第五十四話 乱入者



 マキトたちはパンナの森に到着した。森の入り口の傍に、ここがパンナの森だと書かれた看板が立てられており、間違いないと判断する。

 魔力の粒子があちらこちらに飛んでおり、実に神秘的な印象を醸し出している。

 外からでもよく分かるのだが、実際に森の中に入ってみれば、その凄さは段違いを越えているとマキトたちは思っていた。


「結構広いんだな。それに歩きやすくて静かだ」

「魔力の粒子のおかげで、明るさも保たれてて助かるのです」


 ラティの言うとおり見晴らしは悪くなく、ちゃんと注意深く歩いていれば、それほど迷う心配はなさそうに思える。野生の魔物も生息はしているが、凶暴性はあまり感じられない。

 一匹のグリーンスライムが近づいて来て、スラキチに話しかけている。スラキチは警戒していたが、言葉を交わすうちに打ち解けてきていた。

 他の魔物たちも興味深そうにマキトたちを見ており、何気にあまりなかった状況だけあって、マキトは妙な緊張感を味わっていた。


「全然襲いかかってこないな……むしろ友達になりに来ている感じがする」

「……ですね」


 そう言ってマキトとラティが視線を向けた先には、スラキチがグリーンスライムたちと楽しそうに遊んでいる姿があった。

 ここでマキトは、改めて一つ気になることを見つける。


「そういえば、このグリーンスライムって、魔法とか使えるのかな?」

「うーん、可能性はありそうですよね。体の色が変わったのも、魔力の影響によるモノらしいですし……」


 スフォリア王国はとにかく魔力に恵まれた大陸で、あちこちで魔力の粒子が発生しているというのが、基礎知識の一つであった。

 魔力の粒子は自然の中から生み出されているモノであり、自然の中で生きる魔物たちも、長い年月をかけてその影響を受ける。グリーンスライムみたく、体の色が変化することが一番多く、中には魔法を扱えるようになる場合もあるようだ。

 したがって、今みたいにマキトたちが予想することは、決して的外れであるとは言い切れないのである。


「やっぱり回復魔法かな? 自然の魔力でキズを癒すみたいな?」

「さぁ……ちょっと聞いてみましょうかね」


 ラティがグリーンスライムたちの元へ向かい、少し会話をして戻ってくる。


「魔法は使えないみたいなのです。あくまで魔力によって、体の色が変化しただけみたいですね」

「ふーん。そうなのか」


 マキトはサラリとそう言って納得する。ただなんとなく気になっただけであり、それほど残念そうにしている様子は見られなかった。

 ロップルやラティもスラキチたちに交じって遊び始め、マキトは遠巻きにそれを楽しそうだなと思いながら見守る。このまま静かな時間が流れ続ければ良いのにと思うほどであった。

 しかし残念ながら、その願いはすぐに打ち消されることになるのだった。


「ピキィ?」


 スラキチが何かに気づいたかのような反応を見せる。ラティやロップルもそれに続いて周囲を見渡した。

 野生の魔物たちも一斉にザワつき出し、逃げたり隠れたりしている。これは何かが起きようとしているのだと、マキトも立ち上がりながら、周囲を警戒していた。


「ピキィーッ!」

「あっちか?」


 ラティとロップルがマキトに寄り添う中、スラキチがとある方向を見る。揺れる茂みの中から、一人のエルフ族の女性が姿を見せた。腰には剣を携えており、剣士であることが見て取れる。

 その女性剣士もまた、マキトたちの存在に気づいた。

 王都からクエストで来た冒険者かと思った瞬間、女性剣士は目を見開いた。



「……フェアリー・シップ? まさか……でもどうして……」



 女性剣士は大いに戸惑っており、マキトたちも動くに動けなかった。

 もしかしてロップルの知り合いだろうかと思ったが、肝心のロップルもワケが分からないと言わんばかりに怯えていることから、その可能性は低そうだと判断する。

 やがて女性剣士は目に涙を浮かべ、両手を広げながらロップルに笑いかけてきた。


「そうか……こんなところにいたんだな! 随分と探したんだぞ!」


 目に涙を浮かべ、女性剣士がロップルに近づこうとする。しかしロップルはその姿に恐怖を感じて、即座にマキトの後ろに隠れてしまった。

 女性剣士の動きがピタリと止まる。次の瞬間、ゆっくりと視線を上げたその表情は、憎悪に満ちていた。


「……キサマ……一体何者だ?」


 女性剣士はマキトを睨みつけながら、腰の剣に右手を添える。もはやいつ抜き出して襲いかかってきてもおかしくない状況であった。

 マキトは冷や汗を流しながらも、なんとか震える体を支えようと足を踏ん張らせる。カラカラに乾いていく口から、頑張って言葉を絞り出した。


「魔物使いの、マキトだ」


 そう答えるのが精いっぱいであった。それだけ相手からのプレッシャーが凄まじく、声も完全に震えていた。

 しかし、女性剣士はマキトの返事を聞いた瞬間、フッと見下すような笑みを零す。


「全く愚かだな。言い訳ならもう少しマトモなモノを用意するべきだぞ」


 女性剣士はあからさまに信じていない。それどころかマキトのことを心の底からバカにしている態度であった。

 これには流石のマキトも大きな苛立ちを覚え、言い返さずにはいられなかった。


「言い訳って……俺は本当のことを……」

「黙れ!」


 マキトが最後まで言う前に、女性剣士の一喝によって阻まれてしまった。


「そもそも魔物使いと名乗ってる時点であり得んな。このご時世に魔物使いを務める者がいるとは思えん。しかもスフォリア王国にいるという情報はない。ウソをついていると判断するのが極めて自然だ!」


 どこまでも自分を悪者扱いしたいらしい。おまけに何を言っても聞かなそうだ。

 そう思ったマキトは、反論する気力をなくしてしまい、大きなため息をつく。三匹の魔物たちも怒りを通り越している様子を見せていた。

 しかし女性剣士は、そんな彼らの態度を実に都合よく解釈してしまう。


「どうやらキサマも観念したようだな。フェアリー・シップに欲を駆られ、愚かな選択をしてしまったことを、せいぜい悔やむが良い!」


 誇らしげに、どこか心地よさそうに語る女性剣士の姿に、マキトたちは滑稽だと思わずにはいられない。

 当然、女性剣士はそんなマキトたちの様子に気づくこともなく、今度は呆れ果てたように盛大なため息をついた。


「しかも妖精やスライムの亜種まで……全く恐れ入る。大方、どこぞの貴族の出身と言ったところか。さぞかし高い金を積ませ、無理やり従えさせたのだろう。その光景が目に浮かんでくるようだ。全く、あまりの愚かさに笑えてくるよ」


 目に手を当てながら、女性剣士は大きな笑い声をあげる。

 もっともマキトたちからしてみれば、好き勝手にベラベラと喋った挙句、愉快そうに笑い出したようにしか見えない。

 そろそろ何か言ってやろうとマキトが口を開こうとしたその瞬間、三匹の魔物たちが前に躍り出る。


「さっきから何勝手なことをベラベラ言ってるのですか! マスターをバカにする人は許さないのですよっ!」

「ピキャアァーッ!」

「キューッ!」


 ラティの文句に続き、スラキチとロップルも叫び声を上げて抗議する。

 すると女性剣士の笑い声がピタッと止み、再び敵意むき出しの表情と化し、腰の剣を抜き去った。


「キサマ……この魔物たちに一体何をしたのだ? マスターと呼ばせて奴隷のように扱っていると分かれば、この私が直々に成敗しなければなるまい!」


 地の底から這い上がるような低い声とともに、女性剣士はギラリと目を鋭くさせながら剣を構える。

 敵意はもはや殺意となって、マキトたちの体を突き抜ける。三匹の魔物たちも、女性剣士のことを完全に敵とみなしており、いつでも立ち向かってやると言わんばかりに意気込んでいた。

 流石にこのままではマズイことになってしまうと判断したマキトは、ムダな努力だと思いながらも、なんとか女性剣士と話をするべく声をかける。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ! それはアンタが勝手に想像しているだけ……」

「問答無用っ!」


 女性剣士は剣を振り上げて走り出す。やっぱり聞いてもらえないかと思いつつ、マキトはロップルに防御強化を発動させようとした。

 その時――



「止めんか、このバカモンが!」



 突然の叫び声に、全員の動きがピタッと止まる。次の瞬間、女性剣士が出てきた茂みから、エルフ族で男性の老人が一人、姿を現した。

 口元が隠れるほどのフサフサな白いヒゲに、整えられた白髪。腰は少し曲がっているものの、その眼力の強さは凄まじいモノを感じさせる。

 女性剣士はゆっくりと剣を下ろしながら、老人に対してビクビクと怯え出した。心なしか涙ぐんでいるようだと、マキトには見えていた。


「さっきから様子を見ておれば……どうしてお前はいつもいつも、そうやって身勝手な判断ばかりするのだ? その少年がどんな人物か、魔物がどれだけ少年に懐いておるかなど、見ておれば自然と分かってくることだろうに……」


 老人は首を横に振りながら女性剣士をたしなめる。それを傍で聞いているマキトたちもまた、気まずそうに苦笑を浮かべていた。

 女性剣士は項垂れていたが、すぐに顔をガバッと上げた。


「で、ですが長老様! 人間族は珍しいモノに目がないというウワサも……」

「だからそれを身勝手だと言うとるんだ、この大バカモノがっ!」

「ひいっ?」


 弁明しようとした女性剣士に対し、長老と呼ばれた老人は激しく一喝する。

 マキトたちも思わず萎縮してしまう中、老人がゆっくりとマキトたちに近づき、ゆっくりと頭を下げた。


「申し訳ない。この小娘には、後でワシのほうからきつく言って聞かせておく故、ここはワシに免じて、どうか見逃してやってはくれんかの?」


 老人の謝罪を受けたマキトは、魔物たちに視線を向ける。ラティが笑みを浮かべながら頷き、スラキチとロップルも同じ反応を見せる。判断はマスターに委ねますと見て良さそうであった。

 マキト自身も、これ以上何か文句を言うつもりはなかった。代理とはいえ、こうしてちゃんと謝ってくれたワケだから、と。


「まぁ、それは別に良いんだけど、アンタたちは一体誰なんだ?」


 素朴な疑問のつもりで軽く聞いてみたのだが、マキトは失敗したかと後悔する。何故なら女性剣士の表情が、またしても怒りで歪み出していたからだ。


「キサマ……長老様に何たる口の利き方を……」

「お前は黙っておれ! そもそもこんなことになっておるのは誰のせいだ!?」


 再び老人から叱責を受けた女性剣士は、なんとか弁解しようと試みる。


「し、しかし私は、この愚か者に身の程を知らしめようと……」

「身の程を知るのはお前のほうだ! 里へ戻ったら覚悟しておけ! お前の精神と根性を叩き直してくれるわ!」

「ええっ、そんなぁ~……」


 完全に打ちのめされてしまい、女性剣士は盛大に肩を落とす。その光景は被害者であるマキトたちですら、なんだかかわいそうに思えてくるほどであった。

 とはいえ、そんな彼女を援護する気は毛頭なかった。

 あれだけ散々言いたい放題言われた上で、助けようという気持ちが浮かぶほど、残念ながらマキトたちの心は広くない。


(む……?)


 ふと老人が眉をピクッと動かしながら、マキトの顔を凝視する。



「この顔はまさか……いやいや、そんなはずはあり得んわい!」



 突如そう叫び出した老人に、マキトたちも女性剣士も一斉にビクッと驚いた。

 女性剣士がどうされましたかと声をかけるが、老人は気づかない。原因はマキトにあると考えた女性剣士の表情は、三度目の怒りに包まれ、再び根も葉もないことを叫びながら剣を抜く。

 そして数秒後、呆然とするマキトたちの目の前には……。


「スマンのう。またしてもこの暴走娘が、とんだ迷惑をかけてしもうたな」


 再び頭を下げて謝罪をする老人と、その足元で黒コゲになって、見事に気絶している女性剣士の姿があった。


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