34 家族ならべ

 絹矢先輩と色々お話をしたかった。


「家族によって、名前の認識が違うのですよ」

「ふうん」

 そう言って、もうビールを注ごうとしてくれたので、慌てて飲み干した。


「ちょっと思い出しました。小六の夏休みの話なのですが、宿題の作文で、『私が生まれた時』と言うのを書いたのです」


 ――当時暮らしていた家を微かに思い出す。

 我が家は、夏でも炬燵で済まされた。

 四人が足を入れ、晩ごはん後のお茶にしていた。


「私の名前について、父に訊いたのです。何度も聞いていましたが、インタビューしました。父の場合ね」


「お母さんが『葵』だろう。女の子だった場合、花の名前を探していたら、一番しっくり来たのが、『さくら』なんだよ。『夢咲さくら』って、良いだろう。桜は、淡紅色と中国では意味があるそうだよ。可愛い子にぴったりだ」

 父は寿司屋の大きな湯飲みで一息つく。

「そう思っていたんだけど、お母さんが、幼稚園のさくら組みたいだから、漢字にして賢くして欲しいと言うので、俺には今でも書くのが難しい、『櫻』になったんだ」


「私は、画数が多くても、この名前は素敵だからって、テストとかでも『桜』ではなくちゃんと『櫻』と書いているんだよ」

 テーブルに指で字を書く。


「そうか、そうか。『櫻』には、色々な意味があるよ。木だから、のびのびと大きくなって欲しい。女の字が入っているから、たおやかになって欲しいって良いだろう」


「そうして、夏休みの宿題には、大体良い事が書けましたよ」

「良かったじゃない」

 にこりとされるとドキドキするわ。


「そして、T大学受験の話なんだけど、母の場合ね」


「櫻と来たら、男勝りに大学なんて行って、一浪で諦めるかと思ったら、第一希望の二つ目の大学に行くし。その後、大学院にも行きたいとか、親戚でもそんな親泣かせはいない」


御足がいけないんですよ。『櫻』の中に、お金を表す『貝』が二つも入っている。名前が悪いから、うちは金をむしり取られるんです」


「私、こんな悪口、母親から言われるなんて、ショックでした。私の名前をああも悪く言う人は苛めっ子以上です。涙なんか出ませんでした」

「そうだね、それはショックだね」


「弟がいるのですが、夢咲愛志ゆめさき いとしと言います」

「素敵な名前だね」


「私も気に入っているんです」

「……。でも、ちょっとやっかんじゃって。私って第一子だから、家庭の状態が落ち着かない時に、できてしまった子供だったのです。でも、弟は、家族になった状態で生まれて羨ましいなと思いました。名前からして、分かるでしょう」


「考え過ぎじゃない?」

「そうですかね。考え過ぎですか」


「それでね、父、善生の男兄弟は、父親の『なり』と言う読みが皆についています。母、葵は、人生に『徳』のある名前を兄弟につけて貰っています。弟は、『愛』のある命名をされました。家族色々です」

「そうなんだ」

 絹矢先輩は、聞き上手である。

 どんどん、無駄な事を話してしまう。


 本当は、両親を尊敬したいのだけど、難しい気持ちが表れてしまったかな……。

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