第124話 月下の鬼 その5

(こんばんわ)


 それは声ではなく、直接頭に響いた。女の声だった。


「こ、こんばんわ」


 警戒していたハズなのにその言葉は自然と口をついて出た。我ながらマヌケだ、とA子は思った。

 夜の潜みにいるそれが微笑んでいるように見えたのは気のせいだろうか。

 よく見るとその儚げな貌は少女であった。


(元気?)

「元気って……」


 初対面の相手にやけに気さくな相手だとA子は呆れた。


「つーかどちらさまで?」


 A子は訊くが、少女は何も応えず笑みを浮かべていた。


「……もしかして幽霊?」

(だとしたらどうする?)

「何コイツ急に返答しやがった」


 少女はふふっ、と笑う。


(あなた、今、幸せ?)

「幸せ、って……」


 面食らうA子。不意に、ご主人様の姿が過ぎるとA子は顔を赤らめて俯く。


(……タマシイが少し、増えたみたいね)

「え」

(感情が戻りつつあるのがその証拠。でも)


 少女がそう言った途端、A子は全身に激痛を覚えて突っ伏した。


「な……なに……これ……?」

(身体が悲鳴を上げてるのよ)

「ひ……め……い……?」

(器が、ね)


 少女は音もなくA子の元に近寄ってくる。


(その身体には、そのタマシイは大きすぎるの。このままではあなたの身体は壊れてしまうわ)

「な……なにを……」

(だから私が何とかしてあげる)


 少女はA子の眼前で立ち止まった。


(――吸ってあげる。その小さな身体に合うまで)

「吸うっ!?」


 A子は思わず飛び退く。激痛が走る重い身体だが、危険を察知した本能はそれを凌駕した。


(逃げてもムダよ。だってあなたは今まで私が――!?)


 突然少女が飛び退いた。入れ替わるように、月光を受けた刃が地面に突き刺さった。


「何、コレ……ノミ?」


 そこには大工道具のノミが起立していた。

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