第十一話 シュトル王国の人々



 王都という大きな町は、夜になるにつれて、独特な賑わいを見せてくる。それはこのシュトル王都でも同じことであった。

 酒を出す店が続々と開店し、仕事終わりの男たちが疲れた体を癒すべく集まる。特に群を抜いて多いのが、町の外から戻ってきた冒険者であった。

 魔物と戦ったり調査をしたりと、体力と気力を毎日使い果たしてくるため、酒や料理が毎日凄まじい勢いで消費されていく。それもまた王都にとって、実に当たり前の光景でもあった。

 そして、賑やかさが衰えないのは王宮も同じであった。

 訓練を終えた兵士たちの明るい声が響き渡り、メイドたちはやや慌て気味に行動のペースを上げていく。何故なら夕食の時間が迫ってきており、これから一段と忙しくなることを示しているからだ。

 その証拠に、町から大量の食材が運ばれてきており、そこに兵士たちが群がっている。運ばれてきた食材を見て、今日の夕食がどんなモノかを探り始めた。

 今日のスープの具はこれか、それともアレなのか。チラッと肉の塊が見えたぞ。ウマそうなでっかい果物が見えたぜ。

 そんな明るくて賑やかな光景が広がっていたその時だった。

 廊下の奥から、二人の男性が速足で歩いてきた。

 一人は長身で鍛え上げられた肉体を持ち、腰に長剣を携えている青年。もう一人は、ローブを羽織り眼鏡をかけている青年であった。

 すれ違う兵士は敬礼し、すれ違うメイドは慌ててお辞儀しつつも頬を染める。それもまたいつもの光景に相違なく、二人はそれを小さな笑みで返す。

 しかし周囲のごく一部の者だけは、二人の様子に余裕がないように思えていた。

 一体どうしたのだろうかと思っていると、二人がどこへ向かっているのかを察して、そういうことかと納得する。

 二人の向かう先にあるのは、普段から重要な会議が執り行われる部屋だった。そこへ向かうからには、当然何かしらの会議が行われるということだ。

 薄暗い廊下を歩く二人の周囲は、兵士はおろか、メイドの姿すらない。とても静かであり、兵士たちの声が遠くから辛うじて聞こえてくる程度だ。

 二人は目的地の扉を軽くノックし、姿勢を正して一礼とともに入室する。


「国王、ネルソン騎士団長とエステル宮廷魔導師が参りましたぞ」


 シュトル王国の大臣が、腰に長剣を携えているネルソンと、ローブを羽織り眼鏡をかけているエステルを出迎えつつ、奥に座るシュトル国王に呼びかける。

 二人は国王と大臣に向かって、改めて姿勢を正して敬礼した。


「申し訳ございません。エステル共々遅くなりました」

「構わん。今回の会議は急なものであるからな。……大臣」

「はっ!」


 ネルソンとエステルが着席すると同時に、大臣が用意した資料が回された。資料をもとに、大臣の口から解説される。


「そなたたちも知っての通り、ここ数年に渡って、各地の魔物が凶暴化している。我々としても、より対策を強化することが必要であると、国王はお考えだ」

「このまま放っておけば、国民に不安を与えてしまうだろう。より平和な国を保つために、戦力強化も検討しなければなるまい」


 大臣と国王の言葉は、ネルソンとエステルにとっても同意であった。

 戦わない一般市民からしてみれば、魔物は単なる恐怖の代名詞でしかない。ある意味それ以上に厄介なのが、盗賊という存在だ。

 魔物以上に戦いに対する知識を持っており、チームワークもある。下手に魔物を相手にするよりも、よほど面倒なことになる場合が多いのだ。

 宮廷騎士団としても、過去に何回か手を煩わされたことがあるくらいであった。


「もっとも、我がシュトル王国の魔物は、他の王国に比べて危険度が低い。そこがある意味では幸いとも言えるでしょう」

「確かに。ここ数年においては、シュトル王国に魔物の増加はありませんでした。少なからず安心できることだと思われます」


 ネルソンの発言に、エステルが同意するかのように頷いた。しかしその直後、大臣が表情を歪ませる。


「何を甘ったれたことを話しておるのだ、このバカモノどもが!」


 大臣からの突然すぎる罵声に、ネルソンとエステルは思わず呆けてしまう。そんな二人に対し、大臣は更に表情を険しくしつつ、叫び同然に叱咤した。


「危険度が低いから安心だと? そんな弱気でどうするというのだ! 貴様らには人間族としての誇りというモノはないのかっ!」

「大臣の言うとおりだ。貴様らのような輩がいるから、我ら王族の評価も下がっているのだぞ。そんなことも分からんのか?」


 大臣はまだしも、国王は言いがかりも良いところである。

 しかしネルソンもエステルも特に反論しようとは思っていなかった。むしろどこか冷めたような感じの表情を浮かべており、ただ黙って大臣と国王からのお叱りを受けているのだった。

