第六十二話 小さな相棒



 マキトたちはセドを連れてパンナの森を抜け、昨日知り合った親子タイガー亜種の元に訪れていた。

 マキトが助けた子タイガー亜種をセドに紹介する。その愛くるしさに、セドは驚きを隠せない様子であった。


「……この子が、本当にキラータイガーの子供なのか?」

「ニャア♪」


 セドが誰に対してでもなく尋ねてみると、子タイガー亜種がそうだよーと言わんばかりに鳴き声をあげた。

 どう見ても子猫ぐらいにしか見えない。成熟する速さはヒトよりも圧倒的に早いことぐらいは知っていたが、大人タイガーと見比べると、改めてその違いの大きさを思い知らされる。

 セドがそう思っているところに、子タイガー亜種が興味深そうに見上げてくる。ねぇねぇキミは一体誰なの、と問いかけられているようだった。

 とりあえずその小さな頭を撫でてみると、子タイガー亜種は気持ち良さそうに身をよじらせる。やはりただの子猫にしか見えないと思えてくるのは、むしろ自然であると思いたいと、セドは心の中で呟いていた。

 その脇では、マキトが長タイガーと親タイガー亜種にセドのことを話していた。


「そういうわけで、セドにチビスケを任せてみてはどうかと思うんだけど……」

「グルルゥ……」

「ガウ」

「迷ってるみたいなのです」

「そうか。流石にすんなりとはいかないか」


 強さを追い求めることが、キラータイガーの成長における必須課程である。

 セドならその条件に当てはまるだろうと、マキトは長タイガーたちを説得してみたのだが、結果は振るわなかった。

 悪い者ではなさそうであることは認めているらしいが、それでも簡単に信じるかどうかは別問題とのこと。もう少しセドのことを見極めたいと言うのが、正直なところのようであった。


「じゃあ、セドとあのチビスケを一緒に行動させてみるか? 今日一日だけ様子を見るって感じでさ」

「グルゥ……ガウガウガウッ!」

「ワシはそれで構わん、と言っているのです」


 長タイガーの許可が下りたところで、マキトはセドを呼んでくる。大体の説明を聞いたセドは、若干戸惑っている様子であった。


「僕とコイツで一日過ごすか……達成条件が明確でない分、やりがいはありそうに思えるが……」

「そんなに深く考えなくていいよ。ただ一緒にいて、仲良くなれば良いんだ」

「……そもそも魔物と仲良くなること自体、深く考えずにできるようなことでもないと思うんだがな」


 セドは苦笑気味にそう言っているところに、子タイガー亜種がすり寄ってくる。この時点で普通に懐いているようにも思えてくるだけに、むしろ今までの認識自体が間違いだったのではという考えが、セドの頭を過ぎっていた。

 その時ラティが子タイガー亜種と何かを話しており、なるほどと頷いた後、セドのほうを見上げてきた。


「どうやら、マスターの友達だから大丈夫って認識みたいなのです」

「あぁ……そういうことか」


 確かにそれなら納得はできる。しかし少し残念だとセドは思っていた。

 自分はあくまで仲良しの仲良しに過ぎず、全面的に信用されているワケではないのだと、セドは改めて認識させされた。


(確かに今日一日コイツと過ごすと言うのは、名案かもしれないな)


 従えられるかはともかくとして、一人で魔物と交流する機会は貴重だろう。

 セドはそう納得し、子タイガー亜種と過ごすことを決めるのだった。

 マキトたちにその旨を告げたセドは荷物を背負い、子タイガー亜種とともに出かけようとしていた。

 行き先は西に広がる平原。ちょっと行って帰ってこられる距離で、なおかつ魔物との戦いを無理なく経験できそうな場所、ということで自然に決まった。


「じゃあ、ちょっと行ってくる。夕方前には戻るよ」


 セドと子タイガー亜種が歩き出す。その後ろ姿を見送る中、ラティが心配そうな表情を浮かべていた。


「大丈夫なのでしょうか?」

「まぁ、セドならなんとかやってくるだろう。気長に待とうぜ」


 マキトが気楽そうに言いながら、キラータイガーたちと遊び始める。スラキチとロップルも、それぞれマイペースに遊び出していた。

 それを見たラティは、相変わらずですねぇと、苦笑気味に言うのだった。



 ◇ ◇ ◇



「ニャーッ♪」

「ちょ、ちょっと待ってくれって!」


 あちこち走り回る子タイガー亜種に、セドは見事なまでに振り回されていた。

 親の目を気にせず、興味のあるモノを片っ端から見に行こうとする姿は、まさに小さな子供だと思わされる。まだ従えてはいないため、セドの言うことをちっとも聞かないのは、むしろ自然であった。

 既に出かけてから数時間が経過しており、子タイガー亜種との進展は一向に感じられなかったが、セドはどことなく楽しいと思っていた。

 大自然のど真ん中を、周囲の目を気にすることなく走り回る。それが心地良くて仕方がない。これまでも経験しているハズなのに、初めて感じる気分であった。

 それがどうしてなのかはセドにも分からない。

 いや、考えることすらどうでも良くなってきていた、と言ったほうが正しいかもしれない。

 今はただこの時を、この清々しい気持ちを目いっぱい堪能していたいと、セドは心の底から願ってやまなかった。

 堅苦しい王宮と違って、存分に自分自身をさらけ出せる、この時を。


「そら、捕まえたっ!」

「ミャッ!」


 セドに両手でガシッと抱え上げられ、子タイガー亜種はジタバタと暴れ出す。

 その姿にセドは、どこか微笑ましさを感じずにはいられなかった。


「全くやんちゃボウズだな、お前ってヤツは……ん?」


 なにやら狙われている気配がした。セドが周囲を見渡すと、三体のキラーウルフが迫ってきているのが見えた。目が合った瞬間、殺気立った雄叫びを上げたことにより、明らかに自分たちを獲物として捉えているんだなとセドは思った。


「やるしかないか……って、おい!」

「ニャッ!」


 セドが剣を抜こうとしたその瞬間、子タイガー亜種が威勢よく前に躍り出た。

 キラーウルフと戦おうとしていることは明白だが、本当に大丈夫かという不安がセドの中で過ぎる。しかし、子タイガー亜種に下がれと言ったところで、大人しく従うとも思えなかった。


「仕方がない。なんとか僕が援護するしかないな」


 セドは剣を抜いて、子タイガー亜種とともにキラーウルフに立ち向かう。

 一匹のキラーウルフが凄まじい雄叫びを上げるが、子タイガー亜種は全く怯むことなく、逆に口から炎の玉を打ち出して攻撃を仕掛けた。驚いたキラーウルフはそのまま三方向に散らばり距離を取る。

 魔物が持つ亜種特有の能力に驚きつつ、セドは走り出した。

 炎で黒ずんだキラーウルフを剣でバッサリ切り崩し、難なく一体を仕留める。しかし残りの二体が黙っていない。子タイガー亜種が再び炎で攻撃するが、あっさりそれを躱されてしまう。しかし躱した方向が偶然セドのいる場所だったため、セドは遠慮なく、飛んできたキラーウルフの体に剣を振るった。

 これで残りは一体となった。早いところ仕留めようと思ったが、キラーウルフは様子を伺っていた。仲間たちが倒されたのを見て、それなりに学習したらしい。


「流石にそう易々とはいかないか」


 どう出るかとセドが考案していたその時、子タイガー亜種が炎を吐いた。真正面からの分かりやすい攻撃故、今度も躱されるだろうとセドは思ったが、その予想は少しばかり外れた。

 なんとキラーウルフがその炎を真正面から受け止め、若干黒くなりながらもニッと不敵な笑みを浮かべたのだった。

 お前のちっぽけな炎なんざ効かないぞと、そう言っているかのように。


「ゥワオオオォォーーーンッ!」

「ニャア……」


 キラーウルフの雄叫びに、子タイガー亜種は怯えて一歩下がる。

 セドは考えが甘すぎたと後悔した。戦いの実力的にも体の大きさ的にも、流石に今の子タイガー亜種には無理があり過ぎた。怒鳴りつけてでも下がらせておくべきだった、むしろ分かり切ったことだったじゃないかと、セドは剣を握り締める手を強くしながらそう思った。

 しかし、今更下がらせるわけにもいかない。既にキラーウルフの標的は定まってしまっている。ムダに背中を見せれば、あっという間に襲われるだろう。このままキラーウルフと戦い、倒して勝利するしか道はなかった。


「グワァッ!」


 キラーウルフの突進が子タイガー亜種を吹き飛ばす。致命傷には至らなかったようだが、子タイガー亜種は起き上がれない。

 セドの体の中を何かが過ぎった。次の瞬間、熱く燃えたぎる感覚に陥る。

 剣を両手で構え直し、セドは無言のまま、キラーウルフに向かって走り出す。それは殆ど、突っ込んでいくという表現のほうが正しかった。キラーウルフもそれに気づいた瞬間、思わずギョッとした表情を浮かべる。声も上げず、静かな怒りのまま立ち向かってくるその姿が、途轍もなく恐ろしくてたまらなかった。

 しかしキラーウルフも、負けじと噛みつこうと襲い掛かる。その攻撃をセドは剣で受け止め、そのまま後方へ打ち払う。

 空中で無防備状態となったキラーウルフを、セドは見事真っ二つに切り裂いた。大量の血が流れ出し、血生臭い空気が周囲に漂ってくる。

 セドは剣を鞘に納めながら、子タイガー亜種の元へ駆けていく。


「おい、大丈夫か?」


 必死に声をかけると、子タイガー亜種の鳴き声が聞こえる。どうやら掠り傷程度で済んだようだ。


「待ってろ。今すぐ手当てしてやるからな」


 セドがバッグの中から薬草を取り出し、それを丁寧にすり潰していく。ペースト状になった薬草を患部に塗り、上から包帯を巻いていった。

 少し染みたらしく、子タイガー亜種はジタバタと暴れ出したが、セドがなんとか押さえつけて、包帯を巻き終える。


「よし。こんなもんだろう」

「ニャア」


 子タイガー亜種の表情に元気が戻ってきていた。どうやら固定したことで、少し痛みが和らいだらしい。

 セドが安堵のため息をついていると、子タイガー亜種がセドの手をペロッと舐めてきた。見下ろしてみると、無言のままジーッと見上げてくる。その姿がなんとも愛くるしかった。

