第五十八話 見えない記憶
マキトたちが驚きの表情を浮かべる中、セルジオの話は続いていく。
「異世界召喚魔法の極意は、基本的に王家にしか伝えられておらん。それをどこでどんなふうに調べたのかは全く分からんが、あの二人はそれを実現してもうた。ワシは驚いたよ。カワイイ息子を愛して止まない親の姿、というモノをな」
遠い目をしながら、セルジオは懐かしそうに苦笑する。しかしその表情はすぐに引き締まった。
「もっとも二人の目的は、我が子を別の世界に飛ばすこと。二人は異世界召喚魔法における、転移させるという部分に着目し、新たな魔法を作り上げていった」
「で、二人は魔法を完成させて、その子を飛ばしたってことか?」
マキトの問いかけに、セルジオは苦々しい表情を浮かべる。
「魔法の発動自体は成功した。しかし、その魔法は不完全だった。魔力が絶対的に足らんかったのだ。かなりの高い確率で失敗……成功したとしても一時的なモノでしかないと、ワシは思っておる」
「その、一時的っていうのが過ぎたら?」
「何年か経過した時点で、魔法の効果は自然と消滅する。一番あり得そうな可能性は、自動的に元の世界に戻ってしまうことだな」
その言葉を聞いたマキトは、自分の経緯を改めて思い出す。
「確かに俺の場合、本当に突然だったからなぁ……辻褄は合うかもしれない」
というよりむしろ、それが真実のようにも思えてくる。自分が地球で生まれた人間ではなく、この異世界で生まれた存在であると。
戸惑いを覚えるマキトに、セルジオが訪ねてくる。
「時にマキトよ、お前さんは昔のことを、一体どれくらい覚えておるかの?」
「え? どれくらいって……」
マキトは空を見上げ、思い出せるだけ思い出しながら話し始める。
「気がついたら施設で暮らしてて、子供がいない柳家の夫婦に引き取られて、それからはずっと、柳牧人という名前で生きてきたな」
「施設で暮らす前のお前さんは、どこで暮らしておった?」
「それは……どこだろ? そういえば、聞いたことも考えたこともなかったな」
自分がいつ、どうやって預けられたのか、もしくは拾われたのか。マキトは全く分からなかった。
覚えているのは五歳から。それ以前はブッツリと記憶が途切れている。
ただ単に物心がついていないとも考えられるが、本当にそれだけなのかとマキトが思っている矢先に、セルジオが言う。
「十年前、その子はまだ四歳だった。今のお前さんの年齢はどうかね?」
「……今は十四歳だからな。もう完全に一致してるよ。もしかして、地球に飛ばされたときに記憶も全部吹っ飛んだ、ってところか?」
「そう考えるのが自然と言えるだろうな」
「マジかよ……」
天を仰ぎながら、マキトがため息をつく。もはや完全に当たっているようにしか思えなかった。
しかしその全てに確証がないため断定もできない。もどかしさからか、マキトの表情に少々の苛立ちがにじみ出ている。
その時、セルジオの表情から緊張が抜け、深い息を吐き始めた。
「まぁ、あくまで一つの可能性に過ぎん。見当違いということも十分にあり得る。しかしここまで辻褄が合っておるのも気になるのう……ちょいとワシも、過去の記録を掘り起こしてみようかの。色々と騒いだりして申し訳ない。話はひとまず、これで終わりとしよう」
「え、あ、うん……」
あまりにも急な終わりの持ち込みに、マキトは戸惑っていた。ラティもロップルも同じ気持ちであり、目をも開いていた。
一方セルジオは笑顔を見せており、先ほどの重々しい表情はカケラもない。
「これ以上あれこれ話しても、余計に混乱させるだけだろうからな。いや、これも今更かの? 特に急がなければならない話でもないだろうし、マキトもひとまずは気にしなくて良いと、ワシは思うが……」
「まぁ俺は別に、気にしなくて良いんなら、それで良いんだけど」
拍子抜けしながら頭を掻きつつ、マキトは深いため息をつく。
色々と気にはなるが、色々と考えるのも面倒に思えているのも確かであり、ホッとしている自分がいることに気づいた。
自然と笑みを浮かべるマキトを一瞥しつつ、ラティは長タイガーに視線を移す。
「えっと、おじーちゃんタイガーはどう思うのですか?」
「ガウガウガウ、グルルルルルル……ガウガウッ! ガルルルルルッ」
「……そうなのですか」
「なんだって?」
長タイガーの返事を聞いたラティに、マキトが尋ねる。するとラティは、どこか寂しそうな笑みを浮かべていた。
「ワシの記憶の中の少年はともかくとして、お前たちに会えたことは嬉しく思う、と言ってるのです」
「あー……なんかゴメン。変にガッカリさせちゃっただろ?」
「グルルルルッ」
「気にしなくて良い、だそうです」
とはいえ、申し訳ない気持ちは抜けきれない。せめて自分ができることをしてあげたいとマキトは思った。
