第八話 謎の魔導師、ライザック



 マキトたちが大量の素材を持ち帰ってた頃、盗賊たちは集団で山を下っていた。

 しかし親分の機嫌がどうにも良くない。チャンスを与えた三人が、未だ合流してきていないからだ。

 朝早く飛び出して行ってから、既に数時間は経過している。もうすぐ夕方に差し掛かるほどだ。なのに姿を見せる気配すら感じない。赤いスカーフを首に巻いた男は、親分に近づいて話しかける。


「親分、アイツらどうしたんでしょうかね?」

「川にでも落ちたか、山ん中を彷徨ってんのか。まーどっちにしろ、負けたことに変わりはねぇだろうなぁ」

「どうして、そう断言できるんですか?」


 赤いスカーフの男の問いに、親分はため息をつきながら答える。


「考えてもみろ。もし勝ってるんなら、今頃アイツらは意気揚々と、俺んとこに戻ってきているハズだろうが。それが未だに姿を見せねぇってことは……」

「……またしても負けちまったってことですか」

「そーゆーこった。とことんしょーがねぇ野郎どもだよ」


 赤いスカーフの男は、親分が呆れる気持ちが分かる気がした。

 折角のチャンスを棒に振ったのだ。もし自分が親分の立場なら、切り捨てているかもしれない。

 その一方で親分のように、何だかんだ言いつつも見捨てない可能性も無きにしも非ずではあったが、それはひとまず置いておく。


「もしそうだったとして、それこそどうするんですかい? アイツらを探すヒマはありやせんぜ?」

「まー、そう簡単にくたばるこたぁねぇだろ。案外、どっかで転がってる姿を拾えるかもしれねぇしな」

「だと良いんですがね。後ろの連中にも、注意を向けるよう言ってみますわ」


 赤いスカーフの男が後ろを歩く下っ端たちに声をかけようとしたその時、親分がため息交じりに言う。


「心配することはねぇよ。念のために、俺たちが移動したっていう目印は、残しておいたからな。あの拠点地で待ちぼうけを食らうってことはねぇさ」

「それはそれは、流石ッスね」


 思わず苦笑してしまう赤いスカーフの男に、親分は目を細めながら振り返る。


「ちょっと待て。お前今、何で嬉しそうに笑ったんだ?」

「親分の優しさに感動したんですよ」

「それこそ心外だな。俺がいつ、誰に対して優しさを見せたってんだ?」

「ハハッ、もしかしたら勘違いだったかもッスね。すんません」

「ったりめーだろうが!」


 ぶっきらぼうに顔をそむける親分。しかし、耳を澄ませてみると、親分の口からなにやらブツブツと呟く声が聞こえてくる。


「チッ、あのバカヤロウどもが……どこまで俺に迷惑かけりゃ気が済むってんだ。少しは迅速に結果を出してみやがれってんだよ、ったくよぉ……」


 赤いスカーフの男は、思わずその言葉を聞いて笑みを零してしまう。三人を心配する気持ちが、ハッキリと感じられるからだ。

 素直じゃない反応ではあるのだが、何故か心地良さを覚える。この人らしいじゃないかと、赤いスカーフの男はそう思っていた。


(本当にこの人は……皆が慕いたくなるワケだよな、俺も含めてさ……)


 心の中でそう呟きながら、赤いスカーフの男は、後ろを歩く下っ端たちに、周囲への注意を払うよう声をかけるのだった。


「おーい、お前ら! 今朝出発した三人が、この近くにいるかもしれねぇから、ちっとばかし周りを気にかけてくれ! それからもうすぐ夕暮れだ。どこかで野営が出来そうな場所もな!」


 赤いスカーフの男の声に、下っ端たちの野太い叫びが広がる。親分の様子を除けば、それはいつもの光景であった。いつまでも帰ってこない三人を心配しても、仕方がないことぐらい分かっている。自分には自分のするべき仕事があるのだから。

 しかしそれでも、赤いスカーフの男の不安は拭えなかった。


(本当にアイツらは無事なんだろうな? 流石に生きてはいるだろうが、妙な胸騒ぎを覚えてならねぇ……)


 赤いスカーフがそう思っているところに、下っ端の一人が顔を覗き込んできた。


「どうかしたんスか? ボーっとしてたみたいでしたけど」

「ん、あぁいや、なんでもねぇ。なんか用か?」

「焚き火用の薪を拾いに行ってきます、って言いに来たんスけど」

「そうか。頼むぞ」

「ウィッス!」


 下っ端の一人が去っていくと、赤いスカーフの男は首を横に振って、余計な考えを振り払う。


(とにかく、いざって時にちゃんと動けるようにしておかねぇとな!)


