第五話 元・宮廷魔導師の語り
「まず、宮廷魔導師という名の意味は、さっきコートニーが言ったとおりじゃ。各国の王宮に所属する、いわば魔導師最高の肩書きとさえ言われておる、それが宮廷魔導師というモノじゃ」
「へぇー、じいちゃんってそんなに凄かったんだな」
「ハッハッハッ、もう随分と昔の話じゃよ。今は単なる隠居じいさんじゃ」
驚くマキトに対し、クラーレは愉快そうに笑い声をあげ、そして説明を続ける。
「まだハッキリと言ってはおらんかったと思うが、ワシは元々冒険者で、魔導師をやっておった。昔はたくさん大暴れして、周囲を困らせてきたモンじゃわい」
クラーレは目を閉じながら、懐かしそうにしみじみと頷いていた。
「じゃがその分、功績もたくさん上がっておってな。ある日ワシのところに、王宮に来ないかという誘いが来たんじゃ」
「それで、宮廷魔導師ってヤツになったのか?」
身を乗り出しながら問いかけるマキトに、クラーレはゆっくりと頷いた。
クラーレが冒険者時代から凄腕の魔導師だったということが分かり、マキトは驚きの表情を浮かべていた。
そしてコートニーは、目をキラキラと輝かせていた。まるで神様を見ているような雰囲気を醸し出しており、それを見たクラーレは苦笑を浮かべた。
「宮廷魔導師は、強力な魔法が放てるだけではない。普通の魔導師には扱えんような、ちと特殊な魔法も扱えるようになるんじゃ。例えばその者が、どのような能力を秘めておるのか、とかな」
クラーレは話しながら、人数分の熱いお茶を新しく淹れていた。手渡されたカップからは、温かそうな湯気が上っている。
ちなみにラティにも、専用の小さなカップが用意されている。クラーレのお手製とのことであり、中々の出来栄えであった。
ここでラティが、何かを思い出したかのような反応を示してきた。
「もしかして、マスターが魔物使いであることを見抜いたのも、宮廷魔導師としての力なのですか?」
「うむ。特殊な魔法の力を借りてな。随分と久々に使ってみたんじゃが、まだまだワシのカンは鈍っておらんようじゃの」
ついでに言えば、宮廷魔導師の座を降りてからは、この能力を一度も使っていなかったりする。それなのにクラーレは、まるでつい昨日やったかのように、軽々とマキトの資質を読み取ることを成功させたのだ。
これほど簡単に成功できるとは、クラーレも予想外だった。同時に、まだまだ自分はイケるという自信にも繋がっていた。じいちゃんと呼ばれるほどの年を取ったが、まだ完全に歩けなくなったわけではないのだと。
どうやら隠居している間に、すっかり自信を失っていたらしい。昔の自分が見たら、さぞかし嘆き悲しみ、そしてぶん殴りたいと思うだろうと、クラーレは苦笑せずにはいられなかった。
マキトの能力を鑑定していた際、実際にこれを考えていて苦笑しており、ラティから首を傾げられていたのはここだけの話である。
「それだけ凄い肩書き持ってたんなら、きっと贅沢し放題だったんだろうな」
「いや、そんなに大層なモンじゃなかったわい」
マキトがそう言った瞬間、クラーレの表情が曇った。
「贅沢どころか、自由に動くヒマすら与えてくれんかったよ。地位や名声など、ただの飾り物に過ぎんことが、痛いほど身に染みたわい。まぁワシの時は、今と比べて環境が良くなかった、という原因もあるがの」
しみじみと語るクラーレの様子からして、ウソを言っていないことが分かる。
コートニーはショックを受けていた。まさか尊敬する相手から、こんな言葉を聞くとは思わなかったからだ。
戸惑いを隠せないまま、コートニーはクラーレに尋ねる。
「そんな……じゃあクラーレさんは、宮廷魔導師についての未練とかは……」
「あるワケがなかろう。当時のワシなんざ、単なる国王が所有する一つの駒でしかなかった。本当に堅苦しくて窮屈で辛い毎日じゃった。それこそ楽しいという気持ちを忘れてしまうほどにな」
苦笑するクラーレが周囲を見渡すと、マキトたちが気まずそうにしていることに気づいた。流石にこの空気はいただけないかと思い、クラーレは明るく笑いながら言う。
「まぁさっきも言うたが、あくまで当時はそうだったというだけの話じゃ。風のウワサによれば、この国の環境は大分改善されてきたと聞く。本当かどうかは分からんがの」
クラーレはケラケラと笑ってはいるが、あまり信用もしていないようだとマキトは思った。むしろ今はどんなバカなことを考えているのかと、なんとなく嘲笑っているようにも見えた。
