第五十九話 ワガママ息子、現る
「おい、そこの人間族! 妖精を連れているキサマだ。さっさと止まらんか!」
かなりの高圧的な呼び止めに、マキトは訝しげな表情で振り返る。
エルフ族でいかにもお坊ちゃまと言わんばかりの少年が、数名の兵士を連れてそこに立っていた。
いや、腕を組んでふんぞり返りながら見下している、と言ったほうが正しいか。
「……何か?」
相手にしたくなかったが、とりあえずマキトは一言だけ放った。
するとその少年はこれ見よがしにニヤニヤと笑いながら、ビシッとマキトに指を突き立ててくる。
「おいキサマ。この僕に向かってその態度は何だ? スフォリア王都の貴族の中でもっとも名高い家系の跡取りである、このエルヴィン・マクレッドを知らないワケがあるまい。まぁ、キサマは見るからに薄汚れているからな。教育どころか生活につぎ込む金にも苦労しているのだろう? キサマの気持ちを分かってやれないことを許してくれたまえ。なにせ僕は生まれながらにして、神に選ばれし者! 上から見下ろす立場を約束されている。分かるか? 僕はキサマの生活を左右できる立場にあると言っているんだ。僕に逆らうことがどれほど愚かであるか、流石にそれを理解していないわけではあるまい!」
以上が高圧的な少年、エルヴィンの言葉であった。
あまりの長さに、マキトも魔物たちも呆然としてしまっている。一方エルヴィンのほうは、勝ち誇った笑みで見下してきていた。高貴な僕の素晴らしさにせいぜい跪くが良いと、そう言っているかのようだ。
無論マキトたちはそんなことなど思ってもなく、ただ単に何が言いたいんだろうという疑問に満ちているだけであった。
「……それで?」
面倒だなと思いつつマキトが問いかけると、エルヴィンは呆れ果てたかのようにため息をついてきた。
「これだから薄汚い庶民は困ったモノだ。この僕が直々に語っている内容をまるで理解できていないとは……どうしようもなく愚かだとしか言いようがないな。だが僕も忙しいから、いつまでもお前と話しているヒマなどない。頭の悪いキサマでも分かるよう、単刀直入に言ってやる。僕の寛大な心に感謝することだな!」
「…………それで?」
マキトは少しイラッとしながら再び問いかける。しかしイラッとしていたのは、エルヴィンも同じであった。もっともエルヴィンの場合は、あからさまにギリッと歯を噛み締めており、怒りを隠し通そうとすらしていなかったのだが。
「庶民のくせしてどこまでも癇に障るヤツだな。まぁキサマの処分など、後でパパに頼んでじっくり行ってもらうから、今は置いておく。そろそろ本題に入ろう」
エルヴィンはキッと目を細め、今度はラティに向けて指を突き立ててくる。
「その妖精を僕に渡せ。薄汚い庶民であるキサマが連れて良いほど、世間は決して甘くないのだ。少しは身の程を弁えろ!」
随分と勝手極まりない言い方を、エルヴィンはさも当たり前のように言い放つ。
あまりにも堂々とし過ぎているためなのか、怒りが全く湧いてこない。そもそもマキトの場合、相手にする気も全くなかった。いつまで続くんだろう、早く終わらないかなぁと、心の中でふかーいため息をついていた。
エルヴィンは説教じみたことをベラベラと喋っているが、全てキレイにマキトの耳を通過している。後ろの兵士たちもそのことに気づいており、注意を促そうとしたところで、エルヴィンがマキトの頭の上に乗っているロップルに目を向けた。
「それによく見たらキサマ、フェアリー・シップも連れているじゃないか。ならばソイツも献上しろ。珍しい魔物を従えるに相応しい存在は、名高い貴族であるこの僕を差し置いて他にいる分けがないからな。ハーッハッハッハ!」
エルヴィンの言葉に、ロップルは怯えてマキトの頭に強くしがみ付く。
マキトは流石に嫌な気分が募ってきた。ラティやスラキチも同じ気持ちらしく、あからさまにエルヴィンのことを睨みつけている。
しかし自分の言葉に酔いしれている彼に、その効果はまるで見られなかった。
「なぁに、礼には及ばんよ。僕はあくまで人として、至って当然のことをしているだけなのだからな。まぁ庶民からしてみれば、僕の申し出には跪いて感謝するのが常識だが……そこらへんは流石に分かっているだろう?」
エルヴィンの問いかけに、マキトは心の中で知るかよと答えた。言葉の裏には、分からないのならば今すぐ分かれ、という意味の強要が込められていたが、マキトがそれを察することはなかった。