 小さく握り拳を固めて気合いを入れ直し、赤いスカーフの男は、親分のところに酒とつまみを持っていくのだった。



 ◇ ◇ ◇



 沈みゆく夕日がよく見える平原。そこにポツンと二人の姿があった。

 黒いローブと赤いローブが実に対照的であり、障害物が周囲にないだけあって、かなり目立っていた。幸い近くに村などはなく、通りすがりの冒険者や行商もいなかったことから、話題のタネになる心配も見られない。

 二人の表情には余裕があった。まるで見られても困らない、という以前に、そもそも見られる心配がないと言わんばかりでもあった。

 真っ赤な夕日の美しさを楽しみつつ、赤いローブの人物が口を開いた。


「お話したことは……覚えていらっしゃいますよねぇ?」


 声からして青年のようだが、顔はフードで隠れていて見えない。それは相手も同じであり、強めの風になびいていながらも、決してフードが外れる様子がなかった。


「当然です。あの盗賊に例の巻物を売りつけること、それが私の役目です」

「はい、よくできました♪」


 赤いローブの人物は、白々しく笑顔を浮かべてパチパチと拍手をする。それに対して黒いローブの人物から笑顔が消えた。


「お褒めの言葉など結構。それよりも教えてくれませんか? アナタは一体、どこからこのような危険物を持ってきたのですか? 私も闇商人として、裏取引がてら様々な品物を見てきましたが、この巻物は特に群を抜いてますよ。それに……」


 黒いローブの人物、闇商人のフードから、ギラリと鋭い目が赤いローブの人物に向けられる。


「私が裏取引に通じていることを、アナタは一発で突き止めてきた。いや、まるで最初から分かっていたかのようだ。そしてこの私に対して、一寸の隙すら見せてこない。もはや自分が危険人物であることを隠そうとすらしていない。そんなアナタが、私は怖くて仕方ありませんよ」

「フフフッ♪ 随分と流暢に長く語りましたね♪」


 面白おかしそうに笑う赤いローブの人物の態度に、闇商人は苛立ちを募らせる。まるで自分の発言など聞くに値しない。そう言われているような気がした。

 裏取引で商売をしている以上、常に危険とは隣り合わせだ。それこそ死を覚悟したことだって少なくない。言い換えれば、自分はそのような修羅場を乗り越えてきている。それ相応の経験値は積み重ねてきているのだと自負している。

 しかし闇商人は、目の前にいる赤いローブの人物に対して、少なからずの恐怖心を抱いていた。

 さっき長めに喋ったのは、正確な情報を得るためだと思っていた。しかし今になって違うと分かった。

 全ては自分の身を守るためだ。有体に言えば怖かったのだ。

 この者の感情が読めない。何を考えているのか、まるで分からない。笑っているように見えて、実は怒っているのかもしれない。淡々と語っているように見えて、奥底では嘲笑っているのかもしれない。

 そう予想していながら、そのいずれでもないのかもしれない。しかし闇商人も、このまま引き下がるわけにはいかなかった。

 せめてこれだけは訪ねてやる、そんな気持ちを込めて、赤いローブの人物に質問をぶつけるのだった。


「答えてくれることを期待してはいませんが、一応お尋ねさせていただきます。アナタは一体何者なのですか?」


 しっかりと一字一句噛み締めるように、闇商人は問いかけた。その瞬間、赤いローブの人物は、ポカンと小さく口を開けた。


「おかしいですね。名前はちゃんと教えたハズですが?」


 相変わらずとぼけるような口調で、赤いローブの人物は言う。なんとか冷静さを保ちながら、闇商人はハッキリと言い返した。


「それ以外は何も教えてくれなかったでしょう? アナタの名前で調べてみましたが、どこにも経歴がありませんでした。よって信ぴょう性に欠けると判断し、改めて疑いを持っている。そんな次第です」

