第七十五話 大混乱



 東、西、南。それぞれの街門は、まさに阿鼻叫喚といっても過言ではなかった。


「なんとかして食い止めろ!」

「そんなこと言われても……これ以上は限界です!」

「最後まで諦めるな! ここで諦めたら、大多数の人々が滅びるんだぞ!」


 そんな兵士や冒険者の怒鳴り声が、フィリーネたちのいる中心部にまで、風に乗って聞こえてくる。

 魔物たちが街門を突き破ろうとしている。その原因は間違いなく、ビーズの小屋から噴き出した魔力の影響だと、フィリーネたちは察していた。

 空を見上げると、雷が降ってきそうな黒雲と思えるほどの魔力が漂っており、それが余計に不気味さを醸し出していた。


「現在、各街門では、魔導師たちが魔法を施して街門を強化しておりますが、そう長くは持たないだろうとのことです!」

「となると、すぐにでも他の対策案を考えなければならないな」


 兵士の報告に、オースティンが顔をしかめながら言う。その時、北側から一台の馬車がけたたましい音を立てて近づいてきた。

 一体何事かと見てみると、御者台に乗っている兵士が酷く慌てるかのように手を降っている。肌が煤け、あちこちが傷だらけのボロボロな状態が、フィリーネたちは更なる嫌な予感を感じていた。

 馬車が中心部に到着すると同時に急停止する。そして御者台から兵士が慌てて飛び降り、フィリーネの元へ駆け寄ってきた。


「フィリーネ様、大変でございます! ミネルバ様とエルヴィン様が、王宮に姿を見せるなり大暴れしております!」


 その報告を聞いた瞬間、フィリーネは頭を抱えた。どうしてこうも次々と嫌な予感が発生し、的中してしまうのだろうか、と。

 チラリと王宮を見てみると、薄黒く細い煙が上がっていた。そして北側からも聞こえてくる爆発音。確かに誰かが派手に暴れているのだということがよく分かる。


「狙いはセド様です。何をお考えになられているのか、セド様を倒してスフォリア王国を救うなどと叫ばれております。セド様が見つからないことに苛立ち、とにかく手当たり次第暴れ回っている状態にございます。既に兵士たちも全く手が付けられず、このままでは王宮が崩れ落ちても、なんら不思議ではございません!」


 必死に叫ぶ兵士の目から涙が零れ落ちる。相当凄まじいことになっていることが伺えてしまい、フィリーネたちは思わず揃って顔をしかめてしまう。

 神様のイタズラにしては酷過ぎる。ただでさえ魔物たちの問題がすぐそこまで迫っているというのに、ここに来て身内の問題が発生するとはどういうことなのか。

 一気に問題が押し寄せてきたおかげで、フィリーネも対処しきれず、手のひらに顔をうずめて唸り出してしまう。一国の女王としてあるまじき姿ではあったが、周囲も流石に仕方がないと思っていたらしく、誰も声をかけなかった。

