36 今日は帰ります
新歓コンパが終わって、私には懸念事があった。
そう、終電だ。
うちは、ここから遠い。
皆で、ぞろぞろと高架していない線路沿いに駅の入り口へと向かって行った。
絹矢先輩が、私の左隣にいる。
私とは背が違い過ぎて、私の肘が彼の掌あたりだ。
これでは、手をつなぐのも大変だと思った。
きゅん。
私は、本当にびっくりした。
絹矢先輩が、私の肩を引き寄せた。
「あ……。え? あの……」
春でも冷える中、私の肩にあたたかい手が添えられる。
そっと、絹矢先輩を見ると、実に真正面を向いていた。
私を見ないようにしたのか、知られないようにしたのか。
「二次会、来られる? さーちゃん」
「ちょっと、自宅が遠いので、終電に間に合わなくなってしまいますから、これで帰ろうかと思います」
よ、避け、避け……。
肩の手を避けようとした。
絹矢先輩に伝わったのか、すっと離してくれた。
「一次会なんだ」
「はい……」
黙りこくってしまった。
そうだよね。
盛り上がっていたのに、私はいつも一次会しか行かない人なのだよね。
「一次会だけでも面白かったなら、いいんじゃない? 気を付けて帰って」
「私も二次会って参加してみたいのですが……。残念な人で、ごめんなさい」
「何も謝ることないじゃない? 人それぞれだよ」
長いと思った線路沿いの道も、もう改札口だ。
「絹矢先輩……! あの……!」
「はい?」
「あの……!」
「はい」
私は、こんな所で何を叫ぼうとしているのだろか?
いきなり、好きですとか?
いきなり、一緒に帰りませんかとか?
帰るってどこへかな……。
自宅は夢咲の家で、絹矢家とは違う。
絹矢先輩には、実家に帰って花卉園芸や肉牛飼育をやりたいと夢があると言っていた。
夢咲の家では、それは叶えられない。
私は、人を好きになったら、その人の夢を奪い取るなんて犯罪者になりたいの?
「絹矢先輩、あの」
「はい、何でしょうか?」
「素敵な夢を叶えてくださいね」
「ん? どうしたの?」
「今日もありがとうございました。失礼致します」
ばっとお辞儀をして、改札を抜け、階段を駆け上がった。
ホームで暫く待った後、乗り継いで間に合って帰れる私鉄に乗った。
見送りなんて誰もいない電車。
でも、絹矢先輩が改札で見せてくれた笑顔が、私を帰路につかせてくれた。
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