そんな中、コートニーが浮かない表情で、俯きながら口を開いた。
「ボクも宮廷魔導師についての話は、色々聞いています。流石にクラーレさんが話していたみたいなことは、聞いたことがありません。もっともサントノ王国では、そもそも宮廷魔導師という人がいないため、近々スフォリア王国から派遣されてくるという話を聞いたことがありますが……」
「おぉ、そうか。もうそんな時期なのか。宮廷魔導師の派遣については、シュトル王国でも話題になっておったよ。もっとも国王と大臣は、陰口を叩くだけじゃったがな」
ケラケラと笑うクラーレに、コートニーも釣られて笑い出す。いや、正確に言えば、笑うしかなかったと言ったほうが正しいだろう。
またしてもクラーレの闇を垣間見たと思ったその時、マキトが考えるような仕草を見せながら問いかける。
「じいちゃん。そのシュトル王国っていうのは、俺たちが今いる国のことか?」
「む? そういえば、まだマキトは知らんかったか」
クラーレが思い出したように言うと、コートニーが引きつった表情を浮かべる。
「知らないって、そんな……いくらなんでも世界の国の名前まで……」
「マキトには少しばかり深い事情があるんじゃ。今はひとまず納得してくれ」
「はぁ……」
納得はしきれなかったが、とりあえずコートニーは頷いておく。それに心の中で感謝しつつ、クラーレはマキトにこの世界の国について語り出す。
「この世界では、一つの大陸ごとに一つの王国がある。今ワシらがいるのは、人間族を中心とする『シュトル王国』じゃ。ちなみに大陸の名前も同じ『シュトル大陸』と言うんじゃよ」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、コートニーが来たっていう王国は?」
「獣人族を中心とする『サントノ王国』じゃよ。他にもエルフ族の『スフォリア王国』、魔人族の『オランジェ王国』というのが存在する。この世界は主に、四つの王国で成り立っておるんじゃ」
クラーレが説明しながら、テーブルの上に世界地図を広げる。その地図はかなり年季が入っており、ところどころが色あせていた。
地図を見た瞬間、マキトがあることに気がついた。
「なぁ、この地図だと、大陸は全部で五つあるように見えるけど?」
「そうじゃ。五つあるうちの一つには、ずっと昔から王国が存在しておらん。それがこの大陸じゃよ」
クラーレは地図上にある、シュトル大陸のすぐ北に存在する大陸を指さした。
「戦争がきっかけで、大陸全体が寂れ果ててしまったらしい。もっとも、そう伝えられておるだけに過ぎんから、真相は定かではないがの」
今では小さな集落がいくつか存在するのみ。そんな説明も付け加えられた。しかしそれも、どこまで本当なのかは不明らしい。冒険者や国の騎士たちが修行で訪れることもあるらしく、人が全く暮らせないわけではないとのことであった。
名前は『パウンド大陸』と明らかにはなっており、シュトル王国やオランジェ王国から渡れそうではあるが、肝心の国境が存在せず、国を渡る普通の手段はないらしい。
そんなクラーレの説明に、マキトはもう一つ気になる部分を見つける。
「国境っていうのは、この国と国を繋いでいる部分のことか?」
シュトル大陸と西のサントノ大陸、その境目となる部分の地図をマキトが指さすと、クラーレは深く頷いた。
「その通りじゃ。大陸同士を大きな橋で繋いでおるんじゃよ。基本的に船も全く出ておらんからな。国境を渡る以外に国をまたぐ方法は、基本的にないとみて良い」
「それって歩きだけ? なんか乗り物とかってないの?」
マキトの問いに、クラーレは考える素振りを見せながら言う。
「馬車に乗るという手もあるが……基本的に馬車は、商人や貴族以外に所有しておる者は殆どおらんからのう。徒歩で渡ることを前提に考えるべきじゃろうな」
また一つ、マキトの中で異世界に対する知識が増えた瞬間であった。
少なくとも自動車や電車、そして飛行機といった、地球では当たり前に存在する乗り物の類は、全く存在していないようだ。
移動手段が殆ど徒歩一択であることが分かり、マキトは心の中でため息をつく。世界中を旅して回るとしたら、どれほどの時間がかかるのだろうかと。
まぁ、それならそれで別に良いかとマキトはひとまず整理をつけ、ここでもう一つ聞きたいことがあるのを思い出した。
「そういえば、コートニーが助けたあの白い魔物って、一体何なんだろ?」
「確かにわたしも、始めて見る魔物さんなのです」
