第五十三話 パンナの森へ
冒険者ギルドの奥にある、ギルドマスターの執務室。
数人が余裕では入れるほどの広さがあり、綺麗に片づけられている。とても大きくて立派な魔法製具がいくつかあるのも、大きな特徴であった。
アリシアはそこで、ギルドマスターのウェーズリーと、護衛クエストについての話をしていた。
「既にサントノ国王から知らせは受け取っておる。よく無事に戻ってきたな」
「あはは……どうもです、ギルドマスター」
ウェーズリーからねぎらいの言葉をもらい、アリシアは苦笑しながらペコペコする。
護衛クエストは無事に完了したという成果の受け取りに、アリシアは思わず呆然としてしまっていた。トラブルに次ぐトラブルで帰りが遅くなってしまい、何かしら言われるだろうなと思っていたのだ。
まさかの根回しにアリシアが感激している中、ウェーズリーは次の話を切り出す。
「さて、お前さんの護衛クエストは終了で構わんのだが……どうするね?」
「と言いますと?」
「ラッセルたちが戻ってくるまで、あと数日はかかるらしい。その間、お前さんは一人となるワケなんじゃが……」
「そうですねぇ、何か小さなクエストでも……あっ」
アリシアの脳裏に、スフォリア王都まで一緒に来た少年の姿が浮かんだ。
(折角だし、もう少しマキトたちと一緒にいようかな? クエストとかも付き添いという形で同行できそうだもんね……)
妙にワクワクするような気持ちとともに、アリシアは意気揚々と顔を上げる。
「一緒に来た友達がいますから、その人たちとクエストに出かけてみます」
「そうか。うむ、それもまた一興じゃろうな」
アリシアの言葉にウェーズリーは頷いた。そして執務室を後にしたアリシアは、再びギルドのロビーに戻ってくる。
マキトたちはいなさそうだなと、周囲を見渡しながら思っていたその時、ギルドの大きな扉が開かれた。
探していた張本人たちが、同年代の少女らしき人物と、仲良さげにしながら入ってきたのだった。
(なに……あれ……)
何故かアリシアは、胸がザワついて仕方がなかった。みるみる表情も消えていった。そこにマキトがアリシアの存在に気づき、明るい笑顔でよぉ、と手を上げた。
「アリシアじゃないか。もう報告は終わったのか?」
「……うん。それはもうシッカリとね。ところでそっちのカワイイ子は……」
どことなくジト目で『カワイイ』を強調してくるアリシアに対し、マキトは平然とした表情で、何かに気づいた様子を見せる。
「そういえばアリシアって、コートニーに会うの初めてだっけ?」
「確かに……ちょうど入れ違いみたいな感じでしたからね」
マキトの言葉に、ラティが納得するかのように頷く。一方アリシアは二人の会話を聞いて、なにやら驚いている様子を見せていた。
無意識かどうかは不明だが、彼女の視線はマキトたちとコートニーを交互に、それもかなりの速さで向けられていた。
「え、えっと、その……コートニーって確か、前にマキトたちと一緒だった……」
「そうだよ。さっきここで再会してな」
「またわたしたちと一緒に冒険することになったのです!」
アリシアの問いかけに、マキトとラティが答える。しかし、アリシアが一番聞きたかった答えは、残念ながらそこではなかった。
「…………男の子じゃなかったっけ?」
「はい、ボクは立派な男の子です……やっぱりそうは見えませんよね?」
「え、いや、あの、その……」
既にこの手の質問には慣れっこなコートニーは、ただ苦笑するばかりであった。むしろあっさり返してくるとは思っていなかったアリシアのほうが、より戸惑いを大きくさせている様子であった。
そんな中、コートニーは一歩前に出て、アリシアに向かってお辞儀をする。
「アリシアさんですよね? どうも初めまして、コートニーと言います」
「こ、こちらこそ、初めまして」
「なんか、出会い頭に色々と驚かせちゃったみたいで、本当にすみませんでした」
「いえいえそんなことないですよ! 私が勝手にビックリしただけですから!」
