第六十三話 ジャクレン再び



「久しぶり。また突然現れたもんだな……ジャクレン」


 そんなマキトの言葉に対し、ジャクレンは嬉しそうに笑いながら言った。


「えぇ。僕の職業柄、気配を消すことを得意としているんですよ♪」

「そういう問題じゃないような気もするけど……まぁ、取りあえずそこはいいや」


 苦笑するマキトに対し、セドはバウニーを抱きかかえたまま、戸惑いの表情で声をかける。


「……マキトの知り合いなのか?」

「まーね。少なくとも悪いヤツじゃないよ。多分だけど」

「多分って……」


 本当に大丈夫なのかとセドは尋ねたくなっていた。

 しかし、ラティやロップル、そしてスラキチも、特に警戒している様子はない。本当に危険性はないのかと、セドは少しだけ思うようになった。

 そんな中マキトは、周囲の目を気にする素振りすら見せずに、ジャクレンに話しかけていた。


「で、今日はどうしてここに?」

「マキト君たちを探していました。少し話しておきたいことがありましてね」


 ジャクレンの表情から笑顔が消えた。それだけ真剣な話なのだろうと、マキトたちは思う。

 しかしすぐにまた笑みが戻り、ジャクレンは周囲を見渡しながら提案する。


「折角ですし、皆さん一緒にお茶でもいかがですか? 立ちっぱなしというのも、疲れてしまいますからね」


 戸惑いながらもマキトたちはその提案を受け、パンナの森の最奥に向かった。

 そこなら野生の魔物が襲い掛かってくる可能性も少ないため、落ち着いて話せるだろうと思われたからだ。

 ちなみに監視として、父タイガー亜種も同行している。むしろいてくれたほうが心強いというジャクレンの言葉に、父タイガー亜種は少しばかりやりにくそうな表情を浮かべていた。少なくともマキトにはそう見えていた。

 ジャクレンが泉の水で熱いお茶を淹れる。魔力の込められた水でもあるせいか、その味は絶品であった。マキトとセドが声を揃えて「何だこれ!?」と、思わず叫んでしまうほどに。

 お茶を飲んで一息ついたところで、ジャクレンがセドのほうを向いた。


「貴殿はスフォリア王国の第二王子、セド様でいらっしゃいますね。お初にお目にかかります。私はジャクレンという人間族で、魔物研究家にございます。以後、お見知りおきくださいませ」


 深々とお辞儀をするジャクレンを見ながら、セドは目を見開いた。


「……僕のことも気づいていたか」

「スフォリア王都にも、定期的に訪れていましたからね。心優しい努力家で、町の人々からも人気が高いと存じております」

「心優しいかどうかは分からないところだがな」

「少なくとも僕はそう思います。その子がセド様に懐いているのが、なによりの証拠でしょう」


 ジャクレンはセドの膝の上でのんびりしているバウニーに笑いかける。

 自然とセドも視線を下ろし、自然と笑みを零したところで、改めてジャクレンに問いかける。


「それはともかく、マキトに話したいことがあるってのは?」

「おっと、そうでした。皆さん、これは本当に真面目な話ですので、どうか心して聞いてください」


 ジャクレンの表情が急激に引き締まり、自然とマキトたちにも緊張が走る。


「お話しておきたいことは、闇の魔力……それも、人々の心の中に侵食する魔力についてです。そして、ライザックという男についても……」


 その内容は、どちらもマキトたちにとって心当たりのあるモノであった。真っ先にマキトは、サントノ王国で出会った暴走お姫様の顔を思い浮かべる。


「その魔力って、あのお姫様に取り憑いていたヤツのことかな?」

「……どうやらマキト君にも、心当たりがあるようですね」

「あぁ、実はサントノ王国でちょっとな」


 マキトはジャクレンに、シルヴィアの事件のことを話せるだけ話した。

 その内容を聞いて、あまり話さないほうが良かったのではとセドは思ったが、そこまで大きな出来事になっているのであれば、隠しても隠さなくても、さほど変わらないような気もした。

 取りあえずここは、大人しくマキトたちの話に耳を傾けようと、セドは決めた。


「なるほど。サントノ王国で闇の魔力がうごめいていたことは知っていましたが、よもやマキト君たちが関わっていたとは……」


 ジャクレンは心の底から驚いている様子であった。そして少し考えた末、改めてマキトたちに打ち明ける。


「ライザックという男の話を覚えていますか? 実は彼も、闇の魔力を得意とする者なんです」

「まさか、人の心を操るみたいな?」


 マキトの問いに、ジャクレンは頷く。それもかなり厳しい表情で。

 どうにも平和な話じゃないように思えてならなかった。むしろその逆で、かなりの危険性を秘めているかのような。

 そこまで考えたマキトは、ある一つの可能性に思い立った。


「ライザックがあの事件を起こしたのか?」

「いえ。それはないでしょう。彼はここしばらくの間、オランジェ大陸を拠点として活動してしたらしいですからね。僕の情報網は正確性がウリですから、間違いはないと思われます」

「その情報網とやらが、一体どんな感じなのかが気になるんだが……」


 引きつった表情でセドが尋ねると、ジャクレンは実に爽やかな笑みを浮かべる。


「すみません。こればかりは誰にも教えられないんです。あぁ、一応ながら言い訳させてもらいますが、ちゃんと合法的なやり方ですから安心してください」

「いや、むしろ安心できないから」


 間髪入れずにツッコむセドに、マキトとラティが苦笑を浮かべる。

 ジャクレンはお茶のお代わりを注ぎながら、マイペースに話を続けていく。


「サントノ王国に悪い闇の魔力が封印されていた話は、昔から確かに伝わっているモノです。マキト君たちが遭遇した出来事は、まさにそれそのものでしょう」


 ジャクレンの言葉を聞いたセドは、思い出したような反応を見せる。


「そういえば僕も、古い文献か何かで読んだ記憶があるな。何十年か前に、悪くて強い魔力が自然発生して、すぐに浄化することもできなかったとか。どこかの国に封印の祠を作り、そこに魔力を集めておいて、長い年月をかけて弱まらせていったらしいが……その悪い魔力とやらが、マキトたちが遭遇した魔力だったと?」

「恐らくは」


 セドが立てた推測に、ジャクレンは深く頷いた。


「現在、スフォリア王国の宮廷魔導師がサントノ王国に出向いているのも、決して無関係ではないと僕は思います。交友関係の一環とはいえ、大きな立場を持つ者が他国に長期滞在するという事態は、そうそうあるモノでもないでしょうからね」

「でもあの魔力って、もう完全に消え去ったのでは?」


 首を傾げるラティに、ジャクレンは微笑みながら言った。


「そうですね。それこそ今となっては、単なる風習でしかないと言えそうですね」

「言い得て妙だな」


 ジャクソンの言葉に思わずセドは苦笑する。

 これからもきっと、単なる風習として続けられていき、後世に伝わっていくのだろうと思った。しかし元からそう思われているのならば、そのままでも全然良いのかもしれないと、セドは思った。


「ですが、明らかにライザックが黒幕となった事件もあります」


 ここでジャクレンの声色が、またもや変わり始めた。


「数ヶ月前にシュトル王国で発生した、盗賊たちによる集団襲撃事件。マキト君たちが戦った成れの果ても含め、仕掛けたのは間違いなくライザックでした」

「あの事件が……いや、それ以前に、集団襲撃事件って何だ?」


 動揺しながら質問するマキトに、セドは意外そうな表情を向ける。


「なんだ、マキトは知らなかったのか? さぞかし凄い戦いだったと聞いたぞ」


 王宮やギルドで聞いたウワサ話をもとに、セドは話し始めた。

 数ヶ月前にシュトル王国で行われた、盗賊団との大規模戦闘ミッション。王宮騎士団とギルドの冒険者が総出となって立ち向かった。結果は王国側の大勝利で幕を閉じ、その盗賊団は一挙壊滅に追い込まれた。