 しかしそんな空気は、瞬く間にブチ壊される。


「ハーッハッハッハッ! バカも休み休み言いたまえ。どうやらフィリーネ様は、自分のご家族だけでなく、兵士たちの教育をも、見事なまでに失敗なされたようですな」


 ミシェールの嫌味ったらしい笑い声が、静まり返った中央部に響き渡る。そして今しがた報告に来た兵士に、人差し指を突き出しながら叱咤した。


「おいキサマ。報告はちゃんと正しく行うことぐらい分かっているだろう? 間違った報告が物事を悪い方向へ狂わせる。少し考えれば分かることだ。もう少し勉強しろ!」

「で、ですがこれは、本当のことでして……」

「誰が口答えをしろと言った? これは命令だ。キサマの言い分など関係ない!」


 ミシェールに怒鳴られた兵士は、フィリーネやオースティンのほうをチラリと見る。するとフィリーネが、ミシェールを遮るように前に出てきた。


「その報告は、本当のことなのですね?」

「え、あ、そうでありますが……」

「分かりました。ならば王宮へ急がなければなりませんね。ミシェール殿!」


 フィリーネに突然呼ばれ、思わずミシェールはビクッとしてしまうが、すぐに疑わしい視線に戻る。そして何かを言おうとした矢先、フィリーネが振り向きながら言った。


「ちょうど良い機会です。このまま馬車で王宮へ向かい、ご自分で真相を確かめられてはいかがでしょうか? 話の真偽は、そこで判断されればよろしいかと思いますが」

「……えぇ、良いでしょう。おいキサマ。さっさと王宮まで馬車を出せ!」


 忌々しそうにミシェールは頷き、苛立ちを隠すことなく、報告してきた兵士に怒鳴り声で命令する。

 もしもフィリーネから、気にすることはありません、と言われなければ、今頃自分は泣いていただろうと、兵士は思った。

 馬車が全速力で王都に向かっていく。それを見送りながら、セルジオがフィリーネに問いかける。


「ようやく姿が見えなくなったところで、一つ教えてくれんか? あの男は、そんなに大きな権力を持っておるのかね?」

「いえ。アレはあくまで一つの貴族に過ぎません。少なくとも私たちを差し置いて命令するなど、身の程知らずも良いところです」

「ホッホッホッ、それを聞いて安心したぞい。アヤツにも後で、それ相応の制裁を与えてやる必要がありそうだが?」

「勿論です。その前に今は、片付けるべきことを片付けます」

「ん、そうかそうか!」


 それを聞いて満足したと言わんばかりに頷いたところで、セルジオは笑みを浮かべながらも表情を引き締める。


「ところでこれは、ワシとウェーズリーからの提案なんだが、ちぃとばかし聞いてはくれんかね?」


 セルジオとウェーズリーの提案は、フィリーネがこの場に残り、オースティンを王宮へ向かわせるというモノだった。

 魔物と王宮、それぞれ二手に分かれるという意味だった。

 王都にある街門は東、西、南の三つ。そこから中心部に道は繋がっている。ならば、この中心部で魔物たちを迎え撃てば良い。セルジオ、ウェーズリー、フィリーネの三人が魔法を使えば、問題なく魔物を蹴散らすことができるだろう、というのがセルジオの弁であった。


「本当は浄化の魔法で鎮めるのが一番なのだろうが、如何せん数が多すぎる。ワシらだけではとても対処しきれん。ここは魔物を全て倒してしまうしかない」

「……仕方ありません。国民の安全を考えるとなれば……それで行きましょう」

「王宮のほうは、私にお任せください。妹を必ずや止めてみせます」


 フィリーネが決断したところに、オースティンが強気な笑顔で前に出る。頼もしさを覚えつつ、改めて周囲を見渡しながら、フィリーネは宣言した。


「さぁ、行動開始です!」



 ◇ ◇ ◇



 空が真っ赤な夕焼けに染まる頃、事態は大きく動いた。

 街門に施していた魔法も限界を迎えてしまい、遂に街門が破られ、大量の魔物たちがなだれ込んでくる。

 既に作戦は伝わっている。各街門にいる兵士や冒険者たちは、懸命に魔物たちを町の中心部へとおびき寄せていた。

 しかし、そう簡単に上手くはいかなかった。当然の如く魔物たちは自由に動き回り、手あたり次第暴れまくる。

 家や草木が次々と破壊されたり、炎で燃やされたりして、あっという間に町は真っ赤に染まっていった。避難している人たちもその姿を目撃しており、発狂する人も少なくなかった。

 店を燃やされた人は、保管している大事な品物を確保するべく、丸腰で飛び出そうとする姿もあった。それを周囲の人々に止められては、乱闘騒ぎに発展する。

 おまけに意地になって避難しなかった人たちも存在しており、世界の終わりだと祈り続ける老人の姿もあちこちにいた。


「まさに大混乱という言葉がピッタリだな」


 地獄の光景と化した街並みを見渡しながら、セルジオはボソッと呟いた。


「ボサッとしとらんで、お前も魔法を打ち続けんか!」

「おぉ、スマンの」


 ウェーズリーが火炎弾を複数個打ち上げながら怒鳴りつけると、セルジオが大きめの魔力玉を西側に投げつけ、大爆発を起こさせる。

 衝撃でたくさんの魔物が空中に打ち上げられていく姿が、ハッキリと見られた。

 周囲の兵士たちが唖然とする中、セルジオがうんうんと頷いている。


「うーむ、実に良い爆発が起こせたわい」

「満足そうに言っとる場合か!」


 盛大に声を荒げてツッコミを入れるウェーズリーに対し、セルジオはどこまでも愉快そうな笑顔を浮かべて言う。


「カリカリするな、ウェーズリーよ。テッペンがハゲてもワシは知らんぞ」

「そう思っておるなら、もう少し真面目に立ち向かわんか!!」

「全く相変わらずの生真面目だな」


 セルジオとウェーズリーの言い争いに、周囲は全く慌てている様子はなかった。昔からのお馴染みな光景であり、むしろ落ち着きを取り戻せるほどでもあった。

 心なしか、その場にいた冒険者や兵士たちの表情に力が宿り、掛け声もよりしっかりと大きくなっている感じがしていた。

 ウェーズリー自身は絶対的に否定するだろうが、二人がこの状況の中、どこか戦いを楽しんでいるようにフィリーネは思えていた。


(とはいえ……安心できない状況であることに、何の変わりもないわ……)


 冒険者や兵士たちに、容赦なく襲い掛かってくる魔物もたくさん存在しており、戦いは熾烈を極めた。当然ながら戦う者たちも無傷では済まない。

 体を強く打ち付けられて動けなくなる者。鋭い爪やキバに襲われ、真っ赤な血しぶきを出す者。そして魔物を片っ端から切り付け、周辺を獣の血で真っ赤に染めていく者。

 スフォリア王都は、どこもかしこも異常という二文字では片づけられないほどの状態と化していた。確かにこの状況は、大混乱と言っても差し支えないかもしれない。


「皆さん! なんとか中央に誘導するまで耐えてください!!」


 フィリーネのその言葉に、兵士や冒険者たちは、もうひと踏ん張りだと気合いを入れるのだった。

 再び野太い掛け声があちこちで上がり、剣を交える金属音が鳴り響く。ドサッと倒れる音や、ガラガラと瓦礫の崩れる音。そして魔物が絶叫する声も。

 それと並行して、魔法が放たれ爆発する音も聞こえていた。魔導師たちも総動員しているため、より凄まじさに拍車がかかっている。

 爆発音が聞こえれば、魔物の絶叫ないし何かが壊れる音も聞こえてくる。お世辞にも気持ちの良い音とは言えないが、それでも人々の悲痛な叫び声よりかは、何倍もマシだと言えていた。

 ふと、ある一人の兵士が疑問に思った。本当にこの戦いは終わるのだろうかと。

 仮に自分たちが迫りくる魔物を全て倒したとしても、この事態は本当に収束され、また元の平和な日常が戻ってくるのだろうかと。

 戦いが進んでいき、目の前の直接的な不安は徐々に取り除かれる。しかし別の意味で不安は残る。

 改めて兵士は――いや、戦いに参加している全員が思った。

 やはり大きな戦いなんて起こらないほうが良いと。普段の日常生活こそが、もっとも立派な平和なのだと。


「避難場所に魔物が流れ込んでいくぞ!」


 どこからかそんな叫び声が聞こえてきた。

 兵士は頭を振りかぶって、今しがた考えていたことを消却し、魔物の討伐に向けて気合いを入れ直しつつ、武器を持って勢いよく駆け出していくのだった。

 その同時期、中央部には伝令役の兵士たちが、息を切らせて駆けつけてきていた。


「ご報告いたします! 南と東の魔物たちは順調に誘導されており、既に目と鼻の先とのことです!」

「西からも連絡がありました! もうすぐ魔物がこちらに到達するそうです!」


 兵士たちの報告を受けたセルジオとウェーズリーは、どこかワクワクしているような笑みを浮かべた。


「ふむ、いよいよだな……準備は良いかねクソジジィよ?」

「誰にモノを言っておるのだ? キサマこそ抜かるでないぞ、隠居ジイサンめ!」


 まるで子供のような小競り合いを行っている横で、フィリーネがチラリと振り返る。


(王宮は……オースティンは大丈夫かしら?)


 不安な気持ちが込み上げてきた瞬間、大勢の魔物が集まってきたという掛け声が響き渡り、フィリーネはその考えを一旦打ち消して身構える。

 数分後、中央部に凄まじい爆発音が響き渡り、周囲の兵士や冒険者たちは、言葉を失うほどの驚愕を味わうこととなるのだった。


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