マキトの問いにラティが頷く。コートニーも実のところ見たことがないのは同じで、疑問には思っていた。
そんな彼らの疑問に答えたのはクラーレだった。
「あれはフェアリー・シップという、とても珍しい種類の魔物じゃな。スフォリア王国の深き森にしか住んでおらんハズなんじゃが、恐らく盗賊と闇商人の仕業と見て、間違いないじゃろう」
クラーレが窓の外を見る。そこにはスラキチと楽しそうに遊ぶ、フェアリー・シップの姿があった。
夕焼けに照らされる笑顔はとても輝いており、思わず見ている側も、笑みを浮かべてしまうほどであった。
「スフォリア王国って、エルフ族の国だったっけ?」
マキトの問いかけにクラーレが頷く。
「うむ。広大なる自然と魔力が満ち溢れておるのが大きな特徴じゃ。エルフ族が魔法に長けておるのも、その環境によるモノだと見なされておる」
「へぇー、そりゃ興味あるな」
マキトは興味深そうに呟いた。そのうちスフォリア王国にも行ってみたいと思っていたその時、目の前にラティの顔があった。
驚愕で言葉を失ったマキトに構わず、ラティは口を開いた。
「ところで、あのフェアリー・シップはこれからどうするのですか?」
「え、どうするって、そりゃあ……」
正直何も考えていなかった。クラーレと一緒に暮らすのか、それとも逃がしたほうが良いのか。
そんな感じで思考が広がっていく中、ラティのまくしたてる声が響き渡る。
「こーゆー時こそマスターの出番なのですよ! あんなカワイイ子をテイムしないだなんて勿体なさすぎるのです!」
「…………とりあえず今はラティが落ち着こうな?」
突然すぎるテンションの変化に戸惑いつつ、マキトはラティを両手で制する。しかし引き下がるつもりはないらしく、『早くテイムしましょう!』と目で訴えているようにマキトは感じた。
どうしたモノかと悩んでいるところに、クラーレがサラリと言う。
「まぁ、言い分はともかくとして、テイム自体は別に問題ないと思うがの」
「そ、そうなの?」
「別に従えてはいかんという決まりはないからの。後はマキト、お前さん次第ということじゃ」
いきなりの話の展開に付いていけず、マキトは目を見開いたまま動けない。
その横ではラティが、うんうんそうですよねっ、と言わんばかりに、盛大に目をキラキラと輝かせている。
そんな二人の様子に苦笑を浮かべつつ、クラーレは話の補足を入れる。
「無論、フェアリー・シップがお前さんに懐けばの話になるが、別に難しい話でもないじゃろうて。妖精やスライムの亜種をも引き込んだ、お前さんならな」
「……良いのかなぁ、本当に?」
「ボクも良いアイディアだと思うよ」
「コートニーまで……」
まるでもう、テイムすることが決まっているような流れになっていた。
もう迷う必要なんてないですよね、と言わんばかりに、輝かしい笑顔でマキトを凝視しているラティが、それを後押ししているようにも見える。
(まぁ、確かに拒否する理由はないんだよなぁ……)
マキトはラティを抑えながら、ボンヤリと考えてみた。
あのカワイイ姿は、確かに魅力的だと思う。抱き上げてモフモフすれば、かなり心地良いだろう。
だからといって、無理やり仲間に引き込むこともしたくはない。ラティもそれは流石に望んでないハズだと、マキトは思っていた。
(テイムするかどうかはともかく、まずは友達にでもなってみるか)
スラキチたちの楽しそうな声を聞きながら、マキトはそう思うのだった。
――翌朝、この家に盗賊が押しかけてくることなど、全く知る由もないまま。
◇ ◇ ◇
静かな山奥の奥深くに、盗賊たちはいた。
真夜中で大きな焚き火を囲んで野営をするその光景は、毎日のように盛り上がっているハズであった。
しかし、今流れている空気は非常に悪い。盗賊の下っ端たち数人が、コートニーたちを取り逃がした失態について、親分から説教を受けていたのだ。
親分の目の前に正座させられている下っ端たちは、皆揃って怯えており、何人かは今にも泣き出しそうであった。
そして親分は、血走った目をギラつかせながら立ち上がり、右手の拳を勢いよく振り上げる。
見事なフルスイングのゲンコツが、下っ端たちを一人ずつ順番に入っていき、そのまま後方へ吹き飛んで、体をピクピクさせながら気絶してしまった。
「このバカヤロウどもが! あれだけ苦労して手に入れた魔物を、まんまと逃がしちまいやがって。だが俺も心は広い。今回はこの一発で勘弁してやろう!」
決まった、と言わんばかりに誇らしげな態度をとる親分。
そこに下っ端の一人が、低姿勢で言いにくそうにおずおずと話しかける。
