第六話 盗賊たちの襲撃



 翌朝、マキトと魔物たちは、コートニーを交えて外に出ていた。家の前にある切り株のところで、野生のスライムたちと遊んでいるのだ。

 フェアリー・シップもすっかりと元気になり、ラティやスラキチともすっかり仲良くなったようであった。


「魔物って、こんなに人懐っこいこともあるんだね」


 朝のひんやりした空気の中、コートニーが苦笑しながら、一匹のスライムを撫でている。スライムはとても嬉しそうであり、襲ってくる気配は全くない。

 その傍らでは、マキト、ラティ、スラキチ、そしてフェアリー・シップが、楽しそうにはしゃいでいる。とても魔物が危険な存在だとは思えない光景であった。

 数匹のスライムをまとめて抱き上げながら、マキトはコートニーに尋ねる。


「サントノ王国では、そうじゃないのか?」

「いや、多分この国でも危険性はかなり高いと思うよ? というよりも、この場だけが特殊だと言ったほうが良いかもね」

「……そういえばスラキチも、最初は襲い掛かってきてたもんな」


 出会い頭に飛びかかってきた光景が、マキトの頭に蘇る。

 あの時は本当に驚いた。もしまともに受けていたら、体へのダメージは相当なモノになっていただろう。それが原因で、魔物に対してトラウマを抱えていた可能性も、十分あり得る。

 その直後に出てきたオオカミの魔物もそうだ。もしあの時、スラキチが助けに来てくれなかったら、最悪の事態になっていたかもしれない。

 マキトがそれらを想像して身震いする中、クラーレが家の中から出てきた。


「コートニーの言うとおりじゃな」


 ゆっくりと歩きながらクラーレが言う。どうやら話を聞いていたようであった。


「トントン拍子に魔物と仲良くなっていくのは素晴らしいと思うが、本来の魔物の姿を忘れるのは良くない。今後、気をつけるようにな」

「ん、分かった。気をつける」


 マキトがそう返事すると、スラキチが鳴き声を張り上げてくる。まるで、自分がいるから大丈夫だと言っているかのようだ。

 ありがとう、とスラキチの頭をマキトが撫でようとしたその時――――


『ギャーギャーッ! キエェーーッ!』


 突如、周囲を響き渡らせる鳴き声。鳥らしき生き物が集団で叫んでいるのだ。

 スライムたちもその声に驚いてしまい、瞬く間に逃げてしまう。残されたのはマキトたちだけとなってしまった。

 戸惑いながら周囲を見渡していると、マキトは森の奥から人影が近づいて来ることに気づいた。人数は三人。おまけに剣や斧などの武器も所持していた。


「じいちゃん、誰か来るぞ?」

「あの出で立ち……どう見ても盗賊じゃな」


 クラーレがそう断言すると、コートニーが表情を強張らせる。


「盗賊? どうしてこんなところに?」

「大丈夫じゃ。このワシがついておるからの」


 クラーレがマキトたちの前に出る形で、近づいて来る人影を出迎える。

 ラティとフェアリー・シップはマキトに寄り添い、スラキチは威嚇しながらその身をプルプルと震わせている。

 赤いバンダナを巻いた男が中心に立っている。どうやら彼らの中心的存在のようだ。双方にはツンツン頭の男とスキンヘッドの男が立っており、血走った目で見つめてくるその表情は、まるで獲物を狙う獣のようだ。

