第六十話 スフォリア王国の第二王子
セド・ローヴェル・リ・スフォリア。マキトと同じ十四歳で、スフォリア王国の第二王子である。
頭脳や身体能力にとても恵まれているが、何故か魔法の素質だけは全く持たずに生まれてきたため、幼き頃は周囲から蔑まれることも多かったらしい。王家は代々魔法の素質に恵まれる場合が多く、セドは生まれながらにして、周囲からの期待を裏切る形となってしまったのだという。
魔法の大国、というイメージを保つためにも、自然と王家に生まれた者は、魔力の素質がどれだけあるのかをより重視される傾向がある。セドが周囲から白い目で見られることは、どうしても避けられないことなのであった。
しかしわずかではあるが、ちゃんとした味方もいた。加えて彼は人一倍の努力家であり、人一倍諦めの悪さも兼ね備えていた。
彼にとってそれが幸運であり、大きな救いでもあった。
剣術や学問の勉強の合間に、町に出向いて人々と触れ合うこともした。特に施設で子供たちと楽しく遊んでいる姿も多く見られている。いつしか彼は、国民からの人望がとても厚くなり、その評価は王宮にも及ぶようになった。
要するに彼は、スフォリア王国の中でも評判高く、有名な人物だということだ。アリシアとコートニーも、当然ながら彼のことは良く知っている。
だからこそ、突然話しかけられて緊張してしまうのは、全く持って無理もない話だと言えるのだった。
「食事の邪魔をしてしまって、本当に済まなかったな」
「いーよ。あそこだと、なんかゆっくり話せそうにもなかったからさ」
マキトたちはレストランを後にし、彼らが泊まっている宿屋へと向かっている。どこか落ち着いて話がしたいというセドの意見に、マキトが真っ先に思い浮かべた場所であった。
大通りの外れにひっそりと建っている小さな宿屋で、自分たち以外の宿泊客は、今のところ一人もいない。
レストランなど、食事を提供する仕組みが一切ないため安価なのだが、冒険者を筆頭に、それが一番の原因として嫌煙されてしまっている。それだけ食事を楽しみにしている冒険者や旅人が多いということだ。
ちなみにマキトたちがその宿屋に決めた理由は、値段が安くて静かそうだったからである。食事うんぬんよりも、人の多さのほうが気になるのだ。
――という説明をマキトから聞いた瞬間、まさにうってつけの場所だと、セドは笑顔で大賛成する。
そしてそのまま決定し、今に至るのであった。
「さっきも言ったが、そんなに緊張しなくても構わないよ。あくまで僕の個人的な私用だ。気にしなくていい」
「い、いえ、それはその……あぁもう、やっぱり緊張しちゃうよ。もっとちゃんと掃除しておけば良かったなぁ」
セドの言葉に、コートニーはカチンコチンになりながらも項垂れる。
それを聞いたマキトと魔物たちは、不思議そうな表情で顔を見合わせた。
「……どこにでもありそうな、フツーの小さい宿屋だよな?」
「えぇ。そんなに広くないのですけど、寝泊まりする分には全然問題ないのです」
「そーゆー問題じゃないと思うんだけどなぁ……」
アリシアが苦笑しながらやんわりとツッコミを入れる。
マキトはどうしてそこまで気にするのかはイマイチ良く分からなかったが、ここはとりあえずコートニーを落ち着かせるべきだろうと判断した。
「大したことじゃないだろ。ただ単に王子様が来るってだけなんだから」
「じゅーぶん大したことあるよ!」
「……あれ?」
むしろ逆に苛立ちを募らせてしまったことに、マキトは首を傾げるのだった。
「はっはっは、実に面白いな。ますますキミたちが気に入ったよ」
「そりゃあ光栄だな」
楽しそうに笑うセドとマキトに、アリシアとコートニーはひたすらため息をつくばかりであった。
そうこうしているうちに、マキトたちは宿屋に辿り着く。
宿屋の主人がセドを見て驚いたが、冒険者活動の一環だとセドが説明した途端、すんなりと納得するのだった。
スラキチとロップルは、今日のクエストでたくさん動いたことと、たくさんご飯を食べて満腹になったことで眠くなったらしく、ソファーの上に寝転がるなり入眠してしまった。
コートニーが淹れた熱いお茶とともに、それぞれが小さなテーブルに座る。
マキトやラティは普通にリラックスしているが、アリシアやコートニーの二人はというと、未だに緊張が抜け切れていない様子であった。
同じ年頃とはいえ、王子がこの場にいるというのだから無理もない。少なくともセド本人はそう思っていた。
湯気の立つマグカップを手に持ちながら、セドが話を切り出した。
「それじゃあ改めて。僕がキミたちの元へ来たのは、エルフの里のセルジオから、キミたちの……正確にはマキト君の話を聞いて、興味を持ったからなんだ」
「セルジオのじいちゃんに?」
「あぁ、定期的に招待しているんだ。今日はいつになく到着が遅かったから、母上も気になされていてね。それで話を聞いてみたら、マキト君のことを話してくれたってワケさ」
「へぇー、そうだったのか」