「あ、あの親分? もう気絶していて聞いてませんよ? それにあの魔物は、闇商人から買い取っただけであって、別に俺たちはさほど苦労してないんじゃ……」
その瞬間、親分は実に晴れやかな笑顔で拳をギュッと握り締める。そして事実を告げてきた下っ端に向かって、優しく撫で上げるような声で囁くように言った。
「何か言ったか? うん? そんなに俺様の『愛の拳』を受けてみたいってか?」
親分がニッコリと優しく笑いながら、力任せに握り拳を固める。
威圧感と笑顔がまるで噛み合ってない。どうしたらそんな表情ができるんだと、そう言いたくなるほどに。
「いえ、全然全く何でもないでありますっ! ただいまお茶とお菓子をお持ちするでありますっ!」
下っ端は瞬時に危険過ぎると察知し、ビシッと敬礼しながら叫び、慌てふためきながら走り出していく。
親分の笑顔と威圧感が途轍もなく怖くて仕方なかったことは、それを見ていた誰もが思っていた。
ちなみに親分もそのことは分かってはいたようである。こんなことでいちいちビビってんじゃねぇよバカヤロウが、とぼやいていたのがその証拠であろう。
数分後、目を覚ました下っ端たちに、親分が新しいミッションを与えた。ターゲットはこの近くに住んでいる、一人の老人の家であった。
その老人は、かつてシュトル王国で宮廷魔導師を務めていた。何か魔法に関するブツを持っているかもしれないから、調査してこいと命じたのだった。
中央に立っている、赤いバンダナを巻いた下っ端の一人が驚きながら、たどたどしい口調で親分に問いかけた。
「お、俺たちが……その爺さんとやらの家に、行ってきてもいいんですかい?」
「そう言ってるだろう? 最低でも、失敗した分を取り戻すぐらいの土産は持ってきやがれ! 中途半端な結果は絶対に許さねぇから、そのつもりで行け!」
その言葉に、下っ端たちは感激していた。自分たちにチャンスをくれたことが、嬉しくて仕方がないのだ。
赤いバンダナの男が涙ぐみながら拳を強く握り締め、親分に向かって言った。
「は、はいっ! 俺たち一生懸命頑張りますっ!」
「任せてください! 絶対にそのジジイを仕留めてやりますよ!」
「頑張るのは当然のことだが、あくまで狙いは魔法関連のブツであって、ジジィの命じゃねぇからな。多少の痛めつけは許すが、くれぐれも本筋を間違えるなよ?」
『――オスッ!』
下っ端たちは意気揚々とテンションを上げながら、酒盛りしている他の下っ端たちの元へ走っていく。
そして一人、また一人と、酒が注がれたカップを手に、笑顔で明るく騒ぎ出す。ついさっきまで静かだった野営は、あっという間に大宴会へと変わってしまう。
赤いスカーフを首に巻いた男が、親分の元へ歩いてきた。
楽しそうに騒ぐ連中を見て苦笑しつつ、その下っ端は親分に小声で話しかける。
「やっぱり親分は、例の一件に向かうんですかい?」
「分かり切ったこと聞くんじゃねぇよ。大体お前だって、興味深そうにヤツの話を聞いていたじゃねぇか」
「それは確かにそうなんですが……改めて思い返してみると、あの闇商人の男は、本当に大丈夫なんでしょうかね? なんかこう、不気味さがあるというか……」
不安そうな表情を浮かべるスカーフの男に、親分がデコピンを入れる。
「何を言ってやがる。裏の世界で生きているヤツが、普通なわけないだろう?」
「そうですが、やっぱり俺にはどうにも……」
額を抑えて涙目になっているスカーフの男に、親分は苛立ちを見せる。
「お前は気にしすぎなんだよ! 心配してばっかだとハゲちまうぜ? お前は幹部だ。部下たちの前で、そんなみっともねぇツラを見せんじゃねぇぞ」
「……確かにそうですね。すみませんでした、親分。出過ぎたマネを……」
「あぁ、いいからいいから。そんなことよりさっさと寝ちまえ。明日は俺と一緒に来てもらうんだからな」
「う、うっす。ではお言葉に甘えて、お先に」
「おぅ」
酒を煽りながら見送る親分を尻目に、スカーフの男はテントに向かう。
段々と笑顔とは程遠い、不安に駆られた表情を浮かべながら。
(くそっ、なんなんだ、この胸騒ぎは! どうしても悪い予感がしてならねぇ!)
気のせいだ。きっと考え過ぎに決まっている。そう考えれば考えるほど、胸のザワつきがどんどん膨らんでいく。
結局、スカーフの男はその晩、一睡もできない夜を過ごすのだった。
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