38 十九

 次に乗ったのは、地下鉄線だ。


 ゴゴー。

 ゴー。


 よくおぞましい痴漢に面食らったが、それがなければ、いい乗り物だ。

 満員電車でも、知らない人に押し入れて貰える。

 始発から乗れるので、この時間なら、座って帰れる。

 一度、操車場まで行った愚かな経験があるが。


 私が、十九歳の頃、短大を卒業して、浪人が決まった。

 まだ、ハッピーマンデーが導入される以前の話で、一月十五日に成人式が行われた。

 笑子伯母さんの四姉妹が、誰も袖を通さなかった黄色い菊の刺繍のある振袖をいただいた。

 着付けはできないので、近くの美容院に頼んだら、夜中の二時なら大丈夫と言ってくれた。

 着付け、ヘアスタイル、メイクの後で、様々な事をするのだが、結局、早い時間で助かったと思った。

 慌てなくていい。

 ガールスカウトで知り合いのリーダーが写真館を開いており、そこで、その日に写真を撮っていただいた。

 赤いベルベットの椅子に腰掛け、黄色い菊の袖を垂らした。


「真珠の指輪をさせれば良かった」


 葵は撮り終わってから思い付いた。

 しかし、何かぎとぎとするので、指輪の類はなくて正解だったと今は思う。

 見栄を張っても仕方がない。


 その後、その年だけ狭い会場となった、区のホールで、講演を聞いた。

 講演は、日本通の外国出身テレビ関係者だった。

 後に、テレビコメンテーターとして気に入った方だと思うのだから、世の中面白いものだ。


 地元中学に行かなかったせいか、知った顔などいないと思ったが、同じく私立中学を受験した男子にひょいと挨拶をされた。

 男の子と言う事もあって、それ程、関わりがなかったが、模擬試験に一緒に行ったりしたものだ。

 他の新成人は、どうも頭がよろしくなく見えた。


 成人式の何が大変かって、着物に着られてしまっている他、足袋が小柄だからと小さ過ぎるので、履物に食い込んで足が痛いのなんの。

 ちょこちょこと歩んでいた。


 二十二歳の櫻を乗せた地下鉄の唸り声が、すっと明るくなった。

 地上へ出たのだ。

 今度は、JRに少しだけ乗る。


 一つだけ、ゆったりとした笑顔を夜空に思い描いた。


 母方の優一お祖父さんが、私のお祝いに、庭で鯛を焼いてくれていた。

 それは、区の成人式から帰宅後に知った。


 お祖父さん、どうしていますか……?


 十九歳の私は、それから体調を崩していた。

 亀有の内科医に、この病は、ここでは治らないから、紹介状を持ってこの病院へ行ってくださいと言われた。


 葵は、遠いから面倒臭い。

 お前は、病気になる訳がない。

 だから行かない。


 見事な論法で、病院行きの機会とお金をむしり取った。

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