 しかし国王も大臣も、そんな二人の表情など見えておらず、どこか自分に酔っている雰囲気を出しつつ説教を続ける。


「我がシュトル王国の栄光を保つために、ワシと大臣がどれだけ身を削って苦労していることか……貴様らも自分たちのことだけでなく、少しは人の気持ちを理解すること知ったほうが良い。これ以上、他種族に白い目で見られないためにもな」

「お前たち! わざわざ国王からありがたきお言葉をいただいたのだ! 自らの心にしっかりと刻み込んでおくのだぞ、分かったな?」


 ネルソンもエステルも揃って、内心ため息交じりに思っていた。魔物の凶暴化について話していたのに、完全に話題がすり替わっていると。

 しかしここで下手に口出しすれば、余計に面倒なことになりかねない。

 そう考えていたネルソンは、丁寧に誠意を込めたお辞儀をしながら国王と大臣に感謝の言葉を述べる。


「ありがたきお言葉、しかと我が心に受け取らせていただきます」

「うむ、これからもエステル共々、しっかりと我が国のために精進するようにな」


 良いことを言ったと言わんばかりに、国王と大臣は満足そうに頷いていた。

 実のところ、今のネルソンの言葉は若干棒読みだったのだが、すっかり自分たちの世界に入り込んでしまった国王と大臣は、そのことに全く気づいていない。唯一気づいていたのは、隣に座っているエステルだけであった。

 そこに大臣が、小さく手を上げながら立ち上がり、国王に顔を向けて発言する。


「最近の他国は我らを見下し過ぎているように思えますぞ。このままでは、それを更に膨張させてしまうのではないでしょうか?」

「そうだな。やはり大幅な戦力強化をする必要があるやもしれんな」

「えぇ、私も同感にございます」


 国王の言葉に大臣は嬉しそうに頷いた。それに対してネルソンとエステルの表情は、とても苦々しいモノになっていた。

 ますます話が違う方向に進んでいく。強引に割って入ってでも、話の軌道修正を施すべきだと、ネルソンもエステルも思っていた。

 このままでは他国に戦争を吹っ掛けるという話にまで発展しかねない。

 対抗心剥き出しとなってしまっている今の国王や大臣の様子では、国民を恐怖に陥れる選択をしてしまう傾向は大いにあり得るのだ。

 ネルソンが席から立ち上がり、大きな声で注目を集めるように言い放つ。


「お言葉ですが、今は魔物の凶暴化について話していたハズです。ここはひとまず落ち着いて、話を元に戻すべきではないでしょうか?」

「私もネルソンに賛成です。国民の安全を脅かさないためにも、ここは……」

「口を慎め! 己の立場をわきまえろ、このバカモノが!」


 ネルソンに続きエステルが発言した内容を、大臣が一喝とともに一蹴する。

 言葉こそ発していなかったが、国王もまた『ワシらの邪魔をしおってからに』と言わんばかりの、訝しげな表情を浮かべていた。


「ネルソン、そしてエステル。己の不甲斐なさを取り戻したいという、お前たちの気持ちはよく分かる。しかし今は公式の場でもあるのだぞ。場を円滑に進めるために、空気を読むことを覚えるべきだ」


 大臣はまるでイタズラした子供を叱るような感じで二人に諭す。ネルソンやエステルの主張が届いているようには見えない。

 恐らく大臣からすれば、身の程知らずの若造がチャチャを入れている、としか捉えていないのだろう。ネルソンからすれば、容易に想像できた。国王も心から同意するかのように、深く頷いていた。