 それがキッカケとなり、最近ではどこの盗賊団も鳴りを潜めるようになり、おかげで冒険者や商人たちにとっても、旅がしやすい環境になっているらしい。


「そうだったのか。そういえばここ最近……それこそシュトル王国を出てから、盗賊を全く見てないな」

「シュトル王国も大陸だけあって、かなり広いですからね。王都から離れた場所にいたのでしたら、知らなくても無理はないでしょう」


 ジャクレンの言葉に、そういうもんかなぁとマキトは呟く。そこにセドが考える仕草を見せながら口を開いた。


「それにしてもあの事件がな。悪い魔力が関係しているとは思われていたが……」


 スフォリア王宮でもウワサとして流れていたが、色々と脚色されている部分もかなり見受けられていた。そもそも集団襲撃事件なんてなかったんだろう、という話すら出てきていたくらいだった。

 遠く離れた王国で発生した事件で、なおかつスフォリア王国には被害がなかっただけあって、どこか他人事として見ていたフシがあるのは否めない。

 何だかんだでセドも、あまり関心のない者の一人だった。

 恐らく悪い魔力に取り憑かれたのだろうと考え、そこで終わっていたのだ。

 まさか友人たちが少なからず事件に関わっていたとは思わず、セドはこっそりと苦い表情を浮かべていた。

 ジャクレンはそんなセドの様子に少しばかりの疑問を浮かべつつも、事件についての話を続ける。


「ここで重要なのは、その対象が盗賊たちだったということです。欲深い者であればあるほど、悪い魔力も入り込みやすくなるらしいですから。それがもし歪んでいるとなってくれば、尚更だと言えるでしょうね」

「まさに盗賊たちは格好の獲物だった、ということだな」

「あのお姫様が魔力にガッツリ取り憑かれたのも、なんか納得したかも」


 セドとマキトが続けて頷いたところで、ジャクレンは更に続ける。


「さらに大きな問題は、魔力で心を支配された者は、体に大きな負担を強いられてしまう点です。魔力を持たない者であれば、負担に耐え切れず、全身が朽ち果てることも珍しくない。マキト君たちが遭遇した三人組が、まさにその例です」

「確かにアレはもう人間じゃなくなってたもんな」


 マキトは当時のことを思い返す。見た目のおぞましさに加えて、凶暴さと強さも計り知れなかった。まともに太刀打ちすることがどれだけ自殺行為だったか、今になって思い知らされたような気がした。


「あの三人は凶暴性だけでなく、身体能力も格段に引き上げられてましたからね。それだけライザックの魔法は強力だということですよ。大多数の盗賊たちを一度に操ってしまったんですから、尚更ですね」


 ジャクレンの言葉に、セドは恐怖が走った。

 悪者だけが欲深いとは限らない。むしろ王族や貴族のほうが、格段に欲深い存在であるようにも思えてくる。実際に数人ほど思い浮かんでくるだけに、より確信に近づく気さえする。

