第二話 魔物使いにできること
「ふむ、そろそろマキトたちが帰ってくる頃合いじゃな」
小さな平原の片隅にある家から、一人の老人が外に出てくる。
老人の名はクラーレ。異世界にやってきたマキトを保護した者であり、マキトの能力を見極め、それを教えた者でもある。
「じいちゃーん!」
遠くから聞こえてくるマキトの声に、クラーレは顔を綻ばせた。
「おぉ、帰ってきたようじゃな……はて? 何か連れておるようじゃが……」
マキトが腕に抱えている真っ赤な物体が気になった。
よく見るとプルプルと動いている。あのような物体が自然物とは思えない。となれば自ずと答えは絞り込まれてくる。
「スライムか? この近くにあんな真っ赤なのが……まさかあれは!」
クラーレの中に一つの可能性が浮かんだところに、マキトたちが到着した。
「ただいま、じいちゃん。見てよ、新しい魔物をテイムしたんだ」
マキトが汲んだ水の入った桶を置き、スラキチをクラーレに見せる。
よろしくね、と言わんばかりに明るい声でひと鳴きし、そのままマキトの手を離れて地面に飛び降りた。
そしてスラキチがとある方向へ向かっていく。その先には、いつもクラーレの家の前で遊んでいるスライムたちの姿があった。どうやら向こう側も、スラキチの存在が少し気になっている様子であった。
「ピキーッ♪」
様子を伺っているスライムたちに、スラキチが明るく声をかける。
最初は戸惑っていたものの、スライムたちはすぐに打ち解けていき、やがてスラキチと楽しそうにはしゃぎ始めるのだった。
クラーレはそれを見届けながら、近くの切り株に腰を下ろす。
「こりゃ驚いたのう。まさか『亜種』を連れてくるとはな」
「あしゅ? それって、普通のとなんか違うのか?」
「うむ。魔物たちの中には、普通の存在である『原種』と、原種とは何かしらの部分が明らかに違う『亜種』と呼ばれる者がおる。体の色が極端に違っておったり、普通では持っておらんような能力を持っておる場合が多い」
クラーレの説明を聞いたマキトは、さっきのオオカミとの戦いを思い出した。
「じゃあ、スラキチが炎を吐いたのも、亜種の特徴ってことか」
「そんなことがあったのか。スライム自体にも色々な種類がおるが、あんなに真っ赤なのがおるとは、ワシでも全く知らなんだ。この近くで見られるスライムは、普通の青いスライムだけじゃし、亜種と見て間違いないじゃろうな。ちなみに滅多に見れないことでも有名じゃよ」
その言葉を聞いたラティは、嬉しそうな表情を浮かべる。
「つまりわたしたちは、運が良かったってことなのですね?」
「そういうことじゃ。しかし別の意味でも、お前さんらは運が良かったと言える」
「え、それって?」
マキトが首を傾げると、クラーレはスラキチたちを見つめながら話していく。
「基本的に亜種は、通常種よりも数割ほど能力が高いことが多いんじゃ。これがもしも他の魔物だったならば、果たしてどうなっていたことか……」
「つまり今回は、たまたまスライムだったから良かったってこと?」
マキトの問いに、クラーレが頷く。
「そうじゃ。亜種は確かに珍しいが、強さという名のリスクもかなり高い。ワシのように魔法が使えたりするのならばともかく、お前さんらのように、戦う力を持ってないのであれば尚更じゃ」
クラーレの指摘に対し、マキトとラティはお互いに顔を見合わせる。
「確かになぁ。俺も魔法を使ってみたかったけど……」
「魔法の資質がないのが残念なのです」
ラティがそう言うと、思わずマキトは苦笑してしまう。
この世界には魔法が実在していると聞いてワクワクしたのだが、残念ながらマキトには魔法を扱う資質がなく、魔法を使うのは諦めざるを得なかったのだ。
資質は、人が生まれながらに持つ才能みたいなモノである。資質を持たない者がどれだけ修行を積み重ねても、決して身につくことはないのだ。
