13 トレース開始
◆◆◆
人は見た目じゃないと思う。
もっと大切なものがあるから。
ココロとか。
ぽつりぽつりと呟かれた声は、寒くもないのにチワワのように震えていた。
決して大きな声だったわけではない。
むしろ小さすぎるくらいだ。
それでも、その場の空気を白けさせるには、充分な威力があった。
学校の放課。女子トイレの鏡前に集まっての弾けるように賑やかな談笑が、しん、と音を立てて途切れた。
A組の誰々が可愛いとか、バスケ部の誰々がかっこいいとか、C組のアイツはヤバイとか、そんな取り留めのない話だったと思う。
「スミもさー。オシャレとか、もうちょい頑張りなよー」
ミナミが投げた言葉に、返されたスミの答えがそれだった。談笑は一瞬で白けた。は? と鼻白んだミナミの気配が、背中ごしにもはっきり分かる。
――ああ。またやらかした。
やるせなさのあまり天井を仰ぎたくなる。
“ワタシ”はうんざりと溜息をもらした。
まただ。またスミが皆の空気を台無しにした。これで何度目だろう。
高校二年になって半月。二年のクラス編成は、たまたまなのか一年からの友達が多かった。可愛くてわりと華やかなタイプの子たちだ。
“ワタシ”は彼女たちと行動をともにするようになったのは極自然な流れだったと思う――スミの存在を除いては。
新しいグループで、スミは明らかに浮いていた。
身だしなみに気を使わない素朴さはもちろん、会話や立ち振る舞いのことごとくで、彼女たちと嚙み合わない。天然だね、と笑ってスミを盛り立てていた彼女たちも、しだいに辟易しはじめていた。
「でたーっ! スミのいいこと発言」
「なにそれ。ちょーうけるんですけど」
「真面目かよ」
白けた空気をパテで埋め合わせるように、口々に冗談が交わされる。
冗談めかして笑いながらも、言葉に含ませた険からは、「そーいうのもういいから」という警告が、チラチラと見え隠れしている。
みんなからの無言の圧力は、水滴がゆっくりとコップを満たしていくように、日に日に増していた。
内心ヒヤヒヤしてしまう。
そして“ワタシ”はいつもの台詞を吐いて、みんなに割って入るのだ。
「スミは良い子だから」
――と。
勘弁してほしかった。間に入る“ワタシ”の気にもないってもらいたい。頼むから空気を読んでくれと切実に思う。
けれどもスミは譲らない。
一見、大人しいスミだけれど、頑固な一面もあった。スミは自分が正しいと思うところから、一歩も出ようとしない。
そして、面と向かって言うには、赤面してしまいそうな台詞を、みんなの前で伝家の宝刀のように曝け出すのだ。
そのたびに、談笑は一瞬で白けた。中学の頃から、ずっとそうだ。
「なんかさー。スミとマナカって全然タイプ違うねー。ホント友達?」
放課後、教室に二人だけ残った時、ミナミが不思議そうに首を傾げて訊ねてきたことがある。
“ワタシ”は一瞬、言葉に詰まる。あー、と意味もなく声を伸ばしてから答えた。
「友達っていうか、たまたま? 中学が同じだっただけ。そんなに仲良くもなかったよ」
“ワタシ”はまた小さな嘘をついた。
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