43 鈍い痛み

 絹矢先輩の黒電話に何度電話しても出てくれなかった。

 あの女の件で、壊れたままだ。

 このままでいいのだろか。

 夏が終わって、秋が来て、春になったら、絹矢先輩は卒業してしまう。

 多分、それはあっと言う間。


 カチャリ。


 子機を充電器から上げて、指で覚えたナンバーを押す。

 ゼロ、サン……。

 トウキョウを示すナンバーだ。


 プルルルプルルル……。

 プルルルプルルル……。


 やっぱり、留守かな。

 それとも、居留守かな。


 ガチャリ。


「はい」

「……夜分に失礼いたします。夢咲櫻です。絹矢先輩、お久し振りです」


「お、おう。お久し振り、さーちゃん」

「……」


 自分でお久し振りと言って、自分で傷付いてしまった。


「あ、あの……。暫くどうしていたのですか? 電話も掛けたのですが、出て貰えなくて」

「はあ……。普通にしていましたよ」


「一緒に『ジャッキー』の映画を観に行きましたよね。一緒に『美少女アルバムシリーズの孤高の戦士Aya』のミュージカルを観に行きましたよね。絹矢先輩と沢山お話をして楽しかった。他にもアニメ研の人と大学自主アニメ祭などに出掛けて、面白いアニメで沢山笑えた」

「それは、ありがとう」


「デートを少ししただけで、もうお別れなのですか?」

「何、言っているんだよ?」


「だから、もう……。お別れなのでしょう? 今生の別れよね」

「はあ? 何で、今生の別れかさっぱり分からない」


「最近、会いませんよね」

「あー、会わない理由は、さーちゃんがアニメ研に来ないからじゃない? ああ、それから近い内に帰省するから」


 全部、私が悪い事になっている。

 そんな人だとは思わなかった。


「電話を掛けても出てくれなくて。……あの女性が夜中に来た晩も、徹夜で電話しても出てくれなかった。辛かったわ……。何回、コールしたと思いますか?」

「あの後、じゃがりんちに全員で遊びに行ったんだよ。要するに、俺の家を出て行けばいいんだろうって」


「あの女性もですか?」

「そうだよ。みくちゃんは友達だもの」


「夜中に男性と一緒にいる事はいいと思えません。ファミレスではダメなのですか? 万が一何かあったら一生の償いになると思いますよ」


 私は、私ができちゃったから両親が結婚したのだと思って、遊びの付き合いをとても嫌っていた。


「あれは、仕方がないんだよ。俺が掲示板を見落としてしまったのだから。皆で集まったのな。友達だから、みくちゃんも一緒ではないとおかしいだろう。ファミレスに迎えに行ったのも俺の責任だからなんだよ」


 どこをどう切っても相容れない考え方だった。

 

「女性一人で、何をやっていたのか分かりませんよ。不純です」

「何も悪い事してないよ。皆で遊んでいただけだよ。それから、タケッチは、女を躾しとけって言っていたけれども、俺はそうは思わない」


 ああ、香川のラブホテラーか。

 最悪。

 気を遣ったのに。


「何故、あの日なのですか? その男性が来るからと和菓子を渡しましたよね。歓迎していない訳ないですよね」

「この話をする為に電話したの?」


「どうしても、許せない一線ってありませんか?」

「俺にもあるよ」


「じゃあ、平行線ですね。どこまでもホライズンが見えない。この話は永遠に続きますね」


 私の体の膿がどろりと出て来た。

 汚い生き物だ。

 自分で自分が嫌になる。


 お終いだ……。


 私の初めての恋が、鈍い痛みと共に終わった。


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