すなわち魔法の資質がないマキトが、いくら魔法の修行をしたところで、ムダに終わるだけなのである。
「でもでも、マスターには『魔物使い』の資質があったではありませんか! マスターにはむしろピッタリの資質だと思うのです!」
ラティが力強く言うと、マキトがニッコリ笑いながら、ラティの頭を撫でた。
「確かにそうかもな。魔物を仲間にできるかもしれない能力のほうが興味あるし、俺としても、むしろ良かったかもね」
マキトの言葉に、ラティは嬉しそうに笑うのだった。
ちなみにマキトが持つ魔物使いは、心を通わせた魔物を仲間として従える可能性を持っている資質である。
それを俗に『テイム』と呼ばれており、さっきのスラキチが良い例である。
あくまで特殊能力としてはそれだけでしかなく、魔法みたいな特別な技もない。更に注目すべきは、あくまで心を通わせ、仲間にできる『可能性』があるだけに過ぎないという点だ。魔物を必ず仲間にできる保証はどこにもない。
それでもマキトは、この魔物使いという資質をとても気に入っていた。今となっては、他の資質でなくて良かったと、本気で思っているくらいである。
「うむ、ラティとスライム……いや、スラキチまでもをテイムしたんじゃ。やはりワシの見立てどおり、お前さんが持つ潜在能力は相当高い。それこそ、類い稀と言えるほどにな」
「そこまでなのか?」
流石に言い過ぎな気がしたマキトだったが、クラーレは強く頷きながら言う。
「世間での魔物使いは役立たずな資質、もとい職業と見なされておる。剣や魔法などのように、取り立てて目立つ力を持っておらんからの。更に魔物は弱者には従わん。戦闘能力を一切持たない魔物使いに、魔物を従えることは不可能だと言われ、今や誰もそれを疑っておらんほどじゃ」
クラーレの説明に、マキトは自分の頭の中で話をまとめていく。するとマキトの表情が、段々微妙なそれになってきた。
「魔物使いなのに、魔物を従えられないって……ダメじゃん」
「そう。数多くの冒険者が、同じような反応を見せてきた。しかしお前さんは、それを見事に覆した。それだけお前さんには可能性があるということじゃよ」
クラーレがニッコリ微笑みながらマキトを見る。マキト自身も照れくさくなってくる中で、ふと疑問に思うことがあった。
「そもそも魔物使いって、魔物を従えられる唯一の職業なんだろ? むしろ珍しい職業として、重宝されそうにも思えるけど?」
ラティも同じ気持ちらしく、そういえばそうですねと頷きながら呟いた。対するクラーレは、そう思うのも無理はないと言いながらため息をついた。
「ここ数十年の間に、魔物と共存する傾向が増えておる。強さで魔物を大人しくさせ、仕事上の関係を築き上げる、そんな感じのな。お前さんたちのように仲良くなるわけでもない、衣食住に困らないという条件を魔物が飲んでいるだけに過ぎん、要はそんなところじゃな」
クラーレの話を聞いて、ラティは一つのことに気づく。
「別に魔物使いさんじゃなくても、魔物さんと一緒に暮らせるのですか?」
「そういうことじゃ。したがって世間は、魔物使いを全く必要としておらん。魔物使いがないがしろにされておる、もう一つの大きな要因でもあるな」
ラティは言葉を失い、なんとなくマキトのほうを見る。魔物使いが悪く言われているという事実を聞かされているわけだが、特にマキトはそれを気にしている様子はなかった。
クラーレもチラリとマキトのほうを一瞥しつつ、更に話を続ける。
「今となっては魔物使いになろうとする者など誰もおらんよ。マキト、お前さんを除いてはな」
「ふーん。要するに、たった一人の魔物使いってところか」
マキトはますます魔物使いに対して興味を抱いた。
自分しかいないという点については、実のところあまり気になっていない。それならそれで別に構わないとすら思っていた。
