44 友達って

 絹矢先輩と会わないまま、羽大は盛夏になった。

 電話をしたのは、夜にフリーな女の話をした時以来で、ずっと黙々とバイテク研究所にて丁稚奉公状態をしていた。

 箸が転がっても面白い時期は過ぎた。


 八月十八日、絹矢先輩は、八王子に暮らしている妹さんの菫さんと帰省した。

 長距離移動ともなると、一人ではつまらないのかも知れない。

 八王子は、羽大からも亀有からも遠く、菫さんとは面識がない。


 八月十九日、愛志がいつも作ってくれるお風呂から、その日は早く上がり、髪をタオルドライしていた。


「櫻、声の低い人から電話」


 下の居間にいた葵からだった。

 はっとして、葵から親機を受け、黙って子機に切り替え、二階で受け直した。


「ひゃ、ひゃい」

「ん? 櫻さんでしょうか?」


「はい。変な声出してすみません。びっくりしたものだから」

「あ、驚かせてごめん」


「これ、ご実家からの電話ですよね」

「大丈夫。公衆電話だから」


「ええー! 夜分すみませんが、こちらからご実家に掛け直します」

「それはいいんだよ」


「だって……」


 この時迄、私は、女の件や自分がむかむかしていた件にすらもやもやしていた。

 生理前の状態みたいだった。

 何の意味もなく、きーってなる感じ。

 でも、あんなに万年金欠病の絹矢先輩が、今頃、テレフォンカードで公衆電話からだと思うと、私は、何て小さいのだろうと思った。

 なのに、おかしな事を話してしまった。


「私の事、どう思っているんですか?」

「どうって……」


 面食らった絹矢先輩が思い浮かぶ。


「答えられない関係なのですよね」


 私は、意地が悪かった。

 いや、絹矢先輩に甘えていたのかも知れない。


「そうだな……」

「……」


「さーちゃん、夢咲櫻さんのことは……」

「はい……」


「……友達以上に想っているよ」


 ――ともだちいじょうにおもっているよ。


「分からなかった?」

「全然分かりませんでした!」


 凄く泣きたくなった。

 いつも家で泣いていたからって、電話では泣きたくなかった。

 けれども、喉の奥から、ぐっぐっと上がって来るものを止められなかった。


「さーちゃん……。おかしいなあ……」

「うん、おかしい……」


 ――ともだちいじょうにおもっているよ。


 そんな魔法の言葉があるのなら、少しでも早く唱えて欲しかった。


 ――ともだちいじょうにおもっているよ。


「私はね、絹矢先輩の事……。あの……。どう思っているか知りたい?」

「し、知りたいけれど? 教えられないの?」


「今度、お会いしたら、喫茶店でお話ししたいの。檸檬れもんって白い喫茶店」


「……お電話ありがとう」

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