 彼らがジロジロと品定めするかの如く視線を動かしていると、突如赤いバンダナの男が目を見開いて驚いた。


「あの獣のガキ……そうか、生きていやがったか。それにフェアリー・シップまでいやがるぜ。こりゃあ、汚名返上の大チャンスってところだな!」

「おい見ろよ! あそこにいる妖精って、あの時の妖精じゃねぇのか?」

「あぁ、間違いねぇ。半年前に逃がしちまった妖精だ! ハハッ、まさかこんなところにお揃いでいるとはな……ようやく運が俺たちに向いてきたようだぜ!」

「そうだな。だが油断はできねぇぞ! 親分の話が本当なら、あのジジイは……」


 盗賊たちの眼力が、より一層強くなる。

 彼らの言葉からして、ラティやコートニー、そしてフェアリー・シップに狙いを定めているのだとマキトは思った。

 コートニーたちも察しており、表情が険しくなる。そんな中、クラーレは臆することのない堂々とした表情で、盗賊に語り掛けた。


「見たところ、お前さんらは盗賊じゃな。ただの通りすがりとも思えんが?」

「おうよ。確かに俺らは通りすがりなんかじゃねぇ。元・宮廷魔導師である爺さんに用があったんだよ。ついでに、俺たちの獲物も返してもらおうか!」

「謹んで断らせてもらう。悪いことは言わんから、さっさと帰りなさい」


 それを聞いたツンツン頭の男とスキンヘッドの男が、苛立ちを剥き出しにする。


「俺たちをバカにしてんじゃねぇぞ、クソジジイが!」

「言わせておけば偉そうにしやがって! 老いぼれが出しゃばるんじゃねぇよ!」

「まぁ、落ち着けよ。盗賊たるもの、常に落ち着いて行動するべきだって、いつも親分が言ってただろ?」


 周囲の二人に比べると、赤いバンダナの男は比較的冷静なようだ。

 しかし獲物を見つけたという欲望も募っているらしく、目のギラつきの鋭さが、より増しているような気がした。

 よく見れば、彼の剣を持つ手もわずかに震えている。逃した獲物がこぞって目の前に現れたことに対し、武者震いを起こしているのだ。

 もっともマキトたちからしてみれば、ラティたちを見てニヤつきながら震えているようにしか見えず、より恐怖と警戒心を高める結果となっていた。クラーレも彼らの様子を見て、大人しく帰ってくれそうはないと、この状況の打開策を一つに絞り込む。

 一方、赤いバンダナの男に制された二人の盗賊も納得はしたらしく、軽く深呼吸しながら落ち着きを取り戻す。

 そして、これ見よがしに不気味な笑みを浮かべ、クラーレに詰め寄ってきた。


「爺さんよぉ、ここは一つ取引といかねぇか? 別に難しい話じゃねぇ。獣人族のガキとフェアリー・シップ、そして妖精をこっちに渡してくれや。そうすれば特別に、この場を見逃してやるよ」


 赤いバンダナの男がそう言うと、他の二人もケラケラと笑い出しながら言う。


「そうそう。これでもチョー優しいほうだと思うぜ? 何を隠そう俺たちは、無暗に命を奪うチンピラとはワケが違うんだ」

「下手に逆らっても良いんだが、そうした場合は……分かるだろ?」


 ツンツン頭の男が脅し文句とともに武器を掲げた瞬間、その刃が太陽の光に反射して光る。

 クラーレの眉がピクッと動いたのを見た赤いバンダナの男は、フッと小さく笑いながら口を開く。


「ま、そういうことだ。爺さんよ……老い先短いとはいえ、ここでその命をムダにしたくはねぇだろ? 悪いことは言わねぇからよ、分かってくれねぇか?」


 要するに『死にたくなければ大人しく渡せ』と言いたいのだと、マキトたちはすぐに分かった。

 鋭い目をギラつかせながら、武器を突き付けている時点で、優しい言葉もまるで意味を成していない。

 それを分かった上でやっているのか天然なのかは、実に微妙なところである。


「生憎、貴様ら盗賊に従うつもりなど、最初から思っとらんわい!」


 クラーレの反論に対して、三人の盗賊たちは実に愉快そうな笑みを浮かべる。まるで最初から、それを待っていましたと言わんばかりだ。

 彼らからすれば、素直に従おうが反論してこようが、別にどちらでも良かったのだ。逃がした獲物を奪い返すことに、何の変わりもないのだから。

 おまけにケンカっ早い彼らからすれば、この状況は実に面白いと言えた。どうせなら目一杯暴れた上で、任務を遂行して帰りたいと、そう思っていた。

 それを実行できる機会が訪れたのだ。嬉しくなってしまうのも仕方がない。


「くっくっくっ……バカな爺さんだよなぁ。素直に従っておけば助かったモノを」

「これでようやく俺たちも、自由に暴れられる建前ができたってもんだ♪」

「手早く片付けようぜ? 家の中もついでに調べてぇしよ」

「そうだな。仮に何もなかったとしても、盗賊らしいことはしとかねぇとな」


 盗賊たちの呟きに対し、クラーレは小さく溜息をつく。


(ふむ……やはりコヤツらを相手に、少々暴れねばならんようじゃな)