むしろマキトは、さっきの話において、別の部分が気になっていた。
「ところで、さっきじいちゃんが言ってた、冒険者っていうのは?」
「その名のとおり、冒険を主体として生計を立てる者じゃな。魔物を狩りに行ったり、薬草などを採取したり、人々の依頼をこなしたり、とにかく色々ある。また、それをしながら世界中を旅する者もおるな」
マキトは試しに少しだけ想像してみた。
ラティやスラキチを連れて、この世界のあちこちを歩き回る姿を。その途中で新しい魔物を仲間にして、賑やかな旅をしていくことを。
それはとても楽しいモノになるんじゃないかと、マキトにはそう思えてならなかった。
「冒険者に旅か……すっごい興味あるな」
「面白そうなのです。わたしはどこまでもマスターに付いていくのですよ♪」
ラティが笑顔でマキトに同意する。そんな二人の様子に、クラーレは微笑みを浮かべながら言った。
「まぁそこら辺はゆっくり考えていけば良いじゃろう。お前さんはまだ、この世界に来たばかりなんじゃ。焦ったところで得することはないからな」
クラーレはそう言って、ゆっくりと切り株から立ち上がった。
「さて、少しばかり遅くなってしもうたが、そろそろ朝ごはんにでもしようかの」
言われてみれば、朝食がまだだったことを思い出し、マキトとラティのお腹が鳴る。それを聞いたクラーレは、機嫌良さそうに笑った。
「はっはっはっ。色々あったから、お前さんたちもさぞかし腹が減っただろう。ここは一つ、豪勢な朝ごはんでも用意してやろうぞ」
マキトとラティが、クラーレの言葉にバンザイをして喜ぶ。それに気づいたスラキチも、どうしたのと言わんばかりに戻ってきた。
朝ごはんを食べることを教えると、スラキチも嬉しそうに鳴き声を上げた。どうやら相当お腹が空いていたらしい。
皆で家に入りながら、ふとクラーレはマキトたちを見ながら思う。
(それにしても、まだこの世界に来て数日しか経っとらんというのに、マキトには驚かされてばかりじゃな……)
クラーレの脳裏に、数日前の出来事が蘇ってくる。
マキトがこの世界に現れて、まだ間もない時のことを。彼が初めて魔物使いの才能を発揮し、ラティをテイムした時のことを。
◇ ◇ ◇
数日前の夜――――それは突然起こった。
クラーレとラティがいつものように夕食を食べ終えた頃、外から強烈な眩い光が迸った。外に出てみると、そこには一人の少年が倒れていた。流石に放って置くわけにはいかず、クラーレは少年を保護し、ベッドに寝かせてあげたのだ。
特に具合が悪い様子は全く見られなかったが、全く目覚めようともしない。いつ起きても良いように、食事の準備だけはしておこうと考えていたが、結局少年が目を覚ましたのは、保護してから丸一日経過した夕方であった。
(まさか、妖精であるラティが、ずっとマキトの傍に付いておるとはな……)
実に意外だと思っていた。しかし今思えば、それもマキトが持つ、魔物使いとしての才能だったのだろう。
見ず知らずの人間が怖くはないのかというクラーレの問いに、ラティは答えた。
『わたしも良く分からないですけど、この方は大丈夫だと思うのです』
それを聞いたクラーレは、驚かずにはいられなかった。
ヒトに対して警戒しがちな妖精ですらも惹きつけてしまう。この少年にはきっと何かあるに違いない。そう思ったクラーレが少年の資質を調べてみた結果、自然と納得できる答えが出てきたのだった。
(魔物使い……それも類い稀なる潜在能力の持ち主とくれば、ラティの反応もまんざら分からんではないな)
そして少年は無事に目を覚まし、名前が『マキト』であることを知った。色々と話を聞いていると、どうにも聞き慣れない言葉がたくさん出てきたのだ。
例を挙げるとすれば、『ニホン』や『チキュウ』という単語である。
