第十二話 討伐ミッション、発令!



 夕日の眩しい光が差し込む会議の間にて、国王たち三人は集まっていた。

 ギルドマスターから、盗賊の集団が王都に迫っているという情報を改めて知り、国王と大臣は苦い表情を浮かべている。


「ふむ、既に冒険者数人が件の盗賊に襲われ、負傷してしまったか……」

「我がギルドとしても、由々しき事態だと思っております」


 国王の言葉に、ギルドマスターは食い入るような姿勢で語る。

 実際ギルドマスターも、冒険者からの報告を受けた時は耳を疑った。現在は遥か西にいると言われていた盗賊たちが、急にこの王都周辺に現れたというのだから。

 今回運悪く遭遇してしまった冒険者パーティも、まさか盗賊の軍勢が王都周辺にいるとは思っておらず、驚きは隠せなかった。

 盗賊の相手をしたことがないわけではなかったため、自分たちの力で対処できるかと思った。しかし如何せん数が多すぎたことから、ここは撤退を決意し、全力で王都まで逃げようとした。

 そこまでは良かったのだ。問題はここからだった。

 盗賊の何人かが、既に王都への道を塞ぐように立っていた。少人数が相手ならイケると判断した冒険者たちは、力づくで切り抜けようとした。

 それぞれが武器や魔法を駆使し、盗賊たちを容赦なく攻撃した。しかし盗賊たちは倒れることなく、何事もなかったかのように起き上がってきたというのだ。

 冒険者の一人が「一体どうなってんだよ!?」と叫んでも、盗賊たちはヘラヘラ笑いながら立ち向かってくるだけ。まるで誰かに操られているようだと、冒険者のリーダーは感じたそうだ。

 結局、その冒険者たちは王都まで逃げ切ることはできた。

 しかし各々、少なからずの負傷は免れられなかった。

 全員揃って命はあり、しっかり休養すれば冒険者活動を再開できる。それがせめてもの救いだと、ギルドマスターは語るのだった。

 それを聞いていた大臣が、顎に手を当てながら考える。


「盗賊どもは普通の状態ではなかった。そこが気になりますな」

「裏で誰かが糸を引いている、ということは確かだろう。とにかく今は盗賊どもをどうにかせねばならん。他に何か情報はないのか?」


 国王の問いかけに、ギルドマスターが顔を上げる。


「冒険者たちの情報を照らし合わせたところ、この国では少しばかり名のしれた盗賊団である可能性が高いです。親玉らしき存在が確認できなかったというのが、私としてもいささか気になっている次第でございます」


 そんなギルドマスターの報告に、国王と大臣は首を傾げる。


「ふーむ、一体何を企んでいることか……とにかく、このままにはしておけんな」

「話がどこから広がるかも分かりませんからな」

「負傷したのは冒険者です。国民に知れ渡って不安に包まれてしまうのも、時間の問題かと思われます」


 ギルドマスターの更なる言葉に、国王は深刻そうな表情で頷いた。


「ふむ……早くて明日にはもう知れ渡ってる可能性は高いか」


 悪いウワサほど流れるのは早い。国王も大臣もそのことは重々承知していた。

 国王はしばらく考え、そして目の前に座っている二人に宣言した。


「夜が明け次第、ワシの口からこの一件を公にする。我が国を守るため、騎士団と魔導師と冒険者ギルドが団結し、全身全霊を持って盗賊に立ち向かうとな」


 大臣の目が丸くなる。てっきり隠密に事を進めるのだろうと思っていたのだ。

 公にすれば大騒ぎになることは間違いない。だからこそ、大臣は国王の言葉に驚きを隠せず、目を見開いていた。

 そんな大臣の気持ちを汲み取ったのか、国王は苦笑いを浮かべながら言う。


「ワシとしても、あまり騒ぎは大きくしたくない。しかし下手に隠してしまうと、国民の不安だけでなく、我々に対する不信感も募らせることになる。つまり、王国そのものが怪しいと思われるも同然なのだ。国王として、それだけはなんとしても避けねばならんところなのだよ」


 その説明を聞いた大臣は、目を潤ませながら表情を輝かせる。


「そういうことでございましたか! この大臣、実に感服いたしましたぞ!」

「うむ」


 そうだろうそうだろうと言わんばかりに、目を閉じて深く頷く国王。

 ギルドマスターは心の中で、相変わらずの光景だと呆れていたが、いつものことでもあったため、今更思っても仕方ないかと割り切るのだった。

 国王は立ち上がり、手のひらを前に突き出しながら、真剣な表情で言い放つ。


「明朝、国民への知らせとともに、盗賊集団討伐ミッションを発令する! ネルソンとエステルを呼び出すのだ!」

「はっ!」


 大臣は会議の間を出て、扉の前にいた兵士に声をかける。呼び出した二人を待つ中、大規模な戦いが近いことに対し、国王は武者震いをするのであった。



 ◇ ◇ ◇



「なんつーかよぉ……想像したとおり、忙しいことになってきやがったな」

「全くですね」


 国王から通達を受けたネルソンとエステルは、再び王宮の廊下を歩いていた。

 なんとなく目を閉じてみると、誇らしげな表情でやる気を出す国王と大臣の表情が、瞼の裏に浮かんでくる。ネルソンはため息交じりに目を開けつつ、気だるそうに上を見上げてぼやくように言った。


「まーた国王はスゲェこと言ってたよな……ありゃあもう、どっかの国と戦争でも起こすみてぇな勢いだったぞ?」

「どうでしょうかね? まぁ、仮にそうだとしても、僕らは何もできませんよ」


 エステルの物言いはあんまりに思えるが、ネルソンは否定できず、もどかしそうに頭をガシガシと掻きむしる。


「言われなくても分かってるよ。俺たちゃ所詮、黙って国王の命令に従うことしかできねぇってぐらいはな」

「全く……実に歯痒い話ですよね」

「それこそ、今更ってモンじゃねぇのか?」

「ですね」


 二人は揃って苦笑してしまう。呆れの込められた『いつものこと』が、こうして改めて考えてみると、何故か自然と笑みが浮かんでしまう。

 それが自虐的な意味なのか、それとも諦めから来ているのか、二人にはまだよく分からなかった。


「……しょーじき俺はこの展開、割と予想していたクチだぜ?」


 ネルソンがそう言うと、エステルも苦笑気味に頷いた。


「僕もですよ。恐らく国王は今回の凶報を、差し込んだ一筋の光とでも思っていることでしょうね」

「自分たちの国の力を堂々と他国にアピールするってか?」

「じゃあ逆に聞きますけど、ネルソンはそれ以外に何か考えられますか?」


 エステルの問いかけに、ネルソンはお手上げのポーズを作る。


「なーんも。プライドをおかずにメシ食ってるようなオッサンの考えなんざ、割と単純なモンだろ?」

「確かにそれは言えてるかもしれませんがネルソン、ここは王宮ですよ? 少しは口に気を付けてみることを、心からオススメいたしますよ」

「じゃあ俺からも謹んで返してやるよ。……お前が言うなよっていう言葉をな」


 言い返されてしまったエステルは、目を閉じてフッと笑みを浮かべる。


「……流石、たくさんの茶葉を蓄えているだけのことはありますね」

「いや、別に茶は関係ねぇだろう」


 エステルの嫌味っぽい言い方に対して、ナチュラルに突っ込むネルソン。

 騎士団長と宮廷魔導師という役職を持つ二人だったが、今はただの昔馴染みの腐れ縁でしかなかった。

 その後、ネルソンは騎士団が待機している訓練場へと向かい、討伐ミッションについてのミーティングを行う。

 騎士団の若手兵士たちは、皆揃って気合いを入れていた。自分たちが鍛えてきた力を実戦で試す。まさに絶好のチャンスだからだ。

 自ずと士気が高まっていく姿を見ながら、ネルソンは国王から命じられた言葉を思い出した。


(俺とエステルは別行動。盗賊の親玉を探し出し、様子を探れ……か。まぁ、その裏には当然、大きな意味があったりするんだよな)


 ミーティングを終えたネルソンは、訓練を部下に任せて訓練場を後にする。エステルと合流し、明日のミッションに備えて打ち合わせをする予定なのだ。

 彼の待つ研究室までの廊下を歩きながら、ネルソンは国王と大臣が想像しているであろう考えを、手に取るように分かると言わんばかりのため息とともに、脳内で素早く組み立てていった。


(そしてその功績を利用して、自分たちの実力は凄いんだぞってことを、国民に知らしめるつもりなんだろうな。分かりやすいったらないぜ、ったく……)


 これで手柄すらも独り占めする、という魂胆ならまだ単純であった。

 仮にネルソンとエステルがこのミッションで大活躍する功績を残したとすれば、国王は自分の国を宣伝するとともに、彼らもしっかりと評価し、国民にそのことを大々的に発表するだろう。

 活躍した者にはきちんと褒美を与える。国王も大臣も、そこのところはちゃんとしているのだった。

 もっともその全てが、自分たちの人物像をアピールするためだという、なんとも嬉しさに欠ける真相であることは、ネルソンもよく知っていた。そして王宮に勤めている者ならば、誰もが知っていることでもあるのだった。


(本当にどーなっちまうのかねぇ、シュトル王国ってのはよぉ……)


 ミッションを明日に控えていながらも、ネルソンは自分の国の行く末が、無性に心配になって仕方がなかった。

 それでもエステルの部屋に差し掛かった瞬間、ビシッと気持ちを切り替えてしまうあたり、流石は優秀な騎士団長だと言ったところだろうか。

 そして夜が明け、ついに盗賊集団討伐ミッションの発令が、冒険者ギルドや王都全体に伝わるのであった。



 ◇ ◇ ◇



「盗賊討伐か……腕が鳴るってもんだぜ!」

「コイツは思わぬチャンスだな。何があろうと、ぜってーモノにしてやるぜ!」

「俺は今回パスだ。ケガがミッションまでに治りそうにねぇからな」

「あーら残念だったわね。この隙にアタシが、アンタの上を行かせてもらうわ♪」

「そう言ってこないだ俺に負けたのは、どこの誰だったかな?」

「なぁんですってぇっ!?」

「さてと、私も武器の整備をしておこうかしらね」


 国王からミッション発令直後、王都の冒険者たちは皆、気合いが入っていた。

 実際に盗賊が王都に近づいてくるのは、数日から数週間後になるだろうと、王宮側が予測していた。冒険者たちは、その間にできる限りの準備をしようと、張り切ってあちこち動き出していた。

 それだけ皆が、このミッションを成功させたいという気持ちでいっぱいなのだ。

 なお、気合いが入っているのは、王宮の兵士たちも同じであった。

 心なしかいつも以上に、訓練場から聞こえてくる野太い声が大きいと、メイドたちは思っていた。加えて明らかに、食事の量も増えていた。

 毎日毎日、鍋がカラッポになるまで食べつくし、食材の搬入量が追い付かなくなるという現象が発生するほどに。

 ちなみに魔導師たちはその真逆で、ミッションに備えて魔法の研究に没頭するようになり、食事をロクに摂らないようになってしまった。

 これら一連の出来事に、コックやメイドたちが怒りに燃えた。自分たちの食べる分まで食べつくされ、折角自分たちが作った食事に見向きもしてもらえない。

 ミッションに備えたい気持ちは分かるが、少しは懲りてもらう必要がある。そう判断した彼らは、一手を打つことにした。

 兵士たちには野菜くず、そして肉や魚の骨すらも利用した、見た目の悪い料理を提供した。そして魔導師たちには、自分たちから食堂に顔を出すまで料理を用意しないことに決めたのだ。

 全ては自分たちのありがたみを、少しでも知ってもらいたいがためだった。一食だけでも十分懲りてくれるだろうと思ったのだ。

 しかしその結果――


(な、なんで……なんでこうなるんですかぁ?)


 とあるメイドが、唖然としながら心の中で叫んだ。

 目の前には、美味しそうに料理を口に運んでいく兵士たちの姿。誰一人として、当然のように文句を言う者はいない。


「魚の骨……結構イケるもんだな。なんだか骨が丈夫になってくるようだぜ」

「野菜の皮のサラダ、お前も食ってみろよ。さっぱりして美味いぞ」

「見た目は悪いかもしれんが、案外こーゆーのが栄養に良かったりするからな。きっと俺たちのために、わざわざ考えて作ってくれたんだろう」

「コックやメイドたちの厚意を忘れるな! 残さずしっかり食うんだぞ!」

『おぉっ!!』


 兵士たちは笑顔で返事し、そして楽しく食事を続ける。そこに不満の二文字はない。むしろお代わりを要求してくるほどであった。

 やがて兵士たちは食事を終え、大満足な気持ちで食堂を後にする。未だ呆然としているメイドに、ネルソンが笑顔で話しかけてきた。


「アイツらがミッションに挑もうとしている気持ちを汲んでくれたんだな。騎士団長として礼を言う。これからも、俺たちのメシをよろしく頼むぞ」


 そう言ってネルソンもまた、ご機嫌よろしく食堂を後にした。

 戸惑いに満ちたメイドとコックは、どうにも納得がいかず収まりがつかない。そこで一人のメイドが、未だ部屋に籠りっぱなしの魔導師たちのことを思い出す。彼らに何か飲み物でも提供してやろうと考えたのだ。

 当然それは、普通とは程遠い仕上がりにした。栄養素満点、この一つのみを追求し、味は二の次三の次として作り上げた、ある意味での究極的な飲み物。

 これを魔導師たちの研究室に置いてきた。そこに『メイドからの差し入れです。もしよろしければお飲みください』という、華やかなメモ書きまで添えて。

 明日の朝になれば、きっと魔導師たちが総出で怒鳴り込んでくることだろう。その時にハッキリと、ちゃんと食事に顔を見せるよう物申してやるのだ。

 本当はこんなことはしたくない。しかし、時には鬼になることも必要だ。全ては魔導師たちの健康維持のためなのだと。そこにメイドたちの個人的な気持ちがないと言えば、ウソにはなるのだが。

 しかしこの結果もまた、予想の斜め上を行くこととなる――――


「いやぁ、飲み物の差し入れをしてくださって、本当に助かりました。おかげ様で魔法の研究がすこぶるはかどりましたよ。本当にありがとうございます。できれば今夜も差し入れをしてくださると、大いに助かるのですがね?」


 ツヤツヤした笑顔で、エステルがメイドにお礼を言う。他の魔導師たちも血行が良くなり、今まで以上に元気な姿を見せていると、エステルは付け加えた。

 軽い足取りで去っていくエステルを、メイドが引きつった表情で見送りながら、心の中で呟いた。


(こんなハズじゃ……なかったんだけどなぁ……)


 その後、王宮から毎日排出される食材のゴミが圧倒的に減り、同時に栄養補給を目的とした特製ドリンクが、兵士や魔導師たちの監修の元、正式に開発されることになる。

 しかしそれはあくまで、王宮内で発生した小さな出来事として、後々静かに語られる話であった。



 ◇ ◇ ◇



 それから二週間ほど経過した早朝、ついに動き出す時がやってきた。

 王宮の広場に、大勢の騎士団と魔導師、そして冒険者たちが勢揃いしていた。

 皆それぞれ、武具の装備は万全。いつでも戦いに出られる状態であり、心なしか全員の気持ちが高ぶっているようにも見える。それだけ今回のミッションに気合いが入っているという、なによりの証拠であった。

 一人の冒険者が真上に位置するバルコニーを見上げ、大声で「見ろ!」と叫ぶ。そこには国王と大臣が姿を見せていた。

 皆が注目する中、国王は大声を張り上げ、全員に声を行き渡らせる。


「これより、盗賊集団討伐ミッションを開始する! 王都に迫る無法者に、我々の底力を見せつけてやるのだ!」

『オオオォォーッ!』


 広場中に響き渡る戦士たちの声。まるで、実際に地面が揺れているかのようだ。国王は小さく笑みを浮かべ、右手を突き出しながら大きく叫ぶ。


「ゆけっ! 我が国が誇る希望の戦士たちよ!」


 国王の号令に、騎士団も冒険者たちも、全員が一つとなって歓声を上げる。

 正式にミッションが始まり、騎士団と冒険者たちは西の街門へ向かう。ギルドによれば、盗賊は西から集団で迫っているとのことであった。

 門番が街門を開け、騎士団が先導する形で、王都の外へ進んでいく。

 ゆらゆらと左右に揺れながら、ゆっくりと迫ってくる集団の姿が見えた。それが件の盗賊たちであることは、もはや判断するまでもなかった。


「攻撃開始!」

『うおおおおおぉぉぉーーーーっ!!』


 騎士団のリーダーを務める男の掛け声により、地響きが起こらんばかりの野太い声が響き渡る。

 それぞれが武器をかかげ、騎士団と冒険者たちが、一斉に盗賊の集団に向かって切り込んでいくのだった。


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