「ありがとう。もし良かったら、またここに遊びに来ても良いか?」
「ワシも是非もう一度、顔を出させてくれ。迷惑をかけてしもうたお詫びに、極上の美味い肉をたっぷりと進呈したいと思うのだが、どうかの?」
「ガーウ、ガウガウ、グルルルルッ!」
「きっと皆喜んでくれる。二人とも是非頼む、だそうです」
それを聞いたマキトとセルジオは、それぞれまた絶対に顔を出そうと決めた。
セルジオが土産を持ってくるとなれば、自分も土産を持参しなければならない。一体何を持って行こうかと、マキトは早速思考を巡らせる。
ようやく穏やかな空気が流れ始めたその時――
「ニャーッ!」
「ピキャーッ!」
子タイガー亜種とスラキチの声が聞こえた。散歩から帰ってきたのだ。
しかしその直後、目を見張る光景が飛び込んできた。
なんと同行していたブレンダが、大きなフォレストベアを仕留めて、それを背負っているのだ。
マキトたちが唖然とする中、ブレンダはゆっくりと頭を下げる。
「すみません、ただいま戻りました……えっと、あの、何かありましたか?」
「ただ雑談をしておっただけだ。それより、物凄い収穫だのう」
「えぇ。久々の大物ですよ」
ブレンダが仕留めたフォレストデアを下ろし、改めてそれを誇らしげに見上げる。
その後、マキトたちも手伝う形で、フォレストベアの解体に入った。
しっかりと血抜きをして、毛皮と骨などの素材、食べる用の肉に仕分けていく。
マキトが小さく切り分けた肉を、親タイガー亜種に味見がてら食べさせる。とても美味しそうな反応を見せ、思わず嬉しくなってしまった。更に子タイガー亜種にも食べさせてみると、同じような反応を見せていた。
そんな姿をマキトがボンヤリと眺めていると、ラティが話しかけてきた。
「マスター」
「ん?」
「わたしはいつか、マスターの謎をちゃんと知ってみたいのです」
そう願うラティの表情は、とても真剣であった。マキトは少し驚いた後、笑みを浮かべて小さく頷いた。
「……そうか。知る機会が来たら、確かめてみようか」
「はいっ♪」
マキトの言葉を聞いて、ラティは輝かしい笑顔を見せるのだった。
大いに賛成しているワケではないが、否定もしていない。どうしても知りたいのならば知ればいい。そんなマキトの姿勢が、ラティの心を穏やかにさせてくれる。
なんだかマスターらしいなぁ、と。そんなことを思いながら、ラティは踊るような気持ちでいっぱいだった。
◇ ◇ ◇
「ニャァ……」
「また遊びに来るから」
寂しそうな子タイガー亜種の頭を撫でながら、マキトは困ったような笑みを浮かべていた。
「別にテイムしても良いんだけど、キラータイガーとの利害も一致しないしな」
「マスターは別に『強さ』を求めてはいませんからね」
親タイガー亜種は、良かったら息子を連れて行ってくれないかと申し出てきた。そなたなら息子を強くしてくれそうだと、期待を込めてのことだった。
しかし、マキトはその申し出を丁重に断った。
自分はあくまで旅を楽しみ、魔物たちとの交流を楽しみたい。強さを追い求めるようなことは、そんなにするつもりはないと。
マキトの考えとしては、強さなんて求めなくても良いと思っているのだが、相手はそうは思っていなかったのだ。キラータイガーとして誇れるように強くなる。それが成長するための絶対過程なのだという。
それがキラータイガーの生き方なのであれば仕方がないと、マキトは判断した。今後は友達として接することを許してもらうついでに、冗談交じりでこんな約束を取り付けてみた。
もしキラータイガーを愛し、なおかつ強さを追い求める戦士がいたら、ソイツを紹介してやると。
「そんな都合の良い存在がいるとも思えんのだがな」
「やっぱりそうかな?」
呆れ気味なブレンダのツッコミに対し、マキトは苦笑する。
それでも本当にいたとしたら、必ず連れてこようと、マキトは心の中で誓っていた。
「しかしまさか、キラータイガーが王都まで送ってくれるとはな……」
ブレンダが親タイガー亜種の背に乗りながら、感慨深そうに言う。
思い返してみれば今日一日どころか、たったの数時間でこの状況に至ったのだ。昨日までの自分が知ったら、さぞかし驚くだろう。いや、そもそも信じないかもしれないなと、ブレンダは苦笑する。
「じゃあ、王都までよろしく頼むな」
「ガウガウ」
親タイガー亜種の先頭に乗るマキトが、その大きな背中を優しく撫でる。
フォレストベアの素材や肉などもしっかりと括りつけられており、大量の物資を迅速に持ち帰れる意味では、この展開はとても幸運であった。
既に日は傾き、空はオレンジ色に染まりつつあるが、これならば日が沈む前に王都へ到着できるだろうと予測された。
「よーし、じゃあスフォリア王都へ帰ろう! じゃあまたな!」
「ガアアアアァァァーーウッ!」
凄まじい雄叫びとともに、マキトたちを乗せた親タイガー亜種が走り出した。
かなりの重量となっているハズなのに、その走りは実に軽やかであった。まるで風に乗っている感覚であり、流れる景色は爽快だった。
あっという間に王都への道に入り、真っ直ぐ一直線に走っていく。
すれ違う冒険者や商人たちが、思わず立ち止まって目を丸くしていた。しかも亜種とくれば、驚かずにはいられないのも無理はないだろう。
王都の西街門が見えてきた。手前で止まり、物資を下ろしているところに、門番の一人が何事かと慌てて駆けつけてくる。
「あ、あなたはセルジオさんでは? 一体これはどうされたのですか?」
「なぁに、ちょいとばかし、色々あってな。スマンがギルドマスターに声をかけてはくれないか? この物資を運び入れたいのでな」
「りょ、了解いたしましたっ!」
門番が慌てて待機しているもう一人の門番の元へ向かい、事の次第を話した。
てんやわんやしている様子を見ながら、セルジオがマキトに語りかける。
「マキトよ。ひとまずここで別れるとしよう。お前さんも早くギルドに戻り、報告を済ませてしまったほうが良い」
「あぁ。それじゃ、色々とありがとう」
森で汲み取った水、そしてフォレストベアの物資を背負ったマキトは、セルジオやブレンダに別れの握手を交わす。
「こちらこそ。此度は随分と世話になった。ワシもブレンダも、お前さんたちからいい勉強をさせてもらったよ。いつかエルフの里にも遊びに来るがいい。長として、お前さんたちを手厚く歓迎いたそう」
「私からも礼を言う。また会える日を楽しみにしているぞ」
こうしてマキトと魔物たちは、セルジオやブレンダと別れ、スフォリア王都への帰還を果たした。
門番から事情を聴きたいと言われ、足止めをくらいそうになったが、セルジオが庇い立てしてくれたため、すんなりと町の中へ入ることができたのであった。
夕暮れに染まる町中を歩き、マキトたちはギルドの扉をくぐる。いつものように冒険者たちで賑わっている光景が広がっていた。
幸いにも受付カウンターは空いていたため、早速限定クエストの報告を行う。
パンナの森の水を提出し、問題なく受理された。マキトはギルドカードの腕輪を提示し、魔力によってランクがFからEに書き換わり、無事にランクアップを果たしたのであった。
「ランクEのクエストの中に、フォレストベアの素材提出が条件になっているモノも存在します。明朝新しく張り出されるクエストを、チェックしてみてください」
受付嬢からそう教えてもらい、マキトたちは手に入れた素材を残しておくことに決める。クエストで提出したほうが、資金と実績の両方を稼げるからだ。
夜が明けたら再びギルドへ赴くことに決め、マキトたちはギルドを後にする。
「えっと……待ち合わせ場所は向こうか」
マキトたちは、コートニーやアリシアと一緒に、夕飯を食べようと決めていた。アリシアが美味しいレストランを知っているとのことで、そこに行くことになっている。
日が沈んだ頃に集合となっているため、まだ十分間に合う時間帯であった。
集合場所に向かって歩き出そうとしたその時、マキトの耳元で可愛らしい三つの音が鳴った。
「お腹空いたのです」
「ピキィー……」
「キュウ」
あからさまに脱力する三匹に、マキトは思わず吹き出してしまう。
ラティが不機嫌そうに頬をプクッと膨らませると、マキトは苦笑しながら、悪い悪いと言って謝った。
「報酬も入ったし、今日は好きなのいっぱい食べようぜ」
「わーい、流石はマスターなのです♪」
ラティが嬉しそうに飛び回りながら、早く行きましょうよとせがむ。
ロップルを頭に乗せ、スラキチを腕に抱えながら、マキトはやれやれとため息をついて歩き出すのだった。
その光景を、とある少年が遠巻きからジッと見ていた。
とても上品で煌びやかな身なりをしており、護衛の兵士を何人も連れていた。心なしか町の人々は、その少年から遠ざるようにして歩いていた。
「どうなさいましたか、エルヴィン様?」
護衛の兵士の一人がそう尋ねると、エルヴィンがマキトたちを、正確にはマキトの傍を飛んでいるラティを見て、ニヤッと笑みを浮かべていた。
「妖精とはこれまた珍しい。もし手に入れれば、僕の株が一段と高くなるだろう。あんな小汚い人間族の小僧なんかよりも、貴族であるこの僕こそ、妖精を連れ歩くに相応しい存在だ。お前たちもそうは思わないか?」
「はっ! ど、同感にございます!」
エルヴィンの問いかけに、護衛の兵士たちは慌てて肯定する。
それを聞いたエルヴィンは、そうだろうそうだろうと実に満足そうに頷いた。
「ならば早速、あの妖精を僕の手に収めるとしよう。ついてきたまえ!」
エルヴィンは護衛たちにそう言うと、マキトたちのほうに向かって歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます