第十五話 喜びの宴
西に向かって走るマキトたちの様子を、二人の人物が見下ろしていた。
「ふぅ、なんとか無事に旅立ってくれましたか……」
マキトたちに薬を授けた青い目の青年が、安堵の息を漏らした。
「これなら王宮の方々と鉢合わせをすることもなさそうだし、なによりだねぇ」
そしてその横から、ワイン色のローブの人物が姿を現しながら呟いた。
いつの間にいたのかは分からなかったが、青い目の青年にとって、そんなことはどうでも良かった。
青い目の青年は目を細めながら、冷たい声で問いただす。
「ライザック……あなたは一体何がしたいというのですか?」
「それは愚門というモノだよ、ジャクレンくん」
ジャクレンの睨みつけてくる青い目に、ライザックはワイン色のローブのフードを脱ぎながら、怖い怖いと人を食ったような笑みを浮かべる。
無論ジャクレンも、本気で分からないから聞いたわけではない。大体の見当ぐらいはついていた。
「自分の欲望を満たしたいから、なのでしょうね」
「せめてそこは、楽しいモノが見たいから、とでも言ってくれないかなぁ?」
「どっちでも同じことでしょうに……」
ジャクレンは冷たい視線から呆れた視線へと切り替えるが、ライザックは完全にどこ吹く風の様子であった。
まぁ、そこは別に良いですと前置きした上で、ジャクレンは新たに切り出した。
「あの少年たちが戦った盗賊たち三人、そして今現在、王都を攻めに向かっている盗賊の軍勢をけしかけたのも、全てあなたの仕業ですね?」
「はて? あの下っ端たちはともかく……三人の盗賊とは、一体何のことだい?」
「白々しいですね。様子を見ていた魔物たちが僕に教えてくれたんですよ。歪んだ魔力に三人が飲み込まれたとね」
目を細めてジッと見据えるジャクレンに、ライザックはフッと小さく笑う。
「……敵わないなぁ、キミには。それでいながらも、僕のことを許さないとは、決して思ってないようにも感じるんだけど? どちらかというと呆れている感じ? よくもまぁ、ここまで手の込んだことしますよねぇ、みたいな?」
ニヤニヤしながら言ってくるライザックに対し、ジャクレンはやれやれと首を横に振りながら、お手上げのポーズを見せる。
「全くもって言い返す余地もありませんね」
素直に認めるジャクレンに、ライザックは意外そうに眼を見開いた。
「おや素直。ヒトの命をなんだと思ってるんですかー、ぐらいは言ってみたら?」
「そもそもそんな気すらありませんよ。僕自身、あの国がどうなろうが、別に知ったこっちゃありませんし。それに盗賊の命がどれだけ消え失せても、僕には痛くも痒くもありませんからね」
「あららー、相変わらずのドライ男だねぇ……」
「ただ……」
「?」
ジャクレンは青い目を一段と鋭くさせ、ライザックを睨みながら言った。
「あの妖精を連れた少年……マキト君へのちょっかいは、許したくないですね」
それを聞いたライザックは、笑みを浮かべていた表情を少しだけ崩すが、すぐにまたいつものように笑い出した。
「心配しなくて良いよ。僕の興味ある大事な若者を、そうそう陥れることなんてしないからさ」
そう言いながら踵を返し、少し歩きだしたところで、ライザックは振り向く。
「じゃーね。また会える日を楽しみにしているよ、ジャクレン」
「あまり期待はしたくないんですけどね……割と切実に」
「相変わらずだなぁ、ハハッ!」
笑い声を響かせつつ、ライザックは一瞬にして姿を消してしまった。
完全に気配が消失したことを感じ取ったジャクレンは、ふぅと長めの息を吐き、澄み渡る青空を見上げる。
「久々に心から楽しそうでしたね……危険度も比例することでしょうけど」
ジャクレンがそう呟くと、東から風が吹いてきた。おもむろにその方角に顔を向けてみると、またしても強めの風が吹いてくる。
盛大な喜びを含んだ野太い叫び声が、なんとなく聞こえたような気がした。
◇ ◇ ◇
その夕方、シュトル王都は喜び溢れる大騒ぎ状態となっていた。
騎士団や魔導師、そして冒険者たちが、盗賊討伐ミッションを見事成功させたという知らせは、王都の人々から大歓声を上げさせた。
もう王都に迫る危機は消えた。怯える必要はどこにもない。そんな叫びが、今でもあちこちから聞こえてくる。
あくまで知らせが届いただけであり、戦いに参加した者たちは、まだ王都に戻ってきていなかった。それでも人々は祝わずにはいられない。
王都総出で数日間の宴を開催することを、国王自らが許可を出した。
シュトル王国の英雄たちがこれから帰ってくる。皆で彼らを出迎えてほしいと、頼んできたのだった。
そんな国王の言葉に、人々は感激していた。大泣きしながら祈る人まで出てきたくらいである。自分たちは国王の人柄をずっと誤解していた、という発言もチラホラと出てきてはいたが、果たしてそれが一時的なのか永続的なのかは、現時点では不明なところだ。
日が沈んで夜になり、そして朝を迎えた瞬間、人々の歓声は更に増す。今回の戦いに参加した者たちが戻ってきたのだ。
犠牲者は一人もおらず、全員が笑顔で帰還した。涙を流して出迎える家族たち、残念ながら残らざるを得なかった仲間たちの眩しい笑顔が、帰還した者たちの心を温かく癒してくれていた。
どれだけ時間が過ぎても、歓声と笑顔が絶えることはなかった。
人はこんなに喜べる生き物だったのかと、誰かがひっそりと呟いていたが、他の歓声にかき消されて、誰の耳にも届いていなかった。
更にそれから九日後、人々の歓声は更に増すこととなる。
別行動を取っていたネルソンとエステルが、盗賊の親分の亡骸を手土産として、国王の元へ帰還したのだ。
お前たちは我が国の誇りであると、国王と大臣は二人を褒め称える。その言葉は瞬く間に兵士たちからギルドの冒険者へと広がっていき、あっという間に王都中が大歓声を上げる事態へと発展してしまった。
ネルソンとエステルの人気の高さが、改めて証明された瞬間でもあった。
しかし肝心の本人たちは、どこか腑に落ちないような表情を浮かべており、国民たちに向ける笑顔も、作り上げられている感が否めなかった。
もっとも、そのことに気づいた者は、誰一人としていなかった。多くの人々が、英雄という名の熱にうなされている状態であるため、無理もない話であった。
そして今日も王都の町中では、盛大な宴が催されていた。
「バンザーイ! 騎士団と冒険者の勇気ある行動にバンザァーイッ!」
「たくさんの盗賊たちを全部倒しちゃったんでしょ? 本当に凄いわよねぇ」
「我が国の騎士団も冒険者たちも、実に立派だな。おぞましい存在から、俺たちを守ってくれてるんだから」
「本当にステキよねぇ、騎士団の方々って。いつ見ても惚れ惚れしちゃうわぁ♪」
「僕も……体をもっと鍛えて、いつか立派な冒険者になるんだ!」
見渡す限り、大体こんな感じである。ちなみに、現在おもてなしを受けている、他の冒険者や騎士団の者たちはというと……。
「サイコーの気分だぜ! この俺にも騎士団のスカウトが来るかもだな!」
「見てみろよ! 今回の功績が認められて、俺のギルドランクが上がったぜ!」
「ネルソン隊長は流石ッスね。国王からの特命を受けてたなんて……」
「やっぱそれだけ凄い人なんだな。俺も絶対に、あの人の隣に並んでやる!」
「けどさ、思ってた感じより少し違くなかったか?」
「なんかフラフラしてたし、獣みてぇに暴れ出してくるし、いつもと違う感じ?」