 面倒ではあるが、黙ってやられるつもりも、家の中を荒らされるつもりもない。後ろにマキトたちという、守るべき存在がいるのだから尚更だ。

 クラーレの中で一つの覚悟が固まった時、赤いバンダナの男の口が開く。


「襲う前に一つだけ聞いておく。爺さん……アンタはこの国で宮廷魔導師を務めていたってのは、本当のことなんだな?」

「あぁ、本当じゃよ。それがどうしたというのじゃ?」

「そうかそうか♪ だったら尚更、その家の中も調べてみたくなったぜ。魔法絡みのエライお宝の一つでも、眠っているかもしれねぇからな」

「もし秘伝書みてぇなモンが見つかりゃ、それだけで儲けモンだな!」


 ひゃっほー、と機嫌よく叫ぶツンツン頭の男。それを見たクラーレは、これ見よがしに呆れ果てた表情をしながら言う。


「そう思いたくなる気持ちも分からんではないが、秘伝書などありはしない。そもそもお前さんら一味に魔導師はおるのか? もしいないのであれば、それこそ宝の持ち腐れも良いところじゃぞ?」

「へっ! たとえ俺たちに実用性はなくとも、取引相手にゃ困らねぇさ」

「要するに金ということか。実に分かりやすい考えじゃな」


 クラーレは呆れ果てたように、深いため息をついた。

 魔法関連の道具は何かと価値が高い。コレクターや研究者など、欲しがる者はたくさんいる。

 盗賊と繋がっている事実は、公になれば良い目で見られないケースが殆どだが、それでも接触を図る者が少なくならないのが現状だ。やはり、自分の欲望には勝てないということだろう。


「さて、おしゃべりもここまでだ。そろそろ力ずくで通してもらおうか!」


 改めて武器を片手に、舌なめずりをする盗賊たち。

 緊張が走るマキトたちに、クラーレは笑みを浮かべながら言う。


「少し下がっておれ。今からワシは、あのチンピラどもを懲らしめねばならん」

「だったら、ボクもやります! これでも魔導師の端くれですから!」

「ピキーッ!」


 コートニーとスラキチが前に出ようとしたところで、クラーレが首を横に振る。


「ヤツらの狙いはコートニー、お前さんでもあるんじゃぞ。ここは下がっていなさい。スラキチも同じくじゃ。そのほうがワシとしても大いに助かるからの」

「っ……はい、分かりました」

「ピキィー……」


 悔しいけど何も言い返せず、コートニーとスラキチは項垂れる。クラーレが改めて前を向いた瞬間、赤いハチマキの男が高らかに叫ぶ。


「行くぜえええぇぇーーーっ!」


 三人の盗賊たちが、それぞれ武器を構えて走り出す。マキトたちの表情に緊張が走る中、クラーレは冷静な様子を保っていた。


「まずは、小手調べと行こうかの」


 クラーレがおもむろに右手を掲げると、そこから火の玉が発射される。

 絶妙なコントロールでツンツン頭の男に命中し、大きな爆発音が鳴り響く。見事な黒コゲ状態ができあがった。


「スゲェ、これがじいちゃんの魔法なのか?」

「はっはっは! 今のは単なる準備運動じゃわい! 本番はこれからじゃ!」


 クラーレは再び火の玉を勢いよく発射する。さっきよりも段違いの大きさやスピードを誇っており、スキンヘッドの男が後ろに吹き飛ばされてしまう。


「ぐわあぁっ!?」

「なっ! 冗談じゃねぇ。ジジイなんかに負けてたまるかってんだ!」

「やめておけ。お前さんもあの二人と同じようになるぞ?」


 クラーレの右手に炎の球が宿る。いつでも投げられるという意思表示だ。

 赤いハチマキの男からは、完全に笑みが消えている。先ほどの勝気な表情がウソのようだ。


「なんてジジイだ。無詠唱だなんて反則だろ……バケモンか?」

「やれやれ、口の利き方がなっとらんのぉ」


 呆れ果てたような声とともに、クラーレは炎の球をヒョイと投げた。

 ボォンと爆発音が鳴り響くと同時に、赤いハチマキの男が黒焦げ状態と化して、地面をのた打ち回る。

 後ろでその光景を見ていたマキトたちは、驚きの表情を浮かべていた。


「なぁ、コートニー。魔法ってのは、詠唱しなきゃ発動できないモンなのか?」

「普通はね。でも、厳しい修行を積んた熟練者の中には、詠唱を省略してしまう人がいるみたいなんだ。きっと、クラーレさんがその一人なんだね」


 つまりそれだけ、クラーレの実力が相当なモノであるということだ。

 現に盗賊三人を軽くあしらっており、まだまだ余裕が見られる。負ける要素など全く見当たらなかった。

 クラーレはいったん魔法の手を休めつつ、盗賊たちに呼びかける。


「これ以上の戦いは無意味じゃ。ワシとの実力差が分からぬほど、お前さんらもバカではあるまい。引き下がることも立派な戦いじゃ!」

「ざけんな! ここで逃げ出したりしたら、俺たちにチャンスをくれた親分に申し訳がたたねぇってもんだぜ!」


 赤いハチマキの男がそう叫ぶと、倒れていた他二人も立ち上がる。


「あぁ、そうだ……確かにその通りだな!」

「危うく挫けそうだったぜ。やっぱり俺たちのリーダーはお前しかいねぇよ!」

「お前ら、もうひと踏ん張りだ! 意地でも成し遂げてやるぞっ!」

『オオォーーッ!』


 三人が再び揃って士気を上げる。それを見たクラーレは溜息を吐いた。

 どう見ても何一つ策を練ってはおらず、気合いだけでこの場を乗り切ろうとしていることは明白だ。

 それで結果が変われば苦労はしない。チンピラ同士で殴り合うケンカとはワケが違うのだ。そのことに気づいているのか、いないのか。

 ただ一つ言えることは、このままだと三人はまた、同じことを繰り返すだけだということであった。


「全く懲りない連中じゃのぉ……ならばお次はコイツでどうじゃ!」


 クラーレは大きな火の玉を上空に向かって打ち込む。

 明らかに三人には向けられていない攻撃。思わぬ展開に、ポカンと目を見開いてしまうほどであった。

 しかし次の瞬間、赤いハチマキの男の表情がニンマリとした笑みに切り替わる。


「今だっ! 魔法の発動に失敗しやがったぞっ!」


 嬉しそうに雄叫びを上げながら、三人が一斉にクラーレに迫る。

 その瞬間、打ち上げた巨大な火の玉が、まるで花火の如く分裂して広がり、雨のように容赦なく降り注ぐ。

 火の玉が地面に落ちては爆発を引き起こし、三人は次々と巻き込まれていった。

 ツンツン頭の男は爆風で吹き飛ばされ、スキンヘッドの男に向かって綺麗に突っ込んでしまう。赤いハチマキの男は、爆炎で尻に火がついてしまい、猛烈なパニックを起こして転げ回っていた。

 その光景はまさに地獄絵図であった。もはやこれ以上、ムダに攻撃する必要がないとすら思えてくるほど、爆発の嵐が広がっており、後ろで控えているマキトたちはドン引きしていた。

 ここでマキトが、一つ気になることを見つけ、クラーレに恐る恐る尋ねた。


「な、なぁじいちゃん、これ大火事になったりしないか?」

「大丈夫じゃ! 見てのとおり、家の周辺はちょっとした平原になっておる。ちゃんと操作すれば問題ないわい!」

「なら良いけど……それにしては、ちょっとエゲツなくないか?」

「相手は武器を持っておる。これぐらいしなければ、確実に撃退できんからな!」


 言葉だけ聞けば『やむを得ない』という気持ちが汲み取れなくもない。

 しかしクラーレの表情は、魔法で盗賊を撃退することに対して、心から楽しみを覚えているかのような笑顔であった。それはもうまるで純粋なる少年のような。

 そう思ったマキトは、ドン引きした表情でクラーレに問いかける。


「……フツーに楽しんでるだろ、この状況?」

「何を言うか! たとえどんな相手であろうと油断は禁物じゃ! 確実に相手を倒すべく、常に全力で挑むのは当然のことじゃわい!」


 紛れもない正論に、マキトは確かにその通りだとしか思えなかった。

 しかし、どうにも納得できない。実に楽しそうな表情が、説得力を見事なまでに砕け散らせている。

 ついさっき相手を引き下がらせようとしていた姿が、まるで幻のようであった。


「わーっはっはっはっ! 盗賊どもよ、ワシの炎で吹き飛べえぇいっ!」


 クラーレの笑いを含んだ叫び声が、辺り一面に響き渡る。

 マキトは表情を引きつらせながら思った。いや、絶対に楽しんでるだろ、と。

 ラティとスラキチもドン引きしており、フェアリー・シップはわたわたと両手を振りながら困惑している。

 コートニーは無言で口を開けたまま呆然としていた。

 無理もない話だ。尊敬していた魔導師の、意外な一面を目の当たりにしたのだ。下手に騒いでいないだけ、まだマシだと言えるだろう。

 一方、盗賊たちは完全に戦意を喪失しつつあった。これ以上戦っても、今の自分たちでは勝てない。それどころか、自分たちの命すら危ないだろうと、そう思い知らされていた。

 スキンヘッドの男が、赤いハチマキの男に向かって叫ぶ。


「お、おいっ! こりゃ流石に持たねぇぞ!」

「仕方ねぇ……退却だっ!」


 赤いハチマキの男が、言葉とともに走り出す。他二人もそれに続いて、ロクに方向を定めずにがむしゃらに走り出した。


「くそぉっ、覚えてやがれっ!」

「これで勝ったと思うんじゃねぇぞ!」

「次に来たときは、俺たちの本気を見せてやるっ!」


 典型的な捨てゼリフを残して逃げ出していく三人の盗賊たち。しかし――――


「お、おい待たんか! そっちは……」


 慌てて止めようとするクラーレの言葉も聞かず、三人は必死に走る。

 そのおかげで、目の前が崖となっていることに気づかず、そのまま真っ逆さまに落ちてしまう。


「うわああああぁぁぁーーーーっ!」


 三人の叫び声が一つとなって木霊する。

 ドボン、という水の音を最後に、声は全く聞こえなくなった。

 マキトたちが恐る恐る下を覗いてみると、そこには見事な激流の川があった。三人の姿はもうどこにも見えなかった。


「だから言ったんじゃ。話を最後まで聞かんからじゃぞ?」


 呆れているかのような声で言うクラーレに、マキトは苦笑を漏らす。


「いや、もう聞こえてないと思うけど?」

「分かっておるわい」


 そんなクラーレの言葉に引きながらも、ラティが改めて激流の川を覗き込み、身震いしながら言った。


「本当にいつ見ても凄い流れですよね。上流があんなに緩やかなのが信じられないのです」

「その部分だけが、平らな地形ってことでしょうか?」

「まぁ、そういうことじゃな。おかげでここからは水が汲めないんじゃ。この辺で水が汲めるのは、上流にある河原ぐらいじゃよ」

「コートニーとフェアリー・シップを助けた場所ですね?」


 ラティの問いに、クラーレがコクリと頷く。そこにフェアリー・シップを抱っこしたコートニーが歩いてきて、激流を見下ろしながら言った。


「そう考えてみると、ボクたちは運が良かったのかもしれませんね。下手したら流れ着かずに、この激流に飲まれていたかもしれないんですから」

「かもしれんな」


 しみじみと頷いた後、気持ちを切り替えんばかりに、クラーレは良く晴れた青空を見上げ、実に気持ち良さそうな笑みを浮かべる。


「それにしても、久々に良い運動をしたのう。まだまだワシもイケそうじゃな!」


 満足そうに胸を張るクラーレだったが、周囲の惨状は凄まじかった。地面のあちこちがデコボコに荒れ果てており、戦いの爪痕としてしっかりと残されている。

 しかしクラーレは、全く気にする様子を見せず、空を見上げながら言った。


「さて、なんだかんだでもうすぐ昼時か。今日はたっぷり作るとしようかの」


 お前たちも早めに戻るんじゃぞと言い残して、クラーレは歩いていく。

 コートニーや魔物たちが、その後ろ姿を呆然と見つめている中、マキトがポツリと呟いた。


「じいちゃんって、マジで凄い魔導師だったんだな」


 再び静けさが戻ったその場所では、川の流れる激しい音だけが聞こえていた。


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