どこまでも落ち着いて、どこまでもへりくだる姿勢を見せるコートニーに対し、アリシアは慌て気味に頭をペコペコさせるばかりであった。
それをどこか面白く思いながら見ていたマキトは、アリシアに対して気になっていたことを尋ねてみる。
「ところで、ラッセルさんたちって、まだこっちに帰ってきてないのか?」
「あ、そうだった。実はえっと、そのことなんだけどね……」
妙に歯切れの悪いアリシアの物言いに、マキトは目を瞬きさせる。
開いているスペースに移動し、アリシアは今の自分の状況を簡単に説明する。
「ふーん。つまりしばらくは一人ってことか」
「そういうことだね。なので、もうしばらくの間、マキトたちと一緒にいさせてほしいなぁって、思ってるんだけど……」
「俺は別に良いよ。皆は?」
マキトが仲間たちに問いかけると、全員揃って首を縦に振る返事をした。
それを見たアリシアも、凄く嬉しそうな笑顔となり、自然とマキトも表情を綻ばせていた。
「じゃあしばらくは、この三人と三匹で行動するってことで、良いな?」
決定したことをまとめたマキトの言葉に、三匹の魔物たちとコートニー、そしてアリシアが、元気よく拳を突き上げながら返事をするのだった。
◇ ◇ ◇
受付で話を通し、マキトたちは案内された資料室にて、それぞれのランクに該当するクエスト一覧図鑑を閲覧していた。
あくまで書かれているのはクエスト名、達成条件、報酬金額、簡単な説明のみ。詳しいことは実際にクエストを受け、その目で確かめてみるしかない。それこそが冒険者としての、基本的な試練なのだと言わんばかりにだ。
まぁ、そうだろうなと、マキトはページをめくりながら納得する。
むしろここまで情報を提供してくれるだけ、ギルドも優しいところがあるのだと思うべきなのだろう。
「資材集めのクエストが結構多いな」
「薬草や毒草だけでなく、水を汲んでくるクエストもあるのです。……簡単そうに見えて、絶対に難しそうな感じがするのです」
ラティが見つけた水汲みのクエストに、マキトはどことなく興味を抱いた。
その名のとおり、とある場所へ向かって指定の量の水を汲んでくる、それだけの内容であった。サントノ王都で受けた薬草集めを連想させるクエストだが、難易度は割と高めに設定されている。
あの頃とはランクが違うのだから、当然と言えば当然なのだが、どうもそれだけではないような気がしてならない。それが余計に、マキト自身の興味を駆り立てることとなっているのだった。
「えっと、水汲みの場所はパンナの森の最奥か……これってどこにあるんだろ?」
「ここから南西にある大きな森のことだよ。中は天然の迷路になっていて、最奥へ行くだけでもかなり時間がかかるんだ」
「場所自体はそんなに遠くないから、一日あれば行って帰ってこれるけどね」
マキトの呟かれた疑問に、コートニーとアリシアが続けて答える。
ここでマキトは、一つ気になる記述を発見した。
「なんか、ランクF限定って書いてあるけど……」
「あ、それは、そのランクの人じゃないと受けられないって意味だよ。上のランクに上がるためには、その限定クエストをこなす必要があるんだ」
「つまり俺がコイツをこなせれば、晴れてランクEになれるってことなんだな?」
「そーゆーこと」
マキトの質問にコートニーが頷くと、今度はアリシアが首を傾げてくる。
「というより、ランクGから上がるとき、限定クエストの説明ってなかった?」
「そんなクエスト受けた覚えは……もしかしてアレかな?」
マキトが一番最初のクエストを終えた後に、受付嬢が二つのクエストを紹介してきたことを思い出した。
そのクエストは二つとも既に達成条件を満たしていたため、その場で受けて即座に必要な資材を提出して終了させた。そのうちの一つが、まさに限定クエストそのものだったのだ。
マキトはそのことを話すと、二人は納得するかのように頷いた。
「まぁ、それなら納得かな」
「確かにね……」
アリシアとコートニーが苦笑する中、マキトは限定クエストの概要を、もう一回だけ目を通す。そして図鑑を閉じ、ラティたちに目を向けた。
「よし、じゃあ明日の朝一で、このクエストを受けに行こうか」
「りょーかいであります!」
ラティの返事に続き、スラキチとロップルも、笑顔でマキトに飛びついてくる。どうやら久々のクエストが楽しみのようだ。
考えてみれば、実際にギルドでクエストを受けるのは数ヶ月ぶりだ。
今の自分たちがどれほどの実力を持っているのか、それを確かめる良いチャンスではないかとマキトは思った。
スフォリア王都までの旅路でも、野生の魔物たちを相手にラティたちを戦わせる機会はあった。特訓がてらアリシアを除いて、マキトと魔物たちだけで戦うこともあった。それでも後ろにいてくれたから、という安心感があったのは否めない。
実際にアリシアもコートニーもいない状態で、町の外に出かけることは、滅多にないことだったのだ。
だからこそマキトは、このチャンスを逃してはならないと思った。
「限定クエストだからボクたちは一緒に行けないけど、成功を祈ってるよ」
「マキトたちなら、多分大丈夫だと思うよ」
「おぅ、ありがとう」
コートニーとアリシアから声援を受け、マキトと魔物たちは、限定クエストへの気合いを高めるのだった。
◇ ◇ ◇
翌朝、マキトと魔物たちは夜明けと同時に起床し、ギルドへ向かった。
ランクF限定クエストを受注し、三日以内に達成するよう言われ、受付嬢からも健闘を称えられるのだった。他の冒険者たちは、それぞれクエストを選ぶのに夢中となっており、マキトたちのことを気にしている様子はなかった。おかげで何事もなく、マキトたちはそのまま意気揚々とギルドを後にする。
西の街門から出発し、道なりに歩いて行く。途中からエルフの里へ向かう西と、パンナの森へ向かう南への分岐点に辿り着いた。
「向こう側にはエルフの里があるんだな」
「いつか行くのが楽しみなのです」
西の方角を一瞥した後、マキトたちは南に向かって歩き出す。
道中幾ばくか、野生の魔物たちも出現した。
緑色のスライムと、緑色の体をした大型のクマ、そして小豆色の羽根を持つタカのような魔物であった。どれもスフォリア王都周辺によく出没する魔物であり、それぞれグリーンスライム、フォレストベア、キラーホークという名前で広まっている。
その昔、誰かが適当に分かりやすく名づけたのが、そのまま定着したらしいが、詳しい経緯は不明のままである。
「はあああああぁぁぁぁーーーっ!!」
大人の姿に変身したラティが、魔力を込めた拳と蹴りを叩きつける。その凄まじい攻撃に、フォレストベアはあっという間に沈黙してしまった。ラティが変身したところを見せたことで、相手が戸惑って動きを止めたのが大きな隙となり、ラティを完勝へと導いたのだった。
その傍らでは、グリーンスライムがスラキチ目掛けて、突進を仕掛けていた。
あまりにも単調すぎる攻撃だったため、その時点で炎のブレスを打ち込めば一撃だったのだが、スラキチはあくまで真っ向勝負で迎え撃ったのだ。その結果、見事相手を吹き飛ばし、力押しでスラキチが勝利を収めたのである。
ラティの通訳によれば、同じスライムとして、人間に従っているのが許せないとのことであった。
それを後で聞いたマキトは、まぁそう思われても仕方がないのかなと、苦笑しながら思うことになる。
そして残ったキラーホークは、マキトとロップルが相手をすることになり……。
「グエエェーーッ!?」
鋭いくちばしを武器に、空から急降下してきたところを、ロップルの防御強化で真正面から迎え撃った結果、くちばしが見事に折れ曲がってしまう。
一瞬何が起こったのか分からなかったキラーホークは、後から襲い掛かってきた激しい痛みに苦しみ、悲痛な雄叫びをあげ、周囲をメチャクチャに飛び回り、やがて再びマキトたちに狙いを定めてきた。相手が痛みと怒りで完全に我を失っていることは、もはや考えるまでもない。
「ちぃっ!」
マキトは素早く横へ飛んで、キラーホークの突進を躱す。
ロップルが再び防御強化を発動させようとしたその時、マキトの頭の中にある策が思い浮かんだ。
「ロップル、ワザと一息遅らせて発動してくれ!」
