れて思うように動けない中、力を振り絞って見上げてみると、ビーズが『右手』をシャツの左胸ポケットに忍ばせており、そこから手のひらサイズの装置を取り出した。


「おめでとうございます。ニセモノの装置は見事に破壊されました♪」


 愉快そうに笑いながら見下ろしてくるビーズを、ブレンダはギリッと歯を鳴らしながら見上げる。


「まさかここまで罠にハマってくれるとは、さぞ頭に血が上っていたようですね。本当に楽しくて仕方ありませんよ。あーっはっはっはっはっはっ♪」


 これ見よがしに大声で笑うビーズに、ブレンダは何か言い返そうとするが、思うように口が回らない。舌にまで痺れの影響が出ているようだった。

 


「ビーズ……きさまああああぁぁぁーーーっ!!」


 血相を変えたオースティンが、剣を片手にビーズへと走り出す。しかし――


「ぐ……!!」


 突如、足に衝撃が走り、オースティンはそのままバランスを崩して転んでしまった。さっき不意打ちで喰らった攻撃の影響であった。

 そして転んだ拍子に飛び込んできた光景は、実に満面の笑みを浮かべ、巨大な魔力玉を生成しているミネルバの姿だった。


「スキあり――ですわ♪」


 放たれた魔力玉がオースティンを襲い、直撃を食らってしまう。


「がはあぁっ!!」


 オースティンは吹き飛ばされ、激突した壁に大きなヒビが入った。そのまま崩れ落ちるように倒れるが、まだ辛うじて意識は残っていた。


「私のことを理解しないお兄様には……お仕置きをしなければなりませんわね♪」


 淀んだ瞳で笑うミネルバ。上にかざした両手の先には、魔力による電流がバチバチと音を鳴らしている。

 ミネルバがそれを勢いよく解き放った瞬間、オースティンは目の前が真っ白になっていくのを感じた。


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