 気がついたらセドは、子タイガー亜種の頭を撫でていた。くすぐったそうな仕草を見せるも、決して嫌がっているワケではない。


「ほんの少しは、コイツに近づけたのかな?」


 そんな感じで嬉しく思いながらも、さっきの子タイガー亜種の姿勢を思い出す。明らかに格上の相手に対して、臆することなく立ち向かっていった。それは無謀に等しいことではあったが、それだけの度胸と勇気があるということでもあり、そこは素晴らしいと受け止めるべきだろうとセドは思った。

 同時にキラータイガーという種族として、それだけ強さを追い求める姿勢が強いということも分かったような気がした。生まれたばかりとかは関係ない。こうして生まれた時点で、既にその道を歩み始めていると、セドは感じてならなかった。


「もっと……もっと僕も、強くならないとな」


 子タイガー亜種の頭を撫でながら、セドは独り言のように呟いた。



 ◇ ◇ ◇



「あっ、お帰りなのですーっ!」


 綺麗な夕焼け空が広がる中、セドと子タイガー亜種が戻ってきた。

 ラティの甲高い声に、周囲がそれぞれ反応を見せる。最初に駆けつけてきたのはマキトたちであった。


「お帰り。随分と仲良くなったみたいだな?」

「ただいま。お陰様でね」


 セドはそう言いながら、足元の子タイガー亜種を抱き上げる。特に嫌がる様子を見せないどころか、むしろ嬉しそうにも見えた。

 そこに親タイガー亜種が近づいてくる。


「グルルゥ」

「ニャア、ニャニャッ、ニャッ!」

「ガウ、グルルゥ」


 親子タイガー亜種の会話をラティが聞き取り、要約してマキトに告げる。


「あの子供タイガーちゃん、セドと一緒に行くって言ってるのです」

「へぇー、もうそこまで打ち解けたのか」


 たった半日での進展に感心しつつ、マキトは一つ気になることを見つけた。


「なぁ、セド。そのチビスケの名前はもう決めたのか?」

「そういえば考えてなかったな。確かに付けてやらないといけないが……」


 子タイガー亜種を抱きかかえたまま、セドは空を見上げながら考える。


「キラー、ブチブチ、ドラスケ、チビドラ……なんか微妙だな」


 確かにどれも微妙だと、マキトたちは思った。というか、流石にそれはどうなんだと問いただしたくなってくる。

 ここはセドが名前を付けるべきなのは分かっているが、それでもマキトは、一言口に出さずにはいられなかった。


「もう少し良い名前考えてやろうぜ。例えばそうだな……バウニーとかさ」


 咄嗟に頭の中に出てきた名前をマキトは提案する。それを聞いたセドとラティは目を見開き、感心するかのように頷き出した。


「バウニーか。なかなか良いな」

「なんかその子っぽい感じもするのです」

「よし、じゃあその名前にしよう。コイツは今日からバウニーだ」


 セドが子タイガー亜種改め、バウニーの名を呼びながら、思いっきりバウニーを高く掲げる。俗に言う『高い高い』というヤツだ。

 ラティたちが笑顔で見守る中、マキトだけは戸惑いの表情を浮かべていた。


「…………本当にそれで決まっちまったよ」

「良いんじゃありませんか? 折角ですから、小さな相棒の誕生を喜びましょう」

「まぁ確かに……って!」


 突然割り込んできた第三者の声に、マキトは飛び退きながら反応した。

 その瞬間、その場にいた全員がその青年の存在に気づいた。いつの間にマキトの隣にいたのだろうか。気配に敏感な魔物たちでさえも、全く気づかなかった。

 親タイガー亜種が唸り声を上げて身構える中、セドがバウニーを庇うようにしながら叫ぶように尋ねる。


「だ、誰だお前は!?」

「驚かせてしまって申し訳ございません。そして、お久しぶりですね」


 どこまでも落ち着いた表情と声色。暗い紺色のフード付きローブを身に纏ったその青年は、マキトやラティたち三匹にとって、実に懐かしい存在でもあった。

 何を考えているか分からないような笑みを浮かべるその表情は、サントノ王国で出会ったときと全く同じであった。

 戸惑いの表情からため息交じりの苦笑に切り替えながら、マキトは物凄く久々に再会した青年に声をかける。


「久しぶり。また突然現れたもんだな……ジャクレン」


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