エルヴィンは小さくフッと笑った後、再びマキトにビシッと指を突き付ける。
「さぁ、大人しくその妖精とフェアリー・シップをこの僕に渡せっ!」
「絶対やだ」
感情のない声で間髪入れずにマキトが答える。エルヴィンは見下した笑顔のままピシッと固まる。それはもう見事なまでに。
やがてエルヴィンは、突き付けた指をゆっくりと下ろしていき、俯きながら体を震わせる。それが怒りからくるモノだということは、考えるまでもなかった。
「ふ、ふふふ……どうやら本当に懲らしめてやる必要がありそうだな……キサマの態度をこの場で改めさせてやる! ありがたく思いたまえ!」
エルヴィンは顔を真っ赤にしながら、後ろで待機している兵士たちに命令する。
「お前たち! あの不届きな人間族を成敗しろ! 身の程を教えてやるのだ!」
しかし叫び声が響き渡っただけで、誰一人として動こうとはしない。兵士たちは戸惑いの表情を浮かべている。
そんな兵士たちの様子にマキトは驚いていた。てっきり二つ返事で動き出すと思っていたからだ。
「いくらなんでもなぁ……」
そんな一人の兵士の呟き声が聞こえたような気がした。それもかなり疲れている様子であった。また面倒なことをやらかしやがって、というような苛立ちも、存分に含まれているような感じで。
それを見ていたマキトも、この状況をどうするかで悩んでいた。
エルヴィンの目はギラギラに血走っており、言葉をかければ即座に罵倒してくることだろう。それこそ、あることないことデタラメに。流石にそれだけは避けたいとマキトは思った。
その時、隣に浮かぶラティが動き出す。何をする気だと見ていると、突然とある裏路地に向けて指を差した。
「あー、あんなところに珍しいドラゴンさんの赤ちゃんが歩いてるのですー」
「なにいぃっ!?」
あからさまな棒読みにもかかわらず、エルヴィンは信じ込んだ。
大慌てでラティが指差した方向の路地裏へ駆けていき、一体どこにいるんだと、周囲を見渡している。デタラメだと気づく様子は全くない。
護衛の兵士たちが口を開けて呆然とする中、ラティはマキトに耳打ちする。
「マスター、今のうちなのです」
「おう」
マキトたちは踵を返して、その場から走り去った。兵士たちがマキトたちに声をかけるべく手を伸ばそうとしたその時、路地裏からエルヴィンの苛立つ声が聞こえてきた。
「ええい、これではよく見えんな。おいお前たち、明かりを持って来い!」
「エ、エルヴィン様、今のはデタラメ……」
「やかましいっ! とにかく珍しいドラゴンを見つけるのだ! さっさと明かりを持って来て手伝わんか、このノロマどもが!」
エルヴィンが目をクワッと見開かせ、兵士たちを大声で怒鳴り散らす。
既にマキトたちがいないことにまるで気づいていないばかりか、そもそも当初の目的すら忘れているようであった。
マクレッド家の未来は本当に大丈夫なのだろうか。当主様はこのワガママ息子に対してどのように思っておられるのか。自分たちの人生設計を、少しばかり見直したほうが良いのではないか。
大慌てで明かりを探しに行きながら、兵士たちは心の中で不安に思っていた。
◇ ◇ ◇
「なんてゆーか……盛りだくさん過ぎる一日だったんだね……」
レストランの席で、アリシアがお冷を片手に苦笑する。先に運ばれてきたサラダをトングで小皿に盛りつけながら、マキトも確かになぁと笑った。
「ただ単に森へ行って、水を汲んでくるだけのハズだったんだけどな。なんか一気に知り合いが増えちゃったって感じだよ」
「出会えるだけでも凄いのに、そこで仲良くなれるのも、かなり凄いと思うよ?」
フォークでサラダを口に運びながら、コートニーは言った。その言葉に共感したらしいアリシアも、うんうんと深く頷いている。
「セルジオさんと仲良くしたい人は、たくさんいるからね。なんとか取り入ろうとする人たちばかりだから、マキトみたいに最初から自然に接してくる人って、結構珍しかったんじゃないかな?」
「あぁ、それは確かにありそうだよね」
コートニーがアリシアの言葉に同意する。そこでマキトは、まだ話してなかった内容を思い出した。
「そうそう。実はそこで、妙な話になってさ」
普通じゃない内容ではあるが、この二人には話しておこうとマキトは思った。
「もしかしたら俺、この世界で生まれた人間かもしれないんだわ」
サラッと語るマキトの言葉に、アリシアとコートニーの動きがピタッと止まる。そして視線だけで、それってどういうこと、と強く問いただしてきた。
まぁ、そう言う反応になるよなぁと思いつつ、マキトは長タイガーやセルジオとの会話内容を全て話した。
どれも全て可能性に過ぎないことだが、普通にあり得そうな気がしてならない。それぐらい見事に辻褄が合っている。むしろこれで違ってるほうが、逆に不自然じゃないだろうか。
マキトがそう思っていると、コートニーが口を開いた。
「まぁ、異世界召喚魔法そのものはあるワケだし、あり得なくはないか。それで、もしその話が本当だったとしたら、マキトはどうするつもりなの?」
「特にどうするつもりもないかなぁ……よくよく考えてみたら、別に気にするほどのことでもないと思うし……」
特に態度も表情も変えることなく、マキトは淡々と言った。
強がっている様子はない。本当にそう思っているのだと、少なくともコートニーは感じ取れた。
「ふーん。まぁ、マキトがそうしたいんなら、それで良いんじゃないかな?」
これがコートニーの本音だった。知っても知らなくても良い内容であるならば、あとは本人の気持ち次第。マキトが興味ないと言えば、そこで話は終わりだ。
程なくして、頼んでいた料理が運ばれてきた。マキトたちは美味しい料理に夢中となり、自然と話題も途切れていた。
そんな中、アリシアの心境は穏やかではなかった。
(やっぱり……そうなのかな? マキトがあの時の男の子なのかも……)
アリシアの中で、一気に疑惑が加速する。あまりにも辻褄が合い過ぎていた。
かつて、サントノ王国でマキトと出会った際、ジルから殆ど強制的に語らされた思い出の男の子の話。しかしそこでは、マキトが別世界からやって来た存在であると判明したため、別人であると思っていた。
サントノからスフォリアに渡る国境でも疑惑は加速したが、それが今回のマキトの話で一気に膨れ上がった。
そんな中、とあることに気づいたラティが、更に追い打ちをかけてくる。
「そういえば、前にアリシアが言ってましたよね? 思い出の男の子がマスターに似ているとかどうとかって。もしかしたら本当にマスターなんじゃないですか?」
「ふぇっ!?」
「あー、言ってたなそんなこと……」
アリシアは顔を真っ赤にして驚き、マキトは一切表情を変えず、数ヶ月前の記憶を掘り起こしていた。
思い出すのに夢中となり、マキトはアリシアの異変に全く気づかない。チラチラと横目で見ている仕草すらもだ。コートニーはそんな二人の様子に、ある意味でのらしさを覚え、思わず苦笑してしまう。
「まぁ、そうだったとしたら、凄い偶然だよな。世間は意外と狭いってことか」
苦笑しながらそれだけ言って、マキトはそのまま口を閉じる。もう述べることは何もないと言わんばかりに。
流石にアッサリし過ぎている答えに、ラティとコートニーは疑問に思った。
「それだけなのですか? 何か色々と思うこととか……」
「だって俺、小さい頃のことなんて、全然覚えてないもん」
「でも、アリシアと会ってたんだとしたらさ、何か気になることとかって……」
「……別にないぞ? むしろ何を気にすりゃいいんだって感じだよ」
ラティとコートニーの質問に、マキトは淡々と答えていく。そのあまりにも自然な振る舞いに、こりゃ本気で言ってるなと、周囲は認識せざるを得なかった。
脱力しながらも、マキトらしいと二人は思った。特にアリシアは、ドキドキしていた気持ちもすっかり抜け落ちており、体が軽くなったような気さえしていた。
ここでふとアリシアは、一つの答えが見えたような気がした。
(……マキトとあの男の子は、同じ人物であって全くの別人なのかも)
少し考えれば分かることだったかもしれない。十年前のことを全く覚えていないのであれば、昔話に花を咲かせることも不可能なのだから。
事件によって別世界に飛ばされた際、自分の知る男の子は消滅し、新たにマキトという存在が作られた。そうも考えられるのではと、アリシアは思った。
(ずっと、過去にとらわれ過ぎていたのかもしれないね……)
ようやく認めることができたのかもしれない。同時にアリシアは強く決心した。自分の思い出に対して決別しようと。過去はあくまで過去でしかない。大事なのは今を見ることなのだと。
ふとアリシアは、楽しそうにコートニーたちと話しているマキトを見る。
魔物たちを可愛がる姿も、純粋に子供っぽく笑う姿も、見ていて凄く安心する。思い出なんかなくても、自分はマキトのことが好きなんだと、アリシアは改めてそう思っていた。
それが友情と恋愛のどっちなのかは、まだハッキリと決められないでいたが。