頷くマキトに、セドは熱いお茶を覚ましながら一口飲み、そして苦笑する。
「セルジオは随分と大はしゃぎしながら教えてくれたよ。どうやら随分と気に入られたようだね。彼があそこまで誰かに興味を持つだなんて、実に珍しいことさ」
「俺からしてみたら、厳しいけど遊び心もあるじいちゃんって感じだったけどな」
「なるほど、マキト君にはそう見えたのか」
ここでセドの呼び方に対して、マキトは思うことがあった。
「さっきから思ってたけど、君付けはしなくていいよ。その代わり俺も、セドって呼びたいんだけど……」
「ありがとう。是非ともそうさせてくれ。皆も僕のことは呼び捨てで構わない。敬語も一切不要ということで」
セドの言葉に対して、明らかに嬉しそうにする者と目を見開く者が分かれた。
前者はマキトと三匹の魔物たち、そして残りは後者であった。理由はもはや言うまでもない。
「あの、本当に大丈夫……なのかな? だってセド……は王子様なワケだし」
「大丈夫だよ。そもそも僕は王家を継ぐとか王家の仕事を手伝うとか、そーゆーつもりは全くないからね。いずれはこの国を出て、どこか遠い場所で自由に過ごしたい。そんなふうに思ってるんだよ」
コートニーがつっかえながらもセドに言うと、セドはかなり重要な考えを、いともアッサリ告白してくるのだった。
表情も含めて完全に動きを止めてしまっているアリシアとコートニーをよそに、マキトは感心するかのように頷いた。
「それってつまり、王様とかにはならないってことか?」
「あぁ、兄上や妹がいるから、今のところ跡継ぎには困っていない。王位継承問題も辞退したよ。もっとも母上の説得には、かなり手を焼いたがね」
「それだけ意志は固いってことか」
「まーね」
マキトの呟きに、セドはイタズラっぽくニカッと笑った。
「そう遠くないうちに、僕は城を出なければならなくなるだろう。けど僕だって、それなりに覚悟はしているつもりだよ。冒険者として生きていけるよう、日頃から鍛えているからね。ちなみに冒険者ギルドにもちゃんと登録はしているんだ」
「そりゃ凄いな。今ランクっていくつなんだ?」
「ランクEさ。最近少しばかり忙しくてね。クエストに出かける時間が、なかなか作れないでいたんだけど、それもようやく落ち着いてね。明日、朝一でクエストに出かけてみようと思ってたんだよ」
セドがギルドカードの腕輪をマキトたちに提示する。そこには確かにランクEと記載されていた。
自分と同じランクなのかとマキトが思う中、セドは話を続ける。
「そうしたらちょうどセルジオたちがやってきて、マキトたちの話を聞いたんだ。それで是非とも会いたくなって、ああしてレストランに押しかけてきちゃったってワケさ」
「なるほど。それにしても、よく俺たちの居場所が分かったな?」
「町の大通りでウワサになってたよ。マクレッド家の跡取り息子に絡まれて、大変そうだったけど、妖精ちゃんが機転を利かせてたってね」
「あー、あの時のアレか……」
夕方の出来事は、人通りの多い場所だったことをマキトは思い出す。
マクレッドの跡取り息子もさることながら、妖精を含む三匹の魔物を連れた少年という意味でも、さぞかし目立っていたことだろう。一刻も早くその場から離れることだけを考えていたため、周囲に目を向けるヒマはカケラもなかったのだ。
「それでちょっと聞き込みしたら、あそこのレストランに行ったって情報を得た。後はそこに行くだけだったさ。マキトの特徴はセルジオから聞いてたから、すぐに本人だって分かったよ。まぁそんな感じで、今に至るってところかな」
「ふーん……」
マキトはこれまでのことを少し思い返してみる。
セドとこうして話ができているのは、セルジオのおかげと見て間違いない。そしてそのセルジオは、今日パンナの森で出会ったからこそ、繋がりができたと言える。
こうして考えてみると、不思議な縁だなぁとマキトは思う。偶然のハズなのに、なんとなく偶然だとは思えない。まるで誰かが仕組んでいる気すらしてくる。
流石にそれはあり得ないかとマキトが心の中で苦笑していると、セドがカップを置きながら話してくる。
「今回は挨拶がてら話をしたかっただけだが、いつかは一緒に、ギルドのクエストを一緒に受けられたらと思っている」
マキトを見ながらセドは言った。それに対してマキトは――
「じゃあ明日一緒に行こうか?」
と、セドに対して実にあっけらかんとした口調で、そう言うのだった。
「…………えっ?」
セドだけじゃない。アリシアもコートニーも、揃って口をポカンと開けている。最初に反応を見せたのはラティであった。
「わぁ、なんだか楽しそうでワクワクするのです……そう言えばマスター。誰かと一緒にクエストって、もしかしたらこれが初めてじゃないのですか?」
「そうだっけか?」
試しにマキトは思い返してみる。確かに今まで受けたクエストは、全てマキトだけで受けたモノであり、誰かと一緒に受けたモノは一つもない。
「そう言われてみりゃそうなるのか……なぁコートニー、これってパーティを組むってことになるのかな?」
