28 栃木に行こう

「アタシ……。あのね、アタシ……」

「お土産って何だい?  旅行に行っていたなんて知らなかった」

 長い三つ編みを肩に流しながら、善生に合わせてアパート近くの砂利道にしゃがんだ。


 ボウッ……。


 マッチの炎に直接こよりの様な線香花火を近づけた。

 線香花火の方から吸い寄せられる様に火が灯る。


 パチッ……。


「わ! 熱くないの?」

「これから、弾けるんだよ」


 パチッパチパチッ……。

 パチパチッパチパチッ……。


「はい、このパチパチしているのをみっちゃんが持って」

 善生がその線香花火から自分のに火を取ろうと新しいのを近付けたが、上手く行かなかった。

「じゃあ、仕切り直し。両手。みっちゃんの左手に新しいのを持って」

 仕方がないので、新しくマッチで左の線香花火にすうっと火を移した。


 パチッ……。


「これは、俺が持つ。貸して」

 マッチの火を振って消し、砂利道に置いた。

「貸し借りの問題なの?」

 厳しめの目付きで、葵がぶすくれている。

 一旦、機嫌が直ったと思ったのに。

 善生は、葵に面倒臭くなった。

 けれども、折角捕まえた魚だ。

 今、取り逃がしたくない。

「ああ、じゃあ、渡してくれ。俺も持ちたい」


 パチパチ……。

 パチパチ……。


 二人の線香花火が並ぶ。

 未だ夫婦にもなっていない二人の線香花火が肩を寄せて並ぶ。


 パチッ……。

 ジュッ。


 暫くすると、椿の花のため息の様に、ポトリと落ちて消えた。


「思い出したわ、アタシ」


「何かあるの? 話があるとか」

 急な別れ話かと、善生は思った。

 何の話かひやひやしていた。


「お土産よ。お土産話でもあるわ」


「赤ちゃんができたの」


「……! あ、赤ちゃん!」

 大袈裟に取り乱すお手本が見られた。

「何、何? お、俺たちのか!」

 葵の両肩を掴んだ。


「ちょっと、声が大きいわ。後、馬鹿力止めて、肩が痛い」

 葵は、又、アパートの人に聞こえると恥じらった。

「だから、俺たちの子ができたのかって」

 肩から手を離さなかった。


「アタシは、他の人とお付き合いしていませんよ。何か、疲れたの。一人で育てる覚悟はできています。お構い無く」


「二人の子供ができたのだから……。一人で育てるとか言うなよ」

 善生には、善生の思いがあった。

「線香花火のこよりの様な姿を見てごらん。寄り添わなければ、中の火薬が出てしまうのだよ。さっき見たろう?」


「煙がきつくって、今は、吐き気を我慢する事しか考えていないわ」

 軽くむせんだ。

「ああ、失敗したな。気分が悪いのか。お袋に聞いたけど、お産は一人一人違うって。その前に、悪阻か!」


「お金が無くて、病院にも行けていないの」

「体は丈夫な方か?」

 小柄なので、聞いた。

 お産に厳しい事もあるかも知れない。

「今は普通だけど」

「そうだ、病院か……。引っ越そう」


「は?」


「栃木に行こう」

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