 ネルソンは半場諦めたかのように座るが、エステルは立ったままであった。目は閉じていたが、その雰囲気はどこか険悪なものを感じ取れる。

 エステルと長い付き合いであるネルソンですら、明らかに危惧を抱くほどに。


「……私のことはともかく、ネルソンに対して不甲斐ないとおっしゃられるのは、流石に聞き逃せません!」


 エステルの声が会議の間に響き渡り、室内がしんと静まり返る。

 注目を集めたところで、エステルは更に続けた。


「彼が率いる王宮騎士団は、国民からも絶大な信頼を得ております。それは彼らが国民の平和を考え、常に全身全霊を持って活動しているなによりの証拠です。これこそ名誉なことであると、私は思いますが?」

「ふん、魔法を研究するしか能のない分際で偉そうに……」


 エステルが放ったネルソンに対するフォローも、大臣は苦虫を噛み潰したような顔つきでそれを一蹴する。またもやエステルの主張が届くことはなかった。

 そればかりか、大臣は最初から、二人の意見など聞くつもりがないのではとすら思えてくる。国王も完全に無関心を貫き通している素振りなため、大臣と同じ思いなのだろうと予測した。

 やがて大臣は立ち上がり、ネルソンとエステルを見据えながら言う。


「エステル、そしてネルソン! お前たちは我が国のために、ひいては我が国王のために、黙って命令に従っていれば良いんだ。変わりなどいくらでもいる。それを忘れるでないぞ!」


 今度はエステルが、苦虫を噛み潰すような表情を見せる番だった。ネルソンは黙って聞いているだけだったが、その心中は全く穏やかじゃない。

 結局その後も、話題の軌道修正は叶わなかった。

 無意味な堂々巡りをするだけで、何一つ結果を出せないまま、時間だけが空しく過ぎていくのだった。

 やがて国王がため息とともに、実に残念そうに周囲を見渡しながら言った。


「大して話が纏まらんかったのは残念だが、まぁ致し方あるまい。これ以上ワシらも時間を割くわけにもいかんからな。ではこれにて、会議は終了とする!」


 国王の言葉を皮切りに張りつめていた空気が解かれる。

 ネルソンとエステルもどこか諦めたように内心ため息をつきながら、資料を持ってさっさと部屋から退出していこうとする。


「ふぅむ、今回の会議も、あまり話が纏まりませんでしたな」

「あぁ。話題自体はかなり充実していたと思うのだが……おかしな話だ」


 誰のせいだよ、とネルソンとエステルが揃って心の中で突っ込みながら、今度こそ部屋から退出していった。



 ◇ ◇ ◇



「大丈夫ですか、ネルソン?」

「エステル、それはむしろ俺がお前に聞きてぇぞ。今に始まったことじゃないが、国王や大臣の八つ当たりにはまいっちまうよなぁ……」


 王宮内にあるネルソンの私室。そこで二人は熱いお茶を飲んでいた。

 備え付けのキッチンには、何種類ものの茶葉が保管されており、お茶を淹れるためのポットなどもしっかりと完備されている。

 数種類の茶葉をブレンドしたり、わざわざ他国から取り寄せた名水を湧かして淹れたりと、こだわりにこだわり抜いたネルソンのお茶は、程よい渋みと深みがあった。

 王宮内でも密かな人気があり、隠れてご馳走になりに来る者も少なくない。特に一番顔を出しているのは、エステルといっても過言ではなかった。


「まぁ、今回はすぐに解放されただけマシですね。それにしても、またスフォリア王国から新しい茶葉を仕入れたんですか? こだわり屋さんは相変わらずですね」


 笑顔で言うエステルに、ネルソンが顔をしかめる。


「……それは褒めてるってことで良いのか?」

「勿論ですよ。こうして二人で話すときは、大概ネルソンの部屋ですが、アナタの淹れるお茶のおかげとも言えますからね」


 笑顔でそう言ってのけるエステルに、ネルソンは眉をピクつかせる。


「そもそもオメェの部屋は、いつもいつも足の踏み場すらねぇだろーが! 何で片づけた初日で元通りになっちまってるんだよ!?」

「不思議ですよねぇ……気がついたらアレですから。知らない間に、散らかる魔法でも働きましたかね?」

「んな魔法があったら、片づける魔法があっても良いだろうがよ。ったく……」


 ネルソンの言葉に苦笑いを浮かべていたエステルは、一変して表情を引き締め、カップに口を近づけながら言った。


「……ところでネルソン、あなたは今の国王と大臣をどう思いますか?」

「どうもこうも、プライドと野心の塊にしか思えねぇよ。大体、それ以外に表現のしようがねぇだろ?」

「やはりそういう評価になりますか。ちなみに僕も同意見です」


 お互いに言っていなかったが、二人の所属しているチーム、つまり宮廷魔導師や騎士団の全員もまた、同じ意見だったりする。

 つまり国王と大臣の人柄は、それぐらい筒抜け状態なのであった。


「まぁでも、国王や大臣の気持ちも少なからず分かる気もしますがね。前に仕事でサントノ王国やスフォリア王国に行ってきましたけど、深刻に悩んでる感じなんてありませんでしたよ?」

「エルフ族や獣人族……魔人族もそうだが、生活する上で魔物と一緒に行動する場合が殆どだからな。共存力という面じゃ、俺らじゃ絶対に勝てねぇよ」

「そーなんですよねぇ。頑なに魔物を悪と決めつけているが故に、魔物が危険な存在としか思えなくなっている」

「その結果、魔物と共存するってのも、あり得ない選択肢になってるんだな」

「国王も少しは考え直してくれるといいんですがね」

「そりゃー無理だろ。あの頑固オヤジが、そう簡単に考えを変えるわけがねぇさ」

「ですよねぇ……」


 二人がため息を吐く姿には、どことなく諦めの気持ちがにじみ出ていた。

 気持ちを変えようと、少し温くなったお茶をグイッと飲みながら、エステルは思い出したようにネルソンに問いかける。


「ところで、僕をここまで連れてきたのは、何か僕に話したいことでもあったからではないんですか?」

「……相変わらずの勘の鋭さだな」


 苦笑を浮かべながら、ネルソンは二杯目のお茶をカップに注いだ。


「さっき話してて、ちと気になったことがある。オランジェ王国についてな」


 エステルの動きが一瞬だけ止まる。笑顔は消え失せ、真剣な表情と化す。やや緊迫した空気が流れる中、先に口を開いたのはネルソンだった。


「ウチとオランジェ王国って、かなり冷え切ってるだろ? 原因は国王と大臣だ。何かにつけて、魔人族への対抗心を剥き出しにしてやがるからな」

「確かに……国王も大臣も、魔人族に対しては、特に劣等感を抱いてますからね」

「今でも魔人族に一泡吹かせるチャンスを虎視眈々と狙ってるぜ? ウチの国王と大臣の野心は底なしだ。戦争でもしてぇのかよ、あのオッサンどもは……」


 やるせない気持ちとともに、ネルソンは頭をガシガシ掻きむしる。


「きっと魔人族も気づいてるんでしょうね。あの野心家な国王に、仮面を被る器用さがあるとは思えませんし……」

「ついでに言えば、恐らく相手さんは、危機感すら抱いてねぇと思うぞ? むしろウザったそうに思われてるかもな」

「それは……ありえそうですね」


 エステルが苦笑いを浮かべながら、残りのお茶を飲み干した。ここでエステルはある一人の魔導師を思い出し、その名前を口に出す。


「クラーレさんも、きっと似たような気持ちだったのでしょうね」


 かつてシュトル王国の宮廷魔導師を務めていた男の名前に、ネルソンが懐かしそうに笑いながら、思い出すように斜め上を見上げる。


「その名前も久々に聞いたな。あの爺さんのことは、俺も尊敬していたよ」

「僕もそうですし、王宮の誰もが尊敬していましたね。突然辞めるって聞いたときは皆揃って驚いたもんです。まぁ、今となっては納得ですけどね」

「言えてるな。あの国王は引き止めるどころか、爺さんを『裏切り者』呼ばわりしたんだよな? それで地位も何もかも奪い取って追放しやがった。もう随分と昔の話だってのに、今思い出しても腹が立つぜ!」

「国王にとって、クラーレさんは便利な『駒』でしかなかった。それで間違いないでしょうね」


 ネルソンもはあからさまに苛立つ様子を見せ、エステルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

 ここでエステルは、またもや少しばかり表情を変える。今度は少々、不安が入り混じったかのような表情になっていた。


「実は僕、ここ最近どうも胸騒ぎがしてならないんですよ」

「ソイツは奇遇だな。なんか知らねぇんだけど、ここんとこ妙な不安がしてならねぇんだ。まるで何かが起きようとしているような……そんな感じがよ」

「とりあえず、お互いに用心しておくしかないでしょうね。国王や大臣にも、それ相応に注意しておくことにしましょう」

「だな」


 話がひとまずまとまったところで、これでようやく落ち着いてお茶が飲める。二人がそう思っていた次の瞬間、慌てふためいた一人の声が聞こえてきた。


「団長ーっ! 大変であります、団長ーっ!」


 蹴破る勢いで開けられたドアから、銀色の鎧を着た兵士の男が飛び込んできた。


「おぉ、探しましたよ団長。ここにおられましたか。あ、どうもエステル殿」

「どうもこんにちは。そんなに慌てて、どうかなさったんですか?」

「待て待て。ソイツはどう見ても俺の客だろ。ごく自然に相手してんじゃねぇよ」


 エステルを制しながら、ネルソンが兵士の前に歩いてくる。淹れたてのお茶が注がれたマグカップを持った状態のまま、ため息交じりにネルソンが訪ねる。


「おいどうした? 一体何があったっていうんだ?」

「と、盗賊が……大勢の盗賊たちが、この王都に集団で向かってきてるんです!」

「なにっ?」


 ネルソンの表情が強張り、エステルもマグカップに口をつけたまま、鋭い視線だけを向けていた。

 少しだけ落ち着いてきた兵士が、姿勢を正してネルソンに伝える。


「ギルドマスターが、国王様に直接お話しされるそうです。話がまとまり次第、団長とエステル殿にもお伝えするとのことでした」

「わかった。報告ご苦労。お前もこのことについては、内密にしておけ」

「はっ!」


 兵士はビシッと敬礼した後、急いで部屋を飛び出していった。

 見送ったネルソンとエステルは、閉められたドアを見つめながら呟いた。


「どうやら、少しばかり忙しくなりそうだな」

「ですね」


 彼らの手に持つカップからは、熱いお茶の湯気が立ちのぼっていた。



 ◇ ◇ ◇



 一方、国王と大臣の耳にも、盗賊の情報が入っていた。国王の間にて、一人の兵士が直立不動の体勢で、事態の報告を行っている。

 話を聞いた国王と大臣は、揃って苦々しい表情を浮かべていた。


「それは本当なのか?」

「はい! ギルドマスターからの、確かな情報であります!」

「盗賊どもめ……一体ヤツらは何を考えておるのだ?」


 怒りを隠そうともしない大臣に対し、国王は無言のまま大臣を見る。

 大臣は国王の視線に気づき、咳ばらいとともに口を閉じる。そして再び、兵士に視線を戻して問いかける。


「ギルドマスターは、もう来ているのだな?」

「はっ、現在は会議の間に案内し、待機してもらっております」

「分かった。すぐに行くと伝えてくれ」

「仰せのままに!」


 兵士は王の間を後にし、大臣が国王の前に出て、小さくお辞儀をする。


「大臣よ。先に会議の間へ行っておいてくれ。ワシは少し後から行く」

「はっ、かしこまりました!」


 大臣が出ていこうとしたその時、国王の間に一人の兵士が駆け込んでくる。


「こ、国王様! ご報告したいことがございますっ!」

「ええい、やかましい! 今はそれどころではないのだぞ!」

「大臣」


 いきり立つ大臣を、国王が立ち上がりながら制する。


「どうしたのだ? 何があったのかを話してみよ」

「は、はっ! 実は先ほど――――」


 兵士は国王と大臣に報告した。

 王宮の中庭にいた不審者を捕らえたこと。その不審者は、世界的にも有名な闇商人の一人であったこと。闇商人から事情を聴こうにも、何故か酷く錯乱しており、まともな情報をすぐに得るのは無理だということ。

 更に闇商人の持ち物を確認した結果、奇妙な巻物を見つけ、現在魔導師たちが総出で解読を行っているということ。

 それらを聞いた大臣は、あまりにも突然の出来事に、頭が追い付かないでいた。


「お、お前……それは本当のことなのだな?」

「勿論にございます!」

「国王……」


 大臣は助けを求める意味も込めて、国王のほうを向いた。すると国王は何かを考えるかのように目を閉じていた。


「そちらはそちらで放っておくわけにもいかんな。時間はいくらかかっても良い。必ず闇商人から情報を聞き出すのだ、良いな!」

「はっ! そのように!」


 ビシッと敬礼をした兵士は、そのまま国王の間を後にする。そして国王は、大臣のほうに視線を向けた。


「では大臣よ。ギルドマスターが待っておる。ワシらも行くとしようぞ」

「しょ、承知いたしました!」


 大臣は未だ戸惑いが抜けきれないまま、慌てて国王の後に続く形で、会議の間へと向かって歩き出すのだった。


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