「そう、それだよ。まるで誰かに操られてるみてぇだったな」
「よーし、今日はたっぷりとメシを食っておこうぜ。明日から特訓だ!」
「あの子カワイイな。よし、この俺様の魅力で振り向かせてやろう」
「ヤッホーイ! 宴はやっぱり最高だぜえぇーっ!」
とまぁ、こんな感じで、それぞれがそれぞれらしく、様々な気分に浸っていた。
まだ日が高いにもかかわらず、あちこちで酒が酌み交わされており、ご機嫌よく顔を真っ赤にしている者もたくさん見られた。
そんな中、国王から呼ばれたことを理由に、ネルソンとエステルは宴もそこそこに、早々と席を外していた。
ちなみに二人が国王から呼ばれたことは本当なのだが、内容はそれほど大きくない。捕らえていた闇商人がようやく喋れるようになってきたので、しっかり取り調べを行うよう通達されたのだった。
国王の間を後にした二人はそのまま宴には戻らず、ネルソンの部屋で暑いお茶を片手に休憩することに決めるのだった。
「なんつーか、ホントーにめでたい連中だよなぁ……」
「まぁ、仕方がないでしょう。実際それだけの快挙を成し遂げたことに、違いはないんですからね」
「そうだな。とりあえず、今日ぐらいはいいか」
「えぇ」
エステルは笑みを浮かべながら、ネルソンの淹れたお茶を一口すする。
そして、マグカップをコトッと机に置き、改めて姿勢を正した。
「さて、折角ですから、今回のミッションの内容をまとめてみましょうか。色々と整理もしておきたいですからね」
「つってもなぁ、しょーじき今回は、結構分からないことだらけだったんだが?」
「それも全部ひっくるめて、整理しましょうと言ってるんですよ」
「へーへー」
やや投げやりな返事をしながら、ネルソンは昨日の早朝から行われたミッションについてを思い出していく。
「アレを見つけたのは……ちょうど一週間前だったよな?」
「えぇ、四人分の亡骸を見つけましたね。盗賊の親分とその下っ端三人。顔が潰されてなかったから、判別できたようなモノでしたが」
「確かに……どいつもこいつもひでぇ有様だったもんな」
王都から馬車を走らせ、一週間が経過した日のことであった。
血の臭いを感じたネルソンが、馬車を止めさせて、周囲を探っていったのだ。そして見つけたのは、盗賊らしき人間族四人の亡骸であった。
普通の人が見たら卒倒するのではないかと思うほどに、遺体の損傷はどれも激しかった。それでもエステルの言うとおり、顔は殆ど潰れていなかったため、一人が親分であることはすぐに判明した。
この亡骸を丁重に持って帰れば、国王から与えられたミッションは完了となる。しかしあまりにも簡単すぎる展開に、二人は首を傾げずにはいられなかった。
(俺たちは他三人の遺体を埋め、そこら辺の花を添えて供養した。親分の遺体だけ持って帰れば十分だったし、これ以上傷つけるってのは、流石に可哀想だと思ったからな。まーた国王や大臣に難癖つけられるんじゃねぇかと、正直かなりヒヤヒヤしたもんだが、特に問題はなかったな)
むしろちゃんと供養したことについて、二人は褒められたのだ。
たとえ敵であろうと弔う気持ちを忘れない。そんな騎士団長や宮廷魔導師を従えている者として、国王は鼻高々だったのだ。
結果的に色々な意味で、大きな手土産を持ち帰った二人には、国王や大臣から多大な褒め言葉をもらったのである。盗賊討伐のほうも無事に終わっており、大勝利という形でミッションの幕は閉じたのだった。
話をまとめたネルソンは、再びカップのお茶に口をつける。
「で、俺たちは国王サマから、褒美がてら勲章をもらったワケだが……お前さんはどう思うよ?」
「正直言って微妙ですね。それ以外の言葉が思い浮かびません」
「ソイツは奇遇だな。俺も同じだよ」
苦笑を浮かべる二人の気持ちは、実に一致していたと言えるだろう。
二人が今回のミッションで出した成果は、盗賊の親分の亡骸を拾って、王都へ連れて帰ってきただけ。盗賊の軍勢と戦っていた騎士団や冒険者たちの成果と比べると、その仕事量はかなり少ない。
国王にもその事実をキチンと話したのだが、結果は結果だと言われ、二人の授与式が決定してしまったのである。
騎士団や冒険者たちからも、素晴らしいという旨の言葉が殆どであった。
俺たちはどこまでもアナタに付いていきます、いつか自分たちもアナタの傍らに立って見せますからなど、気合いを込められた笑顔を見せてくる姿に、ネルソンは思わず呆気に取られてしまうほどであった。
もう後には引けない。大人しく勲章を受け取るしか道はないのだと、二人は引きつった笑みを浮かべたのだった。
そんなことを思い出していたネルソンは、ふと気になったことを口に出した。
「結局よ、あの盗賊たちは誰にやられたんだろうな?」
「誰も見ていませんからねぇ。仮に新しく目撃証言を得られたとしても、証拠としては不十分でしょう」
「時間もかなり経過しちまってるからな。いつか分かるときが来れば良いが……」
ネルソンがお茶を一口すすると、唐突に思い出したような反応を見せる。
「ところで話は変わるけどよ、あの闇商人のほうはどうなってたっけ?」
「あなたの部下数名が、未だ絶賛尋問中ですよ。なかなか口を割らないから、宴にも行けないって嘆いてましたね」
「……折角だ。交代にでも行ってやるか」
「それが良いかもしれませんね。僕も同行しますよ」
エステルの言葉には、付き添いというよりは、是非とも参加したいという意思が見え隠れしていた。
ネルソンは一瞬だけ表情を引きつらせ、小さくため息を吐いた。
「ついて来ても良いがほどほどにしとけな? お前の尋問はエゲツなさすぎる」
「随分な物言いですねぇ。まぁ、それはともかくとして、あの闇商人からは、是非とも話は聞いてみたいんですよね」
「例の巻物か?」
「ご明察。やはりどうしても気になってしまいますからね♪」
ニヤリと笑みを浮かべるエステルに、ネルソンは呆れ気味な表情を浮かべる。
「深追いはするなよ? あの巻物はお前でも読み解けなかったんだろ? だとしたら、ぜってー普通なワケがねぇからな」
「分かってますよ。単なる職業病というヤツですから。さぁ、美味しいお茶も飲み終わりましたし、ボチボチ取り調べの交代にでも行くとしましょうか。この僕が見事に口を割らせて御覧にいれましょう♪」
その瞬間、エステルの目が一瞬だけ光った。同時に、ネルソンが背筋をブルっと震わせ、錆び付いた機械のような動きで、彼のほうを向いた。
怪しげな笑いを浮かべているエステルは、いつになくやる気に満ちていた。自ら尋問に参加するつもりなのは、もはや明白であった。
普段は笑顔を絶やすことなく、一歩引いていることが多いエステルだが、興味深いことに対しては、とことん容赦なく立ち向かっていく節があるのだ。まさに今回がそれであり、このまま尋問させたら何をしでかすか分かったモノではない。
それだけは避けたいと強く思ったネルソンは、力強く念を押すように、エステルに向かってハッキリと言った。
「……やっぱアレだ。お前にはぜってー尋問させねーからな……ぜってーだ!」
「別に二回言わなくてもいいじゃないですか」
「大事なことだから言ったんだよ!」
エステルに対するネルソンのツッコミも完全にスルーされつつ、二人は闇商人の尋問に向かうべく、部屋から出ていくのだった。
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