「それはそれは……ちゃんと本名を教えたんですけどねぇ……不思議なモノです」


 どこまでも平行線とは、まさにこのことだろう。話の決着が全く見えない。それが、今の闇商人が抱いている一番の気持ちであった。

 その時、赤いローブの人物が、殆ど沈み切ろうとしている夕日から視線を外し、北の山のほうを見上げた。


「さて、そろそろお互いに動きましょう。これから成すべきことに、僕の本名の真偽はどうでも良いハズです。僕の意見、間違っていますかね?」

「……いいえ。返す言葉もありません」


 闇商人は大人しく頷くと、赤いローブの人物は満足そうな笑みを浮かべる。


「ではそういうことで。くれぐれもしくじらないよう、お願いいたしますよ?」


 そう言って闇商人の返事を待たぬまま、赤いローブの人物は北の山に向かって歩いていき、忽然と姿を消してしまった。

 取り残された闇商人は、そのまま南に見える小さな森に向かって歩き出す。

 その姿をこっそりと確認した赤いローブの人物は、ローブを羽織っているとは思えないほどのスピードで山の中を移動する。

 凄まじく軽やかなジャンプで木と木を音もなく飛び移っていき、途中で盗賊の集団が下山していく姿を目撃した。赤いローブの人物はそれを見下ろしながら、面白くなってきたと言わんばかりの笑みを浮かべる。

 その時、その場から割と離れた位置にある川の畔に、人影が見えた。焚き火をしているため、より目立っていたのだ。

 赤いローブの人物は、なんとなく興味本位でその場所に向かってみる。


「おやおや? あのずぶ濡れ状態なお三方は確か……」


 赤いバンダナの男、ツンツン頭の男、そしてスキンヘッドの男。さっき目撃した盗賊たちの仲間であることは、すぐに分かった。

 三人を見た赤いローブの人物は、ニヤリと笑みを浮かべる。


「ちょうど良い退屈しのぎに、どうやら巡り合えたみたいですねぇ♪」


 赤いローブの人物は地面に降り立ち、三人がいる方向に向かって、音もなく歩き出していくのだった。



 ◇ ◇ ◇



 山のふもとにある、なだらかな川の畔。そこで三人の盗賊たちが焚き火を囲い、濡れた体を温めようとしていた。

 クラーレの元から逃げ出す際、激流に呑み込まれて意識を失ったものの、気がついたら三人揃って岸辺に流れ着いていた。

 命を拾ったという点では悪運が強かったと言えるだろうが、腹を満たす術が殆どない状況の今、本当は運が悪いのではないかと、本気で思えてきていた。

 武器は流されている間に全て紛失してしまっており、魔物を狩って食べるという手段がとれない。倒すだけなら素手でも可能だが、解体して肉を剥ぎ取る作業ができないのだ。

 そして近くには、果物や木の実の成っている木も見当たらない。川の水を湧かして飲もうにも、湧かすための器もないため、事実上不可能に等しかった。

 結局できることは、焚き火に当たって少しでも寒さをしのぐことだけであった。

 しかし現在は夕日が沈みかけており、昼間に比べて冷え込んできている。

 濡れた体はそれなりに乾いているものの、焚き火の炎だけでは暖が足りず、体はどんどん冷えていく一方であった。

 赤いバンダナの男が、ブルブル体を震わせながら、憎しみを込めた声で言う。


「くそっ! やってくれやがったな、あのクソジジイ……っくしょいっ!」


 盛大なクシャミが、焚き火の炎を大きく揺らす。

 必死に両手で自信を抱きかかえるようにして、体を強く擦りながら、ツンツン頭の男が口を開く。


「なぁ、どうするんだよ? 結局俺たち、大失敗したわけだろ? また親分にドヤされちまうぜ?」

「分かってんだよ、んなこたぁよ! このまま引き下がるワケにゃいかねぇ。仕返しは必ず果たしてやらぁな!」


 赤いバンダナの男が、力いっぱい拳を握り締める。対してツンツン頭の男は、どうにも調子が乗らない様子を見せていた。


「それは良いけどよ。一体どうするってんだ? 策もなしに出向いたところで、また返り討ちにあうだけだぜ?」

「そこだよな」


 スキンヘッドの男が苦笑すると、赤いバンダナの男も苦々しい表情を浮かべる。


「痛いところ付いてきやがるな。まぁ確かに今の俺たちじゃ、無理だろうさ」

「じゃあ、どうすんだ?」

「それを今から考えるんだよ。お前らも何かないのか?」


 赤いバンダナの男に問いかけられ、ツンツン頭の男とスキンヘッドの男は揃って腕を組みながら考える。するとツンツン頭の男が小さなため息をついた。


「そもそもそれが思い浮かぶんなら、こんなふうに悩んでねぇだろうに」

「確かにな」


 スキンヘッドの男が苦笑気味に同意し、そして一つの提案をする。


「じゃあとりあえず、三人で親分のとこ戻って、ゲンコツをもらってくるか?」

「……やっぱ、それしかねぇと思うか?」

「俺はその意見に同意するぜ。潔く謝れば、きっと親分も許してくれるさ」


 ツンツン頭の男も賛同する意志を見せるが、赤いバンダナの男は未だ踏ん切りがつかなかった。悔しそうな表情とともに、地面を拳で叩きつける。


「くそっ! もっと俺に力があれば、こんなことにはならかったってのに……」


 赤いバンダナの男がギリッと歯を噛み締めながら、拳をプルプル震わせる。

 その様子に他二人は、しょーがないなぁと言わんばかりに苦笑した。

 とりあえず話でもして気を取り直そうと、ツンツン頭の男が口を開いたその時、和らぎかけた雰囲気を一変させる冷たい声が聞こえてきた。



「そうですか……そんなに力が欲しいですか……」



 三人はバッと後ずさりながら、突如現れた第三者を見上げる。

 ワイン色のローブを羽織った人物がそこに立っていた。どうやら声からして青年のようではあるが、その素顔はフードに隠れていて全く見えない。

 確かにさっきまではいなかったハズだった。気配は全く感じなかった。いつの間に自分たちの傍に近づいてきたのか。

 それぞれ頭に混乱が走る中、赤いバンダナの男が、ローブの人物に掴みかかるように問いかける。


「だ、誰だ、テメェはっ?」

「おや、これは失敬。別に私は怪しい者ではございませんよ?」

「自分の格好見てモノを言いやがれ! それで怪しくないワケねぇだろうが!」

「俺も同感だな。まずは名乗ってくれよ。そう簡単に上手い話に乗っちまうほど、俺らもバカじゃないつもりなんでな」


 ツンツン頭の男が、赤いバンダナの男を宥めつつ、ローブの人物を説得する。

 ローブの人物は、顎に手を置きながら小さくコクリと頷き、そしてやや明るめの声を出した。


「確かにおっしゃる通りですね。僕の名はライザック。ただの魔導師です」

「どう見ても、ただの魔導師にゃ見えねぇっつーんだよ! これ以上怒らせて痛い目にあいたくねぇんなら、さっさと帰りやがれ!」

「本当に帰っても良いんですか? あなた方は力が欲しいと思ったのですが」

「あぁん?」


 ライザックと名乗るローブの人物に、赤いバンダナの男が掴みかかろうとする。

 しかしその瞬間、動きがピタッと止まった。ローブに隠れていた表情を、その目でハッキリと見てしまったからだ。


「まぁ、別に僕はどっちでもいいんですけどね……もう決定事項ですから♪」


 ローブの中から見えたのは、射貫くような赤い目であった。

 三人は揃って、背筋をゾクッと震わせる。途轍もなく恐ろしかった。まるで心臓をえぐり取られそうな、そんな感じがしたのだ。


(コ、コイツはやべぇ! なんとなくだが危険過ぎる! は、早く逃げ……っ!)


 赤いバンダナの男が立ち上がろうとしたが、全く動けなかった。どうやら他二人も、同じような現象に陥っているらしい。

 途轍もない恐怖からか、それとも何か不思議な力によるモノなのか。三人は金縛りにあったかのように動けず、上手く言葉を発することもできないでいた。

 一歩、また一歩と、ライザックがゆっくりと近づいてくる。

 その姿はまるで悪魔か何かのようだと、赤いバンダナの男は歯をガチガチ鳴らしながら思っていた。人間なわけがない。むしろヒトですらないほうが自然だと。

 ライザックは三人に向かって、静かに右手をかざした。


「さぁ……楽にしてください。すぐに心地良い時間がやってきますからねぇ♪」


 ライザックの不気味な笑みが、ローブの中からこぼれ出る。その瞬間、三人の恐怖に満ちた叫び声が、夜の闇の中を木霊していくのだった。


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