22 静かな午後
補習が休みの日曜日に、二人で美術館へ出掛けたらしい。
なんでも八月中、高台の美術館でヴェルサイユ展が開かれているそうで、二人は昨日見たポンパドゥール夫人の肖像画の話題で盛り上がっていた。
盛り上がる、と言ってもとても静かな二人のことだから、声は控え目で選ぶ言葉も真綿に包んだようにたおやかだ。
それでいて途切れることのない二人の声に、その熱中が伺えた。
言葉のひとつひとつを手に取って、大切に箱に詰めていくような会話が、屋根裏での午後のひと時を穏やかに満たしていく。
補習を受けるスミと、指導するキシ。
二人を遠巻きに眺めながら、わたしは眼を細ませる。
二人のテンポはとてもよく合う。
感性が似ているのだ。
とはいえ、趣味趣向まで同じとは限らないらしい。
「キシがヴェルサイユ展ねぇ」
白とピンクを基調にした、蝶と薔薇が舞うロココ調の世界。明らかにキシの趣向ではない。きっとスミの好みなのだろう。
「たまには……いいね」と、咽てもいないのにキシが咳払いをした。
ずいぶん前、わたしからヴィクトリア展に誘われたときは、まったく食指が伸びず、素気無く断ったのを思い出したのかもしれない。
「わたしも行ってみようかな」
高台の美術館は美大を囲む雑林を挟んですぐ裏にある。
ここから歩いて行ける距離なのだ。
「一階のエントランスで在学生の展示もやってるんだっけ?」
立地や設立の由来から、美大と美術館は双方ともに場所を間借りし合うのが通例になっている。スタッフには美大の卒業生も多い。夏の間、在学生の作品展示と公募展があったはずだ。
「行ってみるといいよ。今年の在学生展示はすごいから」
へえ、と関心の声がもれる。キシの賛辞に興味をそそられた。滅多に褒めないキシが称賛するなら、それだけでも一見の価値がある。
「あれ、良かったですよね。サークルの」
スミが身を乗り出した。人見知りのスミも最近では――この土日を挟んでは特に――すっかりキシと気安い間柄になっていた。
表情も明るくなって、よく笑う。
マナカといる時よりずっと伸び伸びとして見えた。
キシが、ああ、と笑う。
「SHIELDってサークルの展示品?」
あれはインパクトがあったね、と二人で視線を交わして笑い合う。何か思い出し笑いをしているのだろう。土日の間に二人の距離はずいぶん縮んだ。イーゼルの前に並ぶ肩の距離より、二人の心は近いのかもしれない。
わたしの知らない約束を交わし、わたしの知らない思い出を共有し、わたしの知らない二人だけの話題で笑い合う。
わたしの出番はなさそうで、わたしは口を閉じて空気に戻る。
頬杖をついて目を閉じた。
柔らかい風が前髪を撫でていく。
二人の楽しそうな笑い声が、風鈴の音色と一緒に、いつまでも響いた。
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