「うん、まぁそうなるけど……」
マキトの問いに、コートニーが殆ど反射的に頷く。
「パーティでのクエストか。楽しみだな。セドもそんな感じで良いか?」
「あぁ、勿論さ。よろしく頼むよ」
「それじゃあ、明日な」
マキトとセドは、改めてガッチリと握手を交わした。アリシアとコートニーは、そんな二人の様子をどこか引きつった表情で見ているのだった。
◇ ◇ ◇
冒険者ギルドは、今日も早朝から賑わっていた。しかし今回ばかりは、いつもと違う賑わいを見せていた。
スフォリア王都の第二王子が、魔物を連れた少年とともに、堂々とギルドに姿を現しており、クエスト掲示板をチェックしている。ごく普通の光景のハズなのに、どことなく緊張感が漂っていたが、当の本人たちはそれを気にする様子は全くない。
「ではこれで、三つのクエストを受注し、達成したことを認定いたします」
受付嬢が差し出した報酬金の入った革袋を、マキトは受け取った。
ランクEのクエストの中で、既に達成条件を満たしているモノが三つあり、先にそれら全てを受けたのだ。
フォレストベア、キラーウルフの指定素材を提出する、パンナの森の薬草を数種類採取する、といったクエストであった。フォレストベアとキラーウルフは、クエストがそれぞれ分かれていたため、一気に三つも達成できたということである。
「マキトさんなら、もう限定クエストを受けても良さそうですね」
受付嬢はそう言って、一枚の用紙を提示してくる。それを受け取ったマキトは、セドと魔物たちの元へ戻っていった。
「三つのクエストは、無事に達成できたのかい?」
「ぬかりなく。それでこんなのもらってきた」
マキトはランクE限定クエストの用紙をセドたちに見せる。
「キラータイガーを一匹討伐する、もしくは従えることが達成条件か……」
もらってきたクエスト発注書をセドが読み上げる。
一人で受けてもパーティで受けても、ノルマが一匹であることに変わりはなし。キラータイガーは基本的に狂暴性が極めて高く、挑む際にはそれ相応の準備を覚悟を身に着けることが薦められる、とのこと。
つまり、簡単そうに見えてかなり面倒で難しいクエスト、ということだ。
セドはどこかワクワクした表情を浮かべていた。
「僕はキラータイガーを相棒にするのが一つの夢でね。このクエストで、是非とも一匹従えてみたいと、そう思っていたんだよ」
セドの言葉にラティは、突如訝しげな表情を浮かべ出す。
「もしかして……それが目的でマスターに近づいたんじゃないのですか?」
「……否定はできない、かな? セルジオからも、そこらへんは聞いてたからね」
要するに、同年代のマキトたちがキラータイガーの群れと交流したことを知り、またとないチャンスが舞い込んできたと、セドは心から思ったのだ。
明日を迎える前に顔だけは合わせておきたい。あわよくば話をつけて、協力してもらえたらと考えていたら、無意識のうちに王宮を飛び出していたとのこと。
そこまで聞いたラティの表情は、気に食わないのです、と言わんばかりの睨みに満ちていた。その反応も致し方ないと思ったセドは、黙ってそれを受け入れる。そんな微妙な空気が流れている中、マキトがクエスト発注書を見ながらあっけらかんとした口調で言った。
「まぁ別に良いよ。利害は一致してるんだ。とにかくこのクエストを受けよう」
そのままマキトはスタスタと受付に歩いていく。その後ろ姿を見ながら、セドは思わず目を丸くしていた。
「昨日からなんとなく思ってたけど、マキトってかなりドライなんだな」
「ですね。まぁ、そこがマスターの良いところでもあるのです♪」
「はは、そーですか」
嬉しそうに胸を張るラティに、セドは苦笑する。そこにマキトが戻ってきた。
「受けてきたぞ。俺とセドの二人という形で、期限は三日だそうだ」
「じゃあ急ぐとしようか」
マキトとセド、そして三匹の魔物たちは、意気揚々とギルドを飛び出していく。ギルドの扉が閉じられたその瞬間、ギルド全体の緊張が一気に解放され、その場にいた冒険者全員が脱力する。
「まさか今日になって、セド様が来られるなんてなぁ……思わず緊張したぜ」
「しかもあのバンダナ小僧って、確かウワサの魔物使いだろ? どこでどうやって知り合ったんだ?」
「あくまでこれはウワサなんだが、エルフの里の長様とも知り合ってるらしい」
「……俺、そろそろ何聞いても驚かなくなってきたかもしれねーな……」
「俺が思うに、あの小僧は大物になる気がするぜ……俺のカンはよく当たるんだ」
「前にもそう言って、派手に博打で失敗してたよな?」
「う、うるせーやいっ! あの時は調子が悪かったんだよ!」
「…………それも前に聞いたよ」
冒険者たちの呟きが飛び交ってきて、ギルドはいつもの喧騒を取り戻す。
程なくして、一日の始まりを告げる鐘の音が、外から盛大に響き渡るのだった。
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