10 いつから



   ◆◆◆


 ウザイ。

 そう思うようになったのは、いつからだろう。

 気が付いた時には、それはもう“ワタシ”の心の中にあって、まるで初めからそこにあったように深々と根付いていた。


 ウザイ。


 ザラザラとした感触。

 虫唾が走って反射的に吐き出してしまいたくなる不快感。

 見えない砂がいつまでも喉に残っているような……


 いつから?

 どうして?

 何が?


 “ワタシ”は自問を繰り返す。

 好きな漫画の貸し借りがきっかけで親しくなったのは中学二年の春。

 それからずっと彼女とは友達だった。

 同じ高校を目指して受験するくらいなのだから、きっと中学の頃は、ウザイなんて微塵も思っていなかったはずだ。


 高校一年でクラスが別れてしまい、お互い心底残念がった。

 クラスは違っても、駅前で待ち合わせて、一緒に通学した。ガタガタと揺れる電車の中で、二人肩を並べてひっきりなしに喋った。


 クラスのこととか、新しい先生のこととか、ちょっといいなと思う男子のこととか、そういう些細な出来事のひとつひとつを、世界がひっくり返りそうなニュースみたいに話して、黄色い声を上げて笑った。

 ぴったりと寄り添った肩は、いつもほんのりと温かだった。


 新しいクラスでも友達は出来た。


 席順の関係で親しくなった子を伝手に、少しずつ編成されたグループは、可愛い子が多かった。


 色のついたリップ。

 念入りにブローして、ロッドで巻いた髪。

 その形が許す範囲で丈を縮めたり詰めたりしたセーラー服。


 いかに自分が可愛く見えるのかに、最大限の注意をはらう。

 そういう女の子たちが集まったグループ。

 もちろん、みんな彼氏がいる。


 気が付けば、“ワタシ”たちはクラスで一番華やかなグループになっていた。

 それは少なからず“ワタシ”の誇りにもなった。


 “ワタシ”は少しだけ背が伸びて、色つきリップを唇にひくようになった。軽く巻いた髪を頬にふんわり掛け、爪はいつも丸く磨いてピカピカにしたし、休みの日にはジェルネイルを楽しんだ。


 中学の頃から「こう」だった、とみんなに小さな嘘もついた。

 余裕があるふりをしたかったのだ。

 周りに置いていかれたくなくて必死だった。


 背伸びするうちに、それが当たり前になった。そう時間もかからないうちに、そうした嗜みは喜びに転じた。

 可愛さを磨けば磨くだけ、自信もついた。

 自信が呼び寄せるように、関わるすべてが親切になった。


 「同じクラスだよ!」


 二年のクラス編成表を見て、彼女が腕を広げて駆け寄ってきた。良かったね、とお互いに手を取り合って、ぴょんぴょん跳ねた。

 絡み合った手。その指先に目がとまる。

 彼女の爪はでこぼこと四角くて無骨だった。洗いっぱなしの髪はブローもされず、モップみたいに膨らんでいる。

 もちろんセーラー服は定規で測ったみたいに校則通り。

 自分の胸に沸き上がった、ザラザラとした感触に“ワタシ”は戸惑う。

 ゆっくりと絡めていた手を放して、“ワタシ”は彼女を見る。


 彼女――スミが満面の笑みを浮かべていた。

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