2 ゆがみ
ツンとした鼻のピクシーみたいなマナカ。
正直なところ、同性のわたしから見てもかなり可愛い。
左腕にはめた大きな赤い腕時計と、真っ白なシフォンのワンピース姿は、まるでショートケーキのように愛らしくて、見ているだけで甘い気持ちになる。
ひっつめ髪で着古したサマートレーナーにデニムパンツといったいでたちのスミとは、ずいぶん対照的だった。
中学からの親友だとは聞いているけれど、まったく系統が違う。
学校で友人たちの輪から締め出された二人。
あれから一か月。
ぼちぼち環境や心境にも変化が現れたのだろうか。
――うまくいっているといいのだけれど。
そうは思うものの、わたしは眉を曇らせる。スミを無視するマナカ。無視されて萎縮してしまっているスミ。二人の関係は明らかにいびつだった。
「これもキシのだよ」
わたしは二人に微笑みかけて、新しいキャンバスやパネルを、順々に壁に立て掛けていった。このアパートにはわたしの作品はもちろんのこと、キシを含めた他学生の絵がたくさんある。
大学から徒歩三分という恵まれた立地に加え、スペースもたっぷりあるから、電車通学の学生から一時的な保管を頼まれることが多いのだ。
最初は誰のものというわけでもなく、現役学生の作品見本として、二人に見せていたのだけれど、彼女たちが最も興味を示したのはキシの絵だった。
当然だろう。
キシの絵にはそれだけの力がある。
自分の作品も置き去りに、わたしは恥ずかしがるキシにも構わず、彼の作品を次々に開陳していった。
キシの作品を人に見てもらって、賛辞をきくのは誇らしかった。
いいと思うもの。
すごいと思うもの。
同じ感情を共有できる喜び。
芸術論を展開するつもりはないけれど、言葉も日常もなにもかもを飛び越えていける何かに出会えることが、なによりも嬉しかった。
「……すごい」
曇りがちだったスミの横顔に生気が戻る。
恍惚と興奮が入り混じった、きらきらした瞳はに、上辺だけでは取り繕えない、本物の感動が浮かび上がっていた。
濃紺から浮かび上がる、樹木のような角をした青白い牡鹿。
キシがもっとも好むモチーフで、同じような作品はいくつかあるけれど、その中でも随一の出来だった。
「これが一番新しいのだっけ?」
問いかけると、キシは「だね」と短く答えた。
「キシさん、すごいです」
頬を紅潮させながら、スミは振り絞るように言った。
ありがとう、とキシは小さく呟き返す。
目深に被った前髪で、その表情の半分はいつも隠れている。それでもキシが微かに目元を和ませたのは伝わった。
柔らかい微笑みをちらりとさせ、キシはそっぽを向いてしまう。
照れているのだろう。
そんなキシの横顔を、スミがじっと見つめていた。
眩しそうなのは窓からの逆光のせいだけではないらしい。
わたしはここに至ってようやく思い出した。
いつも一緒に居過ぎて、ついつい忘れてしまいがちだけれど――
キシはわりとモテる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。