26 入学式


  ◆◆◆


 ミナミと知り合ったのは入学式後の教室でのことだった。


 ピンと張った緊張の糸と、なかなか終わらない祝辞と、春だというのに冬の名残を潜ませた体育館の床板と、シューズの中で冷たくこごっていく足先。

 入学式と聞いて、おおよそ思いつく限りの全てが、時間内に詰め込まれた式が終わると、生徒たちは各教室へと振り分けられた。


 名簿に従い指定の席につく。“ワタシ”は事前に配布されたガイダンスのプリントを熱心に見つめていた。


 そう――読んでいるのではない。ただ見ていた。


 見るふりをしながら、神経を尖らせ教室中の気配を注意深く探った。


 “ワタシ”は一人だ。


 スミとはクラスが分かれてしまった。

 教室内には友達はおろか知り合いもいない。

 パラパラと散見される数名の賑わいは、元々の友人なのか、それとも新しく友人になったのか……。


 既に始まっている交友関係に、乗り遅れの不安から胸がざわつき始める。一人だとは思われたくなくて、だから“ワタシ”は読んでもいないプリントにすがりつく。よすがにするにはあまりにも頼りないペラペラの紙でも、ないよりはましだった。


 教室の窓際で、ひときわおおきな笑い声が上がる。

 黄色い声に視線が引き付けられた。

 数名の女子がかたまって談笑していた。


 親しげでありながら、砕けきらない探り合うような口調に、彼女たちもまた知り合って間もないことが伺えた。

 「でしょ」とみんなに呼びかける女の子の姿が目に入る。


 かなり可愛い。


 美少女なんてチープな表現では、とても追い付かないほど彼女は可愛かった。美しさがそう見せるのだろうか、彼女の周りだけ眩しく輝いて見えた。


 彼女を中心に話題がはじまり、笑いが弾ける。


 みんなの注目を一身に引き受けながら、それが当然のように振る舞う彼女は、どこまでも自然に屈託なく笑っていた。

 彼女が笑うたび、周囲の空気が光度を増していく。


 何度目かの笑いがおさまった頃、ホームルームを報せるチャイムが鳴って、小さな親睦会が終了した。またね、よろしくね、と社交の挨拶を交わしながら集まりがばらけていく。


 中心にいた彼女が、スキップでもはじめそうな軽い足取りで、“ワタシ”に近づいてくる。正確には“ワタシ”にではなく、“ワタシ”の後ろの席に。

 名簿順の彼女の席は、“ワタシ”の真後ろだった。

 彼女がニコリと“ワタシ”に笑い掛けた。

 それでようやく彼女の顔を失礼なくらい凝視していたのだと気付いた。みるみる赤面してしまう“ワタシ”には構わず――きっと誰かにじっと顔を見つめられることに慣れているのだろう――彼女はぺこりと会釈した。


 「わたし、ミナミっていうんだけど、席順ここであってるよね?」


 ミナミは真珠のような白い歯を零して微笑んだ。

 その瞬間から、“ワタシ”の中心はミナミになった。

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