第七十六話 立ちはだかる黒幕たち
「くっ……これは酷いな」
ブレンダとともに王宮へたどり着いたオースティンは、そのあまりの惨状に顔をしかめた。
今朝までは煌びやかだったはずの光景が、あちこち壊されてボロボロになり、無残としか言いようがなくなっている。これをミネルバがやったのかと思うと、自然と拳に力が入ってしまう。
一方ブレンダは、とある方向を見て表情を固まらせた。
「……ミシェール殿が気絶してますね。大きなタンコブまで作ってますよ」
ブレンダが指を差した先には、ミシェールが崩れ落ちていた。服はボロボロに破け、髪の毛がパーマの如くチリチリと化していた。
王宮を破壊した者による攻撃を、まともに受けてしまったのだろう。オースティンはそう予測しながら、小さな笑みを浮かべる。
「不謹慎ながら、それはそれで好都合と言えるな。余計な邪魔が入らなくていい」
「今の話は、ここだけのことにしておきます」
「そうしてもらえると助かる」
小さな笑みを浮かべていた二人だが、その表情はすぐに引き締められる。昨日の朝からずっと探していた人物が、姿を見せてきたからだ。
階段の上に君臨する少女の姿に、オースティンは目を細める。
「ミネルバ……」
「あら、オースティンお兄様ではございませんか。なんだかお久しゅうございますわ」
「そうでもないだろう? せいぜい一昨日ぶりと言ったところだ」
「ふーん。まぁ、この際そんなことはどうでも良いですわ」
ミネルバは髪をかき上げながら、オースティンを見下ろしてくる。
「お兄様に聞きたいことがありますの。セドお兄様はどこにおられますか? 王宮にはいらっしゃらないようですが」
「知らんな。昨日からクエストに出かけたというウワサは聞いたがね」
「こんなところでつまらない冗談はお止めください。あんなロクデナシの肩を持ったところで、何の得にもなりませんわ。ロクデナシのセドをどこに匿っているのか、それを私に教えてくださればそれで良いのです」
面白おかしく高笑いするミネルバに、オースティンはため息をついた。
別にウソなどついていない。それは本当のことだが、ここで正直に言ったところで、ミネルバが信用してくれるとも思えなかった。
それでも下手に誤魔化すよりはマシだ。どのみち面倒事は避けられないのだからと、オースティンは思った。
「……色々と言いたいことはあるが、取りあえずこれだけは応えておこう。知らんモノは知らん。お前で勝手に探してみればいいだろう」
「ソレで見つからないから、こうしてお聞きしているのですけど」
「そうだろうな」
「素直に教えてくださるつもりはない、ということですわね?」
「そもそも本当に知らん。だからその質問に対して、私は答えることもできん」
「今日のお兄様は強情なのですね。ミネルバは少しイライラしてきましたわ」
それはこっちのセリフだ。オースティンはそうツッコみたかったが、口に出せば余計面倒なことになるだけだと察し、寸前で飲み込むのだった。
どちらでも結果は変わらないという考えは、ひとまず頭の奥底に仕舞い込んで。
「まぁ良いでしょう。たとえお兄様でも、今回ばかりは力づくで行かせてもらいます。降りてきなさい。いよいよアナタの出番が訪れましてよ」
ミネルバがそう叫ぶと、柱の陰から一人の少年が姿を見せた。
細剣(レイピア)を持っているその手は震えており、表情も青ざめている。好き好んでこの場にいるというワケでもなさそうであり、オースティンもブレンダも意外そうな表情を浮かべた。
「エルヴィン・マクレッド。また随分と情けない姿を見せてくれたな」
「くっ……この僕の気も知らないで、偉そうにぬけぬけと……」
「お喋りが過ぎますわよ」
ミネルバにピシャリと言われ、エルヴィンは押し黙る。無理やり従わされているようにしか見えないその姿に、オースティンは視線を移して問いかける。
「エルヴィン。お前も分かっているんだろう? これ以上続ければどうなるのか。その手に持っている剣を捨ててこちらに来い。今ならまだ……」
「黙れ! もう僕に道はない。今更……後には引けないんだよおぉっ!」
追い詰められたエルヴィンの叫びに対し、オースティンは静かに目を閉じる。
「残念だよ。ならばお前も私たちの手で倒させてもらう」
「そ、そんなの……」
「本当にできますかしら? 妹を自分の手で倒せるお兄様とは思えませんが?」
「見損なうな」
エルヴィンの言葉を遮るように、ミネルバとオースティンの声が被さる。
そして、オースティンが剣を構えて走り出した。その目が本気であることをミネルバは瞬時に察した。
「行きなさい」
ミネルバがそう告げた瞬間、エルヴィンはビクッと反応し、ミネルバの前に出る。
オースティンの剣とエルヴィンのレイピアがぶつかる。特注品のレイピアは、ヒビの一つも入っていない。
体勢を立て直すべく、オースティンは飛び上がって後方に下がる。ミネルバがそれを狙って、魔法を打ち込んできた。
「はあっ!」
ブレンダがすかさず前に出て、ミネルバの魔法を真っ二つに切り裂いた。その瞬間、白い煙が充満し、オースティンがそれに紛れて走り出す。
オースティンがいきなり目の前に現れ、エルヴィンは盛大に驚きながらも、レイピアを構えて必死に立ち向かう。しかし力負けしたことで吹き飛ばされ、ドサッと尻もちをついてしまった。
「どうした? まだ私に向かってくる気か?」
オースティンがギロッと睨むと、エルヴィンは恐怖でガタガタと震え出した。
「あ、あ……あぁ……」
エルヴィンはうわ言同然の声しか発せず、レイピアも落としてしまう。それに対してミネルバは、苛立ちとともに冷たい声色で言った。
「何をボサッとしてますの? 魔法で黒コゲになりたいのですか?」
ビクッとエルヴィンの体が反応し、目尻に涙を浮かばせ、そして遂に泣き出した。
「嫌だ……もう勘弁してくれえぇ~~~……」
「泣き言は許しませんわ。もし逃げたりしたら、速攻で魔法を打ちますから、さっさと立ち上がったほうが身のためですわよ?」
「ひいぃ~っ!」
ミネルバの刺し込むような睨みに、エルヴィンは完全に腰を抜かしてしまう。流石に黙っていられず、オースティンは表情を歪ませながら怒鳴り出した。
「もう止めるんだミネルバ! 一国の王女が脅しをかけるなど、この私が許さんぞ!」
「逆らうほうがいけないのですわ。それこそ下々の者が、我ら王族に従うのは、当然のことではありませんか」
ミネルバはワケが分からないと言わんばかりに、首を横に振る。オースティンの表情から怒りが消え、唖然としたそれに変わった。
(なんということだ……ここまで取り返しがつかないことになっていたとは……)
オースティンの心の中に、果てしない後悔の念が生まれる。
本気で気づいていなかったのか、ただ気づかないフリをしていただけなのか、それは分からない。それでも、ただ一つ言えることはあった。
(ここはアイツを容赦なく打ちのめし、兄として真っ当に更正させてやる!)
今自分にできることはそれだけだと思い、オースティンは剣を構えた。ブレンダも剣を構えたところに、オースティンが前を向いたまま叫ぶ。
「ここは私一人にやらせてくれ。これは私のするべきことなのだ!」
ブレンダは驚きながらも、スッと構えを解いた。それでもいざというときのために、走り出せる準備はしていたが。
「行くぞ、ミネルバ!」
オースティンは地を蹴って飛び出した。エルヴィンが更にビクッとする中、ミネルバの容赦ない声が放たれる。
「行きなさい」
「ぎっ、ぎええええぇぇぇーーーーっ!!」
奇声を上げながら向かってくるエルヴィンのレイピアを、オースティンはアッサリと払い飛ばし、ドスッとみぞおちに拳を打ち込む。エルヴィンはそのまま崩れ落ちた。
「チッ、所詮は役立たずですか」
舌打ちしながら、ミネルバが魔法を放つ。しかしオースティンは、それを剣で見事に真っ二つに切り裂いてしまった。
「なっ……!」
「うおおおぉぉーーーっ!!」
オースティンはそのまま彼女の目の前まで迫った。しかし――
「ぐわああぁぁぁっ!?」
突如、オースティンの体に電流が流れた。痺れて膝をつきながらも、なんとか気絶だけは免れる。
一体何が起こったのか。オースティンもブレンダも、突然の出来事に混乱する。
そんな中ミネルバが笑みを浮かべ、目を閉じながら口を開いた。
「遅いですわよ」
「いやぁ、すみませんねぇ」
階段の陰から、白衣を着たエルフ族の男が姿を見せる。その男はオースティンも良く知っている男だった。
「ビーズ……」
「これはこれはどうも、お久しぶりでございます、オースティン様」
ニヤついた笑みを浮かべるビーズに、オースティンは心の中で舌打ちをする。
(私としたことが、してやられたか……)
オースティンもブレンダも瞬時に悟った。自分たちは彼らの手のひらの上だったと。
今しがた放たれた電流が、ビーズが仕掛けた罠だったとしたら。加えてビーズが最初から、階段の陰に隠れていたとしたら。
ミネルバもビーズも笑っていた。心から楽しそうに、仕掛けたイタズラが大成功した子供のように。
二人の目が酷く濁っていなければ、どれほど良かったことか。
オースティンとブレンダは、顔をしかめながらも再び剣を構え出した。
「おやおや、随分と物騒な雰囲気ですねぇ」
「全くですわね。少しは心を鎮めて落ち着いてほしいですわ」
そんなビーズとミネルバの言葉に、オースティンとブレンダは強く思った。誰のせいだと思っているんだ、と。
順調に苛立ちを募らせてくる二人を見て、ビーズはひっそりと唇を釣り上げた。
◇ ◇ ◇
「さーて、これからどうする?」
パンナの森に戻って来たマキトたちは、キラータイガーたちの無事を確認し、今後について話していた。
森の中には、異変を察知して逃げ込んできた魔物がたくさんおり、数か所に固まっていた。マキトたちの姿を見ても、襲ってくる気配もない。キラータイガーたちと仲良くしているせいか、それとも怯えて気力すらないのかは不明である。
「騒ぎが落ち着くまで、ここでジッとしてるのが良いんだろうけど……」
「そうしたくない感じの人が、約一名いるからね……」
腰を下ろして落ち着くコートニーとアリシアが、さっきからずっとソワソワしているセドを見上げた。
そこに野生のキラーホークが下りてきて、ラティと会話をする。偵察役を務めてくれており、マキトたちが森に来た際、ラティたちが説得して、役目を担ってくれたのだ。
ラティが段々と驚いた表情に切り替わりつつ、マキトたちのほうに振り向く。
「王都では野生の魔物さんが、たくさん突入しているみたいなのです」
「なんだって?」
セドの大きな声に、野生の魔物たちが驚く。それに気づいたセドは気まずそうにしながらも、より一層落ち着かない様子を見せ始めた。
「やっぱり気になって仕方がない。僕は王都へ行くぞ!」
「だろうな。セドならそう言うと思ったよ」
苦笑しながら言うマキトに、アリシアとコートニーも同じ表情を浮かべる。もう止めてもムダだということは明らかだった。
セドはバウニーを抱え、マキトに差し出してくる。
「マキトたちは残ってくれ。それからバウニーを少し頼みたい」
これは自分の国の問題だから。セドがそう言おうとした矢先だった。
「ニャーッ!!」
「お、おい、バウニー?」
バウニーが突然、セドの胸倉にガシッとしがみつく。絶対離れてやるもんか、とそう言っているかのように。
その光景を見たマキトは、小さなため息をつきながら立ち上がった。
「連れてってやれよ。お前の大事な相棒なんだろ? あと、俺たちも一緒に行くよ」
「気になるのはボクたちも一緒だからね」
「そーゆーこと♪」
「なのです!」
セドはマキトたちを、そしてバウニーを交互に見ながら戸惑う。本当は自分だけで行きたかったのだが、もうそれはできなさそうだと観念した。
「分かった。どうかよろしく頼む」
セドが頭を下げると、マキトたちも満足そうに頷き、バウニーも嬉しそうに鳴いた。
そこに野生のキラーホークがラティに話しかけ、聞き取った内容をラティがマキトたちに伝えてくる。
「でも、今すぐ行くのは止めたほうが良いかもなのです。まだ街門あたりに、魔物さんがたくさん集まっているみたいなのです」
「それじゃあ今のうちに、できる限りの準備を済ませちゃいましょうか」
アリシアの提案にマキトたちは賛成し、それぞれが動き出す。
回復作用がある泉の水を、空のボトルに確保したり。ラティが他に何か変わったことはないかと、野生の魔物たちに聞いてみたり。更に軽く腹ごしらえも済ませた。
そして夜が更けた頃、マキトたちは王都側の出口に集まっていた。
皆で親タイガー亜種の背に乗り、協力してくれることの感謝を込めて、マキトはその大きな背中を優しく撫でる。
セドは王都の上空に立ち込める暗雲を見上げながら、表情を引き締めた。
(すぐに向かいます。待っていてください……母上、兄上!)
心の中でセドがそう呟いた瞬間、親タイガー亜種は勢いよく走り出すのだった。
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