クラーレはそこで、ある一つの可能性に思い立った。恐らくマキトは、別の世界から召喚されてきたのではないかということだ。
あの夜に降り注いだ眩い光は、異世界召喚の光だとすれば、話の辻褄が合う。おまけに魔物や魔法が存在していると知ったマキトは、物凄く驚いていた。そんなモノがあるワケがないと。
(それを証明することは実に簡単じゃった。ワシ自身が魔法を使えたからな。もっともあそこまで喜ぶとは思わんかったが)
証拠を見せるべく、指先に小さな魔法を灯した。クラーレからすれば、本当に大したことのない魔法だったのだが、マキトは物凄く驚いていた。
更に魔力の粒子を集めて小さな火球を作り、それを花火の如く破裂させてみた。部屋の中だったが、火花は地面に落ちる直前に粒子となって消えてしまい、火事が発生することはなかった。
手品でもなんでもないとマキトは察し、魔法であることを信じた。同時にキラキラと目を輝かせ始めたのだった。
それは、小さな子供が初めて魔法を見たときと、全く同じ表情であった。
マキトは魔法や魔物とは無縁だった違う世界からやってきた。そう認識するのが妥当だろうとクラーレは思うのだった。
(とはいえ、それならそれで分からんことがある。何故マキトはこの世界に召喚されてきたのじゃろうか? 儀式なんてしておらんハズじゃしなぁ……)
異世界召喚は魔法の一種であり、発動するには難しい儀式を必要とする。
それだけ途轍もない複雑さを誇っているということであり、気軽に使えるような魔法ではないのだ。
だからこそクラーレは分からなかった。何故マキトは、あの場所に突然姿を現したのだろうか?
普通に考えれば、儀式を行った場所に召喚されてくるハズ。しかしマキトは全く無関係な場所に姿を現した。どこか別の場所で儀式が執り行われた可能性もあるだろうが、それは限りなくゼロに近いだろうとは思えていた。
(異世界召喚魔法とその儀式の方法は、今では王家にも伝わっておらんハズじゃ。そう考えると、やはり別の何かがあるということかの?)
少し考えてみるが、クラーレの中に出てくる答えは一つしかなかった。
(まぁ、しばらくは様子を見る他はあるまい。こうして見る限り、特に危険性らしきモノはなさそうじゃしな)
これといった確証がない以上、あれこれ考えても仕方がない。クラーレはひとまずの結論を付けたのだった。
マキトがこの世界に降り立ってから丸一日が経過しようとしている。周囲は実に静かであり、いつもの平和な日常そのものであった。どうやら何かが起こる前触れでもなさそうだった。
ひとまず無事に目覚めて良かったと思うと、クラーレの体に疲労がのしかかる。自分でも気づかない間に、どうやら相当気を張り詰めていたらしい。
ベッドに入って横になった瞬間、入眠してしまうほどに。
(そして夜が明けたら、何故か知らんがテイムしてしまったとか。元々『クー』という名前があったにもかかわらず、新たに『ラティ』とマキトが名付けた。それもラティ本人が望んだこととはのう……)
魔物使いが魔物をテイムした場合、マスターとなった人物が、その魔物に新たな名前を与える。その魔物が新たな人生を歩むという意味が込められているらしい。
しかし現在において、この話は殆ど信用されていない。肝心の魔物使いが一人も存在していないからだ。
要するに、確かめたくても確かめられない、ということだ。テイムした魔物は、額にその印を宿す、という情報もまた同じく。
(いずれにせよ、マキトには何か大きな秘密がありそうじゃ。いつか判明する時が来ることを、今は祈るとしよう)
マキトと魔物たちがじゃれ合う姿を見て、クラーレは笑みを浮かべるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます