39 ファミレスの女
アニメ研に行くともれなく絹矢先輩がついて来る。
それで終わりでもいいのだが、帰宅しても電話をする。
夢咲の家は、グレーのリダイヤル機能付き電話で、絹矢先輩の所は、昔懐かし黒電話だった。
私は、電話を切る時に、いつも同じ事を言っていたらしい。
「お電話ありがとう」
そうしたら、いつの日か、絹矢先輩が電話を切る時に同じ台詞を言ったのだった。
これには驚いた。
「俺、電話を掛けた位で、ありがとうなんて言われたのは初めてなんだよ。いつか俺からも伝えようと思ってさ」
「そ、そうなんだ。びっくりしちゃったよ」
「はは、先にびっくりしたのは、こっちだよ」
蝉の鳴き声で、朝を感じる季節になった。
うちの庭には、蝉が沢山眠っている。
それが、皆、がんばって、がんばって、這い出して来る。
私は、蝉よりも早起きさんで、学校へ行く。
「行って来ます」
特定の誰かに告げる訳ではない。
それでも、餌やお水を綺麗にして、うさぎの
志朗は、寛を呼びに行ったりする。
そんな何でもない日だった。
アニメ研で、朝、絹矢先輩に会った時、いつもと違う話を聞いた。
「今日、香川県から、同級の乙竹角男が俺んちに来るんだ。だから、先に帰って」
「そうなんだ。うん。甘い物が好きってカレーの好きな先輩から聞いたけど」
「ああ、そうだよ。なんだ、タケッチの事よく知っているな」
「うん、ちょこっとだけね。後で、差し入れするね」
「無理しなくていいんだよ」
「大丈夫よ」
差し入れは、昼休みに和菓子屋さんに行って買ったのを帰り際に渡した。
絹矢先輩も甘い物好きなので、二つ用意した。
部室で別れて、何とはなしに寂しく帰った。
いつも、帰ると黒電話が鳴るのに、今日は鳴らない。
何しているのかな?
掛けてみようかな?
そんなに遠慮しなくてはならないの?
男友達でしょう?
別にいいけれども、何か追い払われたみたいだわ。
やましい事してないなら、絹矢先輩も堂々としていたらいいのよね。
カチャリ。
プルルルプルルル……。
プルルルプルルル……。
「あれ? 今頃何かしているのかな?」
その頃、黒電話の方も困り果てる位に鳴っていた。
ジリリリリンジリリリリン……!
ジリリリリンジリリリリン……!
「もう、どうしたのかな? 出るまで呼ぶかなー。何か心配」
私の心配は、ある意味的中していた。
ジリリリリンジリリリリン……!
ジリリリリンジリリリリン……!
「電話、うっせーよ。誰か出ろよ。宣伝か?」
乙竹は、うざくて堪らなかった。
ジリリリリン……!
ガチャリ。
「うっせーよ、てめー。どこのどいつだよ。ああ、絹矢に用事ね……。羽大前のファミレスあるっしょ。そこに行っているんじゃないの? おデートってヤツ?」
「じゃあ、帰って来たら電話をください」
「アンタ、関係ないでしょう? 何で電話しないといけないんだよ?」
「か、関係なくはないです」
「じゃあ、セックスフレンドですかー?」
「ふっ。ふざけないでください」
「俺らが退かなきゃなんない訳は、一ミリもないの。ドーモご馳走さま」
プツリ。
ツーツーツー。
「ひ、酷いわ……!」
私には、何が何やら分からなかった。
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