42 叫び
ミーンミンミンミンミン……。
ミーンミンミンミンミン……。
もう盛夏か。
暫く、アニメ研にも顔を出していないな。
もう、前期はテストも終わって、本格的な夏休みになっていた。
「さーちゃん」
「え?」
「さーちゃん、こっちだよ。こっち向いて」
「絹矢先輩?」
ゆっくりと振り向いたが、誰もいなかった。
私は、夏休みにバイテク研究所に水やりに来ていた。
広い校内の四か所を回る。
「はーい、トマトさーん。イチゴさんもねー」
半ば投げやりな気持ちもあったのかも知れない。
心が死んでいた。
何でもないんだね、きっと。
ろくに恋愛した経験がないから、失恋も知らない。
思えば、私は、絹矢先輩の何を知っていたのだろうか?
これから、お互いに深め合って行くものだとのんびりしていたのか。
外にいる時は、泣く事ができない。
だから、家で泣いていた。
目をアイパッチくんの愛称を持つうさぎの志朗くんが片目が白い毛で赤い目でもう片方が黒い毛で黒い目のように、私は、泣けば赤らみ、我慢すれば黒目に戻って忙しくしていた。
――誰にも相談できない。
――死ぬなら、ここから飛び降りる。
物騒なことを考えていた。
ふと、思い出したのは、十九歳の頃に、病院の紹介状を貰った事だ。
――誰にも言えない。
――皆が、私を死ねと言う。
急にガラガラと大きなものが崩れて、私が崩壊し始めた。
壊すな。
壊すな……。
壊すな、壊すな、壊すな……!
「あー!」
私は、ひざまづき、両耳を押さえて、薄暗い自室の中で叫んだ。
叫べば、気持ちがすっとすると思った。
「あー! あー! あー!」
要するに何を言いたいのか分からないけれど、気持ちだけ先走っていた。
前へ!
前へ……。
前へ、前へ、前へ!
「あー! ぎいー!」
「うあああー! 死ねー! みく……! 誰か助けて……!」
興奮は、どんどん進んで行った。
夜の十一時だった。
私の声は、家族にも聞こえているてもおかしくないのに、何も言わない。
「うるさい!」
何て言って、駆け上がって来ない。
暫くして、気が付いた。
私は、叫んでいるつもりでも、叫んでいなかった。
それに、ここは自室ではなく、亀有駅に着いたばかりのホームの上だった。
胸に焼き付けたスナップを思い返した。
風に応えて垂れ桜が囁く。
ざざざざ……。
――ようこそ、一年生。
ざざざざ……。
――楽しい学校へようこそ。
ざざざざ……。
――お友だちと遊んで、お勉強をしましょう。
「どこが、楽しい学校なんだろう……。小、中、高、短大、四大、どれも楽しくないよ。相性が悪いのかな? それとも私が家族で浮いているみたいに鬼っ子なの?」
頭の中をぱんぱんにして、帰宅した。
「志朗……。秋になったら、イチョウの葉が散るからお食べ。ドクダミもお食べ。体にいいから、長生きしなさいね……。寛、穴掘りが好きですね。トンネルをお庭にどんどん作りなさいね。どうせお父さんのガラクタしかないんだから、好きにしていいのよ」
「ただいま」
「……」
「誰もいないのか。テレビも観ないなんて、留守かな?」
自室に入ると、電話の子機を手にしていた。
さっきみたいに叫ぶのか。
もしくは、絹矢先輩と電話をするのか。
二者択一な感じになっていた。
叫べばすっとするかな?
誰もいないなら、自殺より厄介じゃない。
と、その時、電話が鳴った。
びっくりしたけれども、出ない訳にはいかない。
善生の会社の電話かも知れないし。
「生まれました! 女の子でしたよ!」
「……。あの……。お掛け間違いではないでしょうか?」
「あ、あら、失礼しましたー! いいでしょう、いいでしょう、初孫なのですよ」
「おめでとうございます」
プツリ。
ツーツー。
つ、疲れました。
プルルルプルルル……。
プルルルプルルル……。
「え? また、おめでとうございますの電話?」
子機を手にしたまま、叫ぶ事を忘れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます