3 幻の中で

 ――一九九六年、三月末。


『この光景に見覚えがある……』

『いや、感じた覚えか……』 


 花が強く吹かれて、ひゅるりと巻き上がる……。

 幼かった……。

 ボブの黒い髪やチェックの紺のスカートが乱れるのも気にしないで、タタタン、くるくると校庭で花の中を夢を見る様にが踊る……。


 ああ……。

 これは……。

 夢……?


『すみ、菫が……』


 ああ……。

 これは……。

 幻……?


『す、すみ……。菫が……』


 そうだ……。

 夢であり、幻でもあるんだ……。

 今は、あのチェックのスカートは小さくなっている……。

 それにあの桜は東京のもので、もう雪国に進学したのだもの……。


 ザリッザリッ……。


 私は道を歩く……。

 春になってまだ間もない町は、所々に雪の塊があり溶けたりもして歩きにくい……。


 パー……。

 プップー……。


『危ないだろ……!』

『お前が悪いんだよ……!』

 ひしめく交差点で煩く車が話す……。


『歩くのに集中できない……』

『煩い……』

 大学の頃、片道二時間半掛かった通学が、今は、十五分程度になっている……。

 けれども、帰宅が重く感じる……。


『ガンガンガンガン……』

 激しい声で聞こえて来るよ……。

『……が、……したって』

『……が、……したって』

 聞いてますよ……。

『聞いた、聞いた……?』

『二人は、最後迄やったとさ……』

『親にも紹介してないって……』

 何か嫌な話し方だな……。

『こそこそ……』

『ひそひそ……』


 私が道を歩いていても、話し掛けがしつこいから、危ない事に車に轢かれそうになるんだ……。

 北の国が、こんなに荒い運転をするなんて思わなかったよ……。


 私が学校にいても、私の耳にいつも話し掛けられる……。

「全く煩いな……」

 だから、ふうっと何度も溜息をついてしまう……。

「人前でため息は、失礼なんだよ……!」

 背丈のある同級生の港君に見下ろされた……。


 北の溜息が、凍るとは思わなかったよ……。


 無邪気に踊ってごまかしても運命ってあるものだわ……。


 ――人生って儚いものだね……。


 まるで、泡や影の様に……。

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