7 記憶の回収
“混線”の感度に比例して日に日に増していく頭痛。
ここしばらくは特にひどくて、わたしはしつこい頭痛に悩まされていた。
「骨折した頃から……最近は特に」
「悪化している?」
何故だかばつが悪いような気がして、わたしは遠慮がちに肯く。
「昏倒するのは何回目だ?」
「二回目……だと思います」
小さく呟いた。
甚だ頼りない返答。
そもそも昏倒の定義がよく分からなかった。
イルマが言う、冷凍マグロのような横倒しだけなら二回目に過ぎない。
だけど、唐突に起きる激しい“混線”や夢を通しての“混線”も、昏倒と言えば昏倒と言えなくもない。それらを含めて指折り数えたなら、手の指の数だけではとても足りそうになかった。
「昏倒している間に何か見たか?」
とうとうわたしは口ごもる。
わたしの記憶は混迷を極めていた。
鋭く尖ったカッターナイフ。
ぱっくりと桃色に裂けた手首。
夜からの絵葉書。
荒唐無稽な会話。
スズキが笑っていた。
ばっさりと閉ざされた本。
時系列を無視した過去の記憶が、ぐるぐると頭の中をめぐっていく。どれが夢で、どれが現実で、どれが“混線”なのかも分からない。幼児が気紛れに貼り付けたスクラッチボードのように、わたしの記憶はデタラメだ。
混乱を察してか、タマサカさんはじっと黙ってわたしを見ていた。
急かすでも怒るでもない、直線的で無機質な視線。
彼は質問を畳み掛けながら、わたしには推し量ることさえ叶わない速度と深度で状況を把握しているのだろう。
すべてを見透かされているような気がした。
急に鼓動が跳ねる。緊張で身体が強張った。今更ながら、わたしはブリキ人形のようにギクシャクしてしまう。
「今……思い出します」
もごもごと口の中で言って、わたしは必死に記憶の欠片をかき集めた。
そういえばタマサカさんに訊きたいことが沢山あった。
慌てながらも、そんなことを思う。
学校のアトリエでキシと何を話していたのか。
あれからキシはずっと様子がおかしい。
あの晩に見た悪夢。夜からの絵葉書のような世界。
イルマとタマサカさんの不思議な会話。
最後に聞いた、ばっさりと本を閉じる乾いた音は、今も生々しいくらい耳に残っている。ただの夢だったとは、どうしても思えない。
「マナカと……“混線”したんだと思います」
訊きたいことは山ほどあったけれど、わたしの口から出たのは、今しがたの“混線”についての見解だった。本を閉ざした時に感じた、憎悪にも等しいタマサカさんの勘気が、わたしから質問する勇気を奪った。
失った質問の隙間を埋めるように、わたしは別の記憶を寄せ集める。
鋭く尖った刃。
切り裂かれた白い手首。
涙のように溢れ出した血。
鮮やかに蘇える真っ赤な光景に肩が震えた。
そうだ。
あれは――
あれは確かにマナカの腕だった。
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