「キュッ!?」
驚いてマキトの横顔を見たロップルは、その真剣な表情に何かを悟った。
再びキラーホークが急上昇してからの急降下を繰り出してくる。指示通り、一息遅らせてから、ロップルがマキトに防御強化を施した。
ラティとスラキチは疑問を浮かべていた。どのみち防御するのだから、わざわざ一息遅らせなくても良いではないかと。
しかしマキトが狙っていたのは、防御することではなかった。
「らあぁっ!」
なんとマキトがいきなりキラーホークに向かって、防御強化を施した右手の拳を打ち込んだ。その拳は相手の顔面に直撃し、キラーホークはそのまま地面に落下して沈黙してしまった。
ラティもスラキチも、そしてロップルでさえも、マキトの行動に驚愕する。一方マキトは、自分の拳と倒れたキラーホークを交互に見比べながら、実に嬉しそうな笑顔を見せていた。
「よし、上手くいった!」
「な、なんなのですか今のはーっ!?」
ガッツポーズするマキトに、ラティがすかさず叫びを入れた。スラキチは未だに呆然としたまま、口を開けっぱなしにしている。実際に防御強化を施したロップルでさえ、マキトの肩にしがみ付いたまま、目を見開いていた。
そんな魔物たちの驚きなど気にも留めず、マキトは満足そうに笑っていた。
「ずっと前から思ってたんだ。ロップルの防御強化を、なんとか俺の攻撃に活かせないかなぁってさ」
マキトはロップルの頭を撫でながら話を続ける。
「強化している時間も長くなってきたし、前より派手に動いても、いきなり効果が切れることはなくなってきただろ? だからちょっと試してみたんだけど、結果は大成功だな、ロップル!」
「キュ!」
実に満足そうな笑みを浮かべるマキトとロップルに、ラティは不満そうな表情を浮かべていた。
「……なんでもっと前に試さなかったのですか? 今の攻撃、マスターがまともに受けてたら、大ケガしてたのですよ?」
「いや、イケそうだってことは、ロップルと一緒にこっそり試してたよ? 魔物を相手にやったのは、今が初めてだったけどな」
それを聞いたラティの表情が、再度驚きのそれに切り替わる。
「え、じゃあ本当に実践はアレが初めてだったのですか?」
「だからそう言ってるじゃん」
何を分かり切ったことをと言わんばかりに、マキトはサラリと言った。
色々と思うことはあったが、ラティは小さなため息とともにそれを飲み込んだ。とりあえずこれだけは言っておきたいというのがあったからだ。
ラティは小さな拳を握り締め、マキトの前に飛んでいき、そして力いっぱい睨みつけながら叫び出した。
「せめて事前に教えてほしかったのです! もし何かあって、大ケガでもしたらどうするのですか? マスターが痛い思いをするなんて、わたしは絶対に見たくないのですよ!」
目に涙を浮かべながら訴えるラティの姿を見て、マキトは驚きながらも慌て気味に頭を下げる。
「あ、あぁ、悪かった。次からはちゃんとラティにも言うからさ」
「……分かればいいのです」
小さな手で涙をぬぐうラティに、心が締め付けられるような感じがした。流石に悪いことをしたと、マキトは反省する。
そしてスラキチにも、驚かせてゴメンとマキトが謝罪すると、スラキチは気にしてないよと言わんばかりに、首を横に振るのだった。
マキトたちは気を取り直して、倒したフォレストベアとキラーホークの後始末を行った。グリーンスライムは遠くへ吹き飛んだまま行方不明となっており、素材の剥ぎ取りはできなかった。
これに関してはスラキチも面目ないと落ち込んでいたが、マキトたちが気にしなくて良いと宥め、再び立ち直った。
剥ぎ取りなどの後始末を粗方終えたマキトたちは、荷物をまとめて立ち上がり、南の方角に目を向ける。
「さーて、それじゃあ改めて、パンナの森を目指して出発しようか!」
マキトの掛け声に、魔物たちが明るく元気に返事をした。
歩き出したその先には、特徴的な樹木が密集している森が見えるのだった。
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