2 菫事件

 ――一九九五年、十一月。


 プルルルル……。

 プルルルル……。


 東京は下町のうちの家電が鳴り響いた。

 北の国からだった。

「はい、夢咲です」

「あ、さーちゃん? 俺、けいだよ。ちょっと大変な事があってさ」

「慧ちゃん。どうしたの? 慌てて」


 社会人になった彼氏の絹矢慧きぬや けいと遠距離恋愛中の大学四年の時だった。


 この時、ふと、彼の妹さんのすみれさんが妊娠したのかと思ったが、そんな大事を話せる訳はなかった。


「すみ、すみ……。菫がさ……」

 私のある意味での悪い予感が的中した。

 慧ちゃんの様子がおかしい。


「菫さん、妊娠したの……」

「そうなんだ。先ず、俺に言って来た。他に誰も知らないよ」

 次は私なんだ。

 信頼してくれているのかな。

 秘密に触れてしまった。


「相手の人は誰? 分かっているのかな?」

「会社の男だって。自覚はあるみたいだ」

 私は、菫さんが可愛いから騙されたのではないかと思った。

 この時には、もう、私が菫事件の蜘蛛の巣に掛かり始めていたと考えられる。


「菫さん、四月に就職したばかりじゃない……?」

「この間、俺んちに帰った時は何も言ってなかった。母さんにも父さんにも……」

「うん」

「彼氏がいる事さえも。……もう妊娠三ヶ月になるそうだ」

 えっと、直ぐにできちゃったの?

 愛の欠片も見えないんですけど。

「今年、四月に出会ったとして、どうしてそんなに早く妊娠したの」

「なるべくしてなったんだろうさ」

「そうか……。菫さん、体を無理したりしないでね……。お兄さん、見守ってあげて」

「心掛けて置くよ。じゃあ、又」

「うん。お電話ありがとう」


 ――カチャ。


 受話器はそっと置かれた。


 菫さんのご両親、恋人がいる事すらも知らなかったって……?

 私の彼氏は、私の肩を抱いた事もないのよ。

 同じ兄弟なのに。


 すみ…。

 菫さん…。

 菫さん、妊娠したんだって?

 妊娠って、未婚で妊娠って……?

 相手はどう思っているの?

 そんな軽い人と大丈夫なの?


 慧さんは、誠実な方なのに……。

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