 もしもライザックという者が、そんな貴族や王族たちを魔力で操ったら、果たしてどうなってしまうのか。それを想像するだけで、背筋がブルッと震えてくる。

 セドは首を横に振りながら、考えたことを取っ払う。そもそもライザックが国を狙っているとは限らないのだから。

 マキトがため息交じりに疑問をぶつけたのは、その時であった。


「そもそもライザックってのは、何でそんな大事件を起こしたんだろうな?」

「簡単な話ですよ。自分の力を試したかったんです。本人がそう言ってました」


 ジャクレンはさらっと疑問に答える。それ以外にあり得ませんと、案に言ってるようでもあった。

 本人でないハズなのに、何故か信ぴょう性が高いとセドは思ってしまう。


「なんか妙に信じられる気がするのです……」

「えぇ、実際に彼から聞いた僕も、そう思いましたよ」


 ラティもセドと同じことを考えていたようであり、マキトも納得するかのように頷いていた。


「確かにな……あのときも得体が知れないって感じだったし」

「わたしもそんな感じがしたのです」


 なんとなく思い出しながらサラッというマキトとラティの言葉に、ジャクレンは目を見開いて呆然とする。


「…………待ってください。マキト君たちは、ライザックに会ったんですか?」


 珍しく動揺した声色で、ジャクレンはマキトとラティに問いただす。聞かれたほうも驚いており、言葉が上手く出てこなかった。

 それに気づいたジャクレンは、ハッと我に返ったような反応を見える。


「あぁ失礼。実はここ最近、彼の姿が確認できなかったモノで……」

「いや、俺たちもたまたまバッタリ出くわしただけだから」

「そうでしたか。それでその、彼に何か変なこととかは、されませんでしたか?」


 ジャクレンの問いに、マキトは大森林で突然目の前に現れた時のことを思い出す。


「んー、なんかすっごい興味深そうに見られたくらいかな。また会える時を楽しみにしてるみたいなことも、確か言われたかも」

「そうでしたか。まさか既に彼と接触していたとは……何事もなくて良かった」


 ジャクレンは心の底からホッとした仕草を見せ、そして再び表情を引き締める。


「これはあくまで僕の予想ですが、ライザックは近々、何か大きな事をしでかすのではないかと思えます。加えて彼はマキト君を気に入っている様子。この仮説が正しいとすれば……」

「マキトがそれに巻き込まれる可能性が高いと?」


 セドの問いかけに、ジャクレンは頷く。


「ライザックは……興味がない人物には目もくれません。その逆もまた然りです」

「興味を持った人物はとことん追い求める、とか?」

「えぇ、ほぼ間違いなく。ライザックがわざわざ自ら、誰かの元に姿を現しに行くことは滅多にありませんからね」

「……それってもう、殆ど逃げられないって言ってるも同然じゃ……」


 ジャクレンとセドの会話を聞きながら、マキトはライザックという人物について考えていた。

 確かに悪い要素は多そうだ。危険度も恐らく高いだろう。しかしどうにも嫌悪感を抱けないというのが、マキトの正直な気持ちだった。

 少なくとも以前出くわした時、マキトはどことなく親近感を覚えていた。他人のようには思えなかったと言えるかもしれない。

 例えるならば、ほんの少しだけ道を間違えてしまった自分。

 考えているうちにワケが分からなくなっていたが、マキトはそれが一番しっくりくるような感じがした。


「とにかく、ライザックは今後、どこで何を仕掛けてくるか分かりません。どうかマキト君たちも、肝に銘じておいてください」

「対策の仕様がないんじゃ、肝に銘じるも何もない気がするのです」

「……全く持って返す言葉もありませんね。実に耳が痛いです」


 苦笑するジャクレンはそのまま立ち上がった。


「それでは僕は、これで失礼させていただきます。勝手に長々と話してしまって、どうもすみませんでした」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 去りゆこうとするジャクレンを、セドが慌てて呼び止め、そして問いかける。


「アナタは僕たちの味方と捉えて良いのか? 正直なところ、まだ信用しきれない部分もあるんだが……」

「そうですね。セド様のご意見は、実にもっともです」


 ジャクレンはフッと笑みを浮かべながら振り返り、優しい表情でマキトやラティたち三匹をジッと見つめる。



「僕はマキト君や魔物さんたちが傷つくのを見たくない。それだけですよ」



 ジャクレンはそれだけ言って、北側の森の出口に向かって歩いて行った。

 完全に姿が見えなくなり、呆然としたマキトたちだけが残される。セドがため息をつきながら、マキトに顔を向けた。


「なんて言うか……妙なヤツらに気に入られたんだな」

「あはは……そうなるのかな?」


 マキトやラティたちは、ただひたすら苦笑を浮かべるのだった。


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