「……アリシア、どうかした?」
「んーん、なんでもないよー」
ジッと見られていることに疑問を思ったマキトに、アリシアはふにゃっと笑うばかりであった。マキトと魔物たちは、それが一体何を意味するのか分からず、首を傾げるばかりであった。
ちなみにコートニーは、何か察したかのようにニコッと笑っていた。唯一それに気づいたロップルだったが、サラダの葉っぱをモシャモシャ食べながらきょとんと見上げるだけで、特に疑問には思っていなかった。
それから食後の冷たいデザートが運ばれ、皆でそれを楽しむ。
シャーベットと凍らせた果物を混合させたそれは、どうやら氷の魔法を活用して作られているらしい。
甘さにつられて慌てて食べてしまい、ラティは頭をキーンとさせていた。
「うぅ……この攻撃は凄まじいことこの上ないのです……」
「少しは落ち着けって……あ、そういえば……」
マキトはふと思い出したことがあり、それを口にする。
「ここに来る途中、変なヤツに出くわしたんだよな」
「変なヤツ?」
「うん。なんかラティやロップルを寄こせ、とか言ってきてさ。断ったら断ったで急に怒りだしてきたんだ」
その時のことを思い出してみると、やはり『変なヤツ』という感想が、マキトの中で一番しっくりくる気がした。
アリシアとコートニーの表情が強張る横で、ラティもその時のことを思い出す。
「あぁ、そういえばいましたね。わたしが試しにデタラメ言ってみたら、アッサリと引っかかってくれて助かっちゃったのですけど」
「ホントだよな。ラティのおかげだよ。よくやってくれたな」
「えへ~♪」
マキトに頭を撫でられ、ラティはとても嬉しそうに照れ笑いをする。
そこにコートニーが恐る恐る語りかける。
「それって、もしかしてエルヴィン・マクレッドって貴族じゃ……」
「確かそんな名前だったかな。知ってるのか?」
マキトのあっけらかんとした質問に対し、コートニーは深いため息をついた。
「知ってるも何も、この王都じゃかなり有名だよ。典型的な貴族のワガママ息子としてね。実際ボクもカラまれたよ。お父さんやお母さんと比べられる形でね」
「……大変だったんだな」
「でもすぐに飽きちゃったらしくって、その後は全然だよ。今日もバッタリ出くわしちゃったけど、向こうは完全にボクのことを覚えていなかったなぁ」
苦笑いするコートニーに、マキトは流石にどう答えれば良いか分からなかった。
解放されて良かったとも言えるし、忘れられて嫌な感じだとも言える。状況からすれば間違いなく前者だろうが、気持ちとしては後者も拭えない。
アリシアも同じことを思っていたのか、ゴマかしているも同然の苦笑を浮かべているのだった。
「しばらく用心はしておいたほうが良いかも。あのお坊ちゃまくん、しつこいときは本当にしつこいから。ラッセルたちと一緒にいたときも、事あるごとに言ってきたんだよね。キサマら庶民が成り上がれるとは思わないことだな、って」
「なんか目に浮かんでくるな、その光景……」
マキトの言葉に、魔物たちもコートニーもうんうんと頷く。
なんとなくこれで終わりじゃない気がしていた。狙った獲物は絶対に逃がさないという意志が強いのならば、今後も虎視眈々とラティやロップルを狙ってくることは確実だと、マキトは思っていた。
ラティたち自身も、易々とさらわれたりはしない、という意思はあるだろうが、相手が何をどう仕掛けてくるか分からない以上、楽観視はできない。
またしても面倒なことになってきたと、マキトは深いため息をついた。
「とりあえずアリシアの言うように、俺たちも用心しておこうか」
「いや、単に用心する程度じゃ、もしかしたら足りないかもしれないぞ?」
知らない声が突然上から降ってきた。マキトたちが座ったまま見上げてみると、そこには赤髪で質の良さそうな帽子を被った、一人の少年が立っていた。
冒険者の装いはしているが、その身なりはどことなく上品さを醸し出している。もしかしたら貴族なんじゃないかとマキトが思っていると、アリシアとコートニーが言葉を失うほど驚愕していることに気づく。
どうかしたのかと、マキトが声をかけようとしたその時、少年は笑顔で胸に手を当てながら、軽くお辞儀をしてきた。
「突然声をかけて済まない。私はスフォリア王国の第二王子で、セドという者だ」
その少年、セドが名乗った瞬間、レストラン内は一気に静まり返るのだった。
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