16 声のあり方

 さーちゃんだって……。

 櫻は、声のする方に体を向けた。

 声の主と目が合った。


 やはり、絹矢先輩であった。


「おはようございます」

 二回もお辞儀しちゃった。

「おはよう。そして、こんにちは」

 この絹矢先輩には上から言われても嫌な気がしないと思った。

「あ、こ、こんにちは。うっかりしました」

 あ、分かった。

 体と体の距離を取ってくれているんだ。

 だから、視線がそんなに上じゃないんだね。


「えーと、どちらからご紹介したらいいのか」

「こちらは、風間栞さんで、こちらは、絹矢慧さんです」

 ピシーンとした。

 さん付けなら大丈夫でしょう。


「初めまして、風間さん」

「あ、初めまして」

 風間ちゃんは、茶色の肩下迄の髪を押さえて会釈した。

「俺、絹はシルクで矢はアローです」

 ははは、絹矢先輩、面白い所があるんだ。

 シルクアロー?

 あははは。

 えっと、学年とか聞かれるのかな?

 いいチャンスだ、年齢を話そう!


「ちょっと、本見に行くから、またね」

 え?

 行っちゃうの?

 思わず目で追った。

 しょーん……。

「風間ちゃん、コピー機に並ぼうか。今、三人位だよ」

「うん」

「ねえ、夢咲さん。あの人知り合いなの……?」

「う、うん。先日、研究会に入ったばかりで」

「えー。そうなんだ。管弦楽は夏休みに辞めたものね。何に入ったの?」

「えー。まあ……。何とか研究会」

「何それ」

「分かった、分かった。アニメーション研究会だよ」

「えー、そうなんだ。アニ研ですか~」

 風間ちゃんが静かにちろりっと見た。

「やっぱり、オタクなの?」

「訊かれると思ったー! そうですよ。ご多分に漏れず、オタクですよ」

 もう、もう。

「ほら、コピー機空いたよ。風間ちゃん、どうぞー」

 私は、さっと王女様に道を作った。


 ガーコーン。

 ガーコーン。

 ガーコーン。


 コピー機が、鉛の鎧の様だと一人笑った。

 いや、革製かも。

 ん?

 あれは、絹矢先輩……。

 私はストーカーじゃないけど、やっている事は、しつこい探偵だな。

 何を探るでもないけど。

 おー。

 普通だ。

 極普通に本を選んでいる。


 今日は、遅く迄講義があるけど、アニ研に行かないとな。

 明日は、家庭教師のアルバイトだし。


「わっ」

 背中を風間ちゃんに押された。


「ぎゃああああああああ!」

 とっても大きな声で迷惑を掛けた。

「妄想中のレディーを驚かさないでよ」


「ひいいいいいいいいいい!」

「何で風間ちゃんが、悲鳴を上げるのよ?」

 私はその悲鳴で落ち着いた。

「私がどんっきーんだって」

「夢咲さん、どんっきーんって何?」

「えっと、鼓動が痛々しい程に早くなる様を表しました」

 栃木は、擬音語が多いと、江戸時代の文で読んだな。

 ひなびた土地には古の言葉が多いらしい。


 そう言えば、絹矢先輩の郷里の訛りはちっとも分からないな。

 北の国だと名簿に書いてあったけど。

 いずれ、話しをしてみよう。


 お嫁さんになるかも知れないしね。

 うふ。

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