45 白い檸檬
――一九九三年十月。
大学も後期に入った。
すっかり秋である。
春は桜のピンクが気になるが、秋は銀杏の黄色がいい。
流石に、絹矢先輩も帰省先から帰って来た。
今日も電話をしている。
長電話をして、とても申し訳なく思っているけれども、もう依存してしまっている。
好きだけど、独占したい。
好きだけど、傍らにいて欲しい。
いつも心だけは片とならない関係でいたい。
もう、もう、私ったら随分毒まみれになって来たみたい。
「……聞こえた? さーちゃん」
「あ、ごめん。で、喫茶店『檸檬』は、
「分かった」
「うん、いつもお電話ありがとう。明日ね」
カチャリ。
ツーツー。
「トリートメント二回にしようかな?」
それは、勿論、シャンプー二回、コンディショナー二回、その後のトリートメント二回だ。
艶々のロングストレートは、お手入れのしがいがある。
ブラシを入れ、丁寧にブローする。
ドライヤーは、愛志が、ちょっとは女性らしくなって欲しいと姉にプレゼントしてくれたものだ。
鏡に向かって、にこりの練習をした。
「明日の朝も髪を洗った方がいいのかな? 寝癖とかついたら嫌だなあ」
鏡が私の中の妖精さんを呼び出してくれた。
小学校一年生の時、母に連れられてガールスカウトに入った。
亀有の
その時に、私は、妖精さんと出会ったのだ。
水を鏡に見立てて、覗いたら、私がいた。
明日は綺麗でいたいな。
そして、何てお返事をしよう。
ああー。
悶々としちゃうよー。
まどろみながら、絹矢先輩の笑顔を思い出し、夢の中へといざなわれた。
一九九三年十月三日日曜日。
又、新しい記念日になりそうだ。
気合を入れて行こう。
ばっちり、十時より三十分前にとうちゃーく。
あん、前髪がはねている。
折り畳みの櫛で化粧室で直した。
待ち合わせは、美大時代によく利用した画材店の近くにある白い檸檬と呼ばれる喫茶店。
もしかして、絹矢先輩が後ろにいたりして。
「ふおおお……!」
「こんにちは、さーちゃん」
「び、びっくりした」
「すまない」
お互いに三十分前行動だから、驚かされる。
「直ぐに場所が分かりましたか?」
「そうだね。中に入ろうか」
喫茶店は二階だ。
狭い階段を登り、自動ドアで趣も半端に中に入る。
ほんのりと花の香りがした。
奥の席に座ると窓の向こうは碁会所だった。
ちぐはぐ感がおかしくて仕方がなかった。
何を注文したか覚えていない位緊張して来た。
「このお店ね、大学生になったら、一人ではなくて、二人で来たいと思っていたの」
「そうなんだ。白が綺麗だね。俺も嬉しいよ」
「ただ、喫茶店ではなくて、レストランになってしまったわね」
「はは……」
「俺は、悪い結果は考えていないからな」
昨日も今日も絹矢先輩が呟いていた。
「……」
「……」
何の話をしていたのだろう。
あの女の話はしなかったと思う。
今、再び言い出したら、何もかも壊れてしまいそうで。
胸にわだかまりがちくちくとはあったけれども。
「あの、あのね。聞いてくれないと話せませんよ……」
「そ、そうか」
絹矢先輩の喉元がこくんとなった。
カップの中のものをぐっと飲みこんだ。
「俺の事、どう思っている? さーちゃん」
キター、来た、北、期待?
絶対振られないよね。
何て言うんだっけ?
何て言うんだっけ?
う、普通になちゃうけれども、返事しないといけないわ。
「……好きです」
絹矢先輩の顔を見つめていた。
だから、見てしまったの。
絹矢先輩の鼻の下が伸びた!
やあーん、見ちゃった。
きゃー、世の中の人って、本当にある事を言葉にしているのだね。
その後、何故か羽大に電車を使ってアニメ研へ行ったのだった。